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零式パロ



作戦当日、もうすぐ朱雀領奪還作戦についての説明が行われる。臨也は教室にて隊長が来るのを待っていたのだが、何故か静雄だけがいつまで経ってもやって来ない。やがて隊長が来る前に探して来て欲しいとモーグリに頼まれて、彼は溜め息をつきながら承諾した。作戦の当日ということで騒然とした魔導院を駆け回るもののその姿はなく、臨也はその広い顔を使って候補生を見つける度に訊ねるが、返答は皆同じくして首を振るばかりだった。
時間も随分経ち、途方に暮れてしまった頃。一度教室に戻ろうと廊下に立ち入ったところで、不意にまだ見ていない場所を思い出す。教室には隊長が既に来ていたが何も言わずに突き抜け、その先にある裏庭の更に先。門を引いた奥で、漸く静雄を見つけることが出来た。
そこはこの戦争で亡くなった人間の集まる墓地だ。そんな場所で、静雄は誰かも判らない墓石の前に一人しゃがみ込んでいた。早く教室に戻れと声をかけようとしたのだが、臨也は彼を覗き込んだ上で何も言えなくなってしまう。十枚ほどのノーウィングタグを一列に並べ、それをただただじっと彼は眺めていたのだ。それでも臨也が背後にいることにはすぐ気付いたのだろう。輝く銀板を指でなぞりながら、最初に開口したのは静雄の方だった。

「死んだ人間が十人、此処にいる。名前は知ってる。でも、顔は知らない」

それは語りかけるようなものではなく、囁くように小さな独り言だ。ノーウィングタグとは死者がその末路を残された生者に告げる為に、名前の書かれた遺物になる。それが誰か他人の手によってルブルムに持ち帰られた時、その名の人間は亡くなっていて、こうして遺体のないまま墓になるのだ。
静雄は少し前に単独で小規模な任務に出ていた。小規模といっても戦争の真っ只中なのだから、全てが無事という結果にはならない。おそらくその時、十人の命が絶たれたのだろう。それをたった一人に託されて、彼は持ち帰って来たのだ。
けれど悲しいことに現実には慣れてしまった。今ではもう人が死なない日はない。臨也はひとしきり冷たくなった手を腰に当て、不意にため息をつく。立ち上がれなくなった兵士に用はないが、静雄はこの戦争において重要な人間だ。捨てることも手放すこともしてはならない。何より、それを臨也が出来るはずはない。ただこのため息は戦い以外で弱すぎる静雄に向けてのものだった。

「ノーウィングタグを集めたなら、八組のモーグリに渡さないと駄目じゃないか。シズちゃん」
「ああ、判ってる。判ってる」

言い聞かせるように頷いて、並べたタグを一遍にポケットにしまう。立ち上がった瞬間に風が吹き、背負われた朱いマントはゆらゆらはためいている。その勇ましい背中を見た者は、誰も寂しそうだとは思わないのだろう。臨也一人を除いて。
あとは後ろをついて来るだろうと思い、臨也は踵を返す。彼と同じように長いマントがひらり煽られ空を飛ぶが、決して本当にあの空を飛ぶことはなかった。二歩ほど踏み出したところで腕を掴まれたのも一つの理由として。
振り返ると静雄がいる。静雄は掴んだ腕をそのまま下降し、臨也の掌の上にそっと何かを置いた。

「お前に、これを預けてもいいか」

それは先程並べられていた誰のノーウィングタグでもなく、平和島静雄と書かれたたった一枚のタグだ。思わず目を見開いたが、すぐさま冷静に戻る。こんなものをもらってはいけないことなど、臨也にだって判るのだ。

「これは死んだ時に、生きてる人間へ託すものだよ」
「そうだ。だからお前は戦争でなんか絶対に死ぬな。俺が帰って来なくても、生きてこのタグを此処に連れて来い。死ぬ時は」
「シズちゃんに殺されろって?」

真っ直ぐに頷いた時の彼の目は、ある種の覚悟を持った瞳だった。昔から朱雀に戻る度に殺し合うような喧嘩をして、戦争の時だけは互いの背を守って。死ぬ時はお互いの手で、というそれは暗黙の了解として成立されていた。だが、こうして改めて言われるのでは何かが違う。もしも静雄が死んだら臨也は忘れたまま、ただノーウィングタグを引き取るだけだが、静雄は臨也を忘れることはないのだ。口にされては約束にすらならないことを、彼は知らない。
静雄のタグを握り締め、臨也は別のノーウィングタグを取り出す。それが世界でたった一枚の折原臨也の名前。

「だったら俺のを君にあげる。だから生きて、俺に殺されてよ」

同じように彼の掌を返して手渡すと、静雄は泣き出しそうに顔が歪んでしまう。受け取って大事にしようと握り締めて、決してそのタグだけは渡せないことなど彼には判っていた。忘れられないことが辛いことを、今身を持って知ってしまっている。臨也はもう死んでしまった彼女らのことを知らないのだろう。だからこそ、泣いている理由が判らない。

「ほら、泣かないで。シズちゃん」

我慢の出来ない涙が溢れ、臨也の肩に隠れるように額を置いて泣く。嗚咽もなく、ただ静かに静雄は泣いているのだ。ポケットの中にたまったノーウィングタグの一つを、本当だったなら臨也も知っているはずのその一つの名前を、もう出会えなくて、守れなくて、悔しくて。名前を呼ぼうとするのに、その為の息が出来ない。

「だってあいつが……あいつが、これを新羅にって。でも新羅は、もう……」
「うん。でもね、そういう世界だよ」

静雄の言う彼女も新羅も、臨也は忘れて覚えていない。それを幸福なことだと思っている。涙を流さなくて済むなら、それが一番いい。それでも出来るなら同じように覚えていて、その痛みを共有出来ればよかった。静雄は、静雄だけがクリスタルに愛されているのか、否か。忘れられないのだ。
そして臨也は彼を抱きしめられない。代わりに受け取ったノーウィングタグを握り締め、きっとこのタグはお互いに手放すことはないのだろうと悟る。もしも本当に戦争で死ぬ時が来るならば、決して静雄ではなく臨也の方なのだから。
終わりがないから、終わりまでもその隣も叶わない。ならせめて今この瞬間だけを、炎になるその先をどうか祈らせて。

クリスタルよ、その加護を我々に下さること、深く感謝する。ですが、ならばどうして彼の記憶だけ、死者の思い出を消してはくれないのだ。


zero
(111201)



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