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予言者が恐れる未来というもの
怪力臨也×情報屋静雄



俺は今から予言者となろう!未来に、必ず起こることがある。それはいつかなどという仮定的な予測ではない。必ずして事実と成り得る、悲劇的な未来だ。
強大な力を持って生まれてしまった人間、いや化け物がいる。その名の折原臨也は自らの手で死に逝くと定められた。決まったことだ、変えられなどはしない。たとえ、あの平和島静雄でも。お前からは決して何も生み出せやしない。その無力な両手は失うことしか伴わないのだ。


静雄は今日、誰とも会話をしていなかった。朝からパソコンや携帯に向かって仕事をした後、街中をぶらりと歩いているだけで何の変わりもしない日常的な平日。寧ろ退屈極まりない。けれど夕方ともなれば人は増え、その足取りは軽やかに踵を返し、帰路を辿ろうと後退していく。こんなことならば家にいた方がどれだけ楽しいだろうか。人間なんて見ていてつまらないものだ。誰かの家に行こうかとも考えたが、些か気乗りはせず、やはり帰ることに勤しもうとする静雄に投げ掛けられる一つの呼び声。振り返ると幼い顔に似合わない笑みを貼り付けた、少年が一人。

「静雄さん」
「竜ヶ峰、学校帰りか」
「はい、委員会が長引いてやっと帰れたところなんです」

竜ヶ峰帝人は、今日静雄が初めて会話をする相手となった。制服を身に纏う少年は、そう言って長身の青年に対して物おじもせず軽く言葉を交わす。彼とはとあるきっかけで知り合いとなったが、こんな一般人と静雄が今もこうして親しい間柄が続いているのには訳がある。それは単純に、彼は決して一般人などではないから。それだけだ。
にこやかに微笑む帝人に静雄は警戒心を寄せることなく口を開く。今日という退屈な一日と、それを容易く覆すような何かがないかと。しかし依然として帝人は笑いながら、白い歯を舌でなぞるようにして言いたげにする。そんなの、と当たり前のような言葉から続く、静雄の問いの答え。

「そんなの、静雄さんが一番よく判っているでしょう。何か面白いことなんて貴方が一番持っているじゃないですか。そうですね、例えば最近自販機が飛ばないこととか」

静雄に向けていた目を更に上げ、ふわりと促した先は高層ビルの立ち並ぶ鮮やかな夕焼けの中。自販機が飛ぶ、そんな何処かの漫画のような出来事がずっと続いていたなんて常人には信じがたいことだろう。だがこの二人、いやこの街に住むものにとってはそれこそが日常で、それのない今が何か変わった非現実的な日常なのだ。
帝人が静雄へと視線を戻すと、彼はくつくつ喉を鳴らして可笑しそうに笑っていた。

「情報屋の俺に、お前みたいなただの学生が鎌を掛けるのか。大物だな」
「それはどうも。でも気になりませんか、あの人が今どうしているか」
「そうだな」

あの人、そう呼ばれて思い当たる人物がいる。真っ黒な服に身を包み、目立たぬようにしていても存在自体が目立ってしまうような人間の存在を。思い起こすと会いたくなる。それは別に恋情というものではなく、ただの興味に過ぎない。

「久しぶりに行ってみるかな」
「それがいいですよ、何か面白いことがあったら教えて下さいね。では静雄さん、また」

そんな興味が膨らんでぽろりと出した言葉に、帝人は賛同した後、去る。静雄の別れの言葉さえ待たず、ただその背は非人から一般人へと変わりいくように、人混みの中へと溶け込んでいった。
静雄は一つ息をつき、にやりと笑って帰路とはまた別の道を歩むことにした。先程告げたあの人の、存在があるであろう元へ。彼が自宅にはもういないことなど、情報屋である静雄には既に知り得ていた。壊された自室、いや壊した家ではとてもじゃないが生活などできやしない。かと言って彼は静雄と同じく友人も少ない。すぐに泊めてもらえる場所ぐらい情報屋でなくとも判るだろう。
徒歩ではそうかからない場所に、そのマンションはあった。それなりに色々と高いマンションではあるものの、エントランスで客人を待たせるようなセキュリティ優先のものではなく、今時個々の玄関にあるインターホンが対人の折り合いを作っている。静雄もそれに乗っ取ってインターホンを鳴らすと、すぐに出てきたのは今でも世話になる学生時代からの旧友、岸谷新羅だ。

「やあ静雄」
「臨也は?」
「いるよ、奥の部屋」

どうぞ。そう促され、静雄は簡単にも入室を果たした。
静雄に臨也と呼ばれたのが、先程まで帝人があの人と称していた人物である。彼のことを、静雄には侮蔑の意味合いを込めて称している名がある。それは化け物。その名の通り、正に彼は化け物なのだ。映画や小説ならば悪役を免れられぬようなそれは、決して出で立ちなどではなく、その力という全てだった。力は、何をも破壊し尽くす絶対的で驚異的なもの。一歩間違えれば人間兵器としか意味をなさないそれが、折原臨也という人間なのである。
奥の部屋と言われた本来新羅の闇医者としての仕事で使う患者用の部屋に入ると、そこには誰もいなかった。おかしいと思いながら辺りを見回そうと首を捻った瞬間に陥る、世界が真っ逆さまに回転していく視界。ベッドの上に押し倒された、そう気付いた時には、既に臨也が静雄を見下ろしていた。

「何しに来た」
「お前を笑いに」
「もう会わないと約束したはずだ」
「そうだったな」
「今度会ったら、お前を殺してやると言っただろうッ!」

突き付けられるのは小さな飛び出しナイフ。何故そんなものを使うのか、静雄には全く以て理解できない。そんなものなどなくとも、臨也は簡単に人を殺せる。頭蓋骨を割るでも、首の骨を折るでも、臨也はそういう化け物なのだ。

「俺は人間を愛してる、勿論君もだ。なのに俺は君を殺したい、憎くて堪らない。何故だか判るか!」

唐突に浴びせられる言葉に、静雄は静かに首を振る。

「お前が、人間を弄ぶ情報屋だからだ!」

それから再び投げ掛けられた言葉から、またかと呆れるような瞳をして臨也を見つめ続けた。泣きそうなほど震える睫に心底腹がよじれるほど、可笑しい。

「新羅に引き合わされたあの日からずっと、君を殺さなければと心中叫び続けてきた。何年も、何年もだ。それでも憎悪の中で、俺は認められないものと引き会ってしまった。平和島静雄を愛してしまうなんて。こんな壊すしかできない手で触れたいと、思ってしまったなんて。なのに、シズちゃんはそれを利用した」
「そうだな。お前のおかげで何かと事が上手くいったよ。お前を使うと仕事の幸先がいいからな。でも」
「でも、君も」
「俺もお前が好きでどうしようもなくなっちまった。手前を利用しようと、こっちから誘った関係だったのに、抱かれる度に決してしないと決めていたキスも増えて」
「お互い無しでは、もう生きられなくて。だから会わないと約束した。俺は生きる為に君を利用するしかなかった。君を殺そうと目論みながら。なのに、なんで来た…」

がくんと顔を俯かせ、うなだれる臨也にただ当たり前の理由を。

「会いたかったから」
「俺は会いたくなかった」
「殺したかったから」

そして、当たり前などとは程遠い理由を、言葉に添えて。

「どうやったらお前は死ぬだろうって。考えただけで、震えた」

あの化け物がどうやって死ぬのだろう。それは夢に似ていた。人間ばかりを相手にしてきて、人間の嫌な部分ばかり見続けてきた静雄にとって、漸く訪れた夢のような出来事。口にしたら心外とも言われるかもしれない。それでも静雄は初めて臨也を見た時から夢見た。どうやったら殺せるだろう。
しかし、それは臨也もまた同じことだった。人間を使い捨てにする静雄に、臨也は殺意を覚え、その殺人を夢見る。けれど、現状はあまりにも虚しい。簡単すぎる破壊という行為に、掌は汗ばむ。

「俺もね、考えてたよ。でもどんなに考えても、とても容易いんだ。きっとね、たった一本この指先で頭蓋骨にでも突き刺せば、君は死んじゃうんだろうね」
「そうだな」
「なんて脆いんだろう。俺には刃すら突き刺さらず、拳銃をも意味をなさない。挙句、この手は殺すしかできないなんて」

握りしめると、あまりの力に爪が食い込んだ。だがその皮膚は突き破られることなく、変わらず薄い肌を守っている。唇を噛むと泣きそうになった。臨也はもう何年も涙など流していなかったが。

「お前は、なんで泣いてるんだよ」

なのに静雄は、臨也にそう問う。頬をつたう涙を、触るように拭って。でも止まらなくて。臨也は笑った。

「泣いてなんかないよ、君にはそう見える?涙が伝っていくのでもなければ、目頭が熱いわけでもない。泣いているのは……シズちゃんの方じゃないか」

指摘された瞬間、キョトンとした瞳からまた溢れた。静雄はひたすら頬の涙を拭うが足らず、臨也も指でそれを掬う。なんで、と不思議そうに首を傾げている。

「臨也のが、俺の頬に落ちたんだと思ってた。なんで…ん、俺泣いて…ッ」

止まらない、止まらない。情報屋という職の中で、泣いたことはなかった。寧ろ泣く行為など決して許されず、臨也よりも泣いていなかった時間は長いかもしれない。溢れるばかりで止まらないそれに、今更どうしたらいいか困惑する。拭いきれない涙に対し、舌を這わせて舐め上げる臨也。その力からは想像もつかないような優しいそれに、静雄が見上げた臨也は切なそうに目を細めていて。

「昔、この力が伴って、俺は予言したんだ」

そう、まるで誰かからのお告げのように、穏やかにも口にした。

「神様が…?」
「神様なんかいるもんか。いたら、こんな力を与えたりはしない。俺が俺に予言をした。未来はないと」

まだ力の加減を知らなくて、辺りに人間ばかりがゴミのように散乱していた頃。

「未来は、俺が俺を殺して終わるのだと」

夢を見ていた、幸せな夢だった。自分がこの世界にいないという、至極幸せな夢だった。
臨也にとっては、それが全てだったのだ。何の変哲もない普通の家庭の中で生まれ、妹をも怪我をさせ、この世の中にいなければよかったと思わざるを得ない毎日。新羅に会うまで友人すらいなかった。そして、静雄に会うまで本当の愛情を与えたいと願う行為すら知らなかった。
しかしそれを知った時には、既にそれは殺意だった。

「だからその前に、この手で君を殺したい。それはこんなにも望んでいることなのだから、喜びなのかな。それとも最愛の君が死ぬのは切なくて、悲しいのかな」

好き、だからこそ殺したい。殺しておきたい。殺さなければならない。渦巻く感情に押し流され、上手く呼吸すらできない。もしもお互いの立場が逆だったら。そんな淡い希望を、妄想に委ねると吐き気がした。幸せすぎて。

「たかが、俺の命ごとき何を躊躇う。俺はこの世界にいない方がいい人間なんだ。そしてお前も」
「そうだね」
「だから惹かれたんだろう」
「うん、そうだね」

泣き顔で、何を言っている。だったら。

「だったら、お前の言う訪れない未来が来るまで一緒にいる。一緒には生きられなくても、傍にいたい」

こんな辛い想いをしなくてよかった。好きじゃなかったら、どんなに幸せだったか。臨也が全てを言ってしまえば、静雄は何を口にするだろう。

「死ぬよ」
「じゃあ殺すな」
「無理言うなよ」
「好きなら、それぐらいやってみやがれ」

キスは甘くて、愛しくて泣きそうで。けれど静雄の涙の所為で、少ししょっぱい味が残る。絡んだ舌は柔らかい。臨也のも、柔らかい。化け物だろうと変わらないこの柔らかさに、静雄は当たり前で気付かない。

「シズちゃん、しても」
「言わなくていい、判ってるから。いいよ、臨也がしたいなら。代わりに」
「俺も判ってるよ、判ってる」

壊れ物を扱うほど優しい手つきで、静雄の頭を抱きしめる。抱きしめるというよりも、触れているだけのそれが、優しいのか怖いのか区別がつかない。それでも静雄は何も言わず、同じように臨也の身体を抱く。強く強く、ただの人間だけができる、その有難みを知りながら。

「ずっと抱きしめてるからね、シズちゃん」

抱きしめる行為すら、とても怖いのだ。

情事後になると、静雄は安心したように意識を飛ばす。仕事柄人に恨まれ、あまり寝付けない生活をしているので、人間の恐れる臨也が隣にいることが、何よりも安堵と成り得ているのだろう。
そんな安らかな寝息を立てる静雄を眺めながら、臨也はシーツを引く。指先が静雄の目蓋に触れる。凛とさせながらも穏やかな表情に、頭が真っ白になるほど愛しい。指先が髪に触れ、くすぐり、そして額をつき。
真っ赤に血塗れる白い指。慟哭に陥る自分。これは夢なのだ。毎夜毎夜、君を手に掛けるという無惨極まりない、死してさえも終わらぬであろう残酷な、彼の夢なのだ。



予言者が恐れる未来というもの
(100807)

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あきゅろす。
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