[携帯モード] [URL送信]

short
あいのかたち


※呂佳→利央
※呂佳がまだ高校2年生。




春先の午後5時は薄暗い。
肌寒さが残る中、グラウンドを整備する野球部の面々がゆらゆらと揺れていた。
3年生が引退しているため、2年生が中心になって指示を出す。
時間ギリギリだぞ。
終わった奴らは早く着替えろ。

「早くグラウンド出ろー」

その2年生の中に仲沢呂佳もいた。





あいのかたち





「お前ら、さっさと着替えろよ」

呂佳の声が小さな部室に響いた。

「こういう時さ、レギュラーで良かったって思わねえ?」

島崎が、タオルで汗を拭きながら河合に話しかけた。

「部室が広く使えて、さ」

野球部に限ったことではなく、基本的にどこの部室も狭い。
桐青は私立なので、公立よりは設備が整っている。
しかし野球部ほどの大人数にとってはやはり、狭い。
そんな理由で、部員の数が多い部活は大体大小2部屋を使っていた。
レギュラー用の小さな部屋と、大人数用の部屋といった具合である。

大きく伸びをした島崎の手を呂佳がはたいた。
そのままの勢いで、ついでに河合の頭もはたく。

「痛っ!」

「お前ら聞いてた?さっさと着替えろって言ってんだろうが」

「呂佳さん、オレ一言も喋ってないです」

1年ながらレギュラーとして活躍する島崎慎吾と河合和己は、呂佳と同じ部室で着替えていた。

「残ってんの二人だけじゃねえか。今日俺鍵当番だから早く着替えてくださーい」

棒読みで言うと、呂佳は日誌を読み直す。
島崎は呂佳の背中にボソッと言った。

「人待たせてますもんねー。すいません、早く着替えまーす」

「その話し方うぜぇ」

呂佳が振り返って島崎の頭を日誌で叩いた。
痛がる島崎を二人は笑って見ている。
河合は着替えを終えて呂佳に質問した。

「彼女ですか」

この間告白されて断ってたのオレ知ってますけど、と続ける。
呂佳が嫌そうな顔をした。

「……お前、なんで知ってんの。てか彼女とかいねーし」

その言葉に河合が口を開きかけたのを島崎が遮って、ニヤニヤしながら言った。

「和己、呂佳さんのこと待ってるのは利央だよ」

「利央?」

中学からの持ち上がり組の河合は、利央のことをよく知っていた。
しかし、利央は中等部だし、呂佳とは一緒に下校していなかったはず。
河合の怪訝そうな顔に、呂佳がため息をついて話した。

「アイツの自転車がパンクしたから、今日は朝から後ろに乗せて来たんだよ」

周りの目が恥ずかしいのなんの、そう言って二度目のため息。

「帰りは歩けって言ったんだけどな、バカ利央が乗せろってうるせーから……」

「和己、騙されんなよ」

突然島崎が間に入ってきた。
呂佳の眉がぴくっと動くが、島崎は動じない。

「別に嘘は言ってねーぞ」

「確かに、嘘じゃないですけど……呂佳さん、今日の昼休み中庭で、

顔すごいにやけてましたよ」



島崎の発した言葉で、呂佳の動きが止まった。

無言のまま10秒程過ぎる。
呂佳の額に流れた汗を河合は見つけた。

「なに言ってんのお前」

呂佳の声が焦りを含んでいることに気付き、島崎はますますニヤニヤした。

「呂佳さんの声も、携帯の声も、だだもれでしたよ」


―――


兄ちゃん、部活何時に終わるのぉ。

「……行きは乗せてやったけど、帰りは絶対やだ」

なんで!?

「周りの視線が恥ずかしいだろ!」

うー……恥ずかしかったけど、オレ嬉しかったんだよ?

「はぁ?」

だって、兄ちゃんとあんなにくっついたの久しぶりだもん。

「……この歳になってくっつくとか、周りから見ると気持ち悪く映るんだよ。わかるか?」

でもオレ、兄ちゃん好きだから……くっついてたいよぉ。

「……え。うそ。まさか泣いてる?」

……うぅっ……だってにーちゃん、好きだもん。

「わかった、一緒に帰ろう、な?だから泣くなよみっともない!」

本当?
ねぇねぇ兄ちゃん、オレのこと好きー?

「……おぅ」


―――



「慎吾、和己」

「はい。なんスか」

「今ここで話したことは誰にも言うな。あと、別に俺はブラコンじゃねえから勘違いするなよ」

「きゃー、このブラコーン」

島崎がゲラゲラ笑って部室を逃げ回る。
追いかける呂佳から逃れようと部室のドアを開けた瞬間、二人の動きが止まった。

そこにいたのは、ぼろぼろ泣いている利央だった。

「り、利央」

お前なんでこんな所に、と呂佳が続けるより早く、利央は呂佳に抱きついた。

「兄ちゃん、告白されたってホント!?」

涙が呂佳のシャツに染み込んでいく。
離れない利央と焦っている呂佳を、島崎と河合は呆然と見ていた。

「付き合うの……?」

呂佳が後輩二人に、帰れとジェスチャーした。
固まってしまった島崎の背中をあわてて河合が押す。

「お先に失礼します」

言われるがまま二人が退出したのを確認して、呂佳は利央の涙を親指で擦った。

「付き合わないから安心しろ」

「ウソだ!だって最近兄ちゃん、オレにかまってくれないじゃん!」

利央のしゃくりあげるような声が、呂佳の心を抉る。

「好きな人いるから、もうオレのことは好きじゃないんだっ!」

「利央、俺が好きなのはお前だって。前から言ってるだろ」

「オレのこと好きなのは、弟だからでしょ!」

その言葉に、ついに呂佳はキレた。
利央の顎を掴んで唇が触れそうな所まで近づける。

「好きだよ、利央。キスしたらお前に通じるか」

「兄ちゃん……」

「俺の好きは、こういう好きなんだけど」

突然変わった兄の様子に、驚きで利央の涙は引っ込んだ。
唇が近付く。

「兄ちゃ、やだ、」

「利央」

「いや、ねぇ、やめて!」

利央が大声をあげた。
呂佳が嘲笑する。


何が、兄ちゃん好き、だよ。
ほらみろ。
好きなのは俺ばっかりだ。


呂佳は怯える利央に冗談だと笑いかけて、泣きそうなのを堪えた。







end
あいのかたち2に続く



[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!