short 直情本能型兄弟※ ※ギャグちっく ※それなりに怪しい その日、呂佳は荒れていた。 一人暮らしの兄へ、朝っぱらから電話をした弟。利央曰く、今日の呂佳の星座占いは最下位で、水難に注意、特に外出する人は危険、とのこと。せっかく利央が心配して伝えてくれたというのに、それを本人は全く気にせず、大学へ向かい、そして一騒動起こった。 手を洗おうと呂佳が蛇口を捻った瞬間、なぜか急に水道管が破裂。ほんの少し呆然とし、はっとして服を見ればもう悲惨なほどにびしょ濡れで、提出するはずのレポートも被害を被っていた。 そこまでは良かった。いや、呂佳からしてみればこの出来事も全く良くないわけだが、とりあえず災難はそれだけではなかったのだ。 「あの野郎、ふざけんな」 呂佳は般若のような形相で、それはもう地獄を這う様な声で言葉を紡いだ。それに対して、利央はとっさに出そうになった溜息を堪えて肯いてやった。 「うんうん」 それはあんまりだよね。 自分は出来た弟だなあ、と心の中で苦笑して利央はそう続ける。呂佳はそんな利央の微妙な返しを気にも留めず、更に顔を歪めた。 「はっ。お前にはどーせわからないっての。こっちはな、あんまりどころじゃ済まねえんだよ。マジあいつ、あの行動、信じられるか」 「兄ちゃん。もうそこまでね」 なおも呪詛のように言葉を続けようとする呂佳の唇を、利央が軽いリップ音とともに遮った。 とりあえずさ。 「突っ込んだまま平然と愚痴を言うの、止めてくんないかなぁ」 直情本能型兄弟 利央の状況は、呂佳に組み敷かれて両足をそれぞれその肩に担がれ、下半身の密着しているという、非常に苦しいものであった。 なぜこうなった。利央は一人首を傾げる。 少しさかのぼって、いつもと変わらない愛撫とキス。呂佳のベッドに横になり、くすぐったさとじれったさとの間で彷徨うこと数分。その後、ローションだったり利央の出したもので丹念に解され、慣らして、呂佳がゴムを装着して、ゆっくり互いに呼吸を合わせながらの挿入、そして。 「ああ、くそっ、苛々する」 「えっ」 呂佳は愚痴りだしたのである。 乱れた息を正そうとして大きく深呼吸していた利央は、呂佳のその言葉を聞いて思わず間抜けな声を出した。その間も、兄はぶつぶつ何事か言い、次第にその声は大きくなり。とにかく利央は、今まさに事に至ろうとしていた、男らしくておとなっぽくて情欲じみていた兄の表情が怒りと幼さに染まっていくのを、ぽかんと口を開けて見ていることしか出来なかったのである。 気付いたときには呂佳は、現在進行形で行われる性交渉など忘れたかのように、自分の愚痴に利央からの返事を求めるようになり、利央もそれに応じて結構な時間が経っていた。困ったなあ、とそれこそ最初は戸惑い、適当に相槌を打っていた利央だが、どう頑張っても元の甘い雰囲気には戻りそうもないので、途中からは真摯にそれに対応する。 どうやら兄は、友人に貸したノートを紛失されて苛立っているらしい。ノートといってもルーズリーフ一枚、されど一枚、大学生はキツイのだろう。そこまでは理解できたが。 利央の体力も限界だった。辛い体勢をそのままキープさせられ、痛みはないがとてつもない異物感。抜こうとしても体勢が体勢だけにそれは難しく、どうにか兄に気付いてもらおうと身じろぎしても、やはり自分が辛いだけで。 「あの、愚痴なら聞くから、抜いて欲しいんだけどぉ」 内心、呂佳に呆れつつ、こう言うしかなかったのである。もともと今夜誘ってきたのは呂佳であり、利央は渋々頷いたのだから、勝手に押し倒して勝手に愚痴り出した彼にはもう呆れるしかない。 利央はこう思った。とことん愚痴に付き合ってやろうじゃないか、と。自分が聞かずして、一体誰がこの、雰囲気ぶち壊し男の愚痴を聞いてやれるというのか。誰も好き好んで聞きやしないだろう。だから彼女も出来ないのだ。いや自分が恋人なので、それは困る。 てゆーか明日、普通に学校あるし。 兄ちゃんも相当お疲れのようだから、無理にヤらなくても良いのでは。言外にそう籠めて利央は呂佳を見つめた。 呂佳は暫く利央の言葉の意味を頭で数複させ、下半身に視線を向けぎょっとしたように言った。 「うわ、悪い」 今、ヤッてる最中じゃねえか。 「そうだけど。何考えてんの。バカなの兄ちゃん」 哀れな弟の眉がヒクッと動いた。呂佳も今回ばかりは、利央の棘のある言葉に何の弁解も出来ない。 本当に自分は何を考えていたのだろう、と呂佳は己の眉間に手をあてた。 いや、後悔はいいから、早く抜いて欲しいんだけど。そんな利央の気持ちとは裏腹に、呂佳は肩に乗せられた足を抱えなおした。そんなまさかと、嫌な予感に利央の背中に冷や汗が滲む。 それは的中し、呂佳は急に律動を開始させた。 「待って待って、違、そうじゃなっ、ああ」 焦ったような声は、意味を持たない物へと姿を変えていく。それが呂佳に通じるわけもなく。 「黙っとけ、舌噛むぞ」 などという、全くもって見当違いの言葉が返された。 痛くはないが、辛い。体勢が、主に足の付け根が。利央の頭の中をこれだけが廻る。 「ね、えってば、つら、っや」 「すぐに楽になるから黙ってろ。ったく、うるせえな」 その言葉と同時に、呂佳は利央の中を深く抉った。甲高い声が漏れる。 しかし、その甘い声を出してしまった利央は、呂佳に対してかなりの苛立ちを感じていた。 うるせえな、だと。ヤッてる最中の恋人に向かって、うるせえなって。突っ込まれたまま辛い体制で、優しく愚痴を聞いていたオレに、うるせえなって。 「んっ、この、にいちゃ、めっ」 こんな最低なセックスに付き合ってあげてるのは、オレの大きな愛ゆえなんだよ、ああ腹立つなあ。この最低人間め、愚痴愚痴男め、兄ちゃんめ、これ終わったら、後で殴ってやるかんね。 「なんだ。気持ち良いのか」 利央は揺さぶられながら、微かな限界の出口を感じ、ぼんやりと心で悪態を吐いた。 そういうこと、普通聞くもんかな。ムードも何もないなあ今日は。 「もお、やだっ、う、あああぁっ」 「お前、早すぎ」 こちらはもう体力の限界なのだ。すぐにでも寝かして欲しい、早すぎでも何でも良いから、解放してくれ。 敏感なままのその身体を更に抱えなおす呂佳に、とうとう利央はキレた。 「ふっざ、けんなっ」 「馬鹿、おま」 利央の渾身のパンチが呂佳の腹にヒットした。しかし悲しいかな、呂佳と利央はまだ繋がったままで、殴った本人はそれを失念していた。かみ殺したような低く荒い息遣いのすぐ後に、少し掠れた中性的な声が続く。 「なんだ利央、またイったのか」 「いや、兄ちゃんのせいじゃん」 「いや、今のはお前のせいだろ、どう考えても」 えー。 利央の疲れた声が、静かな空間に溶けていった。 数日後。 その日、利央はひどく悲しんでいた。 雫が頬を伝い、下へ向かう。 「それでね、ひっ、んくっ、だからね」 利央のしゃくりあげる声に、呂佳は複雑な顔をした。 気持ちよくて泣いてるとか、そんなんだったらさぞかし気分が良かったろうに。 「おう、それから」 一体何があったんだ、兄ちゃんに言ってみろ。自分は出来た兄だ、と心の中で呟き呂佳はそう続けた。 己の組み敷いた弟を見つめながら。つまり、この間の状況の逆である。これはキツイ、と今更ながらに呂佳は利央の苦しみを知ることになった。 「その、ドラマの主人公はね、自分の好きだった人をっ、ううっ」 別に利央は、呂佳に仕返ししてやろうと意図的に焦らしている訳ではない。 「好きだった人を」 「あ、あっ、きらめちゃうんだよお」 感極まって、うわあああん、と泣き叫ぶ利央に、呂佳はさてどうしたもんかと頭を抱えたくなった。たかがドラマの話だろ、と言って利央の機嫌を損ねたくもないし、かといってこのままというのは非常にきつく。早く動きてーな、と言ったら完全に利央に嫌われるだろう。 「とりあえず、抜くぞ」 ドラマの感想でも何でも聞いてやるから。 呂佳がそう言って利央から身を引こうとすると、利央の腕が呂佳の首に絡みついた。 「そ、れは、ううっ、やだあっ」 呂佳は唇の端をひくつかせた。こんなに白けた状況で、ムードも何もないこの空間で、続きをする気分になれるわけがない。しかし利央の要求はまさにその、白けた性行為の続きだった。 なんだそれは。なんなんだそれは。それ程までに、この間の己は理不尽だったとでも言いたいのかお前は。今更俺を責めているのか。 「兄ちゃん、どうかしたの」 「別に。しっかり掴まってろよ」 「なんか今日、覇気がないね」 「お前のせいだよ」 性欲も怒りも悲しみも少しの憎らしさも、愛も。 結局全部、ただの本能と言ったら、こいつはそんなの味気ないなんて言うかもしれない。互いの全てが混ざり合って、いつかその境目がなくなるくらいまで溶けて行けたら。どこに辿り着くのか、この馬鹿と二人で。 そんな呂佳の思考も利央の本能も、ただ溶けていくだけだった。 end [*前へ][次へ#] [戻る] |