[携帯モード] [URL送信]

【見習い拷問官と教官】
『廃城の砂猫』 9 ディアトリマ J逃亡⇒捕獲

地下神殿を抜け出したモノの、行く宛なんかどこにもない…
【バリングラ】には戻れないし、顔馴染みの悪魔に匿ってもらうのも、紛れ込むのも無理だ
きっと…そのキャラバンや村に迷惑を掛けてしまう…砂漠で生きる者なら特に

まだ砂漠から出られない俺が、逃げ込める場所は、あの【砦】しか無いのだけれど
俺が神殿から居なくなったのが解れば、真っ先にあそこは捜索されるに決まっている

どうすればいいのだろう…

目立たない様に、砂丘に隠れながら、低空飛行を続けるジェイルは
時折出現する岩陰や、水が枯れてにまったオアシスの跡、朽ち果てた【狼煙台】等にも
身をかくしつつ先に進むのだが…地下神殿からは離れられても、
【親神】に進化しない限り、砂漠からは出られない、結局は鳥籠の中に居るのと同じだ

根本的には追っ手から逃げ切れない、このままでは…何時か捕まってしまう

現実を直視すればする程に、途方にくれる事しか出来なくて
たまたま目についた、廃墟の影にヨロヨロと降り立つと、疲れ切った身体と翼を休める

やっぱり…何処にも逃げられないのかな…

それは、絶望感や哀しさじゃない…諦めと倦怠感の様なモノだ、
ちょうど【バリングラ】の街中を彷徨く、若い【赤翼】達と同じ様に…

最も…彼等が欲してやまなかった【瑠璃色の翼】を持ちながら、
スフィンクスとしては、場違いな絶望している俺の言い分を聞いたら、姿を見たら
もっと嫌われるんだろうな、赤翼達にすらも

そう思うと泣きたく無いのに、そんな場合じゃないのに、涙が溢れてきた、後から後から
結局…俺はどうしたいんだろ?自分でも良くわからないよ………

不意にピクリと少年の耳が震える、此方に近づいて来る無数の気配を感じる
これは親父?と無数の親神と従僕達の気配と共に、何故ダミアンの気配が一緒に?

慌てた彼は、その場に屈み込み、砂の上にぴったりと身体を伏せると、
逃亡時に適当に拝借した、キャラバンの野営用の外套をすっぽりと被ってしまう
おそらくは従僕の私物だろう、地味な配色のそれは、迷彩の様にその小さな身体を隠してくれる

バサリ 鋭い羽音と共に、頭上を矢の様に飛んでゆく親父が見える
そして其の背には、犬猿の仲のはずのダミアンが、金髪をなびかせて悠々と乗っていた
行き先は………嘘だろ?その方向には地下神殿があるはず、マヂで向かっているのか?
そのまま【他族】を特に【悪魔】を連れて行くなんて、普通だったら絶対に有り得ない
スフィンクスの本拠地を、最後の砦の正確な場所を、教えてしまうのと同じじゃないか???

案の定…それに続く、別の親神と従僕達は、口々に親父の【真名】を叫び、その暴走行為を制止しようとするが
何故か?誰もかれもが、親父に追いつく事が出来ない…何かが変だ…
スフィンクスの親神の中では、親父は決して出来は良くはない、
未だに身体が小さいく、他の親神に比べれば…魔力も低いはずなのにどうして?

そして…ピンと来てしまった、 アレは…ダミアンのお得意の『チャーム』だ…
一瞬見えてしまった、親父の表情が無い顔と、焦点は定まらず、曇った目を見れば一目瞭然だ

更にダミアンが、親父に力を分け与えているのだろう
『チャーム』で傀儡にされたモノには、術者の魔力レベルを添付できるのだ、
対象者の一切の抵抗を許さず、その支配下にある限りは…
次期大魔王のソレに、並のスフィンクスや従僕が、太刀打ちできるワケがない、だから誰も追いつけないのだ

俺が砦に引っ張り込んだ悪魔が、ダミアンに鉢合わせた時
恐怖に過剰反応して、自害等の自暴自棄・面倒事になりかけると、しょっちゅう使っていた

しかも、お優しい事に???完全催眠状態のソイツ等が、街やオアシスにちゃんと帰れる様に
簡易的な命令与え、魔力を分け与えていたのを、俺は何度も見ているから解る

うわ…親父何やってんだよ、後で大王に怒られるだけじゃ済まないだろ?
それ以前に何やってんだよ、ダミアン?無理に地下神殿なんかに行ってどうすんのさ?

次々と目の前を頭上を通りすぎてゆく、この連中は、多分?俺を探している捜索隊だろう?

だけど今は…皆が親父を追いかけるのに夢中で、誰一名、身を潜めている俺に気がつかない
充分に彼等が離れた事を確認すると、俺は砂と外套の下から這い出す
あの二名が、地下神殿に向かった、と言う事は?【砦】は、もぬけの殻なのだろうか?

いや…伯父貴は?伯父貴も多分、別働隊で、俺を捜し回っている筈なのだが
砦の方角からは、【赤翼】達の気配や臭いは感じない、何処か別の場所を探してるのか?

「とりあえず…一度砦まで行ってみよう…」

捕まってしまう前に、どうしても【砦】に帰りたかったから…
居心地が良くて、俺の宝物が詰まっている彼処に…
最終的に捕まってしまうなら、場所は彼処がいい、結果的に…この小さな肉体を捨てる事になったとしても

意を決したジェイルは、ゆっくりと身体を伸ばすと、再び翼を広げる
もう中途半端に隠れる必要も無いだろう、真っ直ぐに【砦】に向かって飛び急いだ

※※※※※※※※※※※※※※

いい夜じゃないか…これから起こる【騒ぎ】の事を考えなければ
良いフレーズが、ぽんぽん浮かんで来そうな、そんな夜だ…

人間界や異界のお気に入りの曲をつま弾き、合間に自身の曲の旋律を確かめながらも、
エースの注意の全神経は、砦の外に向かっている

遠ざかるのは、先程までココにいた連中の気配…
その向こうには、魔神に悪魔の細々としたキャラバン、点在するオアシス
そして…酷く不安定な気配が、ジリジリと此方に向かってくるのを感じる

「思ったより、早くご対面となりそうだな…」

さあ来い…早く此方に来るんだ、他の連中がお前の気配に、気がつかないうちに
エースはニヤニヤと笑いながら、更にねちっこい旋律をかき鳴らす
ギターの音が大好きだと聞いている、その子供に聞こえるように 有無を言わすつもりはない
すぐにでも、首根っこを押さえるつもりの【小さな虜】によく聞こえるように…

砦の手前まで来たジェイルは、砦から洩れる音に気がついていた
今迄感じた事もない、強い力を持つ悪魔の気配も…

ダミアンのソレは熟知していても、砂漠を出る事の無い彼は
皇太子以外の上級悪魔に逢った事が無い、知っているのは、砂漠に住まう下級悪魔だけだ

少なくとも自分にとっては、悪魔がそんなに恐ろしい相手では無い…解ってはいても
でも…ここは緩衝地帯の廃砦だ、物好きなダミアンならともかく
王都の上級悪魔が立ち寄るワケがない…警戒しない方がおかしいだろう…

よりによって、こんな絶体絶命な時に何故?ジェイルは混乱するばかりだが…

それでも…他の潜伏場所を探そうとする前に、
どうしても中の様子が見たくなった、テリトリーを侵害されているからでは無い
この音を出しているのは、一体どんな悪魔なのだろうか?顔だけでも見ていこう

いや…見てみたいのだ、こんなに自分好みの音を出す相手は、初めてだから

砂漠を通りかかる悪魔を喰らう【色好みのスフィンクス】なんて言われてはいるが
引っ張り込んでいたのは、何もSEXの相手ばかりでは無い
キャラバンに楽器の演奏者が居れば、ソレが自分の腕に見合うレベルの者であれば、
そういう者達も頻繁に招き入れていた、此方はダミアンの居ない時だけだけど

そう…楽器を与え、弾き方と演奏法を教えたのは、ダミアンだったが…
技術を吸収する速度と応用力、そしてセンス的なモノは、ジェイルの方が遙かに上だったが為に
演奏面ではあっと言う間に抜かれてしまい、充分な相手が出来なくなってしまっていた

だから…遊びでもいいから、時には誰かに生で、セッションをしてもらいたくて、
砂漠で良い音が聞こえるテントや、野営を見つけると、やはり片っ端から声をかけ、
何度か砦まで、誘いこんだ事はある…酷い時はキャラバンごと

殆どが下級悪魔の彼等は、最初こそは【砂漠の神】に触れる事に恐れおののいたが、
慣れてしまえばどうと言う事はなくなる

その中の数名は馴染みとなり、砦の側を通りかかる度に、立ち寄る者も居れば、
そこで待つ寂しがり屋の仔神の為に、彼が望む機材を、持ち込んでくれる者もいた

「翼の分化の前に、余計な知識をつけてはならい」が基本理念の同族達には、それは依頼出来ないが…
悪魔である彼等は必要な代金と、この砂漠での休憩場所を提供すれば…惜しみなく彼の願望を叶えてくれた

共に生活をしていたカゲイヌも、基本的な価値観は、スフィンクスと変わらない、
最初こそは露骨に顔をしかめて、難色を示したモノだが、
孤独な時間を過ごす、ジェイルの寂しさを思えば、結局は折れてしまった…

ジェイルの翼はおそらくは【赤翼】だ、【瑠璃色の翼】では無いはず、ならば問題が無いと

そもそも…あの騒ぎの直後に、ジェイルと共に生活をする為に
この砦に初めて足を踏み入れた時、彼はこう言った

『いやはや…和子は外の世界の情報を、【掌の罪深さ】を既に知っておられるのですね』

その言葉の意味は、よく解らなかったけど…

そもそも、魔神の「知りたい」と言う願望の深さは、人間のソレは勿論、悪魔の貪欲さも上回る為
一度知識の吸収を始めたスフィンクスから、ソレを取り上げるのは、非常に困難で残酷な事だと言う話だ…
故に悪魔と同等の寿命でありながら、平均的な知識の備蓄量は悪魔のソレを上回る
【幼体の間は無も知らされない】と言う、スタートダッシュの遅れがあったとしてもだ

「やっぱり…様子を見てこよう、もしかしたら…見つからずに、倉庫まで行けるかもしれないし…」

最もらしい言い訳を自分にしながらも、結局は相手の顔を見たくなったジェイルは
【秘密の出入口】に向かって歩き出す、緊急避難用の方だ、そこなら中の悪魔にも見付からないだろうから

※※※※※※※※※※※※※※

回廊の無限燭台は既に灯っている、室内も適度に暖まっているみたいだ
正面を避け、蜘蛛の巣だらけになりながら、狭い通路をくぐり抜けてきたジェイルは
注意深く階段を登ってゆく、どうやら何時もの暖炉の部屋に、問題の悪魔は居るらしい

何だかダミアンに初めて逢った時みたいだな…と少しだけ思った

あの時は…廃城から鳴り響く、不思議な音の正体が知りたくて、
こっそりココを登り、中の様子を伺ったんだっけ、何だか懐かしいな

そう言えば…自覚は無かったけど、緊張すると足音が洩れちゃうんだったかな?俺?
ダミアンに言われた時は、「そんなの嘘だ!」と反論したけど、本当だったら大変だ

細心の注意をはらって、ゆっくりと、静かに、何時もの部屋に向かえば
あの時と同じで開け放たれた扉から、中の悪魔の影が伸びている、暖炉の熱に照らされて
気配を殺して、音を立てない様に、そ〜っと中を覗き込めば…
長身の黒い軍服姿の悪魔が、此方に背を向けて、暖炉の前に座っているのが見える、
あれは…ダミアンのギターだよね?何時も練習用に置いてある奴?だよね?

綺麗な音だ…こんな時じゃなければ、声を掛けたい所だけど…

初めて見る軍服に加え、勝手に砦に上がり込んでいる件も含めて、やっぱり怪しすぎる
どう見ても…こんな場所に、砂漠にワザワザ来る様なレベルの悪魔じゃないよね

『おかえり坊主…随分と長い散歩だったな…』

不意に音が止み、聞こえてきたミドルトーンの声は、何故かスフィンクスの言葉で
ジェイルは思わず飛び上がり、爪を伸ばすと膨れあがる 俺の存在と正体に気がついていた?

「誰っアンタ誰だよっっ!何でここに居るっ!!!」
「そう膨れあがるなよ、ダミアンの代わりにココで待っていた…」

クスクスと低く笑うと、悪魔はギターを置いて、ゆっくりと此方を振り返る
振り返ったその顔には、蝙蝠の様な赤い紋と凶悪な緑の目…
ジェイルは本能的にぶるりと身震いをする 誰?コイツ?一体何者?
今迄出会った事のある悪魔と違う…誰だか解らないけど、何だか…ヤバイ感じがする

「俺はエース、王都の情報局の者だ、ダミアンの部下と言うか、お友達って奴だな…
同族からも逃げ回っているだろ?お前は?だから…わざわざ迎えに来てやったんだ、
さあ来い…悪い様にはしないから…」

そう言って此方に手を差し伸べると、男はゆっくりと近づいてくるのだが
その立ち振る舞いが、怪しいだけでなく、何故だか怖くてたまらない…
砂漠の悪魔達と違って、魔力レベルが、違いすぎるからだけじゃない
この悪魔に捕まったら、捕まってしまったら…何か大変な事になりそうな気がする

「もし…俺が嫌だって言ったらどうなるの?」

道中…外套の端を引き千切って作ったヒモを結びつけ、
首から下げる形にしたアンクを、相手に見えない様にこっそり握り絞めると
震えながら相手に尋ねる、ジェイルもギラギラと目を光らせて
すると相手は口角を上げると、もの凄く悪そうな顔をして答えた

「そうだな…その時は、無理矢理にでも…と言う形になるかな?不本意ではあるがな…」

そう言うやいなや…何もなかった筈の床が、突然赤く光り始める、
男の足下を中心に、幾何学模様が放射状に広がり、その末端が一気に襲いかかってきた
【捕縛用魔法陣】…何時の間に仕掛けられていたのだろう?全然気配を感じなかった
此方に伸びてきた第一波のソレを、間一髪で避けると少年もアンクに力を込める

『Liberazione』

これ以上羽化が進んでしまっては、叶わないから、
出来るだけ小さな力を込めて、覚えたばかりの結界を張る
ソレでも、アンクが補佐をしてくれたせいか?思ったより強力な防護壁を構築出来たみたいだ
俺を掴み取ろうと次々と伸びてくる、【捕縛手】の全てを弾き飛ばすと
ジェイルは隙をついて、窓を蹴破って外に飛び出した

砦も砂漠も俺のテリトリーなんだ、外から来た悪魔に、そう簡単に捕まってたまるかよ

ぱりぱりぱり………また何処かの皮膚が破ける音がしたけど、
今は逃げなきゃ…この怪しい悪魔から逃げ出さなきゃ駄目だ

ほう…怯えきって、震えていたワリには、窓を蹴破って逃亡か?思ったよりやるじゃないか?

窓から落ちてゆく子供に、慌てて手を伸ばそうとしたエースは、
その手を酷く引っ掻いた上で振り切り、小生意気にも、ニヤリと笑い返す相手の顔を見た

高い塔から投げ出された身体を、クルクルと回転させると、バサリと広がる瑠璃色の翼
そのまま一直線に、砂漠の彼方に消えてゆくその姿を見て、
思わず自分も窓を飛び越え、その後を追いかけようとするのだが…

不味い…俺は有翼種ではない、確かに空を飛ぶ時は、ソレらしい物を広げてはいるが
翼の様に見える物には、実体ではなく、炎のフィラメントであり、魔力のエネルギーの塊なのだ
今ここでソレを出せば…その波動があたり一面に拡散してしまう事になる
つまりは…砂漠で坊主を探している連中に、その居場所を教える事になってしまう

すると…突然、奇声が上がり、直ぐ足下の城内から、黒い塊が走り出てゆく
砂漠に消えた目標を、一直線に追いかける様に…アレは馬屋に繋いでいたトリウマか?

思わず馬屋の方を振り返れば、一羽は引き綱を引き千切って逃亡した様だが
取り残されたもう一羽が、ギャーギャーとやはり奇声を上げ、藻掻き暴れていた
何だ?何故トリウマが、スフィンクスにコレ程まで過剰反応するのか?

いやまてよ…コレは使えるかもしれない…

咄嗟にエースは、窓から馬屋の屋根の上に飛び降りると、
まだ藻掻いているトリウマの引き綱を、その手に集めた炎で焼き切った
走り出したソイツの背に飛び乗れば、トリウマは迷う事なく城門の外へ飛び出してゆく
片割れと目標が消えていった方角に向かって、徐々に加速してゆきながら…

速い…嫌々俺達を乗せていた時とは、比べものにならないくらいに足取りが軽い
トリウマに乗ったのは、コイツが初めてえは無いのだが…平均的な奴の3倍程の俊足だ
家畜商人が言っていた事も、あながち嘘ではなかったのかもしれない

エースは手綱をしっかりと握り絞める…今はコイツが頼りだ、振り落とされない様に
そして…その手の甲にくっきりと残った、引っ掻き傷をじっとりと舐め上げた

「何が虚弱体質だ?手加減してやれば、調子に乗りやがって
羽根が生えた分魔力は一丁前と言う事か?…そう簡単に逃げられると思うな…」

悪ガキめ…手こずらせて貰った分のツケは、しっかり回収するからな…
ねっとりとした黒い笑みを零すと…黒衣の悪魔も地平線の彼方に消えていった

※※※※※※※※※※※※※※

うねる波の様に続く砂丘の群れだけが、何処までも何処まで続いていた…
砂漠に慣れない俺は、ここが何処なのか、既に解らなくなり始めているのだが
トリウマには正しい方向が解るのだろうか?

鳥は突然ピタリとその足を止めると、その大きなクチバシを高くあげる
くぇえええ…いささか拍子の抜けた声を上げると、高く長く鳴き始める

おいおい…まさか道に迷ったとか、言うんじゃ無いだろうな?

咄嗟の判断で軽装備のまま、砦を出てきてしまった分
少々不安を感じ始めるエースの耳に、遠くから聞こえるのは、同じ様な間の抜けた声だ
鳥にも勿論その鳴き声は聞こえたのだろう、ドスドスと声のする方に歩き始める

行く先に見えて来たのは…かつては宗教的な意味合いがあったのだろうか?
このような場所には、場違いな程に大きな楼閣が、砂山の中に唐突に出現する
しかし…ここもうち捨てられて久しいのだろう、荒廃し砂に埋もれた様子が、
時の流れの厳しさと、忘れられてしまう侘びしさを、醸し出している様にも見える

くぇええええ…くぇええええ

徐々に距離を詰めてゆく、鳴き声の発生源は近い様だ
鳥の背中に乗ったまま、半分砂に埋もれている塔の一階部分に侵入すれば
先に引き綱を引き千切ったトリウマが、身体を屈めているのが見える
その巨大なクチバシを何かに押しつけている?いや?じゃれあっているのか?

『ごめんな…今遊んでやれる余裕なんて無いんだ…』

小さな呟きが聞こえてくる、暗がりでその全身が、何故か薄ぼんやり光っている少年は
少し苦しそうな表情を浮かべながら、トリウマのクチバシを撫で上げていた

トリウマも相手が弱っている事に気がついたのか?
その脇にその身体を投げ出すと、丁度卵を抱く様に少年を温めはじめる
相手も慣れた様に、その巨大な身体と羽毛に縋り付く…その温もりを確かめる様に

俺はその様子を見ながら、少しずつ間を詰めてゆくつもりだったのに
俺を乗せたトリウマまで、突然大きな奇声を上げやがった

くぇえええええっ

突然増えた鳴き声に、流石の坊主だって気がついたのだろう
慌てて飛び起きると、鳥の羽根の下を抜け出し、自らの翼を広げようとするが

だが…もう逃がすつもりは無い、多少は手荒い手段を使ってもだ
ガキが飛び上がるよりも先に、俺の長鞭が一直線に飛んでゆく
羽ばたき飛び上がろうとしたその左足首に、ガッチリと巻き付き、食い込んだ

力づくで引き寄せられ、勢い良く前につんのめった形になった子供は、
そのまま砂地の上に倒れ込んでしまうが、まぁ下は砂地だ、無駄に怪我はしないだろう

ギャーギャーギャー

興奮した二羽のトリウマが、膨れ上がった上に翼の爪までもむき出しにする
まるで坊主を庇うかの様に、俺達の周り回り、威嚇音を出すが俺は取り合わない
道案内をしてくれた事には感謝するが、これ以上騒ぐなら焼き鳥にするぞ…
の意味合いも込めて、三白眼がギロリと連中を睨みつければ
流石に本能的な恐怖心が揺さぶられたのか、妖鳥は二羽とも大人しくなった

「鬼ごっこはしまいだ、坊主…ちゃんと大人の話を聞かなきゃ駄目だろう?」

そう言いながら、長鞭をたぐり寄せながら近づいてゆくのだが
何だかえらくへたばっているな…さっきまでの威勢はどうしたのやら?
と、弱々しく抵抗する、子供の襟首をひき掴んでみて、始めて解った…

羽化だ…コイツの進化が始まりかけている

仄かに光る肌の所々に亀裂が走り始めている、身体が上手く動かなくて当然だ
本来なら…【元の肉体】が完全に剥がれ落ちるまで、安静にしなくては
羽化が済んでも、新しい身体がきちんと固まるまでじっとしている
そうすべき所を、これだけ動き回っているのだ、具合が悪くなって当然だ

「嫌だ…俺はまだこのままで居たいんだ…お願いだから放っておいてよ…」

俺の腕の中に収まってしまっても尚、爪をたて弱々しく俺の身体を突き放そうとする
金色の瞳からボロボロと涙をこぼしながら

「このまま放っておいたら…もうまもなく親神に進化するぞ…」

朦朧としているで有ろう意識下にも聞こえる様に、はっきりと告げてやると
絶望と諦めに満ちた視線が、俺を見返すのだが、同時に強い怒りの視線にも晒される

「アンタは…ホントに誰なんだよ…どうしても親神になってしまうなら
最後にもう一度くらい、あの砦に行きたかったのに、それだけなのに…何で邪魔するんだよ………」

逢った事も無いのに、何の関係も無いのに、なんで邪魔するんだよっっ
甲高く哀しげな絶叫が、楼閣の吹き抜けに響き渡るのだが
エースは慌ててその口に手を当てる、大きな声を出すんじゃない、他の追っ手に聞こえたらどうするんだ

「おい…確認していいか?お前はこのままで居たいんだな?親神には成りたくは無いんだな?」

威圧的で見知らぬ男から、唐突に投げかけられた極論に、ジェイルは一瞬息をのむのだが
少し遅れて…やはりボロボロと泣きながら強く頷いた

そうだ成りたくないんだ、憧れていた強い姿だけど…俺は、あの姿には成りたくないんだ

「OK…最終意思確認は出来たな…安心しろ【親神】にならなくていい…
このまま【悪魔】になってしまえばいいだけだ、そしたらこの砂漠からもおさらばだ」

悪魔になる…何で見知らずのアンタに、そんな事を言われなきゃならないのさ…

※※※※※※※※※※※※※※

「ねぇ…もう逃げないから、コレを外してよ…苦しいし、恥ずかしい…」

腕の中で相手が抗議するのだが、エースは取り合ってはやらない

子供の首には、重すぎるであろう首枷と鎖が嵌められ、その反対側に付いた手枷は俺の左手首に嵌っている
やりすぎなのは解っているのだが…慣れない砂漠で、コイツに再び逃げられたら、たまらない

その上もう時間が無い、急いで砦に戻って処置を施さなければ、羽化が進んでしまうからだ
一応、捕縛者の出血を止める応急処置と同じ要領で、時間を歪ませ遅らせてはいるが、ソレでは不十分だからな

「悪い子にはお仕置きって所だ、文句があるなら最初から逃げるな」

再びトリウマの背に乗った俺は、坊主を抱えながら来た道を戻っていた

敵意を剥き出しにしたトリウマ達は、エースの言う事など聴きそうもなかったのだが
ジェイルがスフィンクスの言葉でもなく、奇妙な鳴き声をあげれば、素直に言う事を聴き始める
ジェイルを抱えたままのエースが乗りやすいように、砂の上にうずくまる様は
市場で厄介がられていたクセウマとは思えない…もう一羽も引綱もつけていないのに
距離を保ちつつも、トコトコと後ろからついてくる、まるでジェイルを気にかける様に

「お前、コイツ等とは何か関わりがあるのか?」

ぼそりとエースがつぶやけば、ジェイルは意外そうに相手を振り返る

「何も知らなくて、このディアトリマを騎乗に選んだの?それは凄い偶然だね…」

ジェイルは再び、小さな鳴き声を上げる、どうやら後ろに続くトリウマを呼んでいるようだ
頭をすりよせてきたソイツのクチバシの付け根に、少年は手を伸ばすと、その羽毛をかきわける
羽毛の下の地肌には刺青が、異教の十字架と何かの番号、それと象形文字の様なモノが刻まれている

「ほら…コレと同じでしょう?アンクのマークの入ってる鳥は、地下神殿で孵化した奴だよ」

胸元から出されたアンクとやらを見せられると、ジェイルは更に続ける

何でも、地下神殿のスフィンクスの孵化場には、彼等の卵と同等数のトリウマの卵が置かれているそうだ
神の怒りも恐れずに、一攫千金を狙う盗賊・卵泥棒に対するカモフラージュでもあるが
ソコで孵化したトリウマの雛達は、同じ場所で生まれたスフィンクスの幼生達を
刷り込みの原理で、親とも兄弟とも考える為、本能的に弱い赤子を温め護り、時には遊び相手も務める

最もその期間は成鳥の羽根が生えそろう前、雛の間だけの極短い期間で
大きくなったトリウマは、地下神殿産の刺青を入れた上で、騎乗用の家畜として売り払われる
魔神のキャラバンだけではなく、悪魔のキャラバンにも

魔力レベルの強い魔神や悪魔に怯えない彼等は、一昔前はプレミアのついた高級品で
王都にもさかんに輸出されていたらしいのだが…今はその需要はなくなってしまったため
砂漠で珍重されるだけに留まっているらしい

「コイツ等が…そんなに格安だったなら、その家畜商も最近この辺に来た新参者だよ
確かにナリは小さいけど、その分脚は速かったでしょ?俺に追いつくくらいだからね…」

そう言うと少年は、トリウマをもう一度撫で、解放してやる
トリウマはおとなしく離れると、やはり少し距離を置いて後に続いてくる

「まぁ…俺は力が弱い赤ん坊だったから、他の幼生より長く孵化場に居たからね
コイツ等の言葉もなんとなく解るし、もしかしたら俺を温めてくれてた奴等かもしれないし」

身体がちょっと小さいだけで、不良品だなんて言われるなら
俺なんてどうなるんだよ、ダミアンに力を分けてもらわなければ、擬態にすらなれなかったし
多分…羽根が生えるまで、生きてすらいなかったはずなのにね

そう言って溜息をつく子供は、妙に落ち着いていて、先程の態度とは裏腹に、酷く大人びて見える

「自分を不良品と諦めるかどうかは、本人次第だろうが…」

ガキのくせに聞き分けが良すぎるとか、諦めてばかりとか、気持ちが悪いんだよ
んなモノは、もっと先にいくらでも出来るだろうが…
足掻ける時に足掻かなければ、生きてる意味すらなくなるだろうが…
いや諦めがソイツを殺すのか?肉体的にではなく精神的に?

赤い悪魔はいとも簡単にそう言うが、解ってないよな…砂漠でしか生きられない俺達の事なんて

「どうやら戻ってはこれたみたいだな…」

むくれた様に目線を外し、トリウマの頭を眺めていた少年に、エースは言った

砦の周囲には、とりあえず怪しい気配は無い様だ、留守中誰も入り込んではいない様だな

二名はゆっくりと城門をくぐっていった





続く


すみません〜エロまで到達してません〜伸びてます〜
でもすっ飛ばして書くのも、何か味気ないし〜逃亡シーンもちゃんと書きたかったし
伸びるのは何時もの癖で、諦めてくださいませ(ToT) 

しかし…エース兄さん、いきなり鞭攻撃は気の毒ですよ
そんな事したら、絶対にミミズ腫れですよ足首が…読者の皆様は真似しない様に

しかもその上、首輪・手錠プレイ? どうしてこうマニアック路線になってゆくのか


◆ディアトリマ(ガストルニス)=トリウマ?

実はリアルにいました、大昔の地球上に
別種と思われていた、ガストルニスの亜種と言う事が近年分かり
ディアトリマの名前は消えつつありますが、私はこっちの方が好き
恐竜の絶滅後に現れた、飛べない巨大な鳥達で【恐鳥類】と言われています
多分チョコボやトリウマのモデルなのですが、超肉食系で凶暴
大型の肉食系哺乳類が出現するまで、肉食恐竜の代わりに地球でも君臨してました

そんな恐ろしげな鳥も、雛の時は可愛くて
スフィンクスの子供とヌクヌクしてるとか…毛玉萌えには堪らないかなと、ただそれだけです

[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!