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あいのかたち2
※あいのかたちの続き
※呂佳→←利央
野球部の朝練は6時から7時半まである。
教室に入って席に着いた途端に、疲れがどっと出て眠ってしまう生徒も多い。
それは仕方ないことだとは思いますけどね。
だって、オレも朝はいつも寝てるし。
「呂佳さん、寝たフリはやめてください」
バレバレっスよ。
島崎はそう言うと机に突っ伏している呂佳の耳にコソコソと呟く。
「今、大丈夫ですか」
呂佳が顔だけを動かし島崎を睨む。
「何か用」
睨まれた島崎は、先輩の恐ろしい目から逃げたくなる気持ちを抑えて深呼吸した。
「スイマセン。昨日実は呂佳さん達の話聞いちゃいました」
呂佳の目が一瞬だけ大きくなり、その後すぐに虚ろになった。
慎吾がいたって事は、和己もいたのか。
最悪だ、全然気付かなかった。
言ってしまった、と島崎は怒られるのを覚悟して目を閉じた。
呂佳の拳が痛いのは部内でも有名だったので、少しでも衝撃を和らげたいと思ったらしい。
しかし、島崎の予想に反して呂佳の拳はおろか怒声も降りかからなかった。
「……ここ2年の教室。なんでお前がいるんだ」
比較的穏やかな声に島崎は驚いて、呂佳の顔を凝視した。
「呂佳さん、熱でもあるんスか。いつもならここでガツンと一発くるのに」
「ていうか、てめぇ昨日の事知ってんなら察しろよ。失恋したばっかりの俺に何無神経に昨日の話とかしてんの」
わ、声ちっさ!
失恋とか引きずるタイプだったんだなこの人。
小声しかも早口で言い終わると、呂佳はまた机に突っ伏す体勢をとった。
島崎は普段横暴な先輩の意外な一面を見て驚いた。
今日は驚いてばかりだ。
そうおどけるも、これは末期症状だと冷静に判断していた。
「呂佳さんって愛情表現下手っすよね」
呂佳の手が昨日の部室の時と同じように、帰れと動いたが、島崎はその場を離れようとはしなかった。
「オレ、まだチャンスはあると思うんですけど」
呂佳の肩がピクリと動く。
教室には生徒が集まり始めている。
気付けばもう、あと10分で朝のホームルームだった。
急いで島崎は続けた。
「オレら、呂佳さんに協力したいんスよ。昼休みに屋上で待ってますから来てください。利央との、これからの事を考えませんか」
言いたいことだけ言うと、島崎は2年の教室から出ていく。
島崎が去った気配を感じて、呂佳は顔を上げた。
女子の高い笑い声が教室に響く。
男子のふざけるような声も教室に活気を与える。
その中で呂佳は一人、島崎の言葉を考えていた。
利央との、これから。
もうどうにもならねぇよ。
そう思いながらも、利央を考えると心臓が跳ねる自分を笑うしかなかった。
「呂佳さん。昨日はすみませんでした」
「別にもういい」
昼休み、屋上では呂佳と河合と島崎が昼食を広げながら座っていた。
河合が呂佳に謝ったのをきっかけに、島崎が話を始める。
「ぶっちゃけオレは、利央も呂佳さんの事好きだと思うんス」
「……俺昨日、超拒否られたけど」
「オレも慎吾と同じです」
呂佳の顔が暗くなる。
河合はそんな先輩の顔を見ながら、島崎の意見に同意した。
「利央はまだ中学生で、呂佳さんよりずっと幼いわけだし、ビックリしたんじゃないですかね」
突然キスされそうになれば誰だって嫌がりますよ。
河合が唐揚げを口に運びながら言う。
呂佳が難しい顔のままコンクリートの上に寝転がって空を見上げた。
ショタコン、兄弟、無理矢理、と指を折り曲げて、おもむろに発言する。
「今さらだけど、俺ってもしかして犯罪者じゃね」
「今さら過ぎです」
間髪入れずに飛んできたのは河合の言葉だった。
真剣な顔で呂佳を見つめるのは頼もしい後輩の姿だった。
「まさか、呂佳さんが利央の事をそんな風に思ってるなんて誰も気付かないですよ……だけど女の話題出したのはオレですから、すごい申し訳なく思ってます」
生真面目な奴だよな、と呂佳は頭の片隅で考えた。
河合の話を黙って聞いていた島崎が、呂佳をまっすぐ見て言う。
「さっきも言いましたけど、呂佳さんは愛情表現が下手なんスよ。利央に呂佳さんの愛情は全然伝わってないって、オレ言い切れますもん」
「結構スキンシップ激しいつもりだぞ俺は」
「いや、殴ったり蹴ったりってスキンシップに入らないと思います」
河合がすかさずツッコミを入れた。
呂佳が唸る。
軽く笑ってから、島崎はハッとした。
「思いついた事言ってもイイっスか」
「もう何でもいいから、さっさと終わりにしてくれ」
心身共に疲れきっている呂佳は、ため息を吐きつつ先を促した。
「利央、昨日の事遊ばれたと思ってたりして。大好きな兄ちゃんにふざけられて嫌がったとか。どうすか」
「まて俺は、好きってはっきり言ったぜ」
いくらバカでもそれは無いって。
あはは、そうですよねー。
「いやあり得る」
「え」
河合の意外な一言に呂佳と島崎の言葉が重なった。
「準太っていう俺の後輩がいるんですけど、ほら可愛い中3の投手の。知ってますよね」
「ノロケとか要らねー」
今度は呂佳が突っ込んだ。
「準太が、ふざけて利央にシュークリームは木から収穫されるって言ったら、利央は、その木育てたいって言ったそうですよ。大真面目に」
島崎がそれを聞いた瞬間爆笑した。
呂佳は頭を抱える。
恥ずかし過ぎる。
利央を好きな俺が恥ずかしい。
「あははは!利央マジで超バカ!思考回路どうなってんだよ!……って事は」
二人は一斉に河合の方を向いた。
「だって、呂佳さん最後に冗談だって言って締めくくったじゃないですか……互いに勘違い、あり得るんじゃないですかね」
不思議なことに、人というものは一回じっくり話し合ってみると冷静になれるらしい。
学校から帰ってきた呂佳は非常に落ち着いていた。
今度こそは焦らないで利央に好きだと言うために何度も頭の中で練習した。
深呼吸して利央の部屋の取っ手を掴み、開けた。
利央が驚いたように振り返る。
「ちょっとぉ。ノックぐらいしてよ」
おお、わりぃ。
呂佳は軽く流して、利央の部屋の鍵を締めた。
途端に昨日の出来事を思い出した利央がギョッとする。
「なんで鍵締めるの」
「お前に言いたいことがある。すぐ終わるから聞いてくれ」
「やだ。出てってよ」
「好きだ」
利央が昨日と同じように目を丸くする。
しかし、その目はすぐに潤んで反らされた。
「ふざけないでよ。別に、彼女だって……恋人だって勝手に作ればいいじゃん。オレには関係ないし」
話を聞こうとしない利央の肩を掴んで目をあわせる。
利央の目からは涙が溢れていた。
「関係ないならなんで泣いてんだ」
声を我慢しようとする利央とそれを黙って見つめる呂佳。
そのまましばらくの時間が過ぎる。
利央が声をあげて、呂佳の首に腕を回して抱きついた。
「ずっ、ずっと好きで、でも兄弟でいいって、思ってたのに、兄ちゃんにっ彼女ができるって思ったら、わけわかんなく、なって」
途切れ途切れの言葉が愛しい。
呂佳は利央をきつく抱き締めた。
利央も強い圧迫を感じつつ、一層強く抱きついた。
「でも、兄ちゃんは、俺がこんなに兄ちゃんの事、す、好きって知らないんだって思ったら、なんでキスされそうになってんのかわからなくて……なんで、キスしようとしたの?」
「好きだからだよ」
呂佳は利央の額に唇を落とした。
「昨日は驚かして悪かったと思ってる。冗談って言ったのはお前が嫌がってると思ったからだ」
「嫌じゃない!」
突然利央が大声を出したので、呂佳はあわてて手で口を押さえつけた。
下には家族がいる。
気付かれた様子はない。
「……じゃあ、利央。キスしてもいいか」
利央が泣きながら頷く。
「利央、好きだ」
好きだ。
何度も心の中で思いながら、伝わるようにキスした。
多分、俺はこれからも、利央だけを好きでいるんだろう。
「……という感じでうまくいった。これは礼だ」
そう言うと、呂佳は1年の教室を後にした。
呂佳が教室を出たのをしっかり確かめてから、島崎と河合は、手の中のチロルチョコを見て噴き出した。
「呂佳さんが、チロルチョコ!あははは!」
「慎吾笑いすぎだって……ぷっ」
「だって、あの人が店で買うとこ想像してみ?チロルチョコだぜ、あははは!」
「はいはい」
準太に後でやろう。
そう考えた河合は携帯で高瀬の番号を呼び出す。
―和さん?
「準太、急にごめんな。でさ、」
「なんだ、和己、彼女か?」
突然島崎の声が割り込んできた。
電話口から高瀬の驚いた声が聞こえる。
―……え?彼女?
「え?」
―和さん、彼女いたんですか?
「いや違っ」
―だから最近、オレに連絡くれないんですか!?
「ちょっ準太、」
―和さんのバカー!!
絶叫の後、通話は切れた。
島崎がポツリと言う。
「もしかして、オレ何かマズイことしちゃった?」
河合が島崎を見て乾いた笑い声で言った。
「えっと、なんか、デジャヴ……?」
end
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