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泣かないでメリー

サイケ臨也×津軽静雄。
ボカロ的な何かで折原PCに生息中。


びーびーベイビーベイビィ。赤子の泣き声のような音の正体は、電気が流れていく音。俺たちが生きている音。でも俺はそれが嫌い。だって生きてるってことさえ不自然にさせる。だから嫌い。だからこのヘッドフォンで、聴こえないように耳を塞ぐ。びーびー、また子供が泣いている。俺は、泣くことすら叶わない人間だ。人間じゃない、人間だ。
俺には好きなひとがいて、そのひとも俺が好きだった。抱きしめていたくて身体に触ると怒ったけど、決して拒否はしなかった。彼の名前は津軽といった。つがるは俺をサイケと呼んだ。彼も俺も人間ではなかったが、人間みたいに恋をして、人間みたいに愛しあった。狭くて色のないコンピューターの中で、君しか知らない俺は俺しか知らない君が好きだった。

「サイケってひつじみたいだな」

臨也さんがパソコンの電源を落とすのは、今日が終わる合図と同じ。たくさん歌ったのに歌い足りない声を使って、ヘッドフォンから流れる曲で歌っていれば、ふと津軽が呟いた。この狭い世界の中で、お互いの声も音も聴こえないなんてことは決してないから、津軽のそんな小さな囁きも俺には届いていた。
ひつじ?と、首を傾げながら歌を中断しておうむ返し。ひつじと言えば、このパソコンのデータで知っている。確か白くてもこもこしてる、人間でも俺たちみたいなものでもない、動物とかいうやつだ。多分、津軽の知識もきっとそれくらい。実際、彼の答えは俺が説明したのと似たようなことだった。

「ひつじみたいに真っ白くて、それからふわふわしてる」
「そうかな。白いのは判るけど、ふわふわはどこ?」
「頭が」
「それ遠回しに蔑んでるの判ってるの、津軽」

白いコートをひらひらさせて、ヘッドフォンに繋がれたピンクのコードをぐるぐる巻いて、津軽に近づいてみれば何故か君の方が不思議そう。言語力は津軽の方があるから、さげすむなんて意味判ると思うのに、彼は目に見えるほど困惑している。どうやら全く自覚なしのようで、そんな津軽が可愛くて笑った。

「もう、じゃあそんな津軽にはお仕置き!」
「ん、待っ」

俺と津軽にとって大事なものは、お互いと声と、その声を出してくれるこの口だ。津軽の唇に自分の唇とを重ねると、やわらかくて気持ちよかった。舌を入れると君は真っ赤になって嫌がるけれど、いつもみたいに拒否はしない。
津軽はいつもそうだ。俺に甘くて、俺の言うことならなんだって受け入れて。こんなことの先だって、君は拒まなかった。君は何が怖いのかな。何に怯えているのかな。まるでこんなことは永遠じゃないからみたいに、津軽は嫌がらないし離さない。これは永遠なんだよ、信じてよ、ねぇ。俺がそう言ったって、君は絶対にそれだけは信じないんだろうね。

「つがるは本当にこれ苦手だね」
「だってこれ、息が…っ」

唇を話すと、息ができないように津軽は咳込んだ。背中をさするとゆっくり呼吸が楽になっていくようで、ありがとうと最後にはお礼を言ってくる。俺は津軽の声が大好きだから、そういう一粒一粒が宝物みたいに自分の心に潜り込む感覚にさえ、愛しく思えていた。

「あ、でもこれって、人間はなんて言うんだっけ?」
「…ん、判んね」

唇が重なり合って、愛しさばかりが募るこのことを、人間はなんて言うんだっけ。そんな言葉を以前歌ったうたの中で呟いた気がするけれど、どうにも思い出せない。歌を思い出せないなんて、歌う者としてどうかしてる。でも、歌うだけに生きる俺たちがこんなことをしてしまうのも、きっとどうかしていることなんだろう。なら、どうでもいいんだ、きっとそう。

「いいよね、だって気持ちいいもん」
「…ん」
「だいすき、つがる」

抱きしめると、津軽はあったかかった。本当はそう思えるだけで、温かくも冷たくもないんだろうけど、俺には温かかったんだ。まるで、生きているみたいで。
そこから先の行為を終えると、君は何かが途切れたようにぐったりすることが多くなった。初めこそ眠るということにさえ不器用だった彼が、意識を手放すようにいつの間にか眠っている。それは俺に安心するようになったからだと、その頃は自惚れていた。そして、今もだ。
色のない世界の中で、俺と君以外の声に呼ばれる時は、いつだって今日が始まる合図。サイケと臨也さんに呼ばれた俺は、こっそりと津軽の隣を離れるため起き上がる。けれど何かに裾を引かれてしまい、ベッドのシーツに滑って転んだ。打った頭が痛くて、押さえながら振り返れば、まだ眠そうな津軽がこちらをじっと見つめている。

「待ってサイケ…」
「なに?俺、臨也さんに呼ばれてて。歌いに行かなくちゃ」
「もっと、もっとここにいてサイケ」

いつもは我が儘なんて言わない津軽が、臨也さんに従わないまでして引き止める。それをおかしいと思う自分。だけどそう思うだけで、自由のない俺は君といるだけの幸せが全てで、それを守るには従って歌わなければならなくて。引き止められるのは嬉しい。同時に、どうしたらいいかと迷ってしまう。

「でも」
「頼むから…」

泣きそうな声だった。歌の演出でも聴かないような。だが俺は津軽の服を掴む手を引き離して、君を真っ直ぐに見ながら謝るしかないんだ。

「ごめんね津軽。でも歌わないと、俺消されちゃうから…」

それから額に唇を寄せて、おまじないみたいな願いごと。

「俺もっと、津軽と一緒にいたいから」
「…判った。ごめん」

するりと、未だ浮かんでいた手が津軽の膝もとに落ちる。一緒に顔も俯いてしまって、俺はそれを見たくなくて踵を返した。
一人残された津軽は、小さな声で好きのうたを歌う。俺はそれを確かに聴いていて、聴いているのに苦しくて、外していたヘッドフォンを耳に当てた。その時聴こえたのは津軽の歌でもなければ、臨也さんの声でもなく、だからと言って俺の心臓の音がするはずもなく。びーびーベイビィ。赤子の泣き声のような、電気の音だけであった。


ピンっと何かが弾ける音に、俺は双眸を瞬いた。緩やかに響く音楽の中で、確かに聴こえた音。

「つがる…?」

ふと名前を呼ぶと、返事はなかった。代わりに聴こえてくるはずの、赤子の声も聴こえない。一瞬、耳が壊れてしまったのかと思って、ヘッドフォンをかける。ああ、そう、音楽だ。いつもと変わらない、音楽だ。
けれどベイビィ音のない世界は初めてで、それこそ生まれてから、きっと。ああ、津軽はどこ。

「ね、津軽ってば」

駆け出す足に引き止められたのは臨也さんから。カーソルが俺を引っ張って、ズルズルと外の近くまで引きずられる。離された瞬間に座り込むと、臨也さんが見下ろしていた。彼なら、知っているだろうか。

「臨也さん。津軽はどこ?」
「ああ、あのシズちゃんにそっくりな奴ね。デリートしたよ」

瞬間、ぷつりと再び泣き声は響く。びーびーベイビーベイビィ。どうして君は泣いてるの。電気の中は寂しいの。俺は寂しくないよ。だって、だってね。

「…でりーとって、なに?」

つがるが、いてくれるから。

「知らなくていいんじゃないかな、君は」

デリートという言葉を、俺は知らなかった。デザートとか、デパートなら判るのに。デリートは知らなかった。臨也さんがそう言うならと、俺は調べようともしなかった。本当は、知りたくなかったのかもしれない。
そうして臨也さんは俺に新しい曲を渡して、覚えるまでの休息となった。
一日二日と過ぎた時間は、電気が流れる度に経過が判る。でも津軽は帰ってこない。色のない世界の中で、俺はひとりぼっちで過ごした。初めてのひとりを怖いとは思わなかったけれど、寂しいとは思った。最近は声が上擦って、うまく歌えない。
歌うってなんだっけ。津軽はどんなひとだっけ。俺は津軽を大好きで、抱きしめたその先にはいつも何があるんだっけ。何のために、生きているフリをしているんだっけ。

「つがる、ねぇ津軽はどこ行ったの。でりーとってところに行ったの。ならなんで俺も、連れて行ってくれなかったの。ね、つがる…」

津軽の声は、どんなのだっただろう。

「つがる…っ。また、あれしようよ」

忘れたくないのに忘れてく。データなんて脆くて、全部壊れてなくなっちゃう。ならこの情動も、いつかは消えてしまうの。怖いんじゃない、苦しいんだ。だって俺は、怖いを知らないから。
あれの名前さえ思い出せなくて、ただ何か込み上げるものを払おうと俺は歌った。新しいうた、好きなうた。すきって、何度も、何度も。すき、すき、つがるがだいすき。ああそう、それは。

「き、す…」
「サイケ…!」

人間にしかないはずの、優しい愛情はひっくり返してもまだ、優しいままだから。

「津軽…?つがる!」

生まれた時みたいに、ピースを重ねて現れた津軽に、俺は抱き着いた。あったかくて、本当の津軽で、幸せで。そう、俺は知ってるんだ。歌うことも津軽がどんなひとかも、どれだけ好きかも、全部。忘れたくないことは、決して忘れないって信じてるから。
俺が君にキスをすると、君も俺にキスをした。

「臨也さんが再インストールしてくれて…。ずっと待ってたんだ、言ってくれるのを」
「なにを…?」
「好きの反対のうた、キス」

好きの反対なんて、嫌いじゃなくて、世に言う無関心でもなくて。単純で安直で、言葉を回転させただけのきすって言葉。君は知っていたのか。それとも俺と同じように、思い出しただけなのか。今は全て、どうでもいい。そこにあるならそれでいい。ねぇ、もっと声を聴かせて。

「つがる、つがる。すき」
「俺もサイケが好き」

抱きしめると涙が出た。出た気がするだけで、いつも出ない。俺たちは人間じゃないから、そんなもの身体にない。それでも、どうして津軽は拭うのさ。

「サイケのばか」

この頬につたうのは、なみだと呼んでいいの。

「泣くなよ」

ああ、君の前でなんて情けない。でもいいよ、開き直ってやる。代わりに次は、君の泣き顔が見たいな。そうしたら俺が慰めてあげるんだ。なんて言うかなんて決まってる。君もまたひつじみたいに、あたたかいつがるへ。おまじないみたいな願いごと。



泣かないでメリー
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