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恋歌
新セル


シャワーを浴びた後に月を見ると、ふいに昔聴いたことのある歌を思い出した。アイルランドの民謡だろうか。全て英語の歌であるそれは、何処か懐かしく寂しい。口がないので声には出来ないが、その歌詞を一つ一つ思い浮かべていると、ふいに後ろから抱きしめられた。

「どうしたんだい。低唱微吟なんて、君らしくないな」

抱きしめたのは誰だか判っていたから、振りほどきはしなかった。私に抱きつきながらそう言う新羅に、私は別の意味で驚いて何故判った!と胸中問いながら動作に表す。勢いよく振り返った私にそれを悟ったのか、新羅はくすりと笑ってから続けた。

「前にも言ったろ?君のことならなんでも判るって」

私がそう訊くと当たり前のようにそう答える新羅だったが、さすがに読心術でも修得しているのではないかとさえ私は思ってしまう。そのぐらい、新羅は私の全てを判ってしまうのだ。でも文字にしなくていいのは正直有難い。慣れたには慣れたのだが、意外と億劫なものなのだ。

「それで、何を歌っていたのかな?」

けれどやはり何を歌っていたかまでは判らないらしい。私はすかさずPDAを取り出して、その歌の内容を答えると新羅は心底感心した様子で、抱きしめていた両腕を大きく開く。そして嬉しそうに声を上げた。

「凄いじゃないか、セルティ!君は昔の記憶があまりないと言うが、これは大発見だよ!その民謡の語り継がれた場所を特定できれば、君の」
『新羅』

けれどその言葉を私は遮る。PDAには打たず、ただ新羅の肩に手を置いただけなのだが、どうやら新羅は私の意思を判ってくれたようだ。
今はもう首なんてどうでもいいんだ。新羅が私を愛してくれていて、私も新羅が好きで。新羅は今この私の全てで愛してくれている。逆を言えば、もしかしたら首を取り戻したことで、新羅が私を嫌いになってしまうかもしれない。今はそれが一番怖いんだ。
黙ってしまう私を、新羅は再び抱きしめる。脳味噌がなくとも、温かいと思えるこの肌に私は感謝した。

『新羅、好きだよ』

その言葉は想いになっても声にならず、文字にもせず、新羅には届かない。なぁ新羅、気付いてくれ。この歌は、二人の恋人を語った、愛の歌なんだ。


恋歌
(110401)



あきゅろす。
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