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【位相空間】
堕天 6 とある学者の仮説

文化局に移動してからが大変だった…別々の部屋に隔離され上に、
数名の局員に取り囲まれた、大がかりな精密検査が始まる
そこまでしなきゃならないのか?とげんなりする程念入りにスキャン取られる
血液・リンパ液・ホルモン数値の各種検査を徹底された

これだからココは苦手なんだよ…エースは苦笑いするしかなかった

全メニューが終了したのか、ようやく別室に案内される
定期的な診断で慣れているダミアンはともかく…
ジェイルにはこの検査はさぞかし辛かろう、そんな事を考えながら薄暗い部屋に入れば

内部証明に照らし出されるのは、巨大な水槽を思わせる円筒形の生命維持装置
その中に臍帯コードと電極に繋がれた小さな身体が、背中を丸めて浮かんでいる
その前には各種計器と操作盤が立ち並び、やはり数名の局員がデータを取っていた

心電図の波形が安定している様子を見れば…とりあえず命は助かったのだろう
両肩の傷は流石に塞がりきらないのか?別の器具があてがわれている
天使とは最早呼べないな…最大の特徴である翼を失い…
羊水に浮かぶその姿は、酷く小さく儚げに見えた
破れた肌は…徐々に回復再生しているみたいだが
白く痕跡の残る場所は総て、あの触手に食い破られた癒えきらない裂傷の痕
改めてみれば…元々体力を失った状態でよく助かったものだ

「お疲れ様…エース【侵食】の形跡は今日の検査では出て来なかったよ
でも…念のため一週間後に再検査させてもらうよ」

分厚い検査結果を見ながら、そう声をかけるのは責任者であるゼノン
その後方では長椅子にこしかけたダミアンが、ヒラヒラと手を振っていた
その疲れきった表情からみれば…同じ様に徹底的な検査を受けたのだろう

「もうっいい加減に勘弁してくれよっっっ」

外から情けない声が聞こえたかと思えば、半泣きのジェイルが駆け込んくる
後にゾロゾロと続く職員の数は…明らかに自分のソレより多い
検査と言うより…これは【砂漠の民】からの変異悪魔に対する、
ジェイル本魔に対する知的好奇心故か?
明らかに今回の作業には関係が無いと思われる、研修生まで混じって居る様だ

「エ〜ス〜」

室内の暗がりに、エースを見つけたジェイルは、
慌てて飛びつくとその後に隠れて膨れあがる

「ココの職員…なんか怖いよ目が… それに病的にシツコイ」

さもありなん…予想通りすぎる展開にまずは苦笑い
奥で皇太子も複雑な気持ちの咳払いをする

「まぁまぁ…みんなの調査探求欲は解るけど…今日はそれ位で許しておあげ
それで【翼手】の組織侵食の形跡の方は大丈夫だったの?」

局長の問に調査責任者らしい職員が
「要経過観察ですが、異常無しです」と答える

「じゃあ君達は採集サンプルの調査に戻って、さあ散った散った」

追い立てられる白衣集団を見送りながら、ゼノンはヒラヒラと手を降る

「さて関係者も揃った事だから、検査結果の報告から始めようか…」

※※※※※※※※※※※※※※

「最初に…あの子だけど、今の所は順調に回復しているよ
欠損部の補修に暫くはこの中で治療を受ける必要はあるけどね…
【翼手】の残留組織と神経は…君達の検査の間に僕自身が、
外科手術と放射線で全部取り除いたつもりだけど…暫くは要観察だねぇ… 」

「話の腰を折って済まないが…その【翼手】って何なんだ」

あの翼の形をした寄生生物の事か?
エースの問いかけにゼノンはクスリと笑う

「それは…そこの砂漠の坊やが良く知ってるんじゃないかな?」

そう言われて、しがみついて離れないジェイルを見ると
金色の瞳が困った顔で見上げている

「いや…俺も実物を見たのは初めてなんだけど…」

【砂漠の民】の間で恐れられている迷信と言った所か?
聞き分けの無い子供を叱りつける時に引用される【化け物】の昔話

【翼】に【掌】を思わす根っ子が生えた怪物…すなわち【翼手】に寄生されると
スフィンクスの親神ですら身体を乗っ取られてしまう
また【翼手】に捕まった者も、【翼手】に造り変えられてしまった挙げ句
他の魔物に付けられてしまう…と言う別パターンの話もあるそうだ

「どちらも絶対に有り得ない…
子供だましの話だ…ずっとそう思っていたのに…」

そう言って、ぶるりと震える顔は少しだけ青ざめていた
逆に寄生されるかもしれない危険性を知っていて、よく立ち向かったモノだ…
ヨシヨシとその頭を撫であげてやると、グルグルと何時もの音がする

「あながち間違っては居ないものだね、子供のお伽話も………」

そう言ってゼノンが壁に設えられたモニターの操作盤を操作すると
次々と現れるのは…古い時代の天使の肖像画・映像・写真資料が画面を埋め尽くす
その全てが多翼系の高位天使であり、主に戦闘タイプのモノばかりに見える

「アレは一定の高位天使だけが、使用を許された古い時代の【外法】だよ
最も頻繁に使われていたのは、僕等より三世代は前の時代くらいまでかな?
今はクローン技術も発達して使用する意味が無いからね…」

情報局が把握出来なかったのも当然だよ…
そう言われて説明されたソレは…悪魔であっても戦慄を覚える内容だった

※※※※※※※※※※※※※※

〜同胞を或いは他の有翼種族を生贄・材料にして作られる寄生生物【翼手】〜

その昔、治療技術の発達が遅れていた時代は、
著しく破損した【天使の翼】の再生は難しかった
しかしその【象徴・力の証】でもある翼に欠損部分があっては具合が悪い
高位天使にとっては、身分と階級を表すモノでもあるためだ…

故に欠損した翼を補うために…【翼手】は頻繁に利用された時代があった
流石に同胞を犠牲にする事には、いくらかの後ろめたさがあったのだろうか?
特に…似た色と質感の翼を持つ有翼種族は、必然的に生贄として狙われやすく
【砂漠の民】にその様な話が、語り継がれるのは当然の事らしい

翼の一部の色が、他の翼と違う色のモノ…
明らかに異なる有翼種族の翼が、生えた天使の資料画像に…
恐れよりも苛立ちを感じる…そのツマラナイ自尊心に

翼の一部が欠損した所で、力が減退するワケではなく、
そのレベルの力の持ち主なら、飛行能力が無くなるワケでも無いのだ
同胞及び・他の命をワザワザ犠牲にする【必然性】を感じない

鼻持ちならない尊大な選民思想は、大昔から変わらないのだな

更に…【外法】と呼ばれる所以は、圧倒的に不利な戦場でも頻繁に使われていた
捨て石の同胞を【翼手】に変化させて、敵兵そのモノや無関係の魔物に寄生させ
内側より【中枢神経】を乗っ取り…インスタントの増強と攪乱図る手段だった事

ただし…この場合ソレが有効なのは
【翼手】に天使としての意識が残る短期間だけ…

大概は獣同然の寄生生物になりはてた挙げ句に
寄生され中枢を破壊された【宿主】同様に狂ってしまうので、
上手く【融合】出来た所で、最終的には処分対象になる…

元々高位天使にしか使えない特殊な【術】な上
天界においても、流石に道義的問題が有りすぎた様だ…
【クローン再生技術】と自己細胞を使用した【バイオ義肢】の発達により、
【無駄な犠牲】を出す必要が無くなり、【禁呪】として忘れ去られ
今はその【術】そのモノを使える者はおろか、知る物も少ない…

「ちょっと待ってくれ、ゼノン…
高位天使でも無いこの子の背中に、何故そんなモノが着いている?
仮に寄生タイプの捨て駒だとしても…一月近くあの子と暮らしたが…
狂ってなんか居なかったよ」

強情さはさておき、中枢を破壊されている様子は一つもなかった

「そう…そこの部分がまだ解析調査不足でしてね、
多分あの【翼手】を解析すれば…その事情も解るハズなのだけど…」

ゼノンはカリカリと角をかきむしる…

コレを見て…スクロールで前に出されるのは…治療カルテの一部
治療中の少年が損傷部分が、3D状態に赤くマーキングされている

帯状に連なる傷は…そのまま侵食されていた【箇所】でもある

触手に見えた【寄生根】は深層部にまで食い込み
その一部は脊髄や脳にまで達してはいるが…
集中的に侵食していたのはあくまでも肩と胴体部分…

なんだコレは…この形状は?

【翼手】と言う呼び名通り【掌】に見えなくも無い形のせいだからか?
まるで何かを押さえつけ、抱えこんでいる様にも見える…

「お話の最中に申し訳ござません」

計器の前で局員が、モニターを見つめたまま声をあげる

「間もなく実験体が覚醒します」

※※※※※※※※※※※※※※

夢を見ていた…懐かしい夢…やや薄暗いこの部屋はどこ?
まだ赤ん坊の私を抱きしめる細い腕と、大きくは無いが柔らかい胸
小さな子守歌が心地が良いい…これは誰だったか?

扉の向こうから現れたシルエットは?見慣れた細長いその長身は教官?
言い争う声の内容までは解らないけど…
鉄仮面と陰口をたたかれる程、表情の起伏を見せた事の無い彼が
泣いている?大粒の涙を流しながら、泣きわめいている

やがて燃え上がるのは、彼の【断罪の剣】
明確な殺意が向けられていると言うのに、私を抱く女性の表情は穏やかだ

そして………

※※※※※※※※※※※※※※

「意識レベル3.5…脳波・血圧・心拍数共に覚醒許容範囲です」
「実験体覚醒します3・2・1」

ゴポリッ

肺の中に僅かに残っていた空気の気泡が吐き出される
ゆっくりと開く目は…混濁しているのか?光は感じず何処を見ているのかわからない

「聴こえるかな?はじめまして、僕はゼノン…君の主治医になった者だよ宜しくね
覚えてるかな?君は【事故】で大怪我をしたんだよ、
其処は医療用の再生カプセルだから、何も心配しなくて大丈夫だからね」

医療用カプセル?大怪我?何の事?
霞みが掛かった様にうまく思考がつながらないけど…
でも…水の液体の中なのに息は少しも苦しくはない
生暖かいソレは、ひどく心地がよく…眠気が再び降りてくる

「うん…今のところ五感に対する反応値は正常範囲内みたいだね…後遺症は無しか
数値は悪くないから、そのままゆっくりお休み…暫くはソコで養生するといいよ」

最後まで聴こえていたかは定かでは無いが…
再び閉じてゆく眼差しは、静かでおだやかだ

「とりあえず肉体的な後遺症は大丈夫だと思うよ、では本題に移らせてもらうよ」

※※※※※※※※※※※※※

「コレはあくまでも、断片的な情報で考えた仮説なんだけどね」

〜あの【翼手】は、力を封印する為の手段の一つなんじゃないかな?〜

だって彼の父親は、戦死された海龍のリヴァイアス公爵でしょ?
再生用の細胞サンプルが、王都のメディカルセンターにまで保管されるレベルの
魔力も家柄も申し分無い悪魔だよ? だからDNAの特定も出来たんだけどね
そんな強い悪魔の子を宿した天使が、何処にでも居る下級天使なら…
産み落とされる前に、母体の天使が衰弱死してしまか
運が良ければ?強制的に自力で胎内から這いだした、完全な悪魔になるハズだよね?

転魔した後ならともかく…【光の生物】のまま
天使のまま【子】を宿す事は、リスク以外何も無いよ、普通ならね

でも彼は…殖能力もキチンと備えた【混血種】として存在している…
考えられる可能性として、母体になった天使も相当強いクラスだったのでは?
と、ココまでは…鱗のDNA鑑定を依頼された時に、殿下に報告しましたよね?

なのに…その子供が、【下級天使】でその能力が極端に弱い…と言う話に
そうしても【引っかかり】を感じずには居られなかったんだよ
【闇】と【光】の力の反発で、それぞれの能力が相殺される?
そんなワケは無い…ならばその【個体】は生まれ落ちる前に死んでしまう

生物には【ハイブリットの法則】って言うモノがあってね
極端に違う種族の交雑が行われた時、一世代目の交雑種は、
必要以上のハイスペックと引き替えに、生殖能力を失ってしまう事も多いけど…
体格・身体的能力に関しては、親個体を越えるモノに進化するのが殆どなんだよ
親個体の互いの弱点を補って、より強い個体になろうとするのは生物共通の本能だからね

「学者の話は長くて叶わないな、ならコイツの本来の姿と魔力はこんなモノじゃないと?」
「御明算…実際個体を回収して調べてみれば、
彼にはかなり強力で、複雑な能力制御も施されているみたいだよ」

ゼノンがパネルを操作すると、カプセル内の照明の色が変化する
底で光っているのは何やら複雑な魔法陣が?見たことも無いソレは天界のモノか?

「これは………」

ボロボロに傷ついた裸体全体に、巻き付くように浮かび上がる【制御魔法】
アールデコな植物の刺青を思わせるソレは、まさしく天界のモノで
両腕と両足、背中と胸の両方に施された翼型の紋様に加え
額と両頬にも、幾何学的な紋様が浮かび上がってくる

外見上からは全く解らなかったソレに、その場に居合わせた全員が息を呑む

「そう…このままの状態では、彼は本当の姿に戻れない
この制御魔法の解呪にご協力していただきたくて
ダミアン殿下…貴方にここまで御足労をお願いしたのですよ」

〜この封印を施した術者と同じ熾天使の血が、解呪の鍵になるのですよ〜

「私にも…出来る事があるのか…」

カプセルを見上げてぼんやりと呟くダミアンを余所に
実務的に解呪の術式の準備を始める局員達

拒否の言葉は想定されはいない様子だ

「局長…術式の準備が完了致しました」



続く

もしかしたら…最初からマッド・サイエンティストに託した方が良かったのでは?
的な突っ込みは受け付けません(苦笑) しかも説明が長いけど複線なのでご容赦を
興味を持った対象は即解剖する?と思われているらしい和尚の日常…
エグくなく書くには難しいけど…思いついたら書いてみようかな?

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