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【位相空間】
堕天 8 翼手 ※暗黒設定有り注意

「興味深い事実が判明したよ、検診がてらに研究室まで出向いてほしい」

短いゼノンのメールが俺の端末に届く
度重なる文化局の検査・検査で、いい加減ウンザリしていた俺は
適当な理由を付けて、断りたい気持ちではあったが…
今回の一件は【寄生生物】が絡んでいる分、無下には出来ない
出向く度に別の意味で、職員に追いかけ回され、
すっかり学者嫌いになったジェイルは、「絶対行かない」と駄々をこねやがる

まぁ俺に問題がなかったら、アイツにも問題が無いだろう

仕方が無いので一名で出向く文化局の門は、相変わらず気が重い…

精密検査を再び繰り返され、疲れ切った俺が通されたのは
何時もとは違う実験ラボ 標本集積室?初めて入る部屋だな…
エアシャワーを何度も浴びた上で、厳重な封印を幾つも潜ると

中でゼノンが待っていた 二つの生体標本の保管箱を用意して

中には…ジェイルが食いちぎったアノ【翼手】と
俺が咄嗟に燃やした反対側が、別々に保管されている
食いちぎられた方が、複数の封印に貫かれながらも生きている事にも驚きだが
俺が燃やしたハズの方もまだ生きていた…
翼の原形を最早留めず焼け爛れ、半分炭化した肉塊状態でもなお

「そんな危険なモノを生かしておいて何になる?
お得意の【標本】にするのは構わないが、早く息の根を止めてしまえよ」

俺達の検査地獄の元凶でもあり、あの坊主を抑えつけ蝕んでいたモノ
あの場に居合わせた者にしか解らない、醜悪さを考えれば当然の反応だ
エースは苦々しげに、翼手とゼノンの顔を交互に睨み付ける

「まぁまぁ…処分する事は何時でも出来るよ、エースが燃やした方は特にね
でも出来るだけ生かして、可能な限りデーターを取るのが僕の仕事
そう目くじらをたてないで欲しいね」

〜それに寄生生物と言っても、ちゃんと意識はあるみたいだよ
微弱に発する振動音を言語として解析すると…こんな風にね〜

LUCA・LUCA・LUCA・LUCA・LUCA・LUCA…

機械的に反復され、モニターに列ぶ堕天使のかつての名前
まだかつての宿主を求め、【渇望】していると言う事か?
空白部分を埋めて行くその様が、ウィルスの侵食の様にも見えて
エースは更に不快の表情を露わににするのだが
ゼノンは何時もの飄々とした態度で、ソレを受け流すとモニターを切り替える

「最初に患者さんに掛けられていた【封印】の件から説明するね」

封印の主体は、この【翼手】の方だったみたいだね、
殿下が解除した方は、外見を普通の天使に近づける為の【補佐的なモノ】だね
患者さんの成長と共に強くなってゆく、魔力も含めた力全体を
【翼手】が随時吸い上げて、体外に放出して逃がす仕組みになっていたみたい
だから表面上は、下級天使並の力しかなかったんだよ

中級悪魔クラスだったら、このシステムで十分押さえ込めたんだろうけど
エースも感じた通り、彼は上級悪魔クラスの力を持っていたから…ソレは不可能だった
魔界の空気に触れただけでも、【翼手】にとっては相当な過負担だったんだろうね

更にその後は…アレでしょ? 身体から離脱する前に【自己崩壊】しかけているんだよ

モニターに映るのは、【あの時】の映像の切れ端
よく見れば黒く染まった根本には、陶器の様なひび割れと出血が何本も走っていた

「だから全く【無意味】でもなかったんだよ、【普通の転魔儀式】もね…」

魔力の過剰供給があったからこそ、寄生生物はたまらず宿主から離脱した
『正体を見破られたから』と言う理由だけじゃなくて
だから【無意味な苦痛】を与えたんじゃないか?なんて気に病まなくても大丈夫だよ

「はぁ?俺を誰だと思っていやがる」

職務上の事で、イチイチ感傷的にも成らなければ、動揺なんてするワケが無い

「お医者さんの僕にまで強がらなくてもいいよ、最近のエースの脳波は乱れすぎてるよ」

まぁ言わないけど、データなんて必要ないね君の場合は…解りやすいんだよ

「…………ホントに嫌な野郎だな、お前は…」
「【嫌な野郎】くらいで十分だよ、研究者としても医師としてもね」

それと、本題はもう一つあるんだよね

「預かった患者さんの同意を得て、ちょっと記憶を覗かせてもらったんだ
彼も忘れている?深層心理と記憶の意味を知りたいと言う事でね
そしたら、面白いモノが出てきたんだよ、情報局長官には見せる義務があると思ってね」

画面に映るのは、ひょろ長い印象の細身で長身の天使
天使にしては珍しくその銀髪は短髪で、鋭すぎる眼差しを見てエースは唸る

「神の門番…」
「ねっ?エースの大好物でしょ?」
「誰が大好物だ…一番気に入らない殺戮人形じゃないか…」

四大天使の一人にして、法と秩序の番人【断罪の天使】ウリエル
神の意向に背く存在を、一切の情も掛けずに無慈悲に焼き尽くす死天使
その刃は悪魔だけではなく、時には人間や同胞にも容赦なく向けられる
光と闇の違いはあってもその属性と職務から、天界におけるエースそのモノ…
そう揶揄される事を、エース自身が一番嫌がっている

俺はあんな鉄仮面の殺戮機械とは違う…一緒にするな…

しかし投影される映像の中では
そのウリエルが、幼い天界人の子供に囲まれている
お決まりの白い戦闘服ではなく、黒い神父服を着て

「どうやらウリエル君には、別の顔もあったみたいだね」
「無表情の仏頂面は変わらないみたいだが、何なんだコレは?」

自らが断罪した対象者の遺児を引き取る、【救護院】をしていたみたいだよ
ピックアップした子供を、聖人や賢者として人間界に送るだけじゃなくて
忠実な手駒や工作員に訓練する施設でもあるみたいだけど…

そう言われてよく見れば、天使の子供達はみな何処か【普通】ではない
大多数を占める天使の輪はあれど翼を持たない者は、恐らく人間とのハーフか?
それ以外も…少数ながら他種族との混血児、あるいは禁を犯した天界人同士の私生児も居るようだ

罪深い親は処分しなければならないが、産まれ落ちる子供には罪が無いと言う事か?
そうかいそうかい、天使様らしくお優しい事で

何にせよムカツク事には変わりない、エースはイライラとしながら煙草に火をつける

「でね…施設の子は彼が【断罪の天使】とは知らないらしいよ
そりゃそうだよね?【親の敵】ですなんて名乗れないものね
特殊工作員になって初めてその事実を知るらしいよ、患者さんに言わせるとね」

その事実を知る頃には、【洗脳教育】も完了しており
親よりも堅い絆で結ばれている…そういうカラクリか

「ただ…あの患者さんは、彼にとっても特別だったみたいでね、
ご覧よエース、あの元気な方の【翼手】を
あの【翼手】の血脈の半分は、あの鉄仮面さんのモノだよ」

ソレを聴いてエースは煙草を取り落とす

「バイオ義肢とかそういうモノじゃないのか?」
「コピーされた遺伝情報ではなかったよ、間違いなくウリエル君のオリジナルのモノ
自分の翼を切り落として、【翼手】の一部に捧げたんだよ…封印を強化する為に」

翼の欠損を何よりも嫌がる高位天使が、ソコまでするか?普通?
以外な展開に信じられないといった表情を浮かべるエースに、ゼノンは更に続ける

「そしてもう半分の血脈と、君が燃やした方の翼だけど…
患者さんと遺伝情報が半分だけ合致したよ」
「つまり…」
「あの【翼手】は、あの子の母体天使そのものだね…」

しんと静まりかえる室内で、計器の機械音と救護院での柔らかな光景だけが流れる

「今すぐ…今すぐに、こんなモノは処分しろよっゼノン!!!!!」

少しの間を置いて、エースはダンと拳で机を叩いた
親子の縁が薄い悪魔ですら、胸糞が悪くなる結果に対する純粋な怒りだ
母親を化け物に変えて、子供の封印の一部に使っただと?
そんな惨い方法を考えつきもしない、【非道の王】と言われる自分でも…

何が【慈愛】だ何が【断罪】だ、秩序を守る為なら何をしてもいいのか?

「今すぐにこんなモノを処分して、坊主の記憶を書き換えろっ
どうせその権限は、許可されているんだろっ どうなんだゼノンっ」

そうだ…こんな【酷い事実】を知る必要など全く無い
最初から魔界で生まれ育った、そういう記憶に書き換えてしまえばいい

はぁはぁと肩で息をして、解りやすい怒気を向けるエースに
ゼノンは困った顔をしながらも、すぐに何時もの表情に戻る

「うん…僕もエースの気持ちは解らなくは無いけど…
最終的にどうしたいか決めるのは、彼自身の問題だからねぇ 僕達じゃない」

ポンポンとゼノンが手を叩いて合図をすると
ウィンと開くのは、マジックミラーで仕切られていたらしい隣の部屋
巨漢の悪魔の腕に抱き上げられたルークが、静かな目でコチラを見ていた

※※※※※※※※※※※※※※

「こんなのこんなの酷すぎるよ、ルークちゃん…
もういいじゃないっっ新しい記憶に書き換えて貰いなよ」

涙脆いらしい大男が、派手にオイオイ泣いているのだが、
その腕に抱き上げられているルークの目はやはり静かだ

「ゴメンねシュウちゃん…あのケースの近くまで連れて行って貰えるかな?」

首にすがりついたまま、そう静かに言えば
戸惑いながらも、そっとその側に少年を降ろす

ソレは確かに虫の息で、最早どうやって生きているのか解らない状態だった
それでもプルプルと震える寄生根が、ガラス越しに少年に向かって伸びてくる
半ば崩れかけていると言うのに

「俺の母さまだったんだね…」

だから自分の肉体だと思いこんでいたのも当然だ
【翼手】もまた長期間狂う事もなく、役目をただひたすらに果たした
宿主である俺の中枢神経を破壊する事なく、俺の力を抑えこむ事も出来た…

ゼノンも静かに口火を切る

「酷い現実だとは思うけど…これしか方法は無かったんじゃないかな?」

転魔する直前の【本来の姿】を君も見たでしょ?
天使の輪はあっても、黒色に近い色の翼と鱗を持った混血児を、天界で生かす為には
ただその魔力を押さえ込み、姿を強制的に変えるしかなかった

断罪の天使が、無理に母親を【翼手】に変えたのではない

我が子が【普通の天使】として生き延びる事を願ったのは、恐らくはこの母親の方
その強すぎる力と姿を抑制して隠す為に…自ら【翼手】になる事を望んだ
そして多分その母親は、あの【断罪の天使】にとっても大切な存在…
自らの翼を切り落としてまで、彼女の望みを叶えようとする程に…

「ゼノン…また無菌室に閉じ込められてもいいから、母さまに直接触れちゃダメかな?」
「馬鹿な事言うんじゃない…また寄生されたらどうするんだっ」

そう叫ぶエースをよそに、ゼノンは小さく頷くと
あっさりとその蓋の封印を解いてしまった
胸ぐらを掴んで睨むエースの腕に、柔らかな手が添えられ寂しげに笑う

「大丈夫…もうアレには、寄生する力は残ってはいない…」

そして…彼もまた彼女の寄生を許さない…
従順で無力、何も知らなかった頃にはもう戻れないから

ゆっくりと容器から這いだ出した寄生根が、ルーク首に肩に巻きつくが
寄生するには至らない、見えない【個】が【壁】が確かにそこには有る
それでも…焼け爛れたその本体を優しく抱き上げるその光景は、
人間が夢見る生粋の天使の様に、慈悲と哀しみに溢れていた

「母さま…長い間護ってくれてありがとう…俺はもう独りでも大丈夫だから…
母さまもゆっくり休んで…もう頑張らなくて大丈夫だから」

炭化した組織と、爛れた傷口から溢れる血と体液に構う事なく
頬擦りするその頬には、キラキラと涙がひかる

やがて…徐々に活動が鈍くなってゆく寄生根が崩れてゆく
末端から崩れてゆく組織は、サラサラと銀色の砂に変わってゆく
醜く焼け爛れてしまった傷口を覆い隠してゆくように

「活動限界だ…彼女が昇華するよ」

滅びの時を迎えた天使は、事前に特別な処置がされていない限り
砂の様に崩れてしまう、例外は無い【翼手】になったこの天使も、
最期は普通の天使と同じ様に昇華する 銀色の砂になって

「局長!!!」

側で成り行きを見守っていた職員が声を上げる
もう片方の翼手からも炎が上がり、見る間に焼き尽くされ灰になってしまった

「言っておくが、俺は何もしていないぞ、コレは…」
「【断罪の炎】…僕の結界を破るとは大した物だねぇ、ウリエル君も」

穏やかな表情とは一転した鬼面が、ギロリと天を見上げる

対になる翼が昇華してしまった以上、コチラ側の翼の滅びも時間の問題だったハズ
しかし護るべきモノが滅びたなら、自分の役目もコレまでと言う事
これ以上不要な情報を探られる前に、自らをも焼き尽くすか…

しかしココは、魔界でも指折りの結界が張り巡らされた、文化局の標本室である
貴重な標本を保護するだけではなく、危険な収集物を外に出さない為に
大魔王宮の結界よりもさらに強化されたモノが、厳重に張り巡らされている

ココの結界を容易に破れるのであれば、王宮の結界も同じ事

何時でも寄生した少年ごと、焼き払う事も可能であっただけでなく、
あるいは皇位継承者を巻き込んだ、自爆テロすら可能な状態で有りながら
何故その【行為】には至らなかったのか?

自ら養育した幼子への愛情か?未練か?
それともあの【翼手】になった者への恋慕の想いなのか?

「案外感情的で情熱的みたいじゃないの?天界の君も?」
「だから俺をあの仏頂面と一緒にするんじゃない」

さてと…後始末の前に患者さんの意思確認と精密検査をもう一度しなくちゃね
【翼手】本体が完全に消滅した以上、危険はもう無いとは思うけど

「ルークちゃん…」

砂になってしまった、【翼手】いや母親だったモノの前に佇む少年
駆け寄ろうとする研修生を手で制止すると、ゼノンはゆっくりと切り出す

「僕はね今回の一件で、君の記憶を操作する権限を許可されているんだ
皇太子殿下からね…もし君がこの事実が到底受け入れられないモノで
消去して忘れてしまいたいと願うなら、最初から魔界人だったと言う記憶と
入れ替える事も可能なんだけどね………どうする?君の望む様にしてあげるよ」

「いいえ…記憶操作は必要ありません」

ゼノンの説明が終わる前に、確かな声で結論が返って来る

「俺が天界人だった時間も、母が護ってくれた事実も消去なんて忘れる事なんて出来ない
せめて俺が覚えていなくちゃ、あまりにも哀しすぎるじゃないですか…」

そう言い切り振り返った目には、もう涙は浮かんでいなかった

「そう言うと思ったけど、念のための意思確認だよ 悪く思わないでね
ああでも念のため再検査はしておこうね、まだまだ君の身体は不安定だから」

目配せをされたシュウが、慌ててルークを抱き上げる
少しだけ身体が熱い様に感じる、発熱しているのか?
病み上がりの身体には、まだ肉体的にも精神的にも無理があったのだろう

「待って…シュウちゃん」

慌てて医療センターに向かおうとするその足を、ルークが止める
何やら話し込んではいるが、巨漢の悪魔はソレになかなか同意しない
しかし結局は諦めたらしい、難しい表情をしたままエースに近づく

「あまり近づきすぎないで下さい、患者は状態が良くないので…」

1万年も生きていない若造悪魔が、明かな敵意を剥き出しにするが
その胸元でルークはそれを押しとどめる、かないっこ無い相手でしょ?

「エース長官、俺と母さまの為に怒ってくれて、泣いてくれてありがとう」

半分熱にうなされた目で、ルークがそれだけを告げると
シュウはルークを庇う様に抱きしめ、足早に部屋を去っていった

「なんだありゃ?あの若造に何かしたのか俺?」

それに、泣いてなんていないのだが…

「ああ…あの子は患者さんの世話係だからね、例の映像を見てショックだったみたいだよ」

水妖系悪魔は眷属意識が高い上、火炎系悪魔とは犬猿の仲
なるほど俺の印象は最悪最低と言った所か?

「でもイイコでしょう?患者さんは?君と違って治療には協力的だし」

自身の資料データー採集だけでなく、天界の情報提供にも貢献してくれてるよ

「はっ?そりゃどうだか?まだお前の本質を知らないだけだろ?」

マッド・サイエンティストの異名に恥じない?その本質を知った後も
同じ態度を取り続けられるかねぇ?

それにしても…カプセルから出た坊主を見たのは、今が初めてだったが
えらい美人に変化したものだ、前の【仮初めの天使】の姿だった頃よりもずっと

【堕天現象】が完了してしまえば、どうせまた飽きるんだろ?あの皇太子は?
宮廷を下がった辺りで、一つ声をかけてみるか?今度は優しく抱いてやる為に

水妖の悪魔は、属性間のいがみ合いからか? 本来はあまり好みでは無いのだが、
アイツは何かが違う感じがする、何かが… 極限状態でも睨みつけてきたあの目か?
それとも妙に素直なワリには、生真面目すぎる今さっきの言動か?

まぁ時間はたっぷり有るんだ、ゆっくり時間を掛けて落としてやればいい

ニヤニヤと嫌な笑いを漏らす、エースの横で
珍しく貰い煙草を吹かすゼノンは、溜息をつく

重度のヒエロフィリアの皇太子の次に
魔界最強のプレイボーイに目を付けられるとは、あの子の【受難】も尽きないね


続く

長官…多少はダミ様に遠慮してるのでしょうか? そして和尚のマッド化は止まらない
秀ちゃんまで今更出すのは反則?でもこの役を親分にやらせるのも何か変でしょ?
重すぎる展開にちょっと息切れしてますが、もう少し続きます

ちなみにウリエル様のイメージは、
戦国BASARA版の石田三成+少しだけ聖☆おにいさんのウリエル様みたいな感じで
イメージしていただけるとシックリくるかもです


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