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short
同調※

※少し怪しめ


 宿題に追われシャーペンを忙しなく動かす利央。音を立てぬよう気をつけて、俺は利央の部屋に入りドアの鍵を後ろ手に閉め、この阿呆の名を乱暴に呼んだ。びくりと肩を震わせる奴の顔を覗き込む。
 綺麗だ。肌も瞳も、今日も太陽に晒されていたであろう、少し痛んだ長い前髪でさえ。これら全てをひっくるめて、利央というひとつの個体が出来ているのだと思うと、自分が気持ち悪くなるくらいに、こいつに心底惚れているということを思い知らされる。






同調






 なんでこいつなんだろう。そう内心毒づきながら、俺は利央の後頭部に手をそっと添えた。唇を重ねる。重ねるだけ、がっついたりなどしない。最初は、優しく穏やかに。
 乱暴にした所でこいつが壊れるわけではないが、かっこ悪いと思われたくはないし、そういう風に事を終えた後は、いつも決まって吐き気に襲われる。

 何度かその行為を繰り返しているうちに、利央の指がシャーペンを離し、縋るように俺のシャツを掴んだ。息継ぎの限界らしい。
 塞いでいた唇を開放してやる。机の上の宿題を見れば、ちっとも進んでいなかった。本当にこいつを思いやってやるのなら、ここでこの行為を中断して弟の勉強を見てやるのが、正しい優しい兄なんだろう。

 でも俺は優しくはないし、弟に手を出している時点で大きく道を外しているから、健全なる兄弟なんぞとは全く関係ない。自分のためにしか行動しない、そんな底辺に位置する人間だ。

 だから俺は迷わず、利央を抱えあげてベッドに落下させた。ギシッと軋む音を立てたのは、年季の入ったベッドではくて、俺の心のような錯覚。

 利央を愛するたびに、満足という毒に侵されて、俺の身体の一部が腐って死んでいく。それだけ真剣に愛しているのを、こいつは気付いているんだろうか。馬鹿らしい。そんなわけないのに。

 利央の上に覆いかぶさり、もう一度口付けた。唇はそのままに目を開き、睫毛の本数までわかる至近距離でこいつを観察した。

 瞼の上、血管が通っているのがわかるほど透き通る、白くて薄い皮膚。吸い付いたら、眼球が取れてしまうかも。もちろんそんな恐いことはしたくないので、ただ指でなぞるに留めて、俺は身体を起こした。

 じっと俺を見つめていた利央が、ぽつりと言った。

 したいようにすればいいのに。

 言い出したのはこいつなので、俺は再び身体を低くした。左の、薄い瞼の上を舐めれば、ぐるりと眼球が動くのがわかった。瞼の裏で、利央は今何を思っているのだろう。
 続いて、利央の唇を無理やり右手の中指と人差し指でこじ開け、突っ込んだ。舌を挟んだりして遊ぶと、利央が薄く右目を開いた。どこを見るでもなく彷徨う視線、薄緑の瞳に映る俺の顔は酷く虚ろだった。

 突っ込んだ指で、硬口蓋に触れるとその瞳がゆらりと揺れた。左瞼の上に置いた唇を離す。そのまま下へ伝って、首筋に吸い付いた。口内を撫でる、異物の感触に慣れてきたのか、利央は自ら舌を指に絡めてくる。余裕だな、なんて思いながら、キスマークにはならない程度に白い咽に何度も吸い付く。

 硬口蓋のさらに奥、柔らかな軟口蓋に爪先が到達すると、利央は流石に困ったような目を俺に向けてきた。さぞかし気持ち悪いことだろうな。

 吐くかな、と考えながらも俺は指の腹で、その場所を擦ってみる。えづいた。それだけだった。我慢強いのか、気持ちいいのか、こいつがただ単に変な性癖の持ち主なのか。

 苦しげに呻く利央の潤んだ瞳から、一筋涙が零れた。
 それを見て、俺は慌てて指を引き抜いた。死にはしないだろうが、やはり苦しいのだろうし、俺はサディストではなかった。こんな利央を見て、興奮なんてできずただ心配だけが込み上げる。こいつを泣かせたのは俺なのに、矛盾しているが、でも泣かせるつもりはなかったのに。

「大丈夫だよ」

 場違いな利央の明るい声に、混乱した頭が一気に冷静になった。

「少し苦しかっただけ。兄ちゃんも苦しかったんでしょ」

 お前に俺の何がわかるんだ。そう言ってやりたいが、俺だってこいつの何がわかるんだって言う話になるからそれは言わず、何事もなかったかのように、いつものように服を脱がせて、普通のキスをした。

 利央はいつもそうだ。初めての行為の時だって、後悔する俺に向かって大丈夫だよと一言呟いて笑った。利央はいつだって俺を許す。

 腰をひと撫でしてやれば、利央は甘い吐息を漏らした。

 利央に許される度、身動きできなくなる。大丈夫という、俺を許す言葉に縛られる、逃れられなくなる、こいつを愛さずにいられなくなる。

 でもこいつは、何にも縛られていない。
 存在しない柵をわざとらしく跳び越して、どこかへ逃げていくんだろう、いつかは。
 そしたら、抜け殻になった俺を見て、また大丈夫だよと言うんだろうな。利央が大丈夫と言うから、俺は在り得ない永遠を夢見続ける。

「利央、舌出せよ」

 先ほど泣かせたように、指を利央の口に突っ込んで軟口蓋に触れた。利央はまた、えづく。吐きたいのはこいつなのに、なぜか俺も吐きたくて仕方がなくなった。

 だから今は精一杯、こいつを繋ぎ止めようとみっともなく、この非生産的行為を定期的に続けるのだ。

「楽にしてやるから、力抜け」

 全て吐き出して、楽になりたいのは俺のほうだ。

 生理的な涙を流す、そんな利央を映す俺の目からも、同じように苦しみの涙が零れて、熱い渦へと呑み込まれて行った。







end







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