short わかればなし 俺の部屋で二人きり、久々にキスをして、唇を離すと利央は言った。 「何が正解なのか、わからなくなった」 わかればなし 兄ちゃん、別れよう。 利央はそれきり黙り、俺と視線を合わせようとはしなかった。 だから、俺も何も言わなかった。 いや、言おうとはしたのだ。 いつものように、ぶっきらぼうに、お前、何言ってんの、と。 利央の顔を覗き込むまでは。 虚ろで、儚げで。 あいつの瞳に俺は映っている筈なのに、一緒にいる時間がどれ程大切で幸せかあいつはわかっている筈なのに、利央の心の片隅にさえ、俺はいなかった。 なんで、そんな目してんだよ。 なんで、こっちを見ないんだ。 だから結局言えなかった。 言葉に出来ない分、利央の腰に回した腕に力が入る。 利央がどんな意図でそれを言ったのかなんて、どうでもよかった。 自分なりに大切にしてきたつもりだったのに、こいつはこんな事を言うのか。 苛立ちと、驚きが相殺しあって、俺の中には波風1つ起こらなかった。 不思議だな。 あと、皮肉だな。 俺たちは一体何だったのだろう。 今まで、何をしてたのだろう。 そりゃあ、キスもすればセックスだってしたさ。 じゃあさ、好きとか愛してるとか今まで、俺は、お前は、誰に言ってたんだ。 別れた次の日には、もうあいつはさっぱりとした顔で、おはようなんて言ってきた。 薄情な奴。 俺はな、お前の唇の感触が離れなかったせいで、ろくに睡眠取れてねぇんだよ。 とは言わずに、利央の頭を思い切り叩いた。 痛がる利央と、笑う俺、いつもの朝。 ああ、なんだ、難しくないじゃないか、恋人を棄てて兄弟に戻るなんて。 つーかこんな事なら、無理して実家に戻る必要なかった。 とんだ無駄足だ。 利央からの別れ話を承諾して、1週間が過ぎた。 よりを戻すとか、そっちの方向への進展もなければ、他愛ないメールのやり取りもない。 講義の合間に、無意識に携帯の受信メールをチェックする左手が恨めしい。 真面目に授業を受けているのは右腕だけだ。 俺の意識は、全て利央が持っていっちまったから。 突然、隣に座る友人から肩を叩かれ、俺はうっかり携帯を落としそうになった。 ぎろりと睨むと、そいつはにこにこしながら筆談を始める。 今日、合コンあるんだけど。 俺も筆談で返してやった。 あっそ。 あっそじゃねーよ。 お前も来いよって言ってるんだよ。 行かねー。 どうぞ楽しんでください。 あれ、仲沢、今彼女いたっけ。 ペンが止まる。 いや、別れた、けど。 けど、なんだ。 いい機会なのかもしれない。 利央をふっ切るいい機会。 後に悔いるから後悔。 俺はその意味を今、心から理解した。 見知らぬ女、見知らぬ部屋、気付いたら朝。 布団をそろりと捲る、良かった全裸じゃない、でも半裸だから多分良くない。 一番最悪なのが、俺の行動が酔った勢いじゃないってことだ。 「いっそ覚えてなかった方が、楽だっつーのに……」 好きでもない奴と寝た。 利央じゃない奴と寝た。 これからも俺は、利央以外の、好きでもない奴と、寝るんだろうか。 こうして、利央を想えば想う程深くなる海に溺れていった時と同じように、利央を想えば想う程深くなる谷底に、墜ちていくんだろうか。 隣でもぞりと女が動いた。 仲沢くん、とか細い声が聞こえたが、俺は部屋の片隅でぐしゃぐしゃになったシャツを引っ付かんで部屋を出た。 一応金は置いてきたけど、俺も利央の事を強く言えないな。 なんて薄情な奴だろう。 桐青高校校門前で、あのバカを待ち伏せた。 あの時聞けなかった理由を聞くために。 利央が別れを切り出したあの時の事だ。 利央と可愛い女子が手を繋いで校門を出てきた。 有無を言わさず利央の腕を掴んで引っ張る。 「兄ちゃんっ」 「悪い。こいつ今日は俺と帰るから」 いつかはこんな日が来ると、どこかで思っていたから俺は聞き分けのいいふりをした。 別れの日がいつか訪れるとしても、それを自分で早める必要なんてなかったのに。 「ちょっといい加減にしてよ」 「お前うるさい」 俺たちの関係に、正解なんて最初から存在しないのに。 人通りの少ない場所まで走って、俺はやっと利央の腕を放してやった。 かわりに肩をがっしり掴む。 「無駄なことはお互いやめよーぜ」 それでも、あるはずのない正解が欲しいなら。 「これが正解だ」 利央の唇に噛み付いて、1週間分のキスをした。 何度目かに向きを変えた時、あのバカの腕が俺の背に伸びた。 勝手に思い詰めて別れを切り出すぐらいなら、不安だって、俺に叫べば良いのに。 「で、どうすんだ。別れたいのかお前は」 冷たくそう言ってやったら、利央はビービー泣き出した。 近所迷惑だ! 利央の頭を叩く。 わかればなしなんてくそくらえ。 end [*前へ][次へ#] [戻る] |