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【見習い拷問官と教官】
『廃城の砂猫』 2 砂漠の民 ダミ様&J出会い編

「畜生っ…何で出来てるんだよ?コレ?クソ親父め…」

極彩色の壁画に彩られた、砂漠の地下神殿の最奥で
荘厳な場所には相応しく無い、悪態が響き渡る

そこはパピルスを模した円柱に囲まれた、円形の空間
祭礼用の中央広間と覚しき部屋の床には、幾何学模様の魔法陣が広がり
その中央部分にポッカリと浮かぶ、巨大な球体のカプセル状の結界の中に
尻尾と耳の生えた少年が、一名閉じ込められていた

その背には淡く発光する、瑠璃色の翼が光る

白く短めのカラシリスの上には、金と貴石で装飾された大きな首飾りが鎮座し
腰と肩に巻かれた、黄色と群青の幾何学模様の帯にも、ビーズの刺繍がふんだんに施されている
首飾りと同じく、凝った装飾の腕輪や足環もまた金細工の様だ

日中の直射日光と、夜間の急激な冷えに備えた砂漠地帯の装いは
機能的な部分が重視され、地味なモノが多いのだが…
それを完全に度外視した、贅を懲らしたその装いは、儀礼用であり
彼がそれなりの身分である事は、一目瞭然なのだが…

そのワリには…その装いに、彼自身の持つ雰囲気がしっくり来ないのだ
それもその筈だ…ほんの半年程前まで、彼は【砂漠の民】の一市井でしかなかった

確かに魔神・スフィンクスの幼生で、直系である事は間違い無いのだが
幼い時分は、【擬態】にすらなれなかった程に、力が弱かった彼は
【砂漠の民】のまま生涯を終えると、ずっと思っていたのだ

ところが…突然背中に生えてきたのだ、瑠璃色の翼が
初めてソレを見た時は、周囲の者だけでなく、彼自身ですら目を疑った
幼体が成体に、虚弱体質の擬態から、強い親神に進化出来る【兆し】だ
「選ばれた証し」が現れたと言うのに…どうしてだろう…素直に喜べないのだ…

砂漠の中でしか生きられない、脆弱な体を捨て、巨大で強大な力を持つ親神になれる
【砂漠の民】であるのなら、これ以上の幸運と幸福は無いはずなのに…

進化前の【砂漠の民】は、村単位の小規模のキャラバンを作り
それぞれのエリア内を、点々と移動しながら暮らしている

長く生活を共にした、キャラバンの【擬態】達は、降って湧いた彼の幸運を喜び
こうして祭礼用の衣装を用意して、地下神殿に送り出してくれた
奔放な彼には手を焼いていた、キャラバンの族長も、我が事の様にソレを喜び、
別れの時には感極まって、むせび泣いていたくらいだなのだが
でも…どうしても、俺は、コレが嬉しいと思えない

『兆し』が現れた者は、キャラバンを離れ、親神の待つ【地下神殿】に上がる義務がある
親神達と神官に護られた、安全な場所で、必要な儀式を受けながら、滞り無く『羽化』の時を待つ為だ

それが習わしだから?なんとなく惰性で、ここまで来てしまったのだけれど
どうしても実感が湧かないのだ、何でこんな事になったのか?
自分がスフィンクスの成体になる未来が、まるで見えて来ない

そもそもその親神にすら、そう頻繁に逢えるモノでは無かったから、
肉親と言う実感が、今ひとつ湧かないのも原因なのだろうか?

親神は子沢山ではあるが、放任主義と言うワケでは無い
実子の居る各キャラバンには、定期的に様子見にはやってくるのだが…

生来の力の弱い自分には、縁遠いモノと思いこんでいた分?
親と言うより、自分には持ち得ない強い力を持った、憧れの対象と言うか
顔を合わせても、上手く話せた試しが無かったから…

ココに来て実親の側に居ても、余計にその距離は、余所余所しいモノになっていた

それよりも…まだ【砂漠の民】の小さな身体のうちに、残された時間を使いたかった
自己の中で決着を付けたい事の方が、大事な事が、山積していた事もあったから

どうせ何もしなくても、身体の進化は、勝手に進んでしまう
意味があるのか?無いのか?解らない儀式を受け、地下神殿に、引き籠もっている場合では無い
と、彼が思ってしまったのは、些細な価値観の違いだったともい言える

そんな調子で、ことある事に必要な儀式をすっぽかし、神殿の外に飛び出してゆく彼を
親神も神官達も、最初は大目に見ていた感はある

当たり前の【砂漠の民】と違い、彼にはその経緯に、少々「複雑な事情」があったからだ
周囲も当人も予想しては居なかった、いきなりの進化に、混乱するのもやむなし…と

しかし同時期に、兆しが現れた他の【擬態】達と比べると、彼の進化は極端に遅れていた、
ソレが儀礼をマトモに受けない為なのか?
本人が変わりたく無いと、幼体に未練を持っている心理的要因からなのかは、定かではないが

そして…とうとう彼の親神は、強硬手段に出る

その日も、こっそり神殿を抜けだそうとした少年を、ムンズと捕まえると
暴れる彼を小さな結界の中に閉じ込め、他者を閉め出した広間に連行する

「俺はやらきゃいけない事があるんだ、離せよクソ親父!!!」

ぎゃんぎゃんと喚く彼の言葉に、親神は聞く耳を持たない
祭礼用の魔法陣を起動させると、その上に球体結界を固定してしまう
下部から中に送り込まれる大地の力が、遅れている彼の進化を早める事を期待して

「ソコから出たければ、己の力で出るがいい、
無事に羽化が完了すれば、この程度の結界を破る事など、造作も無い事だ」

つまり「進化」が完了するまで、もうココから出さないと言う事だ
焦った少年は、両手にありったけの力を貯め込むと

思いっきり内壁に叩きつけるのだが、壁には少しの損傷も出来ず、
水面に広がる波紋の様なモノが広がり、全ての力を吸い取ってしまうのだ

「出せっ!ここから、出せってばっっ!!!」

半獣化して、はみ出した耳と尻尾にも構わず、鋭い爪でガリガリと内側を引っ掻く息子を
親神は哀しげな目で見下ろすが、直ぐに威厳に満ちた、砂漠の覇者・魔神の表情を取り戻す

ココで甘い顔を見せてはダメだ、息子もスフィンクスであるならば…
幼体に余計な未練など無用なモノだ、無事に進化させるのが理で、実親の勤めでもある
親神は、敢えて後ろを振り返らずに、黙ってその場を後にする

「出せってばっ!!クソ親父!!!」

がらんとした広間に、少年の哀しげな叫び声がこだますが、ソレに答えるモノは誰も居なかった


そんなこんなで、親子喧嘩の果てに、ココに閉じ込められて、もう一週間程になるだろうか?
なのに…不思議と腹も空かなければ、喉の渇かない 生理的欲求が何一つ湧かない

要はアレだ、多分?生命維持装置も兼ねているのだろう、この結界空間は?

そう言えば?だいぶ前に?砂漠の境界線で、瀕死になった時も
コレに入れられて、治療を受けた様な記憶が、朧気ながらあるのだが…

今はそんな事はどうでもいい、自分をココに閉じ込めているコレは
自由を制限する「巨大な鳥籠」でしか無いからだ

何度も力をぶつけてはみたものの、その全てが吸収されてしまって意味を成さない

その間にも…下からジワジワと照射される、変な光のせいだろうか?

まだ小さかった背中の翼が、じんわりと痛みを伴う程に、急成長するのに比例して
身体が少しづつ強ばり、重くなってゆく様に感じるの
は、きっと気のせいじゃない

絶え間無い睡魔と共に、羽化に向けて、身体が一時的に硬化しはじめている?

そう思うと堪らなくなった、このまま自分の意思とは無関係に、身体を作り替えられる

おかしいよね…俺だって、スフィンクスなのだから、常識的には嬉しいはずなのに…
ちょっと砂漠の外に出たくらいで、瘴気にやられて血反吐を吐き散らす様な、弱い存在じゃなくなるのに
デカイ面をしている悪魔にも負けない、強い存在になれるのに、どうしてこんなにも哀しいのだろう?

魔神と言われる存在であっても、強さに焦がれるのは、自然の摂理のはずなのに
どうして俺はこの「小さな身体」に、存在に固執しているのだろうか?

やばい…また眠くなってきた、ダメだ気をしっかり持たなきゃ

眠ってしまえば…また無防備に結界内の力を吸い込んで、翼が大きくなってしまう

「嫌だよ…俺は今の俺のままでいたい、強くなんか、なれなくていい………」

小さくそう呟きながら、少年は黄色い瞳から大粒の涙を流す、誰も見ていないのであれば尚更に

それでも…あがらいがたい眠気から、そのままズルズルと倒れる様に寝落ちする様を
円柱の影から、じっと見ている者が居た事に、彼は最後まで気がつかなかった

※※※※※※※※※※※※※※

最初はソイツのクセと、乗り慣れないその振動に、苦戦したものだが、
慣れてしまえば、こういう移動手段も悪くないものだな…
そんな事を考えながら、エースは騎乗している、巨大な鳥の頭を撫でてやる

ディアトリマ又はトリウマと呼ばれる、その巨大な鳥は
人間界で言う駝鳥を、ほんの少し大きくした様な生き物だが、姿はかなり異なる

全身真っ黒な羽毛に、巨大な頭と、黄色い大きな嘴に太く強い脚、空を飛ぶ事は出来ない
ズングリとした身体つき少々不格好で、王都では一世代前の乗り物でははあるが
辺境地帯では、一名用の騎獣としては、なかなか優秀な様だ
特に西の砂漠の細かい砂は、メカニックの乗り物を受け付けない為、まだまだ現役だ

魔術師や魔女が使用する、古めかしい魔法具を使用する事も考えたが
使用者の魔力波動の一部を、周囲にまき散らしてしまう為、
お忍びの乗り物としては不向きなので、試乗するまでも無く、即刻却下となった

それでもダミアンは、胡散臭い「空飛ぶ絨毯」に乗ってみたい、と散々駄々をこねたが
それは使えない…どうしても欲しいなら、帰りに買え…と諫めるのが大変で
これから砂漠地帯に入るのに、そんな無用の大荷物なんて持っていけないとキツく言えば
今回はしぶしぶながら、諦めた様だが…どうせ後で、取り寄せでもするつもりだろうな…多分???

残念ながら、コイツ同じくらい?悪趣味で?変なモノ好きで、収集癖のある副大魔王と
後日?魔王宮プライベートエリアを、嬉々として乗り回しているであろう?状況が目に浮かび
軽く目眩を覚えたが、今はそんな些細な事に構っている場合じゃない

メカニックも魔法具もダメとなれば、妖獣か妖魔に頼るしかないからだ
しかし…ここは辺境だ、モノは何であれ、乗りこなすのは…なかなか大変だった

王都で飼育されているソレ等と違い、
魔力レベルの高い悪魔に、相手が全く馴れてはいないからだ

まず、俺やダミアンの気を感じても、怯えて騒がずに、騎乗させる奴が見つからない
隠してはいても、獣はそういう気配には敏感だからな、本能的に
市場の商人は、突然騒ぎ出した畜獣達に頸をかしげていたのが、妙におかしいかった

結局こういう場面で、騒がずに居る奴と言えば…余程?生存本能に欠ける鈍すぎる奴か、
逆に肝が据わりきった、主を主とも思わないクセウマと言う事になる

勿論前者では使いモノにならず、後者を選ぶ事になるのだが…
その消去方で選出されたのが、売れ残っていたらしい二羽のトリウマだったわけだ

珍しく?同じタマゴから生まれた双子だと言うソイツ等は、訳あり商品だ
他に比べると身体が小さく、馬車を引く荷役用としては役にたたず
ついでに気性が荒すぎて、騎乗用にもならず、商人ももてあましていたらしいが

ふてぶてしい面構えが悪さが気に入った、

身体が小さい分、脚の早さは折り紙付き!等と言う取ってつけた様な話は聞き流し、
ダミアンへのちょっとした嫌味も兼ねて、ソイツ等を買い取る事にした

まぁ俺も駆け出しの頃は、様々なタイプの市井に紛れる工作員をやっていた時期はある
クセウマの一つや二つ手懐ける自信はあったが、予想以上に手こずるじゃじゃ馬であった事は間違い無い

フッと隣を見れば、更に苦戦しているダミアンが、派手に振り落とされていた
お上品な皇太子様は、通常ならそんなモノに乗り慣れていないから、
下は砂地だ、そう大怪我をする事も無いだろう?

クソ忙しい俺を引っ張り出した、ちょっとした意趣返しだ

ニヤニヤと笑いながら、離れた場所から成り行きを伺えば
最初こそは、自分と同じ様に手こずっていた筈の俺が、乗りこなしているのが見えたのだろう
すぐに立ちあがると、ムキになって鳥の背中に飛び乗る、結構頑張るじゃないか?

流石に野性味溢れる妖鳥には、お得意のチャームも通用しないだろうからな…

嫌々ながらも?鳥が何とかダミアンの思う方向に、歩き始めた頃を見計らって
要塞都市を後にしたのは、もう日が傾き始めた頃だった

日中の焼け付く様な日差しがキツイが、反転した夜の冷え込みも半端では無い
のしのしと歩く鳥の羽毛と背中が、妙に温かく感じるのはその為か?

それでも馴れない自分たちには、きっと夜の移動の方が昼よりは堪えないのだろう
青い月明かりしかない夜の砂漠ではあるが、暗闇と言うワケではない
遠くを移動するキャラバンの群れ、あるいは少数民族の村だろうか?
遠くの所々に小さな明かりが灯っている様は、大海原の船と言った所か?

「それで…何時もの場所とやらは、まだ先なのか?」

念のため、コチラの鳥と連結してある引き綱を引いてやりながら
エースは後ろに続くダミアンを振り返ると、相手は何やら思い詰めた表情で
じっと砂丘の向こう側のかがり火を見ている、何か考え事でもしていたのか?
俺の問いかけに、ようやく気がつくと、慌てた様に振り返る

「ああ、ここまで来れば、もうそう距離は無いよ」

あの砂丘の向こう側だよ…そう言ってダミアンが指さすその先には
砂漠地帯に唐突に出現する、小さな砦、城壁がひっそりと建っている

城門に付いている紋章は、間違い無く魔王軍のモノだが
停戦後長く使われる事もなく、うち捨てられたソレは、半分砂に埋もれ朽ちかけていた

※※※※※※※※※※※※※※

外見は荒れ果てた感じではあったが、中はそうでも無い様だ

綻びだらけの防御壁は、対魔神用の戦闘用結界を張る事こそ、不可能の様だが
外の日差しや砂嵐、極寒の寒さの類いを避けるには、充分な設備は整っている様だ

かつての司令官室だろうか?城内も外の様子も見晴らせる部屋に登ると
まだ生きている、無限燭台をいくつか灯す 明るくなったその部屋には
それなりに快適に過ごせる様に、最低限度のモノは持ち込まれているようだ

ダミアンはもう何度もココに来ているのだろう、馴れた手つきで、部屋の暖炉に火を灯す

「若い頃の隠れ家みたいなモノだよ、王宮は息が詰まってしまう事もあるからね」

摂政職についてからは、そう頻繁には来られなくなってしまったけれど
あの子との逢瀬に使うには、丁度良い場所だったからね

その口ぶりからすれば、この城内の何処かに、魔王都と直通のゲートが開かれていると言う事か?
更に備蓄している酒や食料も有るのだろうか?次期大魔王とは言え、緩衝地帯に自由すぎるだろう
ガサゴソとサイドボードを漁るダミアンに、エースは呆れた様に声を掛ける

「そのスフィンクスのガキについて、もう一度ちゃんとした説明をしてもらおうか?」

問題の子供だけでなく、その血縁の魔神にまで、関わりを持ったのはどういう経緯なのか?

ダミアンが、他族に要らないちょっかいを出す事は、何時もの事だとしても

プライドの高い魔神が、自分達を砂漠においやった、悪魔と積極的に関わるとは…
どうにも合点がいかないからだ、
特にその王族であるダミアンを、拒絶もせずに何故受け入れた?

「そうだね…何から話せばいいかな?」

本当の名前すら知らないその子と出会ったのは、まさにこの場所だったんだよね
もう随分長い付き合いになるからね………控えめに始まるソレは懐かしい昔話だ


まだ要職に就く前だった、若い皇太子にも、人間で言う所の反抗期と言うモノがあった

自由奔放な身分な様で、なかなか制約だらけの生活を送っていた彼の、ささやかな趣味は、
魔界・異界・人間界を含めた、様々な世界の楽器を収集・演奏する事

主に弦楽器が多かったとは言え、そのバリエーションは様々で、とにかく節操は無い
魔力の強さだけでは、思い通りに奏でられないソレに、若い皇太子は夢中になったモノだ

しかし皇太子の新しい玩具が手に入れは、入るだけ
魔王宮のプライベートエリアは、騒々しく、時には聞くに耐えない騒音に包まれる事になる

人間界で言う、クラシック音楽の方に造詣の深かった現大魔王にしてみれば…
暇さえあれば、昼夜を問わずに鳴り響くソレは、苦痛以外の無いものでも無かったのだろう

いくら防音を施そうが、結界を張ろうが、漏れ出す音を完全には封印出来ない、遮断も出来ない
奏でている本魔の魔力が強すぎる事にも、影響があるのやもしれないが
その楽器自体が【呪われた名器】であったり、訳ありのモノを好む傾向もあったからたまらない

当時の大魔王家の親子喧嘩の主な原因は、この騒音問題であったと言っても語弊は無いだろう

考えてみれば…皇太子の視察を兼ねた?放浪癖が始まったのも、この時期だったかもしれない?

父子のどちらも引かない言い合いに、渋々折れた皇太子が
「城外ならば文句を言うな!」と言わんばかりに癇癪を起こし、
各地を単独で練り歩き、勝手に秘密の隠れ家を多数所有していたのも…同時期からだ

騒音を気にせずに、思い切り音出しがしたかった、と言うよりも?
頭ごなしに否定ばかりする、父王への明確な不満の現れであり
最終的は、父王の味方にしかならない、側近達を困らせる、嫌がらせの意味も含んでいたのだろう

この砂漠の砦を選んだのだって、本当に偶然だったのだ
王宮内の閉鎖され、使われていない、早馬・伝令用のゲートをほじくり返していた時に
偶然この場所にやって来てしまった、そんな軽いノリだった

流石に到着した時は、緩衝地帯に入り込んでしまった事実に、直ぐに気がつき慌てはしたのだが

たまたま飛んだのが深夜だった事も有る、
街明かりが明るすぎる王都では到底見られない、その美しい星空に思わず見惚れた、
ソレが見たくてそれ以後も、何度かソコを訪れる事になるのだが…

廃砦の周りには全く変化が無い、魔神が現れる事も無ければ、悪魔が現れる事もない
うち捨てられた場所は、何時だって静かにダミアンを迎え入れてくれた

いつしかその砦は、お気に入りの隠れ家の一つになっていた

必要なモノを持ち込み、頻繁にソコを利用する様になった頃の事だ

それまでは何の変化も無かった、砦に【小さな客】が現れる様になる

ダミアンは、早い段階でその存在に気がついてはいたが、あえて知らぬフリをしていた…
相手の気には、敵意は全く無く、強い好奇心しか感じなかった事もあるが
その力の波動が酷く弱々しかったからだ、きっと不注意に、自分から声をかけたら
相手は逃げ出してしまうと思えばこそ、根気良く相手から近づいて来るのを待ちつづけた

その夜も些細な事で、大魔王と衝突した皇太子は
お気に入りのギターを抱えて、砂漠の砦に一人佇んでいた

どうせココには誰も居ないのだ
調律も何もなく、思い切り歪んだ爆音でも出せば、少しは気が晴れるかもしれないのだが…

何故だろう?この砦の静けさが優しいせいか?他の隠れ家とは違って
ここでは、あまり無茶な音出しをする気にはならないのは、不思議だ事だ

要職に就く前と言っても、皇太子としての細々とした公務は多く忙しい
その合間に少しづつ作りためた曲をつま弾き、自分では、気恥ずかしい歌詞を口ずさんでいると

何時もの羽根の様に軽い足音が、近づいてくるのが解る、本来は足音がしない生き物のはずなのに、
遠巻きに私を眺めている時は、緊張するのだろうか?
ほんの少し洩れるその足音が、ダミアンは心地良くてたまらなかった

おや?今日は随分と近くまで来るんだね?やっと顔を姿を見せてくれる気になったかい?

ワザと開け放たれたままの戸口の向こうから、伸びる影には、長く伸びた尻尾と三角の耳が付いている
薄いベージュの下地に、斑紋と縞模様が散らばる美しい毛皮と、金色の瞳が視界を掠める

『こんばんわ、今日は随分と近くまで来てくれたんだね、良かったら入ってこないかい?』

相手を驚かさない様に、極力優しい声で相手に話しかけた
事前に調べておいた、彼等だけが使う、独自の言語で

影はビクリと震え、戸惑っているのだろうか?かなり困った様に揺れ動いている
コチラもソレ以上は無理に誘わない、ここまで待ったのだから
彼の方から、近づいてきてくれるのを待つ事くらい、何の苦痛も感じない

そのまま半時程待っただろうか、相手を気にしないフリをしたまま、音出しを続けていると
ようやく大型の猫に似た獣が、戸口の向こうからヒョッコリと顔を出してくれた

ただし想像していたよりも相当若い様だ、まだその顔には幼さが残り、
大型の猫とは言っても、その種族中では、まだまだ小さな少年と言った所だろう

いや、見てくれだけで【獣】と呼ぶのは、語弊があるだろう…彼に対して失礼だ

弱すぎる魔力補助の為の、首飾りと足環等の「特殊装飾品」を身につけていても、
恐らくは【擬態】にすら、変化出来ない、虚弱な個体であったとしても
彼も間違い無く【スフィンクス】だ、この砂漠の支配者の直系である事は、間違いは無い

「何時から気がついていたの?」

その口から、悪魔と同じ流暢な言葉が出てきた時は、少々驚いたが
中央の悪魔と交易のあるキャラバンで、日常生活をする子なのだろう、それならば納得だ

「そうだね、君が初めてココに来てくれた時からかな?ずっと君と友達になりたくてね
ココは魔王軍の砦ではあるけど、ようこそ、と言うのも語弊があるかな?
君達の領域に間借りしているのは、今は私の方だからね、私はダミアン、君は?」

「スフィンクスは…同族以外に、真名は教えられないよ…」

本来は顔を合わすべきで無い、異種族同士だと言うのに、私の軽すぎる態度に、
呆れた顔でコチラを見返す彼の顔からは、徐々に警戒心が薄れてゆく

「そうか風習なら仕方がないね、残念だなぁ、でもソレだと、話す時に少し不便だね、
そうだ!私と話す時にだけ、使う名前を付けてあげよう、
何がいいかな?無理に君達風の名前をつけるより、悪魔よりの名前の方がいいかな?
ん〜ぱっと見から連想したのだけれど、【ジェイル】って名前はどうだい?」

「まだ…友達になるとも言ってないのに、気が早いね、アンタは…」

「なんだい?今まで興味津々に、時間を掛けて近づいて来てくれたのに?
悪魔はやっぱり苦手かい?それとも名前が気に入らなかったかい?」

「別に悪魔が怖いなんて事は無いよ、キャラバンでも、よく外の悪魔に逢うし
俺が興味津々なのは、アンタじゃなくて楽器の方なんだけどな…それに…」

「それに?」

「そのジェイルって名前も…嫌じゃない…」

耳をパタパタと振りながら、彼はゆっくりと部屋に入ってくる
先ほどのやりとりで、多少は緊張が解けたのか?少しだけ、安心した表情になって

スフィンクスの親神とは、顔を合わせる機会が無かったワケではない、定期的に調停の確認も兼ねて
だが…【砂漠の民】と呼ばれる、その幼体と直接に出会ったのは、この時が初めてだったかもしれない

人間界における豹とも、チーターともつかないその姿は、ひどく綺麗だった

表面の装飾は、主にトルコ石と銀細工で、出来ているらしい?彼を護る「特殊装飾」すら、
その毛皮を彩るアクセントの一つの様で、実に趣味がいい

暖炉の側に腰を下ろした私の側に、すんなりと身体を横たえると
ジェイルは機嫌がよさそうに尻尾を揺らし、私を見上げる

「続けてよ…アンタのその音は、嫌いじゃないいんだ」

当時はまだまだ未熟だったソレを、リップサービスも無しに、好きだと言われたのは初めてで
少々面食らう私の横で、ゴロゴロと喉をならす彼が、不思議と言うより、単純に愛おしくて

嬉しくなった私は、つい時間も忘れて彼のリクエストに答え
色んな話をした、とりとめのない話を…

思えば悪魔以外の相手と、こんなにも長く話したのは、初めてだったのかもしれない

しかも相手は、私の素性を知らないのか?興味も無いのか?少しも皇太子として見てはいない
それが酷く新鮮で、楽しかった、小生意気で無礼な口ぶりも可愛いらしくて…

このまま王都に、連れ帰れないのが惜しい程に、彼が気にいり、入れ込んだのは
考えれば、この最初の夜からだったのかもしれない

こうして…悪魔の皇子と、砂漠の子供は出会ったのは、
後々考えれば、両所属にとっての【必然】の事だったのかもしれない

「それからの長い付き合いを考えれば、そんな事も考えたりするのだよ…」

そう話を区切ると、皇太子は遠い目をして、窓の外を見ている様だ
あの時と同じで静かな夜だ、どうしてそのままの、穏やかな関係と立場ではいられなくなったのか?

運命とは皮肉なモノだな…

そう言ってダミアンは、自嘲気味に話を続ける



続く

エロ無しですが、長くなってるし…ダミ様がまた出張りすぎですが
こんな感じでだらだら続きますが、お付き合い頂けると幸いです(^_^;)

イメージ的には、「ファラオの墓」がちょっぴり入ってます

ナウシカのトリウマも出てくるし…趣味丸出しです

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