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short
鏡の中で笑う


※露骨




恋人達はキスをして、抱き締めあった。
セックスをしようとした事もあった。
利央の身体が悲鳴をあげた瞬間、それは無理なのだと呂佳は悟った。
利央は躍起になった。
だけれどそれだけは、何度やってみてもうまくいかない。


人生何でもうまくいくわけがないから仕方ない。


そう言って苦笑した呂佳と違って、利央はもう笑えなかった。
相手は自分を愛している、自分は相手を愛している。
わかってはいても、利央の不安は拭えない。
人の心は、目に見えないのだから。






鏡の中で笑う






洗面所は電球が切れかけているため薄暗い。
風呂をあがったばかりの利央の身体は濡れていた。蒸気が鏡を白く曇らせた。
身体をタオルで拭きもせずに、ただぼうっと洗面所の鏡を見つめる。
鏡に映る利央の目は虚ろだった。
鏡に映る自分を見ているようだが、焦点はあっていない。

額から流れる汗を長いまつ毛がぱちんと弾く。
白い肌を雫が伝り、床に小さな水溜まりを作った。

利央は5分の間、突っ立ったまま鏡を見つめていた。
温かかった身体はだんだん冷えてきたが、利央は服を着ようとはしない。
真っ白な肌で金髪を湿らせた少年が、鏡の中から利央を見つめ返している。

肩、胸、腹、と視線を下へ移動させた利央は、傷一つない肌にため息を吐いた。
野球の練習でつけて帰ってくる擦り傷も、やがては消えて無くなる。
それは嬉しいが。


兄ちゃんにつけられた傷は無くならなくていいのに。
って思うのに。


一方的な喧嘩でも、呂佳と言葉を交わせただけで、利央は幸せを感じることができた。
時々殴られたりしても、それが本気ではないと利央にはわかっていたし、その暴力でさえ利央の幸せになるのだった。

キスはしたんだ。
でも、キスしたら、やっぱりその次は。

なぜセックス出来ないんだろう。


何度目かの失敗の後は、呂佳が利央の身体に触れることはなくなった。
利央がどれだけ誘ってみても笑うだけの呂佳。
利央が焦るのも無理はないのかもしれない。


兄ちゃんの指先が、もしも。


呂佳がもしも肌に手を這わせるとしたら、と利央は考えながら右手で鎖骨辺りを何度か往復させた。
左手の指先から腕、肩、再び鎖骨。
鎖骨は綺麗なラインで浮き出ている。
日に当たらない部分は、本当に真っ白だ。
そのまま下へ、と胸の中心に触れて、右手は少しためらいを見せた。


何やってんだろ。


利央は熱いため息をこぼし手を下げた。

オレの身体が悪いのか、全部さ、受け入れられないオレのせいなのか。
利央は、鏡を見つめて再び考えに耽った。


でも、もともと男同士でヤるような造りにはなってないもんね。
カミ様だってまさか夢にも思わないよ。
しかも、兄弟だし。


そしてバスタオルだけを掴み、裸のまま自室へと歩き出した。

フローリングに小さな水溜まりを作りながら階段をのぼる。


バカみたい。
兄ちゃんを好きなオレが、バカみたい。


部屋にたどり着いた利央は、乱暴にドアを開けた。
身体は冷えきっている。
しかし寒さを感じるどころか、その瞳は熱っぽくとろんとしていた。
よろけてベッドに倒れ込む。


兄ちゃんだって悪いんだ。
オレが泣いても喚いても、無理やり突っ込んでくれればいいのに。

オレを大事にする兄ちゃん、バカみたい。
ズルいじゃん。

オレも兄ちゃんも、バカ。
頭悪い。

兄ちゃんなんか、さっさとオレをフれば良いのに。
そんで、オレよりも可愛い彼女作って、結婚とかしちゃって、そのスピーチでオレは兄ちゃんを褒め称えるんだ。
兄ちゃんはとてもかっこいいです、オレの自慢の兄ちゃんです、おめでとう。
愛してる、は言えないまま式は終わり、兄ちゃんと一生キス出来なくなるんだ。


利央は、濡れた身体を毛布にくるみ目をつぶった。
これ以上何かを考えても落ち込むだけ、と寝そべったまま窓の外を眺めた。

外はもう暗い。
透明な窓は、まるで最初から鏡であったかのように利央を写し出した。
薄暗いその鏡にも、利央の肌は白く写っている。
毛布の合間からちらりと覗く真っ白な鎖骨。


気持ちワルイ。


利央は、そこに思いっきり爪を立てて引っ張った。
赤くみみず腫のような痕が残ったが、血は流れない。
もう一度、今度は勢いをつけて爪をおろす。


痛い。


そう感じつつも利央の手は止まらない。
何度かそれを繰り返すと、赤い血が一本の線を描くように滴った。
少量ながらも、次から次へと血が流れ出す。


兄ちゃんとセックス出来ないなら、どうやってオレの気持ちを知ってもらえばいいって言うの。
身体っていう、目に見える、感じられる媒介無しに、どうすれば兄ちゃんの気持ちに触れられるんだよ。
精神だけでも離れたくない。

ああ、身体が邪魔なんだなぁ。


片手では足りない、と言わんばかりに、利央は両手を傷口に降り下ろす。
しかし、その手は抉れた肌に届きはしなかった。
ぼーっとした目で、利央は自分の腕の自由を妨げた物を見た。

「……ノックしてよ」

「した。何回もな」

いつの間に部屋に入ってきたのか、呂佳が利央の傍に立っていた。
呂佳の手が利央の腕を押さえつけたのだ。
呂佳は利央の鎖骨周辺を目で見やると、次に指の間に入り込んだ赤を睨んだ。

「お前、バカじゃん?」

何やってんの、と吐き捨てるように呂佳が言った。
利央がほおっと息を吐いて呟く。

「兄ちゃんとセックスしたかっただけ」

「普通は自慰だろ」

「オレは普通じゃないもん」

呂佳は利央の爪と指の皮の間を舌で舐めた。
利央が身震いしたのには、気付かなかったようだった。

「セックスセックスってなぁ、そんな盛ってんじゃねぇよ」

「ねぇ、今ので起っちゃった」

「おう。俺もなんか興奮してるよ。変態だな」

「じゃあセックスしようよ」

それはダメだ。
呂佳は利央の目を覗き込んだ。

「愛してるから、お前とは絶対ヤらない」

「……わかんない」

「わかれよ。スゲー好きなんだぜ」


好きなら、普通はセックスしたいと思うでしょ。


好きなんだけどな、なんで伝わんねーかな、と呂佳は呟いて利央の血が浮かぶ鎖骨に顔を埋めた。


「好き」が目に見えるなら、オレだってこんなにセックスしたいなんて言わないよ。


利央は、呂佳の身体を抱き締めて、視線を動かし窓を見た。

窓が鏡のように映し出したものは、紛れもなく利央と呂佳だった。

なぜか利央は悲しくなって、そっと微笑みを浮かべた。

目に溜まった雫のせいで鏡の向こうは暗く滲んでいた。








end

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あきゅろす。
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