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【位相空間】
堕天 1 捕獲

天界と魔界の間の境界…ここは非武装地帯の最前線の魔界側
司令室にけたたましく鳴り響くのは警戒音、領界内に侵入者の反応が出たからだ

何もこんな最悪のタイミングで、侵入者だなんて
砦の責任者は、本日二度目の不運にモニターパネルを仰ぐ
お忍びで突然やってきた政府要人を、何とか機嫌良くお帰り頂こうと
接待・説得中にこの騒ぎ…下手をすれば降格・処罰を受ける事も

愚痴はともかく今は、任務に専念すべきであろう
続々と送られてくる侵入者のデーターと写真が、モニターを埋め尽くす

「ポイントB-24に単独侵入者、識別は…不明?」

そんな馬鹿な…こんなに鮮明に姿を捕らえているのに、何者か解らないだって?
捕獲斑の構成と同時に、再調査を細かく指示する司令官の後ろで

その様子を愉快そうに眺めているのは、地獄の皇太子

「ほう…面白い子だね」

衛星に追われ、ズーム映像で映し出されるその姿に目を細める
飛び交う怒号と報告、追加指令には目もくれず
ツカツカとインカムの前に立ち、信じられない指示を出した

「私の声が解るな? 全軍ただちに撤退せよ
只今を持ってポイントB-24を中心に、半径1km以内の立ち入りを禁ずる
追って私が指示を出すまで、外周にて待機… 以上だ」

「殿下!!!」

呆然とする司令官の唇に、静かにしろと立てた指を押しつけると
何時も通りの悪魔らしからぬ、邪気の無いにこやかな笑みを零す

「誰も手を出すんじゃないよ、私が迎えに行こう」

外套を羽織り部屋を出て行く皇太子を、その場に居る誰もが止められない
ああ事態は最悪だ…なるようにしかならないか…

重い処罰が下りません様にと、ただ祈るしか無いのも宮仕えの定めか?


※※※※※※※※※※※※※※


【内密扱い】の呼び出しに、ジェイルを伴い魔王宮を訪れてみれば
宮中医療班に渡されたのは、見慣れない若い天使の資料
一通り書類に目を通しながら、エースはボソリと呟く

「情報局には、上がってきてない奴だな…」

正規ルートで捕獲収監された虜囚・捕虜なら
間違いなく一度はその資料に目を通しているはずだが
添付された写真には、どうにも見覚えが無い

ギロリと医師を睨みつけ、詰問口調で問いただせば

「ええ…何でも、殿下御自身が捕獲してきたらしいですよ」
「はぁ?何だそりゃ?皇位継承者の自覚あるのか?アイツは?」

場合によっては自爆要員等の類の可能性もあったワケだ、
ロクに調査もしない天使を、王宮内部に連れ込んでどうする
政府要人っとしての自覚に欠く行為に、目眩がしてくる

【放蕩皇子の何時もの気まぐれ】と流してばかりはいられない…

まぁ皇太子の身分を顧みない?放浪癖があったからこそ
ココに居るジェイルとの出会いもあったワケだが

千年単位で敵対関係の無い、砂漠地帯ならともかく
明確な緊張関係が続いている天界の最前線に
【皇位継承者】がウロつくのは如何なモノか?

しかも…いかに捨て石同然の潜入調査用の工作員とは言え
相手方の戦闘要員を皇太子自らが略奪して来るとは
場合によっては…よからぬ口実を相手に与えた挙げ句
要らない事態・小競り合いを引き起こす事もある

「考え無しにも程が有るだろうに…まったく」
「考え無しとは…随分酷い言い分だねぇエース」

振り返ればダミアンが、珍しい白衣姿で佇んでいた
露骨に怒りの目を向けるエースをよそに、その横で
重たそうに、アタッシュケースを運びこむ少年に声を掛ける

「やぁ ジェイル、身体の調子はどうだい?」

ジェイルの目線までしゃがみこむと、
ワシワシと頭を撫でながら、その顔色を確かめる

「うん…まぁボチボチ、咳も最近は出ない」

子供扱いは嫌だといいながらも、目を細めるその顔に満足したのか
頬にキスを落とし抱きしめる 困った顔をするジェイルはやはり可愛い

「あまり無理をしてはいけないよ…」

あの恐いお兄さんが嫌になったら、すぐに連絡してくるんだよ
王宮付きに戻りたかったら、何時でも言っていいんだからね

「殿下…感動のじゃれあい中申し訳ないのですが、
納得のいく説明をしていただけますかね…」

低い声で仁王立ちのエースが睨み付けている
もう…仕事第一すぎるんだよこの男は
ダミアンは、ヤレヤレとジェイルを解放して立ち上がる

「普通の天使じゃないんだよ、ちょっと特殊な子でね
だから正規のルートを通せなかった…
情報局長官に黙っていたのは…悪かったと思っているよ」

この皇子様の「悪かった」程、この世で信用出来ないモノは無い
ついでを言えば副大魔王の「以後気をつける」もだ、今回もどうだか…

「今回ばかりは、私の力だけでは【転魔】が出来ないらしい
より純度の高い、生粋の悪魔の手助けが必要なんだよ」

先程の調子の良い軽口とはうって変わった、深刻な表情に驚く
王家の血族が直々に【転魔の儀式】が出来ないなんて
そんな馬鹿な話を聴いた事が無い、しかもたかが下級天使が?

詳しくはコチラで話そう…
誘われたのは医務室とは、マジックミラーで仕切られた控え室

無駄なモノが何も無い、真っ白な医務室の診療台の上に
医療用計器の電極と薬管に囲まれた天使が、静かに横たわっていた


※※※※※※※※※※※※※※


何で…こんな姿に変異してしまったのか解らない

自分は初仕事の潜入調査の為に、
魔界のエリアに入った…ただソレだけなのに
白い羽根をつきやぶって生えてきた、この黒い羽根は何?
輝く程の金髪は、徐々にその光りを失いくすんだ色に
極めつけは上腕部の上に、うっすらと生えてきた蒼い鱗

これではまるで…養成所で教育を受けた【堕天】そのもの
いや自分は禁忌を犯していない、任務でこの地にやつてきただけ
【神】を否定したワケでもない…どうして…
先輩の工作員達だって、任務を終えて天界に帰還する
魔界に侵入しただけで、【堕天現象】が起こるハズが無い

これは一体どういう事なんだ………

予想外の展開に、パニックを起こした彼の頭からは
任務遂行中である事実も、危険地帯に居る事も抜け落ちてしまった
目についた泉の側に降り立つと、水面に映るのは変わり果てた自分の姿

嘘だ・嘘だ・嘘だ…こんなのどうしたらいいの

気がついたら…無意識に自分の翼の黒い羽根を引きちぎっていた
出血するのも構わず、両肩の鱗も剥ぎ取りかきむしる
痛みなんて感じない、ただ恐ろしくて・哀しくて

大粒の涙がポタポタと落ちる 何でこんな事に…
私は天使なんだ、こんなモノが生えて来るワケがない

「おやおや…可哀想に混乱しているんだね」

不意に背後から声を掛けられ、振り返れば…
木立の間から現れたのは場違いな姿
ロココ調の豪華な衣装に身を包んだ金の髪の男が、
音も無く佇みほほえんでいた

「自分で自分を傷つけてはいけないよ、さあコチラにおいで…」

威圧感は感じないのに、何故かその声には逆らえない
何よりも今は酷く懐かしいその金の髪に
フラフラと足が前に出かける

が…何かが違う… 見た目はまさしく天界人そのものなのに
まとっている気の色が禍々しく、香いが決定的に違う
それにその顔…何処かで見た事が…

縦長の瞳孔の有るその深い緑の瞳
真っ直ぐに見つめられる程に、痺れてゆく思考の中で、
ある恐ろしい【結論】に天使は気がつく
咄嗟に逃げだそうと羽ばたこうとする
が…どうした事か?急に身体が硬直し動けなくなった

痙攣を起こし、ロクに受け身も取る事も出来ず
地面に叩きつけられ、泥にまみれたその身体を

地獄の皇太子ダミアンは、優しく抱き上げる

「勘は悪くないけど…気がつくのが少し遅かったね、
珍しい混血種だ悪い様にはしないよ」

今はゆっくりお休み…

その唇がゆっくり額に落とされると
ろれつも回らず、震えているだけの少年から表情が消える
逆らいきれずにに深い眠りにつき
傷つき血塗れの翼も、力無くだらりと垂れ下がる

【嘆きの鏡】で出会ったのも何かの縁だろう

遠巻きに事の成り行きと様子を伺っていた
近衛兵・国境警備隊達が続々と戻って来る

後始末を宜しく頼むと、兵達に指示すると
小さな虜囚を抱えたまま、王家専用の馬車に乗り込む
お召し物が血で汚れます…念のため用心なさいませ…と
と気をつかう侍従・近衛兵達の心配を余所に

「いいから早く王宮まで出しておくれ、子供が目を覚ます前にね
それとこの事は内密に、私のお忍びも含めてね…解ったね?」

返される言葉は、何時になく冷たい冷気を含み重い
慌てた侍従は、馬車馬たちに急いで鞭を振るう
ふわりと浮き上がる馬車は、一直線に王都に戻ってっゆく

その姿を見送りながら、砦の兵士達は逆に安堵する
どうやらお咎めを受ける心配は無さそうだ

大した情報源にもならない、下級天使の一人や二人
戯れに王族に連れ攫われた所で
素直に危険地帯から帰っていただく、手土産になってくれるのであれば
それはそれで有り難い話だ、献上品としては安い犠牲だ

かくして事件は正確には報告に上がらず、
侵入者は処分したと言うカタチで処理されてしまった



続く


ちょっと暗めで、痛々しい展開になるかも
流血描写を出す前に忠告は出しますが
エログロナンセンスでも大丈夫な方のみ、【次へ 】にお進みください

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