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【RX+師弟悪魔】
ソレが二つある理由 11 傾国 暗黒設定有り注意

「君が親元を離れて、貴族に引き取られたのは何時だい?」
「藪から棒に何ですか…確か幼年学級に上がる前くらいですよ」
「じゃあ、二本角の市井として暮らしていた頃の記憶は?」
「あまり無いですね…関わりが無いワケではありませんが」

唐突な問いかけに、それが何か?そう続けようとしたけど、
相手はすでに余所事を考えている様なので、視線を車窓に移す
支配階級の住むエリアの外に広がる、魔力の低い一般市井の住む街並
王都の外周に広がるソレは、昔ながらの道も未整備でゴチャゴチャとしている

土属性の魔族が多く住む南側の地方にも、規模は違うが似たような光景が広がる
その下町の一角で僕は確かに生まれた、貴族の城を見上げるその場所で
戦闘系の鬼に多い傭兵稼業が生業だったのか?殆ど家に居なかった実父
子沢山な家庭を女手一つで守っていた実母、筋肉質な体格に恵まれた兄弟姉妹と違い
鬼族としては脆弱な僕を心配していたが、市井全体に義務付けられたIQ検査の結果
僕が【頭脳タイプ】だと解った時の反応は、複雑な物だった様だ

危険な戦場に出さなくてもいい、高等教育が受けられる権利を得る反面
貴族に僕を、我が子を取り上げられてしまう事を、彼女は深く悲しんだ

肝心の僕はと言えば、同じ親から生まれたハズなのに…兄弟達とは違和感が
タイプの違いだけではなく、将来的な魔力の伸び幅も自覚していたので
とにかく目立たない様に、魔力の差を隠す事に必死で
ソレをもうしなくて良い事、ある意味…【教育を受ける権利】に選ばれた
と言う感慨の方がその時は深く、実母や家族との別れを悲しむ感情は湧かなかった

僕一名が抜けた所で、まだ兄弟は沢山居る、実母の哀しみも直ぐに癒えるだろう
何よりも僕を差し出す事で、充分な仕送りが家族には支給される
決して裕福とは言えなかった生家では、ソレも貴重な収入源になるハズだから

パトロンの元で庇護を受けながら、充分すぎる教育を受け生活も出来た
契約で定められた【義務】も果たした後、そのパトロンからも独立した
頭脳タイプの血の補填要員の養子は、最初に決められた数の子を成した時点で
暇を出される事が多い、充分な【手切れ金】と共に
生まれた子は、あくまでも貴族の【実子】として育てられる為、
角の本数の少ない【実親】に、対面する事無く育てられるからだ

男鬼は高等教育を受けた分、そのまま宮仕えになる事が多く
女性は充分な金額を渡され、市井に戻る事が多いと聴くが…
その先はどのような暮らしに入るかは、それぞれといった所か

貴族の生活やプライドが忘れられない者も居れば、市井の中で上手く立ち回り
商売を始める者も居ると言うが…馴染むには時間が掛かるのだろうと漠然と思う

実際に僕も独立直後に、報告もかねて生家を訪れた
久しぶりに見る実母は年老いて、別れた頃とは幾分変わってはいたが
涙を流し僕を抱きしめ歓迎したが、傭兵稼業の兄弟から見れば…
僕は【軟弱な異端】なのだ…相変わらず、魔力はとっくに僕の方が上なのだが
ややこしい関係を更に悪化させかねない為に、敢えて猫を被る

生家には…僕の居場所は無いのだ 二本角の鬼としても【異端】それが現実なのだろう

※※※※※※※※※※※※※※

「ココからは歩いた方が良いだろう、馬車で行く場所では無いからね」

ぼんやりと考え事をしていた所に、不意に声を掛けられ、
僕は慌てて御者に馬車を止めさせる こんな場所で降りてどうするのだろうか?
降りた場所は少し小高い場所で、眼下には行政地区と隔てられた市井の街が広がる
夕暮れ時で明かりの灯り始めた街並は、活気に溢れいた、少しだけ故郷に似ている…

突然、ヨカナーンはぴょんと僕の肩に飛び乗ると、ガサゴソと何かを取り出す
冷たい感触を角の付け根に感じた僕が、慌ててソレを触ろうとする前に
カチリと何かが填り、やんわりと食い込んだのが解る 急速に抜けてゆく力…
何かに魔力の根幹を押さえつけられる圧迫感に、よろける僕の耳に彼がささやく

「普通の二本角レベルの魔力に、制限しただけだよ…
倒れる程では無いはずだ、シャンとしたまえ…」
「一体何のつもりですか…こんな場所で義眼が暴走したら、どうするんですか?」

「ああ…そっちにも制限が掛かる様になっているから、心配は要らない
急場凌ぎで、作ったワリには良い出来だろ?これから行く場所では
君の強すぎる魔力は必要ないからね、少なくとも周囲を安心させる為にはね」

確かに…全てを封印されてしまったワケでは無い様だが
言いようの無い不安感がのし掛かる、外敵の少ない人間界ならともかく
魔界で魔力を制限される事は、死が直結する事にも繋がるからだ
ましてや元が上級悪魔のソレなら、不安は益々つのる事くらい
この老獪にだって解らないワケが無いのに…何故?

「さあ行こうか、下の街ではそれくらいの魔力レベルが普通だからね
危険回避も充分に出来るはずだね、まぁ今日だけは私も付きそうから心配はいらない」

イザとなったら護ってあげるから、言う通りの道を進みたまえ…

角に装着された封印具の解除は、聴くまでも無く彼しか出来ないのだろう
言う通りにする以外、どうにも為りそうもない
僕はもう一度溜息を付くと、静かに街に下りる事にした

※※※※※※※※※※※※※※

指示された通りに進めば、そこはダウンタウンと呼ばれる場所
特に荒っぽい連中が多く、いかがわしい薬物の検挙率が異様に高い、一種の無法地帯だ
文化局の制服のままでソコに入る事は…少々、嫌かなり憚られる場所なのだが

「構わないから、言われた通りに進みたまえ」

と肩のヨカナーンが囁く、仕方が無いので言う通りに路を進むが
悪目立ちしている事は明白で、好奇心やら敵意に溢れた視線が一斉に僕に集中する

あるいは…いいカモが迷い込んできたと言う、下卑た期待か?

何れにしても…僕が【鬼】だから、角を剥き出しのままだから、
誰も手を出さず声もかけないだけ 通常ならこのような場所では、
相手を刺激しない様に角を隠すフードを、着用するのが当たり前なのだが…
ソレを剥き出しで歩いている事が、異常で異様なのだ
目的がはっきりしない内に【鬼】関われば、高い代償を払う事になる
他族はみなそう思っているからこそ、何事も無く通過出来ているだけにすぎない

「さあ着いたココだよ…」

裏路地の最奥に、ひっそりと佇むその店は、扉の紋章を見れば魔女の店か?
立ちこめる薬草の臭いから察するに、嗜好品の麻薬・媚薬・毒物まで扱うであろう
怪しげな場所である事は明白だ…通常なら敢えて素通りする様な

「いいから入りたまえ、その制服でココに突っ立つている方が悪目立ちだよ」

そう言われて、慌てて扉の中に入ると
扉に付けられた鈴が、カランカランと大きな音を立てる

「いらっしゃい…賢者殿のたっての御依頼だ、待っていたよ」

薬物の原料だろうか?壁面全体に設えられた棚には
怪しげな植物・乾燥した生物などが詰まった瓶が所狭しと列び
薄暗い店内の奥から、嗄れた声が聞こえてくる
紫色の煙の先には、水煙草をふかす老婆が鎮座し、此方をじっとみていた

※※※※※※※※※※※※※※

「カリティ…久しぶりだね、私の申し出を受けてくれて嬉しいよ」
「貴方をそんな姿にした者に手を貸せだなんて…賢者殿も無茶を言う」

老婆はブツブツと文句を言いながらも、客人として迎えてくれる様だ
何処からもなく現れた、小さなゴレーム達がイソイソと席を整えてくれる
出された紅茶?薬茶?なのだろうか?香りはきつく一瞬ためらいを感じたが
礼に反すると飲み下せば、味は清々しく…疲労気味の身体が少し軽くなった様にも感じた

「ゼノン、彼女が君の呪術と薬学の師匠だ。ダイタリアンには許可は取ってある
暫くココで住み込んで、基礎ぐらいは、徹底的に叩き込んでもらいたまえ」
「そんな…勝手に、まだやり残した仕事が…」

「翻訳の仕事は少しくらい遅れても構わないそうだ、ざっとだが文化局の蔵書は漁ったが
どうにも…弱いんだよ呪術・薬学分野はね、魔力レベルの高い者が集めた蔵書だから
それはやむを得ないのかもしれないが、アレでは大した知識は身につかない
魔女殿に直接学ぶ事が一番だな、敢えて口伝でしか伝えられていない分も含めてね」

せめて基礎中の基礎くらい身につけて帰って来なければ、その封印具は外してあげないよ

そう脅されれば、従うしか無いのだろう…不本意でも
早く帰りたいと思うならば、その分早く学べと言う事なのだろう

「君は市井の出のワリには、思考は生粋の貴族階級なんだよ
魔力の低い者が使う術を侮り、文字媒介として書物に載っていない知識を、
軽く見がちだな…だがその慢心は改めたまえ、彼等がその知識を護る為に
敢えて口伝の物もある事も学ぶといい…迷信その他も含めてね」

ついでに…普通の市井として生活する経験も必要だよ
魔力が低い者が、効率良く大きな力を扱う術を学ぶいい機会だ
君の後先を考えずに無茶をする癖は、そのイレギュラーな魔力の強さに由来する
鬼の暴走を恐れながらも、ソレを発動すれば殆どの窮地は乗り切れる
そう無意識に思ってるからこそ、後先を考えない行動を返す癖が止まらない

これも教育の一環だよ、己の身の程を知ってもらう為のね…

「ならば…何故彼女は、官吏サイドの僕にソレを伝えてくれるのですか?」

今は研修生でも、何れは支配階級の一部に為りかねない官吏に
何故下級悪魔が、不利になるかもしれない事項まで伝える義理がある
せめてもの反論としてそう問いかければ、ヨカナーンは笑って答える

「理由は簡単だな…カリティ、【本来の君】を見せてやるがいいさ」

目眩ましの呪いだったのか?老婆が身につけているフードを、バサリと脱ぎ落とせば
ふわりと溢れるのは、ウェーブのかかったオレンジ色の長髪と、鋭い翡翠の眼差し
倍の身長に膨れあがった肉体は、凹凸のある肉感的な物で褐色の肌が艶めかしい…
歳の頃は僕の倍くらいなのか?落ち着いた雰囲気の女性のその額には、
二本の角を切り取った痕跡が、くっきりと残っていた

「君が生まれる前の話だ、今の人間界とは違うソレで、私と戦った元異教の女神様だ
君と同じ特殊養子でもあったそうだがね…女神引退後は魔女として暮らしている」
「あら酷いわ…愛魔の一名とは言って下さらないのかしら?」
「まぁそうとも言うな…坊やの前で、ソレも言いだしにくいだろ?
【衝動】を抑える薬学の研究者としても、彼女は第一人者だろう非公式ではあるがな」

惜しげも無く晒される太腿に飛び乗ると、濃厚なキスを交わす二名…
なるほど、そういう関係ですか…人間界も魔界も関係無しか…この不良賢者が

だが…市井に戻った【特殊養子】と遭遇する事自体が初めてで、
何から話していいか解らない、そしてあの角は一体?
切り口を見れば…おそらく切り落としたのは彼女自身
そして再生を抑制する呪も、自ら掛けていると思われる 何故そんな真似を?
元通りになるまで、ロクに魔力は使えないと言うのに

「カリティ…君を見込んでのお願いだ、宜しく頼んだよ
何も学問だけじゃない、同じ鬼族だ…他も好きにして構わないからね」
「そう…それは楽しみね、賢者様がそこまでお気に召した者なら」

ギラギラと光るエメラルドグリーンの瞳が、
じっとりと品定めをする様に僕を見る…その視線は火傷をしそうな程熱い
久しぶりに身震いがする、鬼族の女性からのアプローチもまた
男鬼のソレより危険が孕んでいる事を、本能的に知っているから、同族として

共同研究者として、師としては理想的かもしれないが
五体満足でココから出られるかは、危ういモノだな…
それもまた【試練】等とほざくつもりだろう、あの老獪は

「では…私は文化局に帰るからね、せいぜい仲良くしてくれたまえ」

そう言い残すと、ヨカナーン例のカプセルを体内に格納してさっさと帰ってしまった
ポツンと残された僕は…しどろもどろになりながら、彼女に頭を下げる

「御挨拶が遅れました、文化局のゼノンと申します 無理な申し出を聴いて頂いて
ありがとうございます 御教授の程を宜しくお願いします…」
「そう…魔力レベルの低い私にも、きちんと師匠の例は取るか…
躾の方は行き届いて居るようね、師と呼ぶ必要は無い、カリティで良いわ
坊やが師匠と呼びたいのは、ダイタリアン殿だけでしょうから」

ヨカナーン程では無いにしても、私もスパルタ方式だからね…ついて来られれば良いが

「あの…一つだけ質問させて頂いても宜しいでしょうか?」
「何なりと」
「何故…角を切ってしまわれたのですか?」

鬼族の常識では考えられない事だが、彼女はコロコロと笑って答える

「魔女の術をより深く学び理解する為よ、鬼の力は障害になるそれだけの話
他族の魔女達に要らぬ警戒心を抱かせ、情報交換の妨げにもなるからね
ココの関係者に有る程度面識が出来るまで、貴方にも角は隠してもらうからね」

本当は角を切り落としてもらう事が、ココで学ぶ条件だったのに
流石にソレは酷だと賢者殿が言われたの、その特性のアクセサリーに感謝しなさい

サラリと恐ろしい事を言われ、僕はもう一度自分の角を撫で上げる
指先で感じる限り、シンプルな作りの腕輪の様な形状だが…こんな小さなモノで、
僕の力の大半を押さえ込むとは…やはり侮れない、例え頸だけになっても

そして目の前の女性も一筋縄ではいかないのだろう…
魔界で両角を切り落とす勇気は無い、少なくても今の僕には
その肝の据わり方も勿論だが、その状態を維持できている事実の方が希有だ
魔術・呪術の学識は、きっと上級悪魔のソレよりハイクラスなはずだ

ワケも解らず連れては来られたが…彼女から学び吸収すべき事はきっと多いのだろう

※※※※※※※※※※※※※※

文化局に戻ったヨカナーンは、実験室の隅に置かれた培養カプセルに
例の魂を閉じこめた小型のカプセルを装填する、中身が吸い込まれるのと同時に
培養カプセルの中に浮かんでいた、個体の目がギョロリと開く
【個体】と言っても…肉体のパーツはまだ全体の半分程だ
バラバラにされてしまったソレを、ゼノンが必死に集めてはくれたが…
既に他の肉体に転用されてしまったモノも多く、全身はそろわなかった

「魂が戻れば、破損部分の再生率も上がるだろう?ヨナ?
身体が戻ってから、悪魔に転魔するか?天使に戻るか決めたらいい…」

まぁ天使に戻った所で、天界に帰る場所など無いとは思うがね

再生スピードの安定を確認しながら、呼びかけるが返事は無い、
まぁいいさ…とデーターを取るその後ろに、ダイタリアンが近づく

「もう王宮から戻られていましたか、ゼノンが見あたらない様だが?」
「ああ…良い機会だから、例の魔女殿の元に置いてきた」

『角切りのカリティ』魔女と言うより魔導師に近い彼女の名は、聞き及んではいる
鬼の性に強いコンプレックスを持つ愛弟子にとっては、打って付けの臨時講師か?
何れ機会があれば、自分からも彼女を紹介しようと考えていた分
先を越された感が無いとは言えないが…その前に話しておきたい事項もある

「ヨカナーン、お手空きの時で構わない…少し宜しいか?」
「改まって何だね?局長殿のお誘いだ、断る理由など無いな」

作業を中断して机から飛び降りる獣を、にこやかにエスコートする主
離れてゆく二名を、虚ろな天使の瞳がじっとみている

「簡単なモノしか用意していないが、確かお好きだったはずでは?」

局長室の机の上には、簡単な酒席が用意されている
普段はあまり呑まないタイプのダイタリアンだが、
今日に限ってはわざわざ用意したのか?上質なワインがソコにはあった
刺激の強い嗜好品を好む、ヨカナーンは喜んで封を開けるが
ダイタリアンは複雑な面持ちで杯を交わし、伏し目がちに訪ねた

「愛弟子が不在な今だからこそ、恥を忍んで貴方に問いたいのだが…
私では無く彼を選んだ理由は何処だったのか?教えては頂けないだろうか?」
「なんだい?弟子にヤキモチかい?それに君にはアレはキツすぎるだろう…」
「そう言って下さるな、私もその目を欲して藻掻いた者だ、
その差を知る権利くらいは、有ると思うのだが?」

酷く寂しそうな目の奥には、解りやすい嫉妬が見え隠れしている
そうかダイタリアン…君も鬼で悪魔だったね、時には誘惑にも流されやすい
軽口で流す事は出来ないな、空になった杯に酒をつぎながら賢者は答えた

「そうだな…敢えて言うなら、【欲の深さの差】と言った所だろうか?」
「ほほう…私に欲の深さが足りなかったとでも?」

「いや…失礼した、その表現は適切では無いかもしれないな、
君は確かに狂わんばかりに私の目を欲した、それに見合う努力も認める
だが…綺麗すぎるのだよ動機が、故にアレがもたらす絶望を受け止めきれない
ただそう感じた、それだけの事かもしれないな」

「その論理でゆくと、ゼノンにはソレを受け止めるに見合う【欲の深さ】があると?」

「ああ…今は君に心酔して、聞き分けのいい優等生の仮面は被っては居るようだが
アレはなかなかの喰わせ者だぞ、最終的には鬼の存在の根幹を揺るがす程にね
五本角で生粋の貴族たる君とは、そこが違うのだろうね 【異端要素】が多すぎる分
市井にも貴族にも【鬼】にすら為りきれない危うさが、絶妙なバランスで成り立っている
故に覗きこむ【闇】も深い…おそらくどの鬼よりも、だから耐えられると考えた
あの眼球がもたらす【絶望】にも…コレで納得のゆく回答になっているかね?」

まぁ…君と私も因縁浅からぬ仲だからね
堕天前の眼球は無理でも、此方の目はまだ残っている
君が望むなら交換しても構わないよ…あの義眼程では無いが
望むモノは見えるかもしれないよ

ニタニタと笑うヨカナーンを見下ろし、ダイタリアンは苦笑する

「ソレには及びませんよ、あの子が、アレを手に入れてもたらす情報は
私が直接見るソレと殆ど変わらない、と言う自信だけはありましてな
貴方がこれ以上、堕天の代償を支払う必要はありませんよ
ゼノンにはとても聴かせられない失言ですな、どうか胸の内に収めてください」

そう答えるダイタリアンの顔は、もう何時もの穏やかな研究者の顔だ
必要以上に弱味は見せたくは無いか…よく似た師弟だよ、まったく…
口止め料は…呑めもしないクセに用意した、このワインで充分だ

ヨカナーンもそれ以上は追求はしない、今はほろ苦いコレに刺激を楽しめばいい
穏やかな談笑を続けようとしたその時

ガシャンッ

強化ガラスが破られる音と、水溶性の何か大量に噴き出し溢れ出す音に続き
けたたましい警報音が鳴り響く バイオハザードに備えた【緊急警告】と共に
培養カプセル010番の破損と非検体の逃亡が表示される

010番?ヨナを収めていたカプセルか? まだ半分も再生していないハズなのに何故?

慌てて実験室に駆けつけるヨカナーンの後に、ダイタリアンが続く
既に先に到着していた、防護服の処理班がその入口で立ち往生している
中からは…甲高く言葉にならない叫び声が聞こえる

入口を塞いでいる彼等を引きはがし、ようやく中に入れば…

粉々に砕けた培養カプセルから、臍帯コードを引き摺ったままのヨナが
キュンストレーキを思わせる不完全な肉体のまま
同室に設置されたサローメのカプセルの前で、何やら喚いている
再生がまだ完全では無い、声帯と口内から発するソレは上手く聞き取れはしないが
手近にあったと思われる、点滴スタンドを引きちぎり
武器として振り回している所をみれば…眠れる彼女は人質と言う所か?

やれやれ…魂が戻った途端にコレかい?面倒をかけてくれる

「ソイツは禍根になる」 そう言ったあの情報局員の指摘は当たったな
ヨカナーンは苦笑しつつ、溜息を漏らした

※※※※※※※※※※※※※※

「ヨナ…君の声帯はまだ完全ではない、言いたい事があるなら心音で伝えたまえ
さあ落ち着きたまえ…ココで暴れても君の得になる事は無いだろうに?
折角、接合再生しかけた肉体が、またバラバラになってもいいのかね?」

『五月蠅い…黙れッ裏切り者ッ』

ヒューヒューと漏れ出す空気の音と一緒に、天使の叫び声が響き渡る

『私は帰還するんだ天界に、こんな所で終わるつもりは無い
この女と貴様の頸を持ち帰れば、きっと今までの失態は清算出来る…』

一度見放した者を再び迎え入れる程、天界は甘い場所ではない
ましてや地獄に堕ちたイチ智天使に、その扉は開かれる事は無い…
本人も解っているはずなのだが、それ以外の道を彼は知らないのだろう
例え入口で消される事になっても、尚天界人で居たいのか?憐れな子だ

「帰る場所なんてもう無いだろうに、【神殺しの生贄】に選ばれた時点で…
野心家のワリには…全てが他者任せな根性だけは、再教育が必要だが
ヨナ…お前の思考回路は、そもそも悪魔向きだな
堕天してしまった方が、楽に暮らせるんじゃないのかね?」

多くを望みすぎなければね…そう付け加え、出来るだけ優しく語りかけるが
激昂するばかりか…まぁ一度は、生きたまま寄って集って解剖されたされたのだ
悪魔に好意的になれと言う方が、土台無理な話なのかもしれない

しかし衝撃派は使えないな…立ち位置が悪い、おそらくヨナもソレを見越している
例えとばっちりであろうとも、サローメの身体に傷はつけたくはない
背後でダイタリアンが、麻酔銃の準備を指示しているが…果たして今の彼に効果的か?
カプセル羊水の中ならば話は別だが、脱出された後の投薬は厄介だ
肉体の破損部分が著しいく無駄に体液も漏洩する分、効き目はおそらく低いだろう

『何故私だけが、私だけが、このような理不尽な目に逢わねばならないっ
不公平ではありませんかっ 計画が狂ったのは全てこの女のせいだっっっ』

振りかぶった金属パイプが、彼女のカプセルを打ち付ける
誰もがそう思った瞬間…網膜に焼き付かんばかりの閃光が部屋を包み込む

『痴れ者が…一度為らず二度までも妾を傷付けるかっ』

深く静かに響く声は…最早少女のソレではない
だが…深く眠りについていたはずの彼女の目は見開き、深紅に燃え上がっている

『お前は…人間では無いのか…』

カプセルからはじき飛ばされた、ヨナが音にならない声でそう訪ねても
回答は無い…毒花のようなねっとりとした笑みだけを、ただ浮かべるのみ
その両目がさらにギラギラと光り輝くと、すでに崩れかけていたヨナの指先から
サラサラと銀色の砂が零れ落ちる… 銀色の砂、天使としての滅びの瞬間…

『ああっ…ああ………』

為す術もなく末端から崩れ落ちる恐怖、見開かれたヨナの両目から大粒の涙が流れる
嫌だ死にたく無い…まだ滅びたくない…

『助けて…賢者様…ヨカナーン様…助けて………』

半分崩れた身体で尚も床を這い、必死に助けを求める天使に
ヨカナーンは、ただ哀れみの目を向ける

「崩壊がそこまで進んでしまっては、如何に私とて助けてはやれぬよ
光りの子としての次の生は約束は出来ないが、せめてもの情けだ…安らかに…」

絶望に打ち拉がれたその頬に、額に優しくキスを落とすと
恐怖に強ばったその表情からスッと力が抜け、眠る様に目を閉じてゆく
サラサラと自己崩壊は加速して進み…後には銀色の砂がただ残るのみ

「ただの人間ししては、おかしな波動を放つ娘だとは思っていたが
君も人間ではなかったのかい?サローメ?賢者の目すら欺くとは大した物だな…」

崩れてしまったヨナと娘を見比べながら、皮肉めいた口調と表情で話しかければ
娘はアルカイックスマイルを思わせる、独特な笑みを浮かべたまま答える…

『それは少し違うな賢者殿、妾は正真正銘の人間…仕組まれた遺伝子にすぎない
増えすぎた人間の数をコントロールする為の、【不確定要素】と言うものだ
【傾国】と名乗れば…おのずとその役目は、御理解いただけるだろうか?』

無意識の媚態で男を誘い破滅へと導く…時には国単位の戦乱をも引き起こす【毒の華】
可憐で無邪気な少女の裏側に、怪物が潜んでいた事に気がつく者は誰も居ない

「なるほど…『原罪は女に有り』か…いかにも【神】らしいやり方と言う事か?
ならば…【サローメ】という娘も貴女の小芝居か??賢者も見くびられたものだ」

『この娘は妾の末端の分身であり別人格…妾の存在を隠し効率よく役目を果たす為の
生きた仮面と言う所だ、それが何も知らない人間の娘【サローメ】
今回は予定した程の混乱は起こらず、精神も必要以上に損傷しすぎた…休眠はその為
なに代わりの別人格・分身はいくらでも作れる、彼女が眠った所で問題は何もない…』

他人事の様に、淡々と答えるその声は、酷く機械的で禍々しい
コレがあの表情が、クルクルと変わる少女の主人格とは到底思えない

「【傾国】よ…ならば今一つだけ問いに答えよ、
サローメはあの娘は、貴女から切り離す事は可能なのか?」

修復が完了すれば…記憶を塗り替えられ、再び駒として使われるのか?
更に過酷な運命と戦うのが運命だとすれば、これほど残酷な事があろうか?
表情を殆ど変えずに薄笑いを浮かべていた少女は、突然身をよじって笑いころげると
口角を吊り上げた凶悪な笑みを投げかける

『面白い事を言う…流石は創造神の一部と言う所か?切り捨てられた厄介者か?
いかにも彼女は妾であって、妾では無いパーツでもある
切り取られた所で、妾は痛くも痒くもないが、果たして貴方にソレが出来るか?
神が自らの一部を切り取って、貴方に移植した様に…やってみる価値はあるだろう?』

だがソレは、自己満足の【偽善】にすぎないのでは?
縁のある女を救いたいだけの…彼女だけを救いあげた所で
別人格は次々と作られる…その全てをすくい上げるおつもりか?
お優しい事だ…元大賢者ヨカナーン これを笑わすにいられようか?

「嘲るなら好きなようにすればいい…だが私は感傷的なタイプでしてな
貴女ほど機械的に事は勧められないのだよ…だが【傾国】よ、貴女も充分に感情的だ
最早役目を終えた彼女の脱殻を護る為に、明かさなくていい正体を明かすのだからね」

自らの分身に別人格に、貴女なりの愛情がある…そういう事では無いのかね?

『さあ…それはどうだか…引退された賢者殿とは違い妾は忙しい
だが妾の出現は、今の貴方でも容易に解るだろうに
奪い切り取ってみるがいい…小娘の人格の一人くらい
我々の時間はまだまだ続くのだから、自ら終止符を打つことも叶わぬままにな…』

そう言い放つと…娘の表情は消え、再び深い眠りについてしまう

「今のは一体…」

誰となく口に出た言葉に、ダイタリアンが答える

「【確率の魔】と言うヤツですか、予め仕組まれた種の破滅遺伝子…」
「ああ…どうやらその様だ、ソレも手が込んだ方のな」

忌々しげに返答するヨカナーンの顔は、何時になく険しい
おそらくは…彼と神との対立の根幹は、この部分だったのかもしれない

「サローメの…オリジナルの細胞のヒトゲノムの解析は?」
「一応一通りの調査は上がっておりますが…一度【操屍化】した事と、
ゼノンと悪魔と融合した事で、DNAの破損が…完全には解析出来ないでしょうな…」

「そのゼノンも、帰ってきたら、一度【精密検査】をした方が良いな
多少なりと彼女の一部も取り込んでいるハズだから…
破滅因子とはいえ所詮は人間の物、悪魔の個に影響は無いとは思うが…」

不安要因がゼロでは無いのであれば、念には念を入れて追跡調査をした方が良い
この心配は大半が杞憂に終わるものの、部分的に的中してしまう事にはなるのだが

「あんな性悪な顔は似合わんな、少なくても私のキスに焦がれた小娘には」

何時醒めるとも解らない、深い眠りに戻ってしまった少女を見上げ賢者は呟く

奪い取ってやるさ…サローメ、君であった部分を
ソレによって、何が変わる訳でも無いかもしれないが…

そう時間だけは、ウンザリする程あるのだから…神が本体が滅びない限り永遠に
イレギュラーに現れる破滅因子が相手なら、申し分ないのかもしれない

私にとってはね…

ヨカナーンは深紅の目を弓形に細める
眠れる姫君をめぐる物語の新章は、始まったばかりだ…


続く

ちょっとスペクタルとして、長く成りすぎと思いながらも、
『確率の魔』生命としての【異常因子】について補足説明

結局は映画会社のヤラセと言われる、「レミングの集団自殺」ですが
ソレはともかく…人間の中には破滅因子/自浄因子と呼ばれる爆弾が
ある程度の割合で、混ざっているのは確かな様です

他者への攻撃性でソレが現れた場合は、特に男性だった場合は
時には英雄になってしまう事もある…戦争の殺しのプロフェッショナルに
倫理観も自分の生命維持本能すら欠落した、ナチュラル・ボーン・キラーになりますが

本人が全く意図としない「傾国」もまた…それに含まれるのでは無いかと
意図的では無いから、本人には欲もなく、無理がない自然体なんですよね 
故にその周囲はその毒に、勝手に酔いしれて奪い合う そういう女性って確かに居る
しかし…その渦中の毒花にとって、ソレが幸福であるとは限らない

歴史に名を残す者には、かなりの割合で破滅因子が混じっている
多分そんな生物は、人間だけなのかな?と思うと、なかなか感慨深いものも?

『角切りのカリティ』

御祭神が近くにある方、又は感の良い方はピンと来たと思いますが、
モデルは「鬼子母神」さんです。柘榴とか和名も良いかなと思ったのですが…
今のところ?洋名が多いのに不自然かな?と言う事でヒンズー教のお名前に

褐色の肌とオレンジの髪で、緑の瞳、多分ボンテージがばっちり似合う?
派手派手しい出で立ちですが…中身のイメージ的は『ドリランド』のボニーかな?
以外と落ち着きすぎて堅いかも???普段は変装してるみたいだし
だからか?バストの大きな熟女好きになった?とは言いませんがね(汗)


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