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【位相空間】
堕天 9 ウリエルの独白 ※暗黒設定有り注意/天界サイド

「ウリエル様…」

ゴトリと根本から落ちた上官の翼を前に、秘書官は狼狽える
出血が有る以上痛みを伴って当然なのだが、上官は眉ひとつ動かさない

「騒ぐな…バイオ義翼が劣化しただけだ、すぐに新しいモノの手配を」
「はいっ承知いたしましたっ」

青ざめた表情で、部屋を出て行く秘書官を見送りながら
落ちた翼を名残惜しげに拾いあげる その表情を見る者はいない

刻印されているのは、あの子のコード番号と名前
【翼手】はその役割を終えた、連動したバイオ義翼の離脱がソレを告げていた

あの子の母体になった天使、シェビラは古くからの友人だった

※※※※※※※※※※※※※※

「お帰りなさい、ウリエル」

戦場から帰還し興奮状態の私には、誰も近づこうとしないのだが
シェビラだけは違った、血塗れのままの私を哀しそうな目で見上げながらも
何時も優しく出迎え、その小さな手と腕で抱きしめてくれた

【無性】である天使ではあるが、彼女程慈愛に満ちた【女性】を私は知らない

本来は戦場の最前線に立つべき【熾天使】として産まれながら
身体が極端に小さく、戦闘には向かなかった…心も身体も
とんだ役立たずの出来損ないと、心ない同胞には揶揄されながらも

彼女は【養護院】の母親役をしていた
それは…権威思考の強い他の高位天使には出来ない役目でもあった

戦場とはかけ離れた天界の再奥で、本来処分されるべき【汚れた子供達】を集め
対人間用の【無垢な使徒】として、分け隔て無く慈しみ教育する彼女は
正に【聖母】と言った所だった…他の天界人が認めようとはしなくても

そんな彼女が好きだった、友人として心から

鉄仮面・死天使・無慈悲な機械人形等とと揶揄されるほど、
表情も乏しく、行動は直接的な私を、彼女は少しも恐れなかった
「貴方はほんの少し不器用なだけ」と笑ってくれる、その笑顔に癒やされた

定められた休暇の折には必ず救護院に出向いた、子供達への差し入れを持って

最初こそは【存在自体が罪】とされる、子供達の歓迎に
戸惑ったものだが、シェビラが愛し慈しむ者達と思えば
私も愛して当然、と思う気持ちになったのは何故だろうか?

優しさの御礼にと奏でられる彼女のリュートは、決して上手いとは言えなかった
我先にと遊んでと、まとわりついてくる子供達にも…手を焼いたものだが
その優しく穏やかな時間が好きだった…救護院で過ごす間だけは

【断罪の天使】としての重責を忘れてしまう程に

そんな彼女があの悪魔に…醜悪なドラゴンに穢されたと知った時の
私の哀しみは計り知れない…

知らせを受けた私が、現場に駆けつけた時
悪魔は未練がましく彼女を引き掴み、地獄への血路を開こうとしていた
一個師団以上の高位天使に、囲まれていると言うのに

手強い悪魔だった、もしもその時【奴】が彼女を諦めたのであれば、
或いは地獄への帰還を許してしまったかもしれない
しかし【贄】を抱えたままの戦闘は、明らかに不利だったのであろう
思うように動けない悪魔を取り囲み【断罪の炎】で焼き尽くした
確かに彼女をこの手には奪還したものの…時は既に遅く
彼女は無性体から女性体に変化、既に悪魔の子を身ごもっていた

しかし長期間他に担い手が居ない【救護院】の管理をしていた功績からか?
彼女は【死罪】は免れたが…当然【悪魔の赤子】は処分対象に…

その処分を私が任された

重い気持ちで、彼女が幽閉されている地下牢に向かえば、
既に産み落とされた赤子を抱いて、子守唄を歌っているのが聞こえる
天使の輪を失った上に、全ての翼を切り落とされた痛々しい姿で

私はすぐさま子供を奪い取ろうとした

我々【熾天使】と同じ12枚の翼を持ちながら、その色は産まれながらに黒色に近く
あの汚れた竜と同じ鱗を持つその姿は、リングの有無に関係なく酷く禍々しく
こんなモノを宿した為に、シェビラの美しい翼が切り取られたのかと思うと
どうしようもなく堪らなくて、哀しかった 憎くてしかたがなかった

しかし彼女は、泣きながら私に懇願するのだ
例え悪魔の赤子であろうと、幼子を処分する事など彼女に出来ようはずがない

「どうか殺さないで、自分が【翼手】になっても…この子の力を抑えるから」

だから【普通の天使】として育てて欲しい、
直接養育出来ない私の代わりに、ウリエル貴方に行く末を見守って欲しい
マリンブルーの大きな瞳から涙を流し、私の腕にすがりつく彼女の目の前で
その子供を処分する事など、どうしても出来なかった

※※※※※※※※※※※※※※

そして…最初の評決とは異なる【審判】が下された
私の強い進言もあり、その子供は試験的に命を長らえる事になった

近親者の【翼手】による封印の効果調査と、【混血種】のデータを取るために

更に【救護院】の今後の管理を、私自身が担うと言う条件も付け加えられた
本来処分すべき【危険な因子】を監視・管理する為に

その【決定】に満足したのか、シェビラは泣いて私に感謝すると
静かに私の前に立つ、【翼手化】は自分自身では出来ない…

せめて…一番の友であり、一番信頼の出来る私にして欲しいと

こんな惨い【試練】は他に有りはしなかった
唯一つの温もりを、大切な存在を、私自身の手で【断罪】しろと言うのか?

「こんな事があっていいのか?この世界に?ならばこんな世界ごと壊れてしまえばいいっ」

そう叫び泣き叫ぶ私の目からは、私には流れていないモノと思っていた涙が
止めどなく溢れ出していた 後から後から止めどなく

ぼんやりと霞む視界の奥で、シェビラが柔らかく微笑む

「神を否定しては駄目よウリエル、私は死ぬわけじゃないこの子の一部として生きる」

そう言い切った彼女のその顔は、どうしようも無く美しくて優しかった

「うわぁぁぁーーーーっ」

私の手の中に出現するのは、神の雷・断罪の剣
一太刀で彼女の細い身体を、柔肌を切り捨てる
吹き出す鮮血のその向こうに、彼女の安らいだ顔が見えた

一瞬の閃光に遅れて、柔らかな光が彼女の身体を包み込む
やがてその輪郭は崩れ、小さく小さく縮んでゆく
小さく縮んだその【光】は一対の翼に変化する、赤子のその背に丁度良いサイズに

小さな翼になったシェビラを見て、再び溢れ出す涙を止める事が出来ない
拾い上げ抱き上げるそれには、最早言葉はありはしないのだ

しかし私には…やらなければならない事がある
大切な友人の【最期の願い】を叶える為に………

粗末な牢獄のベッドの上で、すやすやと眠る混血児の赤子
その小さな翼を、一枚一枚丁寧に体内に折りたたむと、
何もなくなったその背に、新たな翼をそっと這わせる
純白の翼から生えた寄生根は、赤子に苦痛を与える事なく
その肌下に吸収されてゆく…【拘束】と言うより、まるで抱きしめる様に

しかし…シェビラは【熾天使】ではあったが、力は決して強くは無かった
この赤子の力の全てを押さえ込むのは難しい…最初からソレは解っていた

だから…私の翼を一枚、【翼手】の贄として捧げた
戦闘タイプの四大実力者の一名であり、【断罪の剣】の使い手でもある
私の翼は、ただ一枚でも並の【熾天使】一名分以上の力と霊力を持っている

剣を当て毟り取ったソレを、赤子の新たな翼の上に重ねれば
輪郭はすぐさま崩れ【光】に変わると、左の片翼の中に吸い込まれる様に消えた

後は…頭部と四肢の翼にも封印を施さねば、
少なくとも見た目だけは【普通の天使】と変わらない状態にしなくては

※※※※※※※※※※※※※※

LUCAと名付けたその子は、救護院でスクスクと育っていった
他の混血児の子供達と、何一つ変わらない環境で

しかし聖人・予言者として、地上に降臨する【無翼の子供達】と違い
ルカをはじめ、人間ではない他種族・或いは私生児達には【役目】が無い
ただこの施設で監視・管理されるだけの存在
成長と共に自らの出自と、その【存在意義】に疑問を持ち始める子供達も多い…

それを解消すべく創られたのが、私直属の特殊部隊だ
これは前任者シェビラが、ココを管理していた頃からの伝統でもある

私自らが育てた子供達は、みな私に忠実で従順だ
自らの功績や名誉ばかりを重んずる、並の天使達と違い
高い忠誠心と機動力と情報収集能力を持っていた
ただ…救護院と天界に恩を返す それだけを喜びとして

年頃になったルカにも当然、私は厳しい訓練を課した
封印された微弱な力ながら、彼は私の期待に応え、私も彼を可愛がった

しかし…その背を見る度に思い出すのは、シェビラの惨たらしい最期
そして何時までこの【封印】の効力が持つのか?
その不安が…哀しみが頭から消える事は無かった

※※※※※※※※※※※※※※

そして初仕事のその日、ルカは初めての【役目】に緊張しながらも
笑顔で私の執務室から飛び去っていった
課題は簡単なモノだった、国境沿いの要塞の配置を確認するだけの
卒業試験も兼ねたモノと言っても過言では無いくらいの

ところが…そこでアクシデントが起こる

ルカの魔族の血の力を、私は完全に見誤っていたのだ
魔界の空気に触れただけで、解除されはじめてしまった封印
慌てて帰還を命ずるも、パニック起こしたルカには届かない

そして…思いがけない皇位継承者との接触…

私は、【翼手の贄】として捧げてしまった翼の痕に、
ルカとシェビラの組織を一部組み込んだ、【バイオ義翼】を装着していた
【翼手】と連動したソレは…発信機の受信機の役割もしており
【要注意因子】を監視・管理する目的も含んでいた

何処にいても、ルカの行動・状態・心理を一方的に把握出来る様に

だから…ルカが受けた【試練】も【哀しみ】もその悲鳴すらも、私は全て把握していた
魔界の皇位継承者を裏切り者の末裔を、
遠隔操作で一緒に焼き尽くす事の出来るチャンスである事も、解っていた

神の御名を唱え、「死にたい」と泣くルカの嘆きに
何度【炎】を送りこみ、楽にしてやるべきでは?と思ったか解らない

しかし出来なかった………

シェビラが望んだ事は、我が子が健やかに生き延びる事

そのシェビラでもある【翼手】に我が子を焼かせる事など出来ない
これ程惨い仕打ちが、友に対する【裏切り行為】があるだろうか?

しかも…工作員として捕らえられたはずのルカを
何故か悪魔達は、歪んだカタチながら好意的に受け止めようとしている
あの私が燃やした竜が、それ程までの力と権限の持ち主だったのか?

時折…自問自答する『自責の念』があるのだ

あの時は…ただ無我夢中にシェビラを奪還する事しか考えていなかった

しかしその後に、天界で彼女が受けた残酷な【受難】を思えば
あのまま…あの竜に連れ攫われた方がマシだったのではあるまいか?

例え【天使では無い存在】になってしまったとしても…

〜シェビラに天界人のままで居て欲しかったのは、私のエゴか?
私のエゴが最愛の友人を殺してしまったのか?〜

結局…私は何も出来なかった、親友の最期の望みを見届ける事も
養育者としてルカを護り、直属の上官として彼を処分する事も

【翼手】が、ルカの身体から引き抜かれてしまうと、
私は、様子を知る事すら出来なくなってしまった
だが…その直後に魔界から吹き上がった、強大すぎる魔力
この波動は…ルカ? ルカの本来の力が封印が弾けた衝撃派だ…

天界にとっても強大な驚異になる【危険因子】を
私は魔界に放ってしまった事になるのだろう…
処罰は甘んじて受けるつもりだった

しかし…神は私を処罰しなかった

訓練中の事故と思えば、ソレもまたやむをえない
お前は事の成り行きを、最期まで見定める運命にある

神の意志がどの様なモノなのか?
一介の天使である私には知るよしもなく、知るべき事でもない

私は【光の王】に一礼すると、謁見の間を後にする

高位悪魔に転生したルカは、悪魔に戻った目と思考で
今までの成り行きをどう思うのだろうか?
場合によっては、私に牙を剥き立ち向かう刃となるか?
再び戦場で見える時が来たならば、悪魔の一兵卒として?

【翼手】が最期に送ってきたヴィジョンは、悪魔に完全変異したあの子の姿

【真実】を知りハラハラと泣く涙は、相変わらず美しいが
その力は魔力は、以前のソレとは桁違いのモノになっていた

そうか…悪魔になる路を選択したのか、ルカ………

ならば来るかいい、愛し子よ…

【養育者】であり【敵】でもある私のこの首を獲りに来るがいい
私も全力で迎え打つ、天に仇なす者の全てを焼き払う【断罪の剣】として…


ウリエルの双眼が一瞬だけ煌めくと、手にした【義翼】から青い炎が上がる
【断罪の炎】であると同時に【弔いの炎】でもあるソレは
恐ろしくも美しい…死者を送る灯火 
胸に迫るのは昔亡くしてしまった、愛しい親友の面影か?それとも…

一筋の涙がぽたりと落ちるその様を、やはり見ている者は誰も居なかった


続く


天界のサブキャラだけで、こんなにページを使う私はきっと馬鹿?
重い展開は嫌だと抜かしながら、実は大好物なのか?
大丈夫、天界編はこのページで終了です、次回は魔界にちゃんと戻ります
しかし…ウリ様…もしかしたら
『HELLSING』のアンデルセン神父も入ってしまった?
嫌いじゃなかったのよ〜あの【狂信者】の設定も!
聖職者の苦悩やら陥落って何気に良くないですか?勿論『ベルセルク』も大好きさ!


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