short
マロニーとプッチンプリン
※ギャグちっく
小さい頃、兄ちゃんがオレに絵本を読んでくれたことがある。美女と野獣。醜い姿と心の持ち主の野獣は、優しい娘の愛情に触れて本来の心を取り戻したのでした。あと、イケメンの王子様に戻りました。めでたし。二人は仲良く暮らしました。めでたし。
小さいオレは言った。
なにこれ、ちょうマロニーだね。
今思うと、もう恥ずかしい。マロニー。マロニーちゃん。何が言いたいのかさっぱりだ。でもあの時、オレと同じで小さかった兄ちゃんは、すぐにわかってくれた。
いや、マロニーって何だよ、ロマンチックって言いたいのか。
いやあ、その通り。しかしよくわかったなあ。とにかく、ちょうロマンチックだねえ、とか何とか言って、そのときのオレは感激したのだ。それはもうものすごく。
そして、次の日、オレは兄ちゃんに美女と野獣ごっこしよう、と強請った。
美女がオレで、兄ちゃんが野獣ね。
兄ちゃんは、お前は女役で良いのかよ、と笑いながら言った。幼いオレは母さんに面白半分で、女の子のひらひらスカートを穿かされたりしていたから、あんまり気にしていなかったけど、兄ちゃんはそうでもなかったみたいだ。そういえばオレは、ゴレンジャーでピンクとか喜んでやるような幼稚園児だった。
なんだかんだ言って、兄ちゃんはオレの遊びに付き合ってくれた。良い兄ちゃん、優しい自慢の兄ちゃん。
そんな、割と仲の良かった兄弟は今。
我が家の憩いの場のはずのリビングで、プリンを投げ合うケンカの真っ最中です。
マロニーとプッチンプリン
兄ちゃんが足元に転がるプッチンプリンを拾い、オレ目掛けて投げつけてきた。ただ投げてきたのではなくて、本気でプリンでオレにダメージを与えようとしている感じ。プリンがヒュウっと風を斬る。すごいや、投手なれんじゃないの、なくらいの手加減も何もない、筋肉のついた腕から飛び出すプッチンプリン。
プリンがオレの腹辺りに飛んできたので、マトリックス並みの素晴らしい、なんていうか、イナバウアーを披露した。やろうとしてやったわけじゃないけど、出来ちゃったものは仕方ない。これからは、特技は野球とイナバウアー、って書こうかな。
凄まじい勢いのまま、プリンは壁に激突した。べチャッと、小さなプラスチック容器の中で音を立てる、どろどろのプリン。なんて悲惨なんだ。兄ちゃんたら、なんて酷い奴。
「ちょっと、プリンもう粉々じゃんかあぁ」
拾い上げた安物のプリンは、カラメル部分の名残が容器の底に貼り付いていた。
「バカ、最初からぐちゃぐちゃだっただろうがよっ」
誰かさんのせいでな、と兄ちゃんは息を切らして叫んだ。さては運動不足だな。て、ちょっと。
「何、オレのせいなの」
「お前以外に何の原因があるんだよ」
ぷっちん。プリン。俺の頭の中で何かが、いや、プリンが弾けた。そして宙に浮かぶプリン。
兄ちゃんの、俺は何も関係ありません、という態度に腹が立って、オレはぐちゃぐちゃプリンを投げ返した。
「兄ちゃんなんて、プリンとかヨーグルトのふた剥がしたときに飛び散る液体になっちゃえば良いのにっ」
結構なスピードで飛ぶそれを、兄ちゃんは守備の体制で待ち構え、そして捕った。どうだ、と言わんばかりに不敵な笑みを浮かべるけれど、兄ちゃん、それボールじゃなくて、プッチンプリンだから、全然かっこ良くない。
兄ちゃんは、そのプリンを掴んだ腕を振り上げて、しかし数秒後、元の位置に戻した。そしてフローリングの床にどっかりと座り込んで言った。
「俺ら、何やってんの」
それを聞いて、どっと力が抜けた。本当に何やってんだろう。そもそも原因が何だったっけ。
「ねえ、何でオレたちプリン投げてたんだっけ」
理由忘れてたんなら、お前なんでプリン投げ続けてるわけ。
兄ちゃんが呆れたように呟いた。
その日は、帰りに偶然兄ちゃんと一緒になった。疲れた甘いもの食べたい、そう言ったら兄ちゃんは、珍しくスーパーに寄ってくれて。バラ売りのプリンが良いと言うオレを無視して、特売になっていたプリンをレジへと運んだ。プッチンプリン3個入りのアレ。
そして、家に帰ってプリンを2人で食べた。美味しいな、もう1個、と手を伸ばしたオレの手は、プリンではなく兄ちゃんの手に触れた。プリン2個をまるで当たり前だと言うかのごとく食べようとしたのだ、兄ちゃんは。なので、それを妨害しようとプリンを振り落としたら、プリンが俄かに崩れて兄ちゃんが怒り出し、オレも怒って。
「ああ、そうだったっけ。ていうか、じゃあ兄ちゃんが悪いんじゃん」
「でも先にプリンぐちゃぐちゃにしたのは、お前だろうが」
兄ちゃん、しつこい。
「違うよ、オレはほんのちょっと、崩しちゃっただけだし」
「そのほんのちょっとが、俺にとってどれだけ大きな問題か考えてみろ」
どこが大きな問題なの。小指の爪の先っちょの半分の半分位じゃない?
「えっやだよ、プリンに固執する兄ちゃんなんて、オレの理想の兄ちゃんとかけ離れてるもの」
オレの理想という言葉に兄ちゃんが、ほう、と反応し顎辺りを擦った。うわあ、なんか、そろそろ髭剃んなきゃなーって呟くサラリーマンと被って見える。
「理想の俺か。何だ、どんなもんか聞いてやろうじゃねえか」
プリン投げあったり、訳わかんないやり取りなんか付き合っていられない。適当にあしらって部屋に逃げることにした。どさくさに紛れてぐちゃぐちゃプリンも押し付けてやるもんね、へへへ。
「まず筋肉ゴリラじゃなくて、こう、いぶし銀みたいな感じで、すぐにキレないってのが第一条件でそれから」
「黙れ、ロマンチックマロニー利央」
ああああ。忘れていて欲しかった、そんな失態。
「ねえ止めてくんない、いつの話ししてんのなんで覚えてんの、それに聞いてきたのそっちじゃん」
プリン戦争再開。
プッチンプリンをひったくり、兄ちゃんの顔面にプッチンしてやろうと身をのりだした。ふたをベリッと剥がし、持ち上げて。
「利央」
「ちょっ、と」
兄ちゃんに急にキスされてバランスを崩した。ああプリンが零れる。そう思い身構えると、兄ちゃんがオレの身体を片手で支え、もう片方の手でプリンを奪い、机に置いた。
「仕方ねえから、後でパンの上にのせて食おうぜ」
勿体ないからな。
そう言って笑う兄ちゃんにドキッとしたオレは、不意にドキッとしてしまったことがなんとなく憎らしくて、彼の腹に肘鉄を喰らわせてやった。
兄ちゃんはなんだかんだ言って、オレに付き合ってくれんだもん。
ありがと。いつまでも素敵な野獣でいて、オレをロマンチックマロニーな気分にしてちょうだいね、ちくしょう。
end
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