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【RX+師弟悪魔】
ソレが二つある理由 12 追憶 (完)

うとうととする目を苦労して開けば、そこは診察台の上では無かった
決して大きくは無いが寝心地の良いベットは、旧局長室の仮眠室のモノ
時には寝食も忘れて、研究室に篭もる事の多かった、前局長ダイタリアンは
良くココで寝泊まりしていたっけ、時には交代で自分も使わせてもらった事も

前局長の引退と同時に、そのプライベートエリアはヨカナーンに明け渡してしまった
故にココに入る事自体が久しぶりだ、時間が止まった様なその場所を
ゆっくり懐かしみたいと思う反面、ぼやぼやもしていられない事に気がつく

まだぼんやりと、霞がかかった様な頭を押さえながら上半身を起こせば
胸の上に回された腕がずり落ちる 視線を落とせば、ほわほわの黄色い頭が
僕に抱きついていたであろうライデンが、直ぐ隣で気持ち良さ気に眠っている、
僕が眠ってしまったから、待ちつかれたのだろうか?

仮にも雷帝の御子息ともあろうお方が、こんな狭苦しい所に入り込まなくても
と言う思いはさておき、君の抱き枕代わりにはなったのかもね…
と、その頭をそっと撫でれば、むにゃむにゃと何か寝言を言っている

どうやら夢見は悪く無さそうなので、僕はそっとその腕から抜け出すと
代わりにクッションを宛がってあげる、細い腕がそれをギュッと抱きしめ
もぞもぞと毛布の中に潜ってゆく… 歳はそう変わらないはずなのに、妙に可愛いらしい
何処か小さな子供の様な、雰囲気を残した君は…女性に感じるソレとは違う
独特の保護欲を駆り立てるんだよね、勿論若干の邪な意味も含んで

昔の夢を見ていたからか?考えれば…ライデンに対しては
特権階級に対するコンプレックスを、感じた事が無い事に気がつく
本魔が身分をカサに着る様な、タイプでは無い事も勿論だが

何故だろうね、妙に安心するんだよね…君と一緒に居ると
ゾッドのそれとも又違う何かが、君にもあるんだよね
不安で眠れない日々を送っていたのに、今は妙にすっきりしているのも
麻酔で強制的に眠れたからじゃない、多分君が側に居てくれたから

同族でも無く、本来は悪魔ですら無い君に、こんな感情を抱くとはね…
大昔の僕なら、自問自答の堂々巡りに、ただ苦悩するだけだったろうに

「よっぽど疲れていたのかね、随分ゆっくり眠っていたね」

不意に声をかけられ振り返れば、ヒタヒタとヨカナーンが部屋に入ってくる

「夢を見ていました…貴方と出会った頃の」
「だろうね…随分うなされていたようだしね」

麻酔の意識混濁から来る?中途半端な寝言もね…
寝言?何を口走ったかは解らないが、ソレをライデンとゾッドに聴かれたのか?
途端に伏し目がちになる僕に、ヨカナーンは笑いながら答えた

「大丈夫…聴かれては居ないよ、御子息には一服盛らせていただいたから」

【雷精】に対する睡眠薬の処方箋を誤る程には、耄碌はしてないつもりだがね
そう付け加えると「此方においで」と促され、僕は黙ってベッドを降りるとその後に従う

「ゾッドは?」
「ああ…何だか頼みもしないのに、書棚の整理をしているよ
グチャグチャに書架に押し込まれているのが、許せないと言ってな」

ウチのアンドロイドとの相性も悪くないみたいでね、
向こうで仲良くしているみたいだよ

「それで…この涙は一体…なにが原因なのですか?」

少なくても…僕の記憶の中で、同等の現象が起こったのは
人間界でこの男に初めて【神の目】の威力を見せつけられた時と
サローメの【操屍】に閉じこめられた時、術式が反転してしまったあの時以外は

【赤い涙】など流した事はない………義眼とコレが無関係と思う方がオカシイだろう

「ゼノン…出会った頃の君ならともかく、今ソレが解らないのは嘆かわしいね
ダイタリアンの遺言通りに、養育係の責務は果たしたつもりだったのだがね
やれやれ…ナリばかりで大きくなって…朴念仁の小鬼だった頃と同じかい?」

確信を説明せずに、マズは嫌味な所も相変わらずだが
こんな事でいちいち腹を立ててはいられない、そういう相手なのだから

主が変わっても相変わらず本だらけの、執務机の上に飛び乗ると
端末をカチカチを操作する、画面を流れてゆくのは僕のカルテか?
幾つも開かれたウィンドの一つを指して、彼は僕に尋ねる

「君の涙の成分分析表だよ、病理的な痕跡は一切無いが…見てごらん、
コルチゾールと副腎皮質ホルモンの数値が異常だろ?コレは何を指す?」

「通常なら…【哀しみ】の解消ですか…」

ストレスによって発生した過剰なホルモンを、効率よく身体の外に出す手段
しかし…一時的な現象ならソレで間違い無いが、断続的となると
それは何らかの病理的なモノでは無いのか?
僕の不在による文化局の仕事の停滞は、気がかりではあるが、
哀しみ、泣き暮らさなければ成らない程のストレスを、僕は感じてはいない

「一番君が危惧しているであろう、【義眼】の暴走の線も考えたがね
副腎皮質のDNAパターンは、完全に君だけのモノだ…
あの義眼が原因なら、他所なりとは、私の情報も混入するハズだが
その形跡は一切無い、念のため調べた血中のソレの濃度も正常値だったよ
だから原因は完全にその【鬼の目】の方だな」

元々僕の肉体である【鬼の目】ダケが原因? 俄には信じられないけど…
ヨカナーンは、不確実で根拠の無い事は口にはしない
自己意識も有り、拘束された状態の義眼の方が、哀しみの涙を流すなら
まだ理解が出来るのだが…【鬼の目】の方にソレが起こる理由が、皆目わからない

「君は…どうして一つしかない器官と、二つある器官が有ると思う?」
「二つある器官は…片方が破損しても単体で生命維持をする為、
或いはより効率よく、外部からの刺激を処理する為…ですよね?
単体のソレは二分割すれば、出力働きが低下する為一つに集約している…からですか?」

「単純な解剖学的にはね、だがその答えは100点では無いな」

物事の本質は案外ツマラナイ事だったり、くだらない事だったりするのもさ
一見無駄で非合理的に見える事でも、ちゃんと意味がったりする様にね

「ゼノン〜何処にいるの〜」

仮眠室の方から間延びした声が聞こえる、ライデンが目を覚ました様だ

「すみません…ちょっと様子を見てきます」

下手に僕を捜して、迷宮に迷い込まれてしまったら大変だ
慌てて部屋を出て行くゼノンの背中を見送り、ヨカナーンは呟く

「思った通りには、育たないモノだな…ダイタリアン」 まぁだから面白いのだがね

※※※※※※※※※※※※※※

むにゃむにゃと目を擦りながら、ベットの上に座り込むライデンの目は
まだ薬が効いているのか?少しとろんとしている
なのに…その目尻や頬には涙の跡が残っていて、僕は慌てて彼を抱きしめる

「僕はここだよ、検査結果を今聴いていた所だから
もう少しココで休んでいてもらっていいかな?」

身体はまだ生温かい…休眠を欲している状態なのだが
ぎゅっと抱きついてくる腕が、何やら必死で震えているのを感じ
僕はその場を離れられなくなる 剥き出しの肩に毛布をかけてあげながら
背中を撫でてあげる、僕が離れた後に、恐い夢でも見たのだろうか?

「良かった…俺を置いて何処かに行っちゃったのかと思った」
「君を置いて何処かに行くなんて有り得ないでしょ?どうしたの?恐い夢でも見たの?」
「うん…夢を見ていたんだ…ちょっと変な感じの夢を見てて」
「変な感じの夢って…どんな夢?」

僕の寝言のせいで…おかしな夢を見たワケでは無いよね?

「うんとね…真っ暗な場所にね、ポツンとゼノンが立ってるんだけど
姿カタチは、間違いなくゼノンなんだけど、何処か雰囲気が違ってて
ゼノンなのにゼノンじゃないみたいな感じで、俺…声を掛けてみたんだけど
振り返ったゼノンの左目から、【赤い涙】が溢れていて………
あれ?右目じゃなかったっけ?と思ったんだけどさ、何だかそのゼノンが
もの凄く寂しそうで…抱きしめようと思ったら…急に霧みたいに消えちゃって
俺何だかビックリして目が覚めて…アレ?何処までが夢だったのかな???」

左目から涙を流す僕?僕のこの現象と何か関係があるのだろうか?

「ライデン…ソレは夢だから、僕はココに居るから大丈夫だよ
君が抱きついてきたのに、消えるなんて無粋な事するわけ無いじゃないか?」
「本当に?」 

また…いきなり逢えなくなったりしない?
再び大きな目から涙が溢れる前に、その頬に優しくキスをする

「本当だよ…今回は心配を掛けたくなかったから、君にも黙って引き籠もっていたけど
次からは絶対にしないから、ちゃんと説明もする様にするから、安心していいよ」
「うん………」

縋り付く細身の身体から力が抜けて、適度な重さを感じる
本当はまだまだ眠いだろうに…無理しなくていいから、ゆっくり休んで

「やれやれ…本体より御子息の方が勘が良いとは…或いは未来の【雷精の王】故かな?」
「ヨカナーン…」
「我々は微弱な電気で動く、血肉で出来た精密機械の様なモノだからね
【電精】が他者の心に同調しやすいのも、当たり前かもしれないね」

一連の現象の原因は、コールドスリープしている方の眼球か?
保管室で眠るソレの様子を見てみれば、打開策が解るのだろうか?

※※※※※※※※※※※※※※

魔女の内弟子になったのは良かったが…
仕事は文化局のソレ以上に忙しく、最初は休む暇すらなかった、
秘密保持の為なのか?他では全く通用しない
複雑で不可思議な暗号文字・ウイッカを習得する所から始まり、
店の下働きも兼ねる為、寝る間も惜しんで頭に叩き込んでも追いつかない

店頭では目眩ましのフードを被り、下級悪魔のフリをしているせいか、
横柄な客の態度に、カチンと来る事もしばしばだが…
そういう客を受け流すのも修行と言われれば、ソレもそうなのかもしれない…
相手は僕が魔女の使い魔だと思っているからこそ、薬学的な相談を持ちかける
他者には明かせない不調や、デリケートな相談事も持ち込んでくる
弱いと思っているからこそ、本質・本音を見せてくる…油断して安心して隙を見せてくる
上級悪魔レベルの魔力を持つ様になってから、忘れていたよ…この視点と感覚を

無駄に自分の力を誇示する事だけが、処世術では無い…
時には死んだフリも必要な事を思い出したよ

何よりも参ったのは、ちょくちょく店に出入りする魔女達の方だ
同じギルド・或いは主と親しい魔女には、僕の正体はバレていた
最初こそは、遠巻きに様子を伺うだけだったが
自分達にとって害が無い、危険が無いと解ると………

隙をみては、からかい半分の要らないちょっかいを、出してくる出してくる
上級悪魔のクセに、明らかに異性に慣れていない僕の反応が、可愛らしいと言って

長年魔女として暮らしてきた、カリティへの信頼からか
彼女達は【頭脳タイプの鬼】に、有る程度の免疫とがあるのだ
良くも悪くも…当然僕の【事情】も知って居ると言うワケだ

流石に角の変形が始まって居る時は、寄りつかないが
それ以外の時は………完全に遊ばれていた 
寧ろ…この為に【角切り】が免除されたのではあるまいか?
御陰で対男鬼用の【抑制薬】の実験が、はかどって助かるわ
と女主人はコロコロと笑うが、当の僕は堪ったものではない

共同研究者として薬学を学びながら、【抑制薬】の実験台にもなった
何度かは、おかしな副作用も経験はしたが、おそらくは一度はカリティが
自分の身体で試したモノだと思えば、不思議と実験台になる事には抵抗を感じない

朴念仁と呼ばれていた僕が、有る程度【女性】に慣れたのは
この経験が、有ったからなのだろうか? かなり強制的ではあったけれど
ココで培った魔女達との関係は、その後もずっと続く事になるのだが…

【魔女の館】の生活は苦にはならなかった
出会うモノ見聞きするものの全てが新鮮で、文化局に篭もっているだけでは
決して手に入れられなかった類の知識だ ただ魔女達との約束故に
コレをきちんとした文献資料として残せないのは、残念な事だけど

短期間で魔女の薬学と呪術を身につける事は難しく、文化局の仕事も放り出せない為、
暫くすると、両方に通わざるおえなくなるのだが…忙しい仕事の合間に
あの天使が結局処分されてしまった事と、サローメが破滅因子であった事を聴かされ、
再度、精密検査を受ける事になった、確かに唯の人間にしては妙な感じだったけど
まさか?とは思ったけれど、【傾国】の出現に立ち会った職員達はみな複雑な顔だ

それくらい強烈な存在だったらしい…【噂の彼女】は

僕も部分的に彼女を取り込んで居るハズなのだが、精密検査は『白』で問題無し
対人間用のせいか?特にソレの影響を僕自身は感じないのだが
士官学校時代・人間界に行く前の僕を知るモノは、決まってこう言う

〜上手く説明出来ないが、おかしな色気・色香がついた〜

別にソレはサローメのセイじゃ無いと思うけど、そういう事にしておいた方がいいのか?
ただ…彼女を【傾国】から取り戻す事には協力したい
一部を共有する僕が、出現場所を特定するのは一番早いはずだから…

屈託の無いあの笑顔ともう一度逢いたいと思う 事情を知れば知る程に

※※※※※※※※※※※※※※

旧局長室の最奥の収集室、ここに来るのも久しぶりだ
【義眼】と交換したあの日以来、僕の【左目】はずっとこの中で眠っている…
かつてダイタリアン老師が収集した、他の貴重なサンプルと共に

封印を解き、重々しい扉をガチャリと開けば、
カラコロと転がり出てくるのは赤い結晶 ガーネットの結晶の様なソレは
保管室の淡い光りの中で、キラキラと光っている

収集棚の一番奥深く…かつては義眼が収められていた
培養ポッドの中の羊水は、深紅に染まっている
中央で眠る僕の左目が流す涙で…止めどなく溢れ出たそれは
ポッドの外にまで滴り落ち、低温管理された保管室内の空気に触れ凍結
結晶化して床に降り積もっている…赤い氷の河の様に

「呼んでいたのは、君だったのか…」

ライデンが夢の中で見たと言う【僕】は、おそらく左目のイメージなのだろう
コレが僕に向かって発信していた微弱電波を、【雷精】の君は感知してしまったんだ
僕の側で寝ている間に…又は幾ら呼んでも、気がつかない僕に業を煮やして
より感度の高いであろう雷精の脳に、直接呼びかけたのか?
『無茶が大好きだった頃』に分離した僕の眼球なら、それくらいの事は考えるだろう

ヨカナーンのソレと同じく、この【鬼の目】にも自己意識が宿っているとしたら

途端に包帯に覆われた右目からも、溢れてくる涙 呪符は最早効果が無い様だ
僕は右目の包帯を毟り取る 腫れて充血した眼球の視界は決して良くは無いのだが
それでもかつての対の眼球だけを、クリアーに捕らえている事に気がついた

そうか…そういう事か…

何故だか解らないけど、反射的に左目の義眼を抜く
何故かこの場では、そうしなければ成らない様に感じたから

すると…目の前のポッドから溢れ出していた涙が止まる 同時に右目からのソレも…
コールドスリープしているハズの左目が、じっと僕を見ている

「寂しかったんだろう?忘れられたかと思ったかい?」

保管室の入口で、ヨカナーンが甘ったるい煙草を噴かしている

「唯単純に生命の個体を増やそうとするなら、細胞分裂の方が遙かに効率的だ
親と同じコピーを氾濫させるだけならね、だがソレには発展は伴いにくい………」

だから雄と雌を創った…不確定要素で惹かれ合う事で、より強い生物になる様に
二つある器官も一緒だね…片方を無くした時のスペアでもあるけど、ソレだけじゃない
左右の役割に差を持たせる事で、より多くの情報を処理出来る様になっている
本来は生まれてから死ぬまで一緒で有るべきモノ、雌雄のソレより堅い絆のソレを
無理に分割しているのだから…寂しがって【異常】を起こすのも当然だ
片方が失明すれば…後追いで、もう片方も失明してしまう事もある
人間のソレと大して変わらない、それが例え悪魔の目で【鬼の目】であろうともね…

「たまには逢いに来てやればいい、コレはココにまだ有るのだから
自分のパーツなのに、ほったらかしにした、君が悪いだろう今回は
もっと自分を大切にしないと、何時か言う事をきいてくれなくなるよ…」

「ヨカナーン…貴方は最初から解って…」
「いや、当たり前の事に気がつかない君が、鈍いだけだな相変わらず
例え自分の肉体の一部であろうと、有るのが当たり前と思っているウチは
まだまだお子様って事だな、術者・医学者・研究者としてはソレくらいは解らないとね」

「肝に銘じておきますよ…」

忘れているワケじゃないけど…【君】には寂しい想いをさせてしまったんだね
ちゃんと逢いに来るから、僕が一度きりの生を終えるその時までずっと
最期に消滅する時は君も一緒だから、ココに保管室に取り残したりしないから

真っ赤に染まってしまった羊水を取り替えて、培養ポッドの微調整を終えると
再びソレを保管室に戻す…扉を開けてた時、視界に飛び込んできたソレは
暗く打ち沈んだ、酷く哀しげなオーラーを放っていたが、
本体の僕と、同じ様に涙を流す、片割れ・右目を直接見たせいだろうか?
再び安らかな眠りについて居る様に見える、目蓋はそこには無いのだけれど…

また逢いに来るからね、棚に戻す前にもう一度ガラス越しにキスを落とすと
羊水の中のソレが小さく身じろぎした様に見えたのは、多分気のせいでは無いのだろう

また御機嫌を損ねてしまっては大変だ、近い内にまた様子を見にくるよ…

重々しい扉を閉めて、封印をかけ直している僕の耳に
聞き慣れた足音と、電子音の女性の声が聞こえる
迷宮図書館からゾッドが戻ってきたのか?扉の前の僕を見つけた機械少女は
「御茶の用意を致しましょう」と、持っていた書籍をその場に置くと
足早に奥に消えてゆく、彼女を見送りながら僕を見るゾッドの手には
その三倍近くの荷物を抱えている、まぁじっとしているのは性分に合わない子だから
静かに待っているより、整理整頓の手伝いでもしていた方が、落ち着くのだろうけど

「ゼノン?涙は止まったのか?」

剥き出しの右目から涙が出て居ない事を確認すると、
ゾットは当然の様に訪ねてくる、結局アレの原因は何だったのか?と………

「ああ…結局は僕自信の配慮の無さが原因だったよ、理由は教えてあげないよ」

弟子の前では恥ずかしい事だからね、そう言うとすっかり黙ってしまった師匠を前に
ゾッドは小さく溜息をつく、こういう時は、無理に問い詰めるのは無駄な事は解っている

まぁ問題が解決したなら、ソレでいいじゃないか 俺は学者肌ではないし
小難しい事や、医療・治療関係の事は、ゼノンが解っていればソレでいい

一見ガサツでぶっきらぼうで、繊細とはほど遠い様に見えるゾッドだけど
「沈黙」こそが最大の気配りである事を無自覚に知っている
こういう相手だからこそ、永く付き合えているのかもしれないね
それ以上僕を追求もせずに、ソッとしておいてくれる、
ブツブツ文句を言いながらも…持ってきた荷物の整理を再開する大きな背中を見て想う

イザと言う時に側に居てくれるのが、この弟子で良かったと

「整理した所で、またすぐ元の状態になってしまうのだがね」

キリが無いから適当な所で休憩したらいいよ、と生あくび半分に
他人事の様に素っ気ないヨカナーンに、ゾッドが吠える

「ゴチャゴチャに、何でも突っ込めば良いってモンじゃないだろう!」

信じられないカオスぶりだぞココの書架はっっっ
ぎゃんぎゃんと叫んでも聴いて居るのか?居ないのか?

「デカイ図体のワリには、いちいち五月蠅い男だねぇお前は
ホントに女だったら、ゼノンのいい嫁は無理でも愛魔くらいにはなれるのに…
あっでも関係ないか、もう似た様な関係だったかな?」

どんな体位が好きか?どこを弄くられたら泣き喚くか?ぐらいは知ってるんだがね〜私も

ぼそりと呟かれたその言葉に、瞬間的にゾッドの顔が真っ赤に染まる

「この覗き見野郎のクソジジイ!!! やっぱり…いっぺん締める!!!」

ふぉんと言う音と共のに、何も無いゾッドの手の中に愛用の戦斧が出現するのだが
相手はただニヤニヤとせせら笑うのみ、頭を抱えたゼノンは低い声で制止する

「お前のかなう相手ではないよ、無駄に怪我をしたくなければ、止めておきなさい」

今更でしょ?どうせココから外には、その情報は漏れないし…
いちいち気にしてられないよ、ヨカナーンの悪趣味なんてさ

尻尾を膨らませ、フーフーと猫の様に息を荒げる弟子の肩を優しくたたくと
ライデンが目を覚ますまで、お茶でも頂きながら待とうと促され
ゾッドは唇をかみしめる………だからあの親父は苦手なんだよな

ついでに…今は変に冷静な師匠にも、ささやかな意趣返しだな

診察台で眠ってしまったアンタを、寝室まで運んだのは誰だと思う?
どうせ俺か?お茶を用意しにいった、アンドロイドだと思ってるだろ?

「絶対俺がやる!!!」と駄々をこねた、雷帝の御子息だと知ったら
流石にちっとは動揺してくれるのだろうか?俺の前でも?
でも隠し弾を使うのは、今じゃない…こういう物は大事にとっておかないとね

弟子のささやかな、【秘密】を知ってか知らずか
無限迷宮には、外界とは隔絶された時間がゆったりと流れている

※※※※※※※※※※※※※※

「残念ながら…もうすぐ寿命が尽きる様だ、後任はゼノンお前に任せよう」

そう言われたダイタリアン様が、文化局局長の座を退き
旧局長室を中心とした、迷宮で隠遁生活を始められたのは
それから大分時間がたった後だった

その頃には…僕も一端の研究者には、なっていたから
その人事に、異論を唱える者は居なかったけれど
それでもまだまだ若輩と言われる年代、局長に抜擢されるには早すぎる歳だった

おそらく暫定的な千里眼の持ち主である事と、
不完全ながらも鬼族を初めとする、強い破壊・殺戮衝動を持つ種族に対する
経口抑制薬の開発に、深く貢献した実績を買われての事だけど
どれも僕一名で為し得たモノではない為…少々歯がゆい時期があった事もいがめない

老師が領地にも帰らず局内に残ったのは、残された時間を思う存分読書に当てる為
局員全体がその事は理解しているから、彼の読書の邪魔をするモノは居ない
だが…同時にヨカナーンも、迷宮に入ってしまうと聴いた時は
本気でどうしようかと思った、もし彼が不在のうちに義眼が暴走したら
自分で押さえ込める自信が、どうしても持てなかった…

「やれやれ…世話の焼ける子だよ君は、まったく…」

そう言ってヨカナーンは、あの金属製の封印を僕の角に再びつけると
老師と二名で迷宮の中に立て籠もってしまった
最初の一週間こそは、何が起こるかとひやひやしたモノだが
何事も無く時間だけが過ぎてゆく…時折内側から老師に呼ばれた時だけ
ご機嫌伺いもかねて、迷宮の中に入る事も許されてはいたけれど

何度目かの対面で、二名がケーブルで脊髄を繋いでいる状態になっていた時は
流石に手にした荷物をその場で、取り落としてしまう程驚いた

元々頸だけになっている、ヨカナーンはともかく
ダイタリアン様の老化した脊髄には、とんでもない負担が掛かっているはず
正気の沙汰とは思えなかったのだが…

「これで私の鬼の目でも、天界の書が読むことが出来るのだよ」

と嬉しそうに微笑む師匠を前に、僕は何も言えなかった
実際老師の滅びに向かっての老化は止められない クローン体を用意してもだ

荒れ果てた大地の様な、ひび割れの始まった肌を見れば、その時は、遠く無い事は一目瞭然だ
おそらくもう歩行も困難なのだろう、安楽椅子を兼ねた車椅子の上の彼の体は
心なしか一回りも二回りも小さくなった様に感じる

その膝の上に座りながら、ヨカナーンはブツクサと文句を言う

「全く…師弟共々無茶苦茶が好きな一族だ、寿命を縮めてまで読書とは恐れ入る」

確かにその通りなのだが…無理矢理連結した訳では無いだろう
コレに同意したのもまた、目の前の老賢者なのだろう
最期の願望を叶える為の無茶…先に滅びの時を迎える運命の友に対する、
せめてもの餞別・心配りである事は容易に推測出来たので、
僕は何も言わずに、差し障りの無い報告だけを済ましてその場を後にする

残された時間は彼だけのモノ…
彼が欲して病まなかったモノを、存分に味わう為の時間だから

帰ってゆく愛弟子の背中を見ながら、ダイタリアンはポツリと呟く

「また今回も教えてはやらないのですね、ヨカナーン」
「ああ…いい加減気がついても良い頃だが、よっぽど鈍いじゃないかね?君の弟子は?」
「根は生真面目すぎる子ですからね、思い込むと頑固なんですよ」

後は最初の貴方からの脅しが、余程骨身に染みこんで居るのですよ

ゼノンは相変わらず義眼の制御の大半を、ヨカナーンに頼っていると感じていたが
ココに籠もる少し前から、徐々にその手を離れていた事を当魔は知らない
不安そうに見上げる彼を、心理的に落ち着かせる為に
角に昔の封印を装着してはきたが、実は見かけだけで効果は無い

義眼その物の封印具と術式には頼っていても、とっくに一名で制御出来ているのだ
この事実に何時彼が気がつくのか? 迷宮の住人達は密かに賭の対象にしていた
何ちょっとした、罪の無い暇つぶしの様なモノだ

「このままでは君が消滅してしまうまで、気が付かないかもしれないねぇ」
「まぁ…その時はその時ですよ、私が例え寿命を迎えようとも
貴方も居る、魔女殿も居る…あの子はまだまだ不完全だ、後はよろしくお願いしますよ」

コフコフと咳き込むダイタリアンの肩に、ショールを掛け直すと
少し休んだ方が良いと促しながら、ヨカナーンは物憂いげに答える

「やれやれ…無責任なお師匠様な事だ、まぁ良いだろう時間だけはたっぷりある
充分に独り立ちするまでは、飽きるまでは付き合ってやるさ」

他でもない君の頼みならねぇ…ダイタリアン

次元の隙間で何時も待ち伏せしている、君が好きだったよ

誰も彼もが腫れ物の様に、私を恐れ、敬い、疎んじられるかつての世界で
同じ事をただ繰り返すモノクロの世界で、君だけが極彩色に見えた
圧倒的な力の差も顧みず、向かってくる君のそのギラギラとした目が好きだった

逢えなくなった事がただ残念で、後悔したモノだよアレを見せた事を

同じ理由で戦いを挑んで来た、君の弟子のゼノンも
思わぬ接触で関わる事になった、サローメとの出会いも

最初に君との出会いが無ければ、無かっただろうからねぇ

結局は…みな私より先に逝ってしまうけど、私はずっと覚えてるよ
この世界の「理」が完全に消滅するその時まで………



end

書き始めた時の目標を、その3ぐらいで完全に忘れてしまったけど…
何となくキレイに纏まったかな?的な感慨は少しありますね
ヨカナーン様の暴走が、ひどかった事もありますが
途中から自分のトラウマが強く出てしまった感も無くはない
暴走する加虐癖・愛すれば愛する程湧く衝動的な感情
強いS性癖を持つ人間が一度は通る、悩みや葛藤みたいなモノが
知らず知らずのうちに出てしまったかも

まぁそこら辺は、機会があった更新履歴の方に書き込むかもしれません

長すぎる駄文でしたが、最期まで読んでいただきありがとうございます
+和尚御本人様・全国の和尚宗の皆様、まことに失礼いたしましたです

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