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【リクエスト・過去作品サルベージ】
◆【誘引擬餌≠イリシウム】 読み切り

「アレは僕のだからね…もう一度泣かせたら解っているよね?」
「解っておりますともマスター…ココにお仕えして何年になります?
それが始末されずに、ココに置いていただける条件でしょう?」
「解っているならいいよ、君は賢い子だからね…引き続き警備の方を頼むよ」

そう言って遠ざかってゆく、この庭園の主の後ろ姿を
大きな耳を持ち、白い産毛に覆われたウサギ?
いや小柄な少年は、溜息をつきながら見送る

【彼】がココに来る時は何時もこうだ、事前にクドイ程釘を刺しに来る

僕の【本体】など、とうに無いのに…まだ安心出来ないと言う事?
外の悪魔様達は、何を考えているのか?皆解らない得体の知れない相手と
マスターを酷く怖がっているようだけど

僕から見れば…臆病なくらい神経質で心配性な方にしか見えない
桁外れの魔力は勿論恐ろしいけど…案外根に持ちやすい気質も恐いけど

自分が興味を持った相手、気に入っている相手には
相手にソレと気がつかせないくらい、繊細に対応される方なのに…
解ってもらえないのかな?

そしてのんびりとした見かけからは想像出来ない程、結構嫉妬深い

本来なら、問答無用で処分なハズの僕を始末しないのだって
結界に守られた庭園の警護の役職を与え、ココで飼っているのだって
大切なあの方を悲しませたく無い、ただそれだけなのに

だから僕は請われるままに【猫】を被る、マスターが大切に思っているあの方を
悲しませたくは無いのは僕も同じだから、誤解はもう誤解のままでイイ

それであの方が、満足するなら僕もマスターもそれでいいんだ

僕達はあの方を悲しませない為の、【共犯者】なのだから

「エスカ?何だお前?まだ門番みたいな真似してるのか?」

緑を掻き分けて入って来る、大柄の姿は見間違え様がない

彼の侵入にはとうに気がついていたけれど、さも突然出会った様に
驚いてみせるのもまた、僕なりの気配りだ

「ゾッド様…ちゃんと正面から入って来てくださいよ
庭園の管理者でもある私が、お叱りを受けます」
「悪い悪い…どうも正面の手続きは面倒でな、
ソレにココを通った方が、確実にお前に逢えるだろ?」

そう言うと大きな手が、ふわりと僕を抱き上げる
相変わらずフワフワで手触りがいいな〜お前は〜と
頬ずりをされれば温かい…僕が小動物扱いされていると言うより
巨大な犬科生物に懐かれてて居るように感じるのは何故だろう?
間違いなく、僕より遙かに強い悪魔様なのに

「局内からの呼び出して頂ければ、直ぐにでも参上しますよ」
「まぁそう言うなよ、新鮮な空気吸って無いとお前がシンドイだろ?」

保護された野生生物故に、緑の少ない場所が辛い…
ゾッド様の手前上そういう事になっているが

実際は違う…【本体】を失った僕を生かす為に
マスターがこの庭園の巨木と僕を、応急処置で繋いだから
長くソレと離れてしまうと、生命維持に支障をきたすだけの事

管理者とは名ばかり、危険生物として幽閉されて居る様な身の上だが
それでも…最初に住んで居た場所に比べれば遙かにマシなのだ
マスターの指示通りに、ゾッド様の前では猫を被れば
与えられた仕事をそつなくこなせば、文化局での生活は至って穏やかだ

【弟】と岩ばかり谷で暮らしていた、あの頃とは違うのだ

※※※※※※※※※※※※※※※

卵から生まれた時、僕と弟の体格差はあまりなかった

僕達は仲が良かったし、よく2名で取っ組み合いもする
普通の双子の兄弟だった…ただ他の悪魔や魔物と違ったのは
何故か2名は背中の真ん中から伸びた、謎の体組織に繋がれていた事
そして口はあるのに、僕は食事らしい食事を殆ど取れなかった

だから弟は大変だったのだと思う…僕が栄養を吸い取ってしまう分、
弟は普通の魔物の、何倍も食事をする必要があったんだ
少しでも栄養が足りなくなると、僕は比較的変化が無いのに
弟は急速にひからびて衰えてしまうのだ

だから弟は…常に食事を餌を取る事だけに、集中する様になっていった

効率よく獲物を捕らえる為に、身体はドンドン大きくなり、
気がつけば…僕とそう変わらなかった白い産毛は全て抜け落ち
巨大な口に列ぶ牙と目ばかりをギラギラ光らせる、醜悪な化け物に変貌していた…
その頃には僕は、彼の器官・突起物の一部?
或いは寄生生物の様にちっぽけな存在になっていた

食べても食べても飢えは満たされない…それが彼自身の飢えなのか?
僕が栄養を吸い上げる事による、副産物的な物なのかも解らないけど

普通の魔物の様に街中では暮らせない…魔界・地獄と言えど秩序はある
飢えた弟は手当たり次第に、周囲のモノを喰らってしまうので
僕等兄弟は、追われるように荒野の谷に住み着く様になる

谷を通る魔物や悪魔を襲って食べる、文字通りの怪物になってしまった

弟は飢えが収まらないのは、僕のセイだと責めた
だから僕は、弟の為に【生き餌役】に徹する事に、少しの疑問も躊躇も抱かなかった

僕の見た目は小動物にも似た、弱々しい魔物そのものだから
美味しそうな僕が、弱ったフリをして地面に這い蹲っていれば
必ず僕を貪り喰おうとするモノが現れる
隠れている弟が、バクリとその魔物を襲って喰らうのだ

僕を食べに来た魔物や下級悪魔が、弟に貪り喰われた所で
心は少しも痛まない、僕等が生きてゆくには必要なモノだから

ただ弟は何時も飢えすぎていて、攻撃の反動で僕が傷つく事を厭わない
弟の牙や爪が掠める度に、ああこのまま獲物と一緒に楽になってしまえたら
本当は楽なんじゃないか?と思い始めていたのかもしれない

※※※※※※※※※※※※※※

一時的にでも満腹になると、弟は深い眠りに落ちてしまう
せっかく摂取した栄養を無駄に消耗しない為にだろう
本来なら僕も眠った方が良いのだろうけど…
弟が眠っているこの時間にしか、僕自身の安息は訪れない

ケーブルの様に伸縮する、連結部分を引き摺りながら
僕はねぐらの岩屋から出ると、1名で傷の手当てをしていた
ヒーリング魔法は使えない…また弟の栄養を無駄に吸ってしまうから

「よう坊主、物騒な場所に住んでるな、地元のヤツか?」

そう言って声を掛けて来たのは、尻尾の生えた巨漢の悪魔だった

僕は咄嗟に身構える、弟は熟睡している…爪も牙も無い僕に戦う力は無い
生き餌役で散々危険な目にあっていた僕は、この悪魔に捕まったら
頭からバリバリ食べられてしまうと思っていた 弟が獲物を租借する様に

「そう警戒すんなよ、言葉は解るな?別に獲って喰おうとか思ってねぇよ
何があったか知らねぇが、擦り傷だらけだな?見せてみろ、薬くらい塗ってやれるから」

そう言ってヒョイと僕を捕まえる、狼狽える僕に構わず傷の具合を確かめる
軽装のベルトの隙間から、携帯用の薬入れを取り出し塗りつけてくれた

弟以外の魔物とマトモに接触したのは…多分街を追われて以来だった
優しくされたのも、声を掛けられたのも久しぶりで

何故か…心の奥がぽかぽかと温かくなった 

ああこんな普通の生活が送りたかったのに、連結双生児の不都合が、
多少あったとしても穏やかに暮らしたかったのに
何処でこうなってしまったのか?思うだけ無駄な事かもしれないけど

「ありがとうございました、貴方は旅の方ですか?」

かろうじてまだ忘れて居なかったらしい言葉を、必死に選びながら訪ねると
悪魔はポンポンと僕の頭を撫でながら、笑って答えた

「何だお前ちゃんと喋れるじゃないか、俺か?俺様はゾッド
本来の役目は違うんだが、皇太子の命令でこの谷の化物を退治しに来た
巨大な怪物が街道で、無差別に市井人を喰らってると言う報告が入ってな
地元のヤツなら知ってるか?かなり凶悪なヤツらしいのだが………」

何と言う事だろう…彼は弟を…僕等を退治する為に派遣された官吏だ
通りで魔力の波動が、今まで出会った連中とは違うワケだ

今は敵意が無いから、解りにくいけど…多分この悪魔はとてつもなく強い
弟も大きくて強いけど…勝負になるかどうか…

「確かに…怪物はおりますが、甚大な被害が出ていると言う程では…」

飢えを満たす以上の獲物は、獲っていないつもりだったが…
最近さらに身体が大きくなった分、弟の食欲は前にも増して凄まじい
全てを貪り喰らう危険生物と認識されても…仕方が無いのかもしれない

「居るのか?それでソイツは、やはりとてつもなく強いのか?」
「ええ…まぁ」

引きつる僕を余所に、悪魔は尚も続ける

「怪物退治なんて二の次でいいんだ、強いヤツと戦って思い切り暴れたいソレだけだ」

子供の様な笑みを浮かべて、ワクワクしているであろう相手を見ると
いたたまれない…まさか僕がその怪物の一部だなんて、思ってもいないだろうに

「貴方もお強いとは思いますが、怪物もなかなか強いですよ
市井の僕には立ち入れない領域ですが、御武運をお祈りしていますよ」

もう暗くなりますし…ココは危険ですから、ゾッド様も探索は明朝の方が良いですよ
僕の苦し紛れの忠告に、素直に「そうするか」と従うお人好しの悪魔
家の者が心配するので帰ります、と逃げる様にその場を後にした僕は

弟が熟睡しているはずのねぐらに、転がる勢いで戻ってゆく

今までの獲物とは違う…この悪魔に危害を加えたくはなかった
今夜中にこの谷を出よう…弟と二名だけなら何処にでも行ける
獲物を襲うなら、この場所じゃなくたって良いはずだから

※※※※※※※※※※※※※※

「王都の役人が何だって言うんだ、逃げるなんて嫌だね」

弟は逃亡計画に乗ってくれない…
その悪魔を喰らって、より強大な力を手に入れてやると吠える

「折角ソイツと面識が出来たんだろ、精々いいオトリ役を演じてくれよ兄貴」

弟の舌なめずりの音と、生温かい息が僕の全身にふりかかる

「待ってくれ、あの悪魔は悪いヤツじゃないんだ…それに強い桁違いに
戦ったって勝てるかどうかなんて解らない、今夜の内に余所に移ろう」

「五月蠅い…クドイんだよ…この役立たずがっ」

背中の連結部分を急に振り回されて、僕は洞窟の壁に床にと叩き付けられる
弟は…ちょっとした山の様に大きくなっている、元のサイズのままの僕は
弟から見れば人形かおもちゃの様なサイズだ
ほんの少し引っ張られただけでも、ひとたまりも無い

血を流し…ぐったりと意識を失いかけた僕を、弟が摘み上げる

「兄貴と俺は…一蓮托生だろ?これからもずっと?仲良くしようぜ…」

僕を一呑みに出来そうな程、大きな舌がベロリと身体を舐めあげる

ああ…どうして何時もこうなってしまうのだろうか? 僕には何も出来ないのか?

※※※※※※※※※※※※※※

翌朝…日の出と共に、谷を散策し始めたゾッドは
風にかすかに混じる血の臭いに気がついた

怪物の新たな被害者が出たのだろうか? 愛用の戦斧をその手に出現させると
物陰に隠れながら、注意深く谷底の奥を探ってゆく

どんどん強くなる血の臭い…まだ新しい

ぽたりと頬に垂れて来たソレを、反射的に拭えば
手の甲が鮮血に染まる………

見上げれば…所々血に塗れた白い綿毛の固まりが
切り立った崖の中腹に、引っかかっているのが見える

「アレは昨日の坊主か?上から転落でもしたのか?」

考えるより先に、ゾッドは崖を駆け上がっていた

「おい…大丈夫か坊主?生きてるか?返事出来るか?」

ぺちぺちと僕の頬を叩くゴツイ指先、霞む視界に入ってくるのは
昨日の悪魔?ああ…僕に構わないで、早く逃げてココに居たらいけない

余計な事を喋れない様に、弟に封印されてしまった声では、彼に危機を伝えられない

ざわりと生温かい風が吹く…巨大な弟の口から吐き出される息だ

僕に注意を向けていた悪魔に振り返る暇すら与えず
バクンと覆いかぶさる黒い影が、岩場ごと彼を飲み込んだ

連結部分と繋がった僕だけが、ダラリと宙にぶら下がる

「ふん…王都の悪魔か口ほどにも無いヤツ、さっさと俺の消化液で溶けちまえ」

弟はゲタゲタと笑うと腹をさすりながら、目の前に力なく垂れ下がる僕に語りかける

「いいオトリ役だったぜ…兄貴、一眠りしたら傷の手当てぐらいしてやるよ」

俺だってな…その怪物の呟きが、彼の兄に届いていたかは解らない

ズシンズシンと怪物が、歩きだそうとしたその時
ゲフリとひしゃげた声を上げ、突然その巨体は前につんのめる
腹を胸を押さえて苦しむ弟を、僕は振り回されながら呆然と見ている事しか出来ない

ブシャッ…嫌な音がして、弟の比較的鱗の柔らかい。真っ白な腹が切り裂かれ
ドス黒い血が勢いよく吹き出してくる…辺りは血と得体の知れない体液が広がり
消化液も混ざっているのだろうか?岩すらもジワジワと溶けてゆく

「不意打ちな上に一口でバクンじゃ、戦いガイがねぇだろ?仕切り治しと行こうぜ」

血に塗れてギラリと光るのは、悪魔の戦斧…
血の海から立ち上がるのは、紛れもなく先程呑まれてしまった悪魔だった

一度弟の胃袋に、強力な胃液に浸ってしまえば
大概の魔物も悪魔も、一瞬の内に溶解してしまうはずなのに…
この悪魔は何故生きているのだろうか?しかも内側から腹を切り裂き脱出するなんて
有り得ない…今までこんな事なんて、ここまで追い詰められた弟を見た事が無い

「貴様っ…何故俺の胃液に浸かって生きているっ」

血反吐を吐きながら弟が吠える…だが弟も強い魔物だ
腹を切り裂かれたくらいでは死なない、既に白煙を上げながら自己修復は始まっている

「その程度じゃくたばらないか、流石は噂に聴く怪物じゃねえか
ぶら下げてるそいつを解放して、とっとと掛かって来いよ
人質なんてフェアじゃねぇだろ?正々堂々と勝負しやがれっ」

どうやら僕を弟に捕らえられた獲物か何かと勘違いしているのか?

「悪魔のくせに正義漢ぶるんじゃねぇよ」

弟が吐き捨てる

「こいつは…俺の突起物の一部だ、自己意識はあるがな
お前みたいな単純馬鹿を釣る為の擬似餌みたいなもんだ
俺様の身体の一部なくせに俺に歯向いやがる
餌のお前を見逃してやれだとよ、俺が飢えたらこいつも干からびるのに
とんでもねえ馬鹿だろう?もううんざりだからよ
切り取ってお前と一緒に食っちまおうと考えてた所だ
人質?はっコイツにそんな価値なんてあるワケねぇだろ」

連結部分を引き伸ばすと、弟は僕を乱暴に場外放り投げる

「てめぇ…」
「アイツの処分はアンタを片付けてからだ
生きたまま喰ったのは間違いだったぜ、ミンチにしてから喰いなおしてやる」

お喋りの僅かな間に、弟の腹部の傷もジワジワと回復する

慌てた悪魔が、戦斧を構え直すその姿は雄々しいが…
彼も全くのダメージが無いとは言えない、所々爛れ箇所が痛々しい

「行くぜ化け物」

膨張する魔力の波動で、さらに大きく変形した巨大な刃物が
乱れ撃ちとばかり弟に振り下ろされるが、弟も負けてはいない…
巨大な爪と牙・装甲の堅い部分を振り回し斧を受け流す
力も魔力も…ほぼ五分五分だ…少しでも隙を見せた方が一瞬で殺られるだろう

戦場から離れた場所に放り出された僕は
ただ戦いを辞めてほしくて、言葉にならない声で叫ぶ事しかできない

どちらにも死んで欲しくないし、負けて欲しくもない

今回は同じ狩り場に長く居座り続けた、僕等に非がある、
もう充分だ…余所にうつるから…悪魔様も見逃してください、
こんな風にしか生きられない僕等を、少しでも憐れと思うなら

「喧嘩の最中にガチャガチャ五月蝿いんだよ、貴様はこの戦いに邪魔だっ」

僕の身体に電流のような激痛が走る、弟が連結部分を引き掴むと、
いきなり力まかせに引きちぎったのだ ブツンと言う鈍い音とともに
大量の血と命がその場所から流れ、溢れ出してゆく

何故今…今この時に僕を切り離す? 以前に試した時の事を忘れたのか?

煌めく戦斧と弟の鱗の鍔迫り合いと、火花が薄曇りの空に散る
ああ…この勝負、最早決着は付いている…もういい辞めてください悪魔様

やがて…響き渡る断末魔、弟の巨体が倒れる大きな地響き

弟のコアが破壊されその命が存在が、消滅してゆくのが解る…
ああでもコレで楽になれる僕も、僕等は連結双生児だもの…
一蓮托生なんだ、僕もすぐに一緒に逝くよ

「勝手に消滅するんじゃねぇぞ坊主、お前はまだ助かるだろ?」

弟の血に染まった手が、僕を抱き上げる…
出血の止まらない連結部分が、堅く縛られるのを感じる

僕は…この悪魔を恨むべきなのだろう、唯一の肉親を殺した相手なのだから
なのに弟から解放された、絶望しかない生活から解放された安堵感もまた
胸の奥でくすぶっているのだ…結局何も出来なかった存在なのに

しっかりと抱きしめられた胸元で、僕は弱々しく悪魔の着衣につかまる
生きていていいのだろうか?僕は?否まだ時間はあるのだろうか?

走り出した悪魔に抱かれながら、風と振動を感じながら考える
何故あんな場面で…弟は僕を切り離した、命が流れ出してしまうのは弟も同じ
不利になるだけと解っているのに、どうして………

※※※※※※※※※※※※※※

虫の息の僕は、何故か文化局と言う所に運び込まれた

ココに来る前に、近場の街医者にも転がり込んだのだが
手の施しようが無いと、あっさり断られた

コイツは俺の突起物にすぎない…弟が言っていた事は正しいのだろう
僕単独では生命として命を維持できないのだ、本体が存在しなければ

では何故弟は、僕を兄と呼んでいたのか?

「医者のくせにどうにもできないなんて、どういう事だよ」

悪魔はそう吠えると、街医者から僕を奪い取り、文化局に走り込んだワケだ

僕を見るなり渋い顔をしたのは、他でもない局長であり、現在のマスターであるゼノン様だ
勘違いしているゾッド様と違い、マスターには一目で、僕が怪物の一部である事が解ったに違いない

それでも僕が被害者の一名で、弱い市井人だと思いこんでいる彼は
街医者には手の施しようが無いらしい…アンタなら助けられるだろう?
とボロボロ泣きながら、師匠に頼み込んでいるのだ

冷静に考えれば…滑稽で不条理な場面でもあるワケだが

「ちょっと難しい施術が必要だから、お前は外で待っていなさい」

そう言ってゾット様を、メディカルルームから追い出すと
マスターは冷たい怒気を含んだ声で、僕に囁き詰問する

「どういう経緯でこういう事になったのか?後でじっくり聴かせてもらうけど
あの子はお前を被害者だと信じている、真実を隠し通すなら助けてあげるけど
どうする?約束は守れるかい?憎しみは捨てられるかい?でなければ…」

そうマスターの心配は正しい…本来なら僕はこの場で処分されるべきだ

「あの方を恨んでなどおりませんよ…」

掠れて切れ切れになった声で僕は答える
弟を屠ったのは確かにあの方だが、優しくしてくれたのもまたあの方だから

「ただ…出来ればドチラにも死んで欲しくなかった、余所に移りたかった
弟を助けられなかったのは、あの方のせいじゃない…僕自身の力の無さですよ」

体液の大半を失っているせいか…老人のように萎れてしまった手・身体
それなのに後から後から涙が溢れてくる…生命維持を無視して
コレは僕が弟を想う心なのだろうか?口惜しさからなのだろうか?

「解った…今はその言葉と、あの子の涙に免じて君を助けてあげる
ただし二度目は無いからね、次にあの子を泣かせたら、解っているね?」

「ええ…肝にめいじておきますよ…」

柔らかい手が、枯れ枝のようにひからびた僕の手を取り
注射器で冷たい何かが、注入されるのが解る ソコで僕の意識は途切れた

※※※※※※※※※※※※※※

怪物の一部だった僕は、そういう経緯でこの庭園の一部になった
強大な本体に寄生するカタチでしか、僕は生きられなかったから
身体の細胞の半分を植物のソレと置き換え
庭園の巨木のヤドリギの一つとして、ようやく生きている

不完全なカタチではあるが…それでも僕だけが生き残るとは思わなかった

以前…一度だけ僕と弟は、別々に生きたいと願い大喧嘩をした事がある
その時、勢いで互の連結部分を切り離そうとした
しかし…それは双方に生死を彷徨うダメージを与えただけだった

僕が弟から切り離されて干からびてしまったのと同じで
弟にとっても…僕は唯一の弱点であったようだ
腹を裂かれてもすぐさま再生する様な、怪物であっても
唯一再生できない部分…僕を切り取って食べるなんて土台無理な話なんだ

僕達は最初から1名では生きられなかったハズなのだ…そういう運命だったハズ

でも生きてる…色々な奇跡的な偶然が重なって

だから最後までココで生きようと思う…可哀想な弟が生きられなかった分まで

マスターとした約束はただ二つだけ
エネルギーの補給はマスターの管理に任せ、自ら殺しはしない
そしてゾッド様を泣かせない…真実をお知らせしない事だ

あの時倒した怪物が、本当は僕の弟だなんて知ったら
この気持ちの優しい悪魔は、必要以上に思い悩むのは目に見えているからだ
だから隠し通す…僕を見るその人懐っこい瞳を曇らせない為に

見た目通りの弱いフリをして僕も、相当なエゴイストなのだ… 
嘘は嘘のままの方が、良い事もあるのだ…大好きな方の為にも

「いくら広い庭とは言っても、ずっとココに居たんじゃ退屈じゃないのか?」

お人好しな彼は、良くそんな事を言うが、決まって僕は答える

「退屈している暇なんて無いですよ、庭園の手入れは忙しいですから
文化局のお客様が美しい庭だと褒めていただけるのが、嬉しいのですよ
それにこうして、ゾッド様が遊びに来てくださる それだけで充分ですよ」

この居心地の良い温かな関係を守る為には…それも真実

「いやさ…気になるんだよ、お前をココに連れてきたのは俺様だし…」

丹精込めた寒椿を愛でながら、ゾッド様はさらに続ける

「お前と繋がってた…あのでっかい化物がさ
最後何故か泣いている様に見えてさ、駄々をこねるガキみたいに
アイツは強かったから、こっちも手加減できなかったんだけどさ
お前の事を利用して乱暴に扱っていたけど、アイツなりの愛情表現だったのかな?
時々そんな事を考えてしまったりするわけさ」

単純な様でなかなか鋭い…マスターの言った通りの方だ

あれから…マスターの肉体改造手術を繰り返し受けた後に
初めて解ったのだけれど、本来僕は、本体が滅びるのと同時に
崩れ落ちる運命だったらしい

崩れなかったのは、本体が生きているウチに本体から切り離されていたから

弟がその事を知っていたから?分の悪い戦闘中に僕を切り離したのか?
今となっては聞く事もできないけれど

弟は弟なりに、僕の事を好いていた事は解っている
姿も立場も変わってしまっても、ずっと傍に居る事ができたのは
身体の一部である僕だけだったのだから

「彼が彼なりに僕を好いてくれていたのは理解してますよ
でも…谷底で踞り空を見上げていたあの頃より、ここの生活は穏やかですから」

そう言って、ワザと子供っぽくあぐらをかくその膝に飛び乗れば

ポリポリと鼻の頭をかき、照れくさそうにはにかむゾッド様は本当に可愛い

だから僕は、今日も彼の前では猫をかぶる

マスターにそう命じられたからではない、コレは僕の意思だ

本体を失った僕が後どれくらい生きられるかは、マスターにも解らないらしいけど
せめてゾッド様の前では、無垢な子供のフリを市井のフリをしよう


これが僕が出来る唯一の魔力…取り留めのない嘘だから





END



根暗・鬼畜を完全封印するつもりが…封印しきれなかった〜
大事にされてる親分を書くつもりが、ちょっぴりヌケサクになってしまった事を
まずお許しくださいませねm(_ _)mm(_ _)mm(_ _)m


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あきゅろす。
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