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【リクエスト・過去作品サルベージ】
◆【サーカスの人魚】(読み切り)

「俺を呼んだのは君かな?小さくて可愛い人魚さん」

薄暗い穴蔵の様な娼館の部屋に、突如現れた極彩色
場違いな程煌びやかな衣装と、白い顔に青い隈取り
ああ…そう言えば、昔居たサーカス団に居た道化師・奇術師が
同じ様な派手なお化粧をしていたっけ………

「違うよ、俺は奇術師の類では無いよ」

私のちっぽけな心などお見通しと言った具合に、彼は笑いささやく

「君の悪魔召還に招かれた本物の悪魔だよ」

さぁおいで…と、さしのべられた手に、ワケも解らず夢中で縋り付けば
遠くで聞こえるのは、濁流の押し迫る音と人々の悲鳴
ああ…壊れてゆく…私が居た世界が、その全てが
私をこの穴蔵に繋ぎ止めていた鎖が呪縛が、一瞬の内に粉々に砕ける

見た目よりずっと逞しいその腕に抱かれて、飛び出したのは外?
私、今空の上に居るの? 嵐だと言うのに少しも濡れないのは何故?
そして見下ろした街は…横殴りの暴風雨と、氾濫した大河の渦に飲み込まれていった

まるで大昔に教会で神父様に読んで頂いた、【ノアの洪水】のお話の様に…

※※※※※※※※※※※※※※

そう…まだ小さかった頃は幸せだった…

領主様にあてがわれた土地は、山間の痩せた土地で
食べてゆくのがやっとの、貧しい村ではあったが
家族で肩を寄せ合い生きてきた日々は、慎ましくも穏やかだった

何も無かったけれど…母は自分のソレとよく似た私のブロンドを
何時も丁寧に編み込んでくれた 季節の花をあしら上で様々な美しいカタチに
女の子なのだから、これくらいのお洒落はしなくちゃねと笑って

しかしそんな当たり前の毎日は、突然終わりを告げてしまう

遠い場所で起こって居ると思っていた戦乱が
何故かこの痩せこけた山間にまで迫ってきていたのだ

収穫前の小麦畑と村は焼き払われ、鉄騎兵が通り過ぎてゆく

抵抗をする術を持たない村人は、ただ逃げまどい
あるいは略奪の末に殺され、子ネズミの様に山へ穴蔵に逃げ込み
ただ嵐が過ぎ去ってくれるのを、震えながら待つしかなかった

そして…その時、屋根裏部屋で糸を紡いでいた私は一人逃げ遅れた

嵐が過ぎ去り、焼け落ちた屋根を剥がされ、救出されたその時
何とか焼け残った胸から上と引き替えに、
梁に挟まれたその下は、見るも無惨に焼け爛れていた…

十分な手当も出来ないこの貧村では
村人の誰もがすぐに死んでしまうと思ったらしい
でも…私は生きていた、いや『死ぬ事が出来なかった』のだ

畑は焼き払われたと言うのに、税は変わらず納めねばならない
軍備増強の為にと更に増税が決まったと、お役人が高らかに告げる

支払うモノなど何も無いのに…

だから私を旅のサーカス団に売り飛ばした、父の選択は正しいのだ

火傷で引き攣れたこの身体では、満足に歩く事も出来ず
最早十分な労働力にはならない…当たり前の娼婦も出来ない
そして癒えきらないこの身体には、莫大な薬代と治療費が必要だ

貧しい我が家にその余裕は到底無いのだ

他にも兄弟を抱えた家族の【お荷物】にしかならないのであれば
見世物小屋の【化け物】として、売られてしまった方がマシなのだ

これで税が納められる 家族が飢えずに冬を越せる

最後に母は泣きながら、私を抱きしめてはくれたが
その表情に安堵が入り交じって居る事を

私は解っていたけれど…解らないフリをした

そう私は最早家族にとって【厄介者】なのだ、ココに居てはいけないのだ

まだ男を知らないばかりか、恋すらも知らなかった
15歳の秋の始まりの出来事だ

※※※※※※※※※※※※※※

「いい加減に起きて下さい、参謀」

苛立ちを含んだその声に驚き、私が目を覚ますと
そこは…見たことも無い様な大きなベッドの上

明るい寝室なのだけれど、ココは一体何処なの?
白を基調にした調度品は、お姫様でも住んでいそうな可愛らしいもの
けれど…大きく開いたその窓の向こうには、バルコニーの先には
青い海の中?色とりどりの魚が泳ぎ、珊瑚礁が広がっている

キラキラと水面を通過した光りが、ココソコに美しい影を落としている

そして目の前に、ベッドサイドに仁王立ちしているのは?青白い女性?
真っ白な肌に、真っ白なウェーブの長髪 そしてルビーの様な紅い目
でも…耳があるはずのその場所には、瞳とソコだけが極彩色の様に
エメラルドグリーンとパープルのグラデーションの鰭が、ユラユラと揺れていた

「ラーミア…久しぶりのオフなんだから、もう少し寝かせてよ」

もぞもぞと動くその腕は、私の腰に回されている事に気がつき
思わず短い悲鳴をあげてしまう 何で裸なの???
何時も羽織って居る、腰下を覆い隠すショールがいつの間にか何処かに
剥き出しの火傷の痕を見られる羞恥心から、私は慌ててシーツを引っ張る

「大丈夫・大丈夫隠さなくていいから、人魚さん」

引き攣れた太腿をなで上げるその手は…昨晩の悪魔と名乗ったあの男?
眠そうな目を擦ると、ニコリと私に笑いかけてくる

「ようこそ俺の水晶宮に…」

何が起こっているの?コレは現実逃避が見せる幻覚なのかしら?
それとも…私はもう死んでいるのかしら?天国に来ているの?
私はただ唖然と、目の前の二人を見比べる事しか出来なかった

※※※※※※※※※※※※※※

「残念だけど天国では無いよ、悪魔の住まう地獄だからね」

彼はそう笑うと、恥じらう私を抱き上げる
裸体に羽織っている純白の豪華なローブが、あまりに美しくて
薄汚れた私なんかが、触れてはいけない様な気持ちになる

「危ないから、ちゃんと掴まって…」

そう囁かれて慌てて首に手を回すと、「イイコだね」と首筋にキスをされた
それを見ていた女性が、また少し苛ついた声を上げる

「湯殿の準備は整っておりますから、お早めにお願いします」

お風呂?そうよね…お客を取った後だもの
汚れたままだったハズ…急にその事を思い出し赤面する私を
紅い瞳がまた、苦々しげに見ている

連れてこられたのは、またやたら広い浴場で
何故かココの雰囲気には相応しく無い、紅い湯が張られている

「今日だけ特別だからね、色は凄いけど我慢してね」

そう言って彼は、ローブを脱ぎ捨てると
私を抱きかかえたまま、ゆっくりと紅いお湯に浸かる
色はそれこそ血の様に紅いけれど、湯は温かくて気持ちがいい

思えば…こんなにたくさんの湯が張られたお風呂なんて
初めてだったかもしれない、村でもサーカスでも娼館でも
燃料は貴重品だったから…湯浴みの為になんか浪費出来なかったから

湯の中は見えない…真っ赤に染まって居るから
でも一緒に浸かっている彼が、私を背中から抱きしめると
湯の中の脚をなで上げて居るのは解る、醜く引き攣れたあの【人魚の脚】を…

歪んだ人種やその男達には、酷く魅惑的に映ると言う私の脚
火傷の痕が残るソレを【鱗】と呼び、私は彼等の【人魚】だそうだ
その傷跡を観て楽しみ、撫で上げ犯す為の【紛い物の人魚】

「あっ…あの…」

どうやら優しい彼にまで、そんな扱いを受けるのだろうか?
そう思うと哀しくなって、ハラハラと涙が落ちると 慌てた声が振ってくる

「ああっゴメン【人魚さん】はやめた方がいいね、名前は?最初の名前は覚えてる」

最初の名前?主人が、所有者が変わる度にたくさんの名前を付けられて
最初の名前は何だったかしら?思い出せない………

「メロウ………」 

何故かフッと口に出たのはこの名前?この名前で正しかったのかしら?

「メロウ?可愛い名前だね、じゃあメロウは本物の人魚になるつもりは無い?」
「本物の人魚?」

彼は一体何を言っているのだろうか? 人魚と言っても私はただの人間
火傷を負った…バルバロイの娼婦、憐れな【紛い物の人魚】………

「そろそろ良いかな?メロウ、ゆっくり脚を上げてみて」

脚を上げれば醜い傷跡が見える、抵抗感が無いワケではない
おそるおそるお湯から上げた片足には、半透明の長い尾鰭が…
やや粘着質のある紅い湯の上に、すらりと伸びたのは
青い鱗に覆われた二本の脚と言うより、尾鰭の生えた本物の人魚の尻尾?

予想しなかった展開に言葉を失う私に、彼が優しく囁く

「思った通りに綺麗な人魚になったね…恐れる事は無い最初からその資格があったんだよ」

このまま本物の人魚になって、ココで水底で楽しく暮らしたらいい
【ほんの些細な代償】は必要だけれど………

そう驚きはした、私はただの人間のハズなのに…有り得ない状態に
でも…それでも…焼け爛れてしまった元の脚よりずっといい
キラキラと光る鱗は、どんな宝石よりも美しく見えた
ああ…人間である事なんてもうどうでもいい…
このまま人魚になった方がいい、本物の人魚に

感極まった私がむせび泣くと、青い悪魔がゆっくりとキスをする
この姿は気に入った? ええ勿論です元の脚よりずっといい…

「そう…それなら良かった…」

紅い湯の中を移動する手が、美しく変異した私の脚を腰を
張りを取り戻した胸をなであげる ああ…男の手が、
肌がこんなにも気持ちが良いと思ったのは久しぶり
もっと…もっと、奥まで触って欲しい……… そして…

契約の完了…私は神の子・精霊の僕である資格をかなぐり捨ててしまった

※※※※※※※※※※※※※※

息は出来るけど、ここは水面の中なのかしら?
前の脚では歩く事は出来なかったけど、今は軽やかに歩ける

「でもね、メロウはまだ完全に人魚じゃないんだよ」

彼はそう言うと、私の手を引いて別の部屋にエスコートしてくれた

薄暗い部屋の中に、円筒形の筒の様な巨大な水槽?
その中には無数の金色の小さな魚が、せわしなく泳いでいた

「観てごらん…コレは君の住んでいた街、あの嵐で命を落とした人間の魂だよ」

魚のカタチになってしまって居るせいか?実感はまるで湧かない………
あの腐った城壁都市の人々の全てがこの中に?
私が【完全な人魚】に成る為には、この中の全ての人々を捧げる必要があるそうだ

そして…本来この人達が生きるべき時間の全てが、私の寿命に変わる
神の子たる人間は、肉体を失ってしまっても何度でも生き返る
でも魔族はそうはいかない、ただ一度きりの命…死んでしまえばソレで終わり

「これだけあれば、500年〜600年は余裕だね、ただ…メロウは元は人間だから、
契約終了時に俺に魂を食べられちゃうけど、それでもいいかな?」

少しだけ申し訳なさそうに?はにかむ青い悪魔に、私は笑みを返す

そんな事どうでも良いんです、私はもう人間なんてウンザリだ
罰ばかり与えて、少しも救ってくれなかった神様も
この綺麗な姿で、500年も彼の側に居られるならそれでいい
最終的に彼に食べられてしまったとしても…私は何の後悔も無いだろう

それに…私はあの街が嫌いだった…

サーカスの見世物小屋に売られた私は、獣の様に檻に閉じこめられていた
興業のテントが開幕すれば、裸に剥かれ、脚を縛られた挙げ句
偽物の鰭の靴を履かされ、巨大な水槽の中に放り込まれていた

人魚らしくしろと、管からの息継ぎも最小限に抑えられ
言う事を利かないと殴られた、肌を晒す恥ずかしさに心が何度も折れた
安物の真珠や宝石に飾られた私を観て、観客は無神経に人魚だと喜び、
あるいは自分には、この不幸が降りかからない様にと顔をしかめる
時には大枚をはたいて、私を水槽から引きずり出して嬲るのだ
人魚と交われば、寿命と運気が上がる そんな有りもしない口上や噂を信じて…

やがてある男が、そんな私に目をつける 金蔓になると…
心も身体もボロボロだった、私は偽りの愛の囁きに抵抗する術を持たない
言いくるめられるままに男を信じ、男と共にサーカスを逃げ出した

だが…本当の地獄はそれからだった

二人で幸せに成るためにと、男が夜毎連れてくる客を、
すり切れるまで取らされ続ける… そして…とうとう身体を壊した私を、
あの男はあの街の場末の娼館に売り飛ばし、置き去りにしたのだ

元々弱っていた身体は、悪い病気にに犯された…
それでも仕事を休む事は許されない、ただ楽になれる時を待っていた私は、
格子の隙間から見える、僅かな街明かりに嫉妬する
何故私だけが、こんな酷い目に遭わねばならないのだろう?

ただ慎ましやかに生きてきただけなのに、私が何をしたと言うのだ

はじめて神様の存在を呪った…村を出る時にせめてもの救いにと
神父さまが私の首にかけてくれた、そのロザリオを引きちぎって

そうしたら…何もない場所から彼が現れたのだ
私を踏みつけにした人間達を生贄に捧げる?そんなのはたやすい事だ
罪の意識など感じるはずも無い、サーカスの客が娼館の客が
私を人として見なかった…その行為と同じくらいに

「でも…それだけでも完全な魔物にはなれない」

何時の間に部屋に入ってきたのか?
立っているのはラーミアと呼ばれていた、あの真っ白な女性

「神の子の命は強すぎる…他の命を取り込み、魔族になるためには
魂に【穴】を開ける必要があるの、心に【穴】が空くほどの大切な存在
貴女にとって、【最も大切な存在】を殺して捧げるのよ………」

そう言って彼女がはだけた胸元には…悪魔の青い紋と似た刻印が刻まれていた

「大丈夫…殺すといっても簡単な事だよ」

私の背後から、悪魔の手がゆっくりと伸び肩を抱く

さあソコの水盤の中を覗き込んでごらん、メロウが関わった人間が
浮かんでは消え、また浮かんでくるだろうねぇ
その中から、メロウの心に【穴】を開けてくれる人間が、水盤に選ばれる
【選ばれた者】をその水面に映る影を、この短剣で刺せばいい…ただソレだけの事だよ

ラーミアがうやうやしく掲げる、その金色の短刀には
ラピスのが填め込まれた幾何学的な模様が、彫り込まれている
美しい造形とは裏腹に…その刃は重く鋭い、そしてひんやりと冷たかった

「さぁ…メロウの転生の糧になってくれるのは、一体誰だろうね?」

フラフラと促されるままに、短剣を握りしめ
水槽の横に鎮座する水盤を覗き込む、走馬燈の様に流れる私の灰色の人生
娼館の女主人・常連客・仲間の娼婦達・かつては愛した男………
次々と浮かんでは消える面影の半分は、顔も覚えていないのか?
輪郭は酷くぼやけていて、意味もなくただ過ぎ去ってゆく

そして…最後に写り込んだのは、忘れもしないあの山間の貧村

どうやら今年の実りは悪く無い様だ、大粒の小麦の穂が風に揺れている
見知った顔もみな老け込んだ…居なくなった顔ぶれは村を出たのか?
あるいは戦乱か飢饉に命を奪われたのか?
今の私にとってはどうでも良い事のハズなのに、何故か心がチクリと痛む

小麦畑の向こうに見えてくるのは…私の家…
【あの時】は焼けた壁を塗り替え、屋根を強引に吹き替えた
立て直す事なんて出来なかったから、
さらに経年により古びたそれは、よりみすぼらしくなったようだ

玄関先で、薪を割っている初老の男性は父さん?
そして庭先の日だまりで糸を紡ぐのは…母さん?
カラカラと回る車を見上げている少女は…
私が村を離れる時、生まれたばかりだった妹だろうか?

「どうやら、決まったみたいだね…」

悪魔のつぶやきが、割って入ってくる…
人影を映しては、次のビジョンに移り変わっていた水面が、
薄く発光して固定される、そこに映っているのは………

「母さん………」

※※※※※※※※※※※※※※

「すぐに決めるのは無理でしょう?だから一晩時間をあげるね………」

ためらいを感じる相手で無ければ、生贄としての意味が無いんだよ

そう言って悪魔は部屋を後にする、ラーミアもその後に付き従う
私は一人残されたその部屋で、短刀を胸に抱きただ水盤を覗き込む

震えていた…よりによって何故?どうして、母さんなのかしら

娼館の主人・あの男・サーカスの団長、そして恐らくは
私を「売り飛ばす」と決めた父親さえも、刺殺す事に躊躇はしなかっただろう
いや寧ろ…こんな儀式に関係なく喜んで始末しただろう
村を襲った戦乱の事実も知らず、幸せそうに微笑む妹が選ばれたとしても
私は一切のためらいを感じなかったかもしれない

だが…母さんだけは違う… 僅かに残っているのは幸せだったあの日の記憶
まだ私が【ニンゲン】だった頃の、穏やかな日々の思い出

やがて水盤の中の村も日が暮れると、
野良仕事から帰ってきた家族達が集まり、ささやかな団欒が始まる
そう…はるか昔、私もこの中に居たのだ、座る権利があったのだ

なのに…いつの間にかその【資格】は無くなっていた

怪我をしたから?歩けなかったから?化け物になったから?
ニンゲンでは無くなった私は、家族の為に犠牲に成るべき?
そんなの……そんなのあんまりじゃない…

誰の御陰で、あの何も無い冬が越せたと思って居るの?
それなのに…私は最初から居なかった様に、無かった事にされている…

そう思えば…沸き上がるのは憎悪の炎

そうよ…今度は私が幸せになるのよ、そのチャンスが巡ってきたのだから
私を犠牲にして生き延びたモノ達を、今度は私の糧にして何が悪いの

振りかぶる短剣を、水面の母の顔に突き立てようとしたその時

私は気がついてしまったのだ、母の髪についた【小さな髪飾り】に
小さな妹は…それが気になって仕方が無い様だが、母はガンとして触らせない
それは…まだ村に居た頃、私が作って母に贈ったモノ
川原で見つけた綺麗な石を磨いて、職人の仕事を見よう見真似で作った
稚拙な髪飾り…アゲートと言う石らしい事は後で父に聴いたが
母はとても喜んでくれた、ただ何時も髪を編んでくれた御礼だったと言うのに

まだ付けていてくれている、私を忘れてしまったワケじゃない
そう思うと、涙が後から後から溢れ出し、私は彼女を刺す事が出来ない…

でも…醜い【紛い物の人魚】には戻りたくは無い 戻る事も出来ない

だから私は短剣を自らに向けると、深々とその胸に突き立てる

一斉に解放される水槽の中の魂達、光に向かって泳いでゆくその姿を見上げながら
海の泡になってゆく、自分の身体を静かな気持ちで眺めていた
ああ…良かった、綺麗な姿のまま泡になれるなら、元の姿に逆戻りしないなら

最後にごめんなさい、折角の親切を無駄にして
そしてありがとう…綺麗な姿のまま逝かせてくれて

絶望の淵で最初に見た、悪魔の優しい笑みを思い出に
人魚は小さな泡になって消えてしまった

※※※※※※※※※※※※※※

「ああ…やっぱり今回も駄目だったかな?」

逃げてゆく魂達を見上げながら、振られちゃったよと溜息をつく悪魔
その手を取り、マニキュアを丁寧に塗っていたラーミアは答える

「人魚は水蛇と違って、ツマラナイ情に流されやすいですからね、
一名くらいの取りこぼしなど、取るに足らないでしょう?」

【人魚】と【水蛇】…同じく契約により人間から転生した魔族でありながら、
大きく違うのはその発生…不幸な生涯を呪い、悪魔召還をしたモノは【人魚】に
見当違いな宗教的儀礼で、生贄に差し出されたモノは【水蛇】に
共にその人間が神を否定した時に、その資格があるモノにだけ【路】は開かれる

この白い水蛇も元は人間の娘、とある大国の海洋遠征成功を祈願して
海神に捧げられるハズの【生贄】だった、そのために養育されたアルビノだった

ところが招かれたのは、神ではなくて悪魔だった 

娘が望んだのは母国の勝利ではなく、自らの置かれた理不尽な世界を滅ぼす事
国家にとっての都合のいい価値観と、中途半端な愛情を与えた
教育を与えた【相手】を自ら抹殺する事 

狭い世界で、愛するモノはソレしか居ない…愛しているからこそ自分で殺す

追い立てられた桟橋の上で、契約を交わした娘はその場で魔族に変化
巨大船団と自らの養育者を沈め、その命の全てを自らの寿命として貪った

水盤による【間接的な殺害】など、彼女には必要が無かった………

「そう言えば…ラーミアの寿命は、もうすぐ尽きてしまうんだっけ…」

誘惑した俺が憎いかい?食べられてしまうのは恐いかい?

悪魔の手が、膝枕をしているその脚を腰をゆるゆると撫でる
幼子が縋り付くようなその甘えた仕草に、彼女はクスリと笑う

「いいえ…お側に置いて頂き感謝しておりますよ、魔族にして頂いた事も
転生も人間もどうでもいいんです、ココに居た時間は幸せでしたよ」

だから最後の一時まで側に居たい、食べられてしまっても無になってしまっても
その記憶の片隅にでも残るのなら、残れるならそれで本望………
ツマラナイ【情】に流されて【資格】を失ったあの子の様に愚かでは無い
例えどんなに愛しても、独占する事など出来ないとしても

「そういう君の思い切りの良い所が大好きだよ、ラーミア」

闇をさした悪魔の黒い唇が、深く口づけてくる
慣れた姿勢でそれに答えながらも、視界の端に映るのは…
水晶宮の水域を泳ぎ回る、色とりどりの人魚と水蛇達

悪魔のくせに変に面倒見がよすぎるのよ、仕方の無い方………

白い水蛇はゆっくりと、その紅い瞳を閉じる



end


リクにちゃんと答えられているのか?かなり微妙な感じですが…
どうでしょ?良い感じにグロすぎないエロになってないかな?

エロ本書きだけど、極端に甘々や都合忠義ってどうも苦手で
何かを手に入れようと思うなら、やはりそれなりの代償も犠牲も必要?
って感じの方が…納得出来るのかな?自分の中では?

変化球すぎますが…気に入って頂けたら嬉しいです

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