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いいひと

※11/7利央の誕生日


腰に回された手から、熱が伝わる。
これは、もうだめかもしれないな。
利央は心の中でそう呟いて呂佳の髪に指を絡めた。






いいひと






夏が過ぎれば秋が来る。
木々は紅葉し、それは美しい。
美しいが、寒い。

学校からの帰り道、利央は薄暗い蛍光灯の下で、身を震わせながら肉まんを頬張った。
制服の下にセーターを着ているのだが、首は何も着けていない。
白い首が風に晒され、咀嚼しようとする喉の動きもぐったりしているようだった。

急に寒くなった。

はふはふ、と開閉する口から湯気が空に昇った。

朝は暖かかったのに、そういえば、朝の情報番組で、夜は特に冷え込むでしょうと言ってたような。
明日からはちゃんとマフラーを着けよう。

利央は、肉まんの最後の一欠片を口に放り込み、鞄をごそごそあさった。
やがて板チョコを引っ張り出して、それをじっと眺める。
もう一度鞄を探れば、今度は菓子パンが出てきた。
それらを見比べて、利央はため息を吐いた。


誕生日プレゼントが全部食べ物って、どういう事なの。


最初は喜んでいた利央だったが、誕生日おめでとう、の言葉とともに手に渡されるお菓子の数々により、だんだんと顔がひきつった。
祝ってくれたのは、部活の友達や先輩だけではなかった。
クラスの女子からも何かと好かれるため、クッキーやチョコや飴がどんどん増えていく。

その様子を傍で見ていた迅は、甘い物ばかりのプレゼントにげんなりした利央にコンビニで買った肉まんをそっと差し出した。
その優しさに利央は表情を緩めた。
迅がサッと背中にクッキーを隠したのは見なかったことにして。




板チョコをかじりながら、利央は家の鍵を開けた。
室内は暗く、人の気配はしない。
冷蔵庫から牛乳を取りだしてふとそのドアを見ると、今夜は遅くなる、というメモが貼り付けてあった。
利央はそれを横目で見た。


牛乳をマグカップに注ぎ、レンジに突っ込む。
乱暴に持ち上げたために利央の手に冷たい牛乳が少しかかった。

「あぁ……」


冷たい。


高校生にもなって誕生日とかにこだわってる訳じゃないけど。
広い家に一人きりってなかなか寂しいものだよね。


色々思いながらこうも寒いと何もしたくなくなる、と言い訳をして利央はこたつに潜り込んだ。

しばらくしてレンジが時間を知らせたが、利央は目を瞑って無視をした。
何度もレンジが利央を呼ぶ。
その5回目に合わせて、ポケットに入れた携帯が震えた。
どうせメールだろう、と動かない利央に反して携帯は鳴り止まなかった。
レンジと携帯の電子音に、こたつで気持ち良さそうにしていた利央は顔をしかめ、もぞもぞと携帯を取り出す。
そして相手を確かめもせずにボタンを押して耳に当てた。


―おせーよ。早く出ろ。

「何だ、兄ちゃんか。今オレ寝てたんだけど」

―具合でも悪いのか。

「ううん。昼寝」

―おお、そうか。邪魔できて嬉しいぜ。


呂佳は利央の携帯の向こう側でククッと笑った。
一瞬ムッとした利央だったが、すぐにふんわりと笑う。

「兄ちゃん、今日、」

―利央。誕生日おめでとう。

利央は誰が見ているわけでもないのに、綻ぶ顔をこたつ布団に押し付けて隠した。

―おい。

「なーに」

―外出てこい。


これはもしかして。


利央はこたつを飛び出して玄関へ向かった。
勢いよくドアを開けたのだが、足が縺れてそのまま前に倒れそうになる。
それを横から支えたのは、片手に携帯を持った呂佳だった。
呆れた顔で呂佳が利央を見る。

「お前何やってんの」

そのぶっきらぼうな言い方に眉をひそめて、いや、と利央が口ごもった。

「兄ちゃんが、いるんじゃないかと思って」

それを聞いて呂佳は小さく笑った。

「そうだな。確かに、この寒い中お前の所まで、来たんだもんな」

そう言って、利央の唇を自身の唇で優しく挟む。
一瞬の事だったが、それだけで利央は機嫌を良くした。




二人はこたつに並んで入り、外気に触れたせいで冷たくなった指先を暖めるように、一つのホットミルクを代わる代わる手で覆った。
呂佳は辺りを見回し、利央のバッグに目を止めた。

「何だあれは。唯でさえ高校生なんてのはニキビ出来やすいのに、板チョコなんか食ってたら更にニキビが出来るだろ」

「友達とかが、お菓子たくさんくれたんだよ」

「餌付けじゃねえか」

「違うもんね」

別にどっちでもいいわ。
呂佳は上着のポケットを探り、かわいらしい包みを取り出して利央に差し出した。
待ってました、とばかりに利央はにこにこして包みを受け取った。

「食べ物だったら兄ちゃんとは絶交だかんね」

ばしんと利央の頭が叩かれる。
がさがさ包みを開けると、中から転がり出たのはリップクリームだった。

利央が首を傾ける。

「……んー。反応しづらいんだけども、兄ちゃんはなぜこれを?」

「そうだな」

まあ、簡単に言うと、俺がお前にキスする時に唇がガサガサだったら嫌だからって所だな。


何だそれは。


「兄ちゃんらしいと言えば、兄ちゃんらしい……」

「貸せ。塗ってやる」

呂佳は利央からリップを奪い取り、空いた片手で利央の顎を固定した。
じっくり、慎重に呂佳はリップを塗っていった。


そんなに丁寧にしなくても。


無言の行為が続く事が気恥ずかしくなったのか、利央は呂佳の手を振り払った。
利央は逆に呂佳の頭を両手で固定してキスした。
先ほどのとは違う、少し長めのキスだった。

「あ、グレープフルーツだ」

呂佳は柔らかく笑う利央の前髪に唇を落として、腰に両手を回した。
そのまま引き寄せ、満足そうに目を瞑った。

「お前の事、愛してる」

「オレも兄ちゃんの事、愛してるから」

腰に回された手から、熱が伝わる。

利央は「愛してる」が頭を支配していくのを感じた。

これは、もうだめかもしれないな。


利央は心の中でそう呟いて呂佳の髪に指を絡めた。








end

利央、Happy birthday!

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