「ねえ真田、キスしようか」 カラン、と氷が溶けて崩れる音がした。涼しげなその音は寒い季節に合わなく、部屋の温度が一度下がった様な気がした。幸村はにこにこ笑っているけれど、俺は唖然としたままだった。 理解が出来なかった。幸村は俺の家で部屋に置いてあったテニス雑誌を読んでいて、俺は学校から出された課題をやっていた。特に会話などしていなかった。それなのに、なぜか急に幸村はそう言い出した。いや、問題はそこではない。俺達は恋人同士ではないし、それに男同士だ。キスをする理由も無ければ、理解も出来ない。 「・・・なぜだ」 「え?なぜって・・・特に大した理由は無いけど」 この男は正気か?そう思ったけれど口には出さなかった。幸村がきょとんとしていたからだ。こっちだってそんな気持ちなのに。全く意味がわからない。 俺は一つため息をついて幸村にこう言った。俺達は恋人同士でも無い、それに男同士だ。だからキスする意味も理由もわからない、と。 しかし幸村はなあんだー、と言ってけらけら笑った。何が可笑しい。そう聞くと全てがだよ、と一瞬真面目な顔で言われたから何も言えなくなってしまった。 「俺は真田のことが好きだから、だからキスしたいんだよ!!」 そう幸村が叫んだ瞬間、え?と女の人の声が聞こえた。俺は開いていた扉を急いで閉め、幸村!と怒鳴り付けたが、幸村はそんなのもお構い無しににっこりと笑った。呆れた、そう思い俺は今日二回目のため息をつき、その場に座り込んだ。伏せていた目を開くといつの間にか幸村が目の前にいて体がびくりと震えた。 「で、いい?」 「い、いわけないだろう!お前の考えはおかしい!」 「なんで?俺達は恋人同士じゃないから?男同士だから?・・・そんなの馬鹿馬鹿しい。俺は君を好きで、君も俺のことが好きなんだから別にいいだろ。なんなら今から恋人になるのも・・・」 幸村の言っていることが理解出来なくて、俺は幸村を突き飛ばした。幸村の肘がテーブルにぶつかりコップが床に落ち、中に入っていた緑茶と氷が辺りにばらまかれた。その音で我に帰り、大丈夫か?と聞いて丁度タンスの上に置いてあったタオルを取った。幸村は濡れていないだろうか、そう思い幸村にタオルを差し出そうとしたら、いきなり腕を捕まれあっという間に俺は幸村の腕の中だった。 「君は、俺のこと好きだろ?恋愛感情として」 「そんなわけっ・・・」 ない、そう言おうとしたのに言えなくて、それから黙り込んでしまった。幸村の顔を見ると幸村はにっこりと笑って、俺の頭を撫でた。わけもわからず呆気にとられていると、頭を撫でていた手がするりと落ちていき、頬で止まった。うるさい心臓を止めたくてギュッと目を閉じると、顔のすぐ目の前に幸村を感じた。 「キスしたら、君の何かが変わるかもしれないよ?」 唇に幸村の吐息がかかり、余計心臓の音がうるさくなった。 唇が触れると、何が熱いものが胸に込み上げてきた気がした。 |