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【RX+師弟悪魔】
ソレが二つある理由 8 離反 首斬りグロ表現注意

何故…何故あの娘が生きているの?笑っているのは何故?
確かにこの手で刺し殺し、生温かい内臓を引き摺り出したハズなのに

雅楽に合わせて、クルクルと軽やかに踊る娘を見つめ
母親ヘロディアは、ただガクガクと震える事しか出来ない

アレは夢?あの惨劇は無かった事?いやそんなハズは無い…
何故なら…死んでも手放すハズの無い【后の証】は
今あの子の…あの娘の手の中で煌めいている
あの子の腹に突き立てたまま逃げ出したのは、疑い様の無い事実

そして今、ソレは完全に【あの女】の手に渡ってしまった

宴の参列者の全ての視線が、あの娘の肢体に注目する
私から若さを美貌の全てを奪い取った、あの忌々しい身体に
ああ…こちらを向いてくださませ、愛しいアナタ
私を愛していると囁いたアナタまで、あの女に惑わされるのですか?
アナタの為に全てを捧げた、この私は既に用済みなのですか?

奪われた【あの人】を踏み台に、ようやく手に入れたと思った安らぎは
仮初めのモノだと言うのですか?答えてください…ヘロデ王

露出度が極端に高い、踊り子の装束の上に纏った七色の薄衣が
一枚、また一枚と取り払われ、参列者の上にフワフワと舞い降りる
焚き込められたジャスミンの香りが、その度に微香をくすぐる

神事に使われる様な舞ではない
それは完全に主人に相手に媚びを売る為の、情熱的な舞だ

何時までも幼い少女の様な、無邪気さと可憐な美貌が評判だったサローメ
淡いピンク色の野バラの様にも見えた、頼りなげな雰囲気は消え失せていた

例えるならダリア…黒色に近い沈んだ赤、あるいは濃い赤紫色の

たった一晩で別の女に、劇的なまでに大人びた妖艶さを身につけた変化に
宮仕えのモノは、ただ訝しむばかりだが…それでも目を奪われる
来賓客は尚更だ…一国の王女の舞など拝む機会など無い
惜しげもなく晒されるその、肌の美しさにも息を呑む

血など通っていないのでは無いか?そう思う程に抜けるように白い
遠い東国の白磁を思わせるソレは、燭台の淡い灯火の下で
キラキラと光っている様にも見える

今宵のサローメ姫は何かオカシイ…が罪悪なまでに美しい…

近親相姦を良しとする、狂った王様にくれてやるのは勿体ない
ああ…求婚の返事待ちなど、どうでも良かったではないか
何故もっと早くに、あの娘をあの若い肉体を
この手に攫ってしまわなかったのだろうか?

かつての求婚者達が、一様に苦虫を潰した様な面持ちで
ソレを凝視しているその場所で、鎖に繋がれた聖者はニヤニヤと笑う

※※※※※※※※※※※※※※

考えたねぇ…ゼノン、封印付きのままでは、私に近づけない事には気がついたか
おやおや…なんだいサローメも一緒かい?やれやれ、諦めの悪い困った子達だ…
だが…その器を使う事が、凶と出るか?吉と出るか?分の悪い綱渡りをしたものだ

【操屍術 ネクロマンシー】

既に魂が抜け落ちた屍に、仮初めの命を与え操る魔術…

魔力を持たない人間でも知識のあるモノは、使う事が出来る【外法】ではあるが
それには危険がつきまとう…魂をココロを理性を失った、カラッポの肉体は
暴走し制御不能に陥りやすい 生者の血肉を喰らい、その魂をも取り込もうとする
肉体が他者の魂を閉じこめようとする、欠けてしまった隙間を埋めようとする為に、
そんな事をしても一度失われた命が、元の状態に戻るワケも無いのに… 

故に術者自らが【操屍】に入り込む事は、通常なら有り得ない
自らの魂と肉体を用いてアンデット化する術者も、少数ながら居るがソレは例外だ
普通は仮初めの命と簡単な指令しか与えない 脳髄も機能していないから

下手に屍に憑依した状態で、手段を少しでも間違えれば…限界時間を超えてしまえば、
術者自身が屍に閉じこめられ、共に滅んでしまう危険性があるからだ

魔力が制限されているゼノンが、完全なネクロマンシーを行うには
元の肉体の持ち主の協力と、自らが憑依するしか手段がなかったワケか

確かに肉の盾にはなってくれるだろう…
だが…かなりボロボロだねぇその肉体も…対人間用の目くらましが無効な私には
満身創痍にしか見えないが…やせ我慢もどこまで続くのやら………

※※※※※※※※※※※※※※

『ぐっ………』

差し込む様に痛む腹部の苦痛に、無意識に洩れる僕の呻き声に
サローメは心配そうに訪ねる

『大丈夫?悪魔さん?』

【操屍】の器でなければ、額には脂汗も噴き出していたに違いない…
生体反応の無くなった器に勿論ソレは無く、顔色の変化も無い
彼女の舞踊の邪魔に為らない分、ソレはソレで良しとすべきか
残念ながらこの時代の女性の舞踊のたしなみは、僕には無い
知識としては知っていても、実戦経験が無ければ意味がない
その全てをサローメに託す分、僕は肉体の痛みの全てを引き受ける

表面上の破損は応急処置で縫合して、目くらましをかけ
欠けた部分には…一部僕の血肉を分け与えて補強しているものの
破損が酷かった分、やはり無理が生じるのは仕方がない

気が遠くなるような痛みに耐えながら、全神経を術に集中する
もっと集中しろ…少しでも気を抜いたら駄目だ
僕もサローメもこの肉体に捕らわれ、取り込まれ喰われてしまう

しかし…回りの人間達の、性的な意味も含んだ反応を見れば…
彼女の【舞】は過剰なサービスである事は理解出来た
次の展開に対する期待と喜びに溢れながらも、
何処か蔑みを含んだ視線には…直接関係の無い僕でも嫌悪感を覚える

『サローメ…コレが君にとって不名誉な事なら、無理をしなくていいよ』

ヨカナーンへの再接近は僕の都合だ、彼女の【誇り】まで傷つけるつもりはない

『関係ないわココに居並ぶ殿方も、他のお客様方もね…
一番綺麗な私を見せたいのは、あの人だから、他人なんてどうでもいいわ』

くすくすと笑いながらそう答える彼女は、妙に透明に見えて
僕は逆に面食らってしまう、いやはや大したお姫様だよ君は

たかが十数年しか生きていない小娘とは…いや人間にしておくには
惜しい程の肝の据わり方だよ…表面上は不自由は無なさそうに見えて
過酷な運命も引き摺っていた、その経験が君をそうしたのかい?

君とキチンと契約出来なかったのが、今更ながら悔しいよ…
君の魂はきっと猛毒を含んだ甘美な味がしただろうに、
そのまま取り込んでしまうのが惜しい程に

しゃらん・しゃらんと鳴り響く鈴の音が、舞のクライマックスを告げる

『さあ…後もう少しよ、もう少しだけソノ痛みに耐えてちょうだいね』

最期に残った薄紅色の衣をなびかせ、娘は地上に降り立つ鳥の様に
ふわりと広間の中央に平服する………余韻を残す伴奏と少しの間
そして割れんばかりの拍手喝采が鳴り響く
そう…今宵の主役は王でもなければ、花嫁たる后でも無いのだ
余興の舞を健気に舞う、この姫君こそに相応しい
観客の注目と感動を、強引にもぎとった姫君の笑みは
怪しい妖艶さと狂気を含んでいた…これから起こる惨劇の予兆の様に

※※※※※※※※※※※※※※

「いや見事であったぞ、サローメよ」

大げさに手を叩き、王座から降りてきたヘロデ王の前で
娘は芝居がかったような仰々しい礼を取る

「舞の褒美は何を取らそうぞ? 宝石か?衣装か?望みのモノを取らせよう」

上機嫌な王の前でもう一度お辞儀をするサローメは、凜とした声で答える

「では…銀の盆に乗ったヨカナーンの頸が、欲しゅうございます」

ザワザワと声をあげはじめる来賓達、彼女の舞も結局は王の演出で
無理なく予言者の処刑を回避する為の、小芝居と思っていたモノが多いのだろう
少女の口から漏れる残酷な提案に、誰もが戦慄して恐怖する

神の御使いでもある予言者を、殺傷する事による【報い】を
この娘は進んで受けると言うのか?誰もがそう思う、王であってもソレは変わらない

「娘よ可憐なそなたの口から、その様な血なまぐさい言葉が出る事に余は耐えられぬ
宝石は?お前と同じ重さの黄金はどうじゃ?珍しい動物を献上させても良い
お前が行きたがっていた、南の領地をそっくり与えても良いぞ…」

何とか【望み】を変える事は出来はしないか?しどろもどろになる王を前に
サローメは、再びにこやかに断言する

「黄金も領地も欲しくはございません、私はあの男の命が欲しい…
それが王と私の婚姻の条件のはず、王御自身があの男を殺せないのであれば
いっそこの私にお任せくださいませ…一度は愛した憎い男、お母様を苦しめた男
この手で始末させてくださいませ…」

ギラリと光るのは…「后の証」でもあるあの短刀
最早無垢な儀礼用の短刀ではない、娘の血を存分に吸ったソレは怪しく光る

舞の褒美としてだけではなく、求婚の条件として一度は受け入れた
【予言者の殺傷権】それも大多数が見守る、公のこの場で
一国の王として今更ソレを反故には、根底から覆す事は出来ない

そして見守る観衆も息を呑むのだ、あの娘の細い腕が指が
不釣り合いなその大きな刃物で、予言者の頸を掻斬ったその時は
どれだけの赤い血が噴き出すのだろう?その聖血に、どれだけの効力があるのか?
衣装から零れ出る、あの美しい肌に聖なる反り血は、きっと映えるに違いない

歪んだ期待に満ちた視線が、王と娘に集中する

「お待ち下さい姫様…そやつは予言者を語る不埒者、狂人の煽動者でございます
そのような下賤な者の血で、王族の貴女の御手を穢すわけにはまいりません」

ざわつくその場に、甲高い異議の声が響く
長剣を握りしめたままのナラボートと、その世話役のヨナがすくりと立ち上がった

「本日の処刑執行人を任されたのは、義兄ナラボートでございます
例え姫様におかれましても、兄の近衛兵としての名誉を奪わないで頂きたいっ」

呪いが恐いのは人間も一緒であろう? 穢れた仕事はこの男に押しつけるのだ

「無礼者っ、近衛風情が姫君の御意向に叛くのかっ」

来賓の一人が叫ぶ、そうだ当たり前の【処刑】も【生贄の儀式】など見飽きている
少女の手によって成されるからこそ、一世一代の見世物なのだ
身分の高い者による官能的な舞踊に続く、非常識極まりない出し物に
露骨に顔をしかめながらも、殆どの人間が、この者に同意したのであろう
「余計な手出しは無用だ」と、非難囂々のざわめきが起こる中
兵士と少年は構わず玉座の前に進み出ると、姫君と予言者の間に立ちはだかる

「婚姻の条件がその男の命であるならば、姫様貴女も花嫁の一人ではありませんか?
祝福される者の御手が血に汚れる事を、新たな神はお許しにはならない
さあ…この者に、ナラボートめにお任せください、執行人はこの男でございます」

人間の目に付く場所で卑怯だぞっ、引っ込んでいろ…穢れた悪魔めっ
貴様の余計の行動のおかげで、私は予定外の貧乏クジを引く事になったのだ

「確かに…その者の言う事にも理はある。花嫁の手が、血に穢れるのもまた不吉である
どうだ?サローメよ、血生臭い仕事は、この男に任せようでは無いか?
さすれば直ぐにでも、望み通りの品を用意させようぞ」

助け船とばかり、城小姓の提案に従おうとするヘロデ王
そうだ…予言者殺しの呪いは、王族が受けなければ良いでは無いか?
この者に、自らしゃしゃり出てきたこの生贄に押しつけてしまえばいいのだ…

「そこを退きなさい、ナラボートッ」

思いがけない姫君の強い叱責に、兵士の身体がビクリと震える
ぼんやりと夢を見ている様な視線に、一瞬光りが戻った様にも見える

「その男の命は、最早私のモノ…お前がどうにか出来るモノではないのよ」

短刀を握りしめ、ヒタヒタと兵士の横をすりぬける姫君の足取りは軽やかで
微動だに動けないままの兵士は、彼女を止める事も出来ない
何故だ…彼女は自分が良く知る姫君では無い…あの可憐な姫では無いような

「兄様ッ何をぼんやりしているのですかッ」

ヨナの叫び声など雑音にしか聞こえない…
ボタボタと流れ落ちる冷や汗…少し遅れて姫君の行き先を見れば
姫君は鎖に繋がれた男の頬を撫で、囁きかけている

「お久しぶりね、ヨカナーン…ご機嫌はいかかが?」

※※※※※※※※※※※※※※

「気分は悪くはないね、むしろ最高かもしれないよ」

予言者は口角を吊り上げて笑う、少女の手が剥き出しの男の胸をなぞり
その下の心臓の鼓動と、血の熱さを確かめている

「だが…【神殺し】をその娘に殺らせる事には賛同出来ないな」

運命に翻弄されたが故に被った罪、更に上塗りさせるワケにはいかない
小さな声で囁くその声は、苛立ちと怒気を含んでいた
人を創りし創造神の一部の故の【慈愛】とやらが、多少なりとは存在するのだろうか?
僕はニヤリと笑って答える

「御心配には及びませんよ…神殺しは悪魔の僕の【罪】ですから」

永遠に僕の虜となって頂きましょうか?僕の野心を叶える為に…鬼族の悲願の為に

「やれやれ…困った子だ、暗示に掛けきれない程の子羊達の目があれば
私が手加減をするとでも思ったかね?浅はかな事だ………」

予言者の目が一瞬青く燃え上がるのと同時に、娘の両腕と両脚から青い炎があがる
その肌に【焼刻】の様にジワジワと浮き上がってくるのは…僕にかけられた制御魔法の封印
不意に上がるのはサローメの悲鳴、痛みは全て僕に繋がっているはずなのに何故?
許容範囲を超えているのか?僕は慌てて感覚器を調整するのだが間に合わない

その異様な情景を見ている人間達は、神の怒りだ呪いだと騒ぎはじめる

「さぁ…腹の傷を隠している【目くらまし】まで、剥がされない内に引きなさい
ココで正体の全てを暴かれるのは、具合が悪いだろう?お互いに?」

その痛みには耐えられない…悪魔の君はともかく人間の娘にはね…
誑かされている、その憐れな魂を解放して、君は地獄に帰りたまえ

「いいえ…騙されてなんかいないわ、コレは私の意志よ」

焼かれる苦痛を味わいながらも、娘は気丈に答える

「自分から殿方を好きになったのは、興味を持ったのは貴方だけ…
だから想いを遂げたいの、私が私以外の存在になってしまう前に…」

心も身体も手に入らないならソレでもいい…
ただ一度でいい抱きしめて、優しくキスをしてもらいたかった…

燃え上がる炎を纏いながら、尚も怪しい笑みを浮かべ
予言者の頸に肩に縋り付く姫君、誰もが動けなかった止める事も出来ない
姫君の口づけが、磔の男のソレに重ねられようとしたその時

「うわああああっ」

言葉に為らない叫び声を上げて、近衛兵が男をいや姫君を斬りつける
危ないっ長剣が姫君の肌を切り裂くっ 誰もがそう思ったのだが
近衛兵の渾身の一撃は、姫君の片手に握られた小さな短剣に受け止められている

『邪魔をするなっ』

姫君の喉から発せられたとは思えない、獣の咆吼が入り交じった声
傍観者達はざわめくが、ナラボートの耳にソレは届かない

「姫様は、サローメは私のモノだ…幼い頃からずっと一緒だった私の」

溢れ出す涙をボタボタと垂らしながら、駄々をこねる子供の様に叫ぶ青年
訓練を受けた兵士の筋力が、何故小娘の腕一本の力に劣るのかさえ
考えている余裕など、とおに無い…もう沢山だ父君の次は叔父上か
そして心は予言者にあるだなんて、このまま他の者に奪われるくらいなら
俺の側から離れてゆくくらいなら、いっそ俺とココで死んでくれ
言葉は無くとも雄弁に語るその目を見上げ、悪魔ではなく娘の瞳は哀しげに笑う

「そうね…ナラボート、確かに貴方は何があっても側に居てくれた
貴方を困らせる我が儘も、根気よく聴いてくれた事は、認めてあげるわ…」

物理的には考えられない力で、男の剣をはじき返すと
短刀を構え尚した娘はさらに続ける、今度は間違いなく娘の声で

「でも貴方は何時も居ないの、本当に助けて欲しいと願うその時は
お父様の時もそう叔父上の時だって、貴方も他の兵士達や侍女達と一緒よ
国王に叛いてまで、私を守ったりはしない…安全な立場から傍観するダケよね」

獣の様にしなやかな身体が、人間離れした躍動感とスピードで
一瞬で間合いを詰め、近衛兵の懐に飛び込む
下側がら一気に兵士の右肩を、鎧の連結部分を斬りつける
吹き上がる鮮血とぐもった悲鳴、膝をつく男を見下ろしながら
姫君は蔑みとも哀れみともつかない目で、幼なじみを見下ろしていた

「一緒に死んではあげられないわ…ナラボート、神殺しの罪も貴方には渡さない
無様に生きてちょうだい、この国の行く末を見守るのが貴方への罰…
何もしなかった出来なかったクセに、私を愛していたと言い張るのならね」

絶望に満ちた目が愛しい女を見上げるが、その眼差しは既に自分には向けられてはいない
最初から…この姫君の意中には、視界にすら入る資格は無かったのかもしれない
そう確信した男は…最早立ち上がる事も出来ない、ただうなだれる事しか出来なかった

「悪魔と取引をするようなツマラナイ輩に、お役目を担うには役不足か…」

呆れた様子で事の成り行きを見ていた、ヨナは突然笑いはじめると
人目も憚らずに、純白の翼を広げて正体を現す
恐れおののく人間達には目もくれず、高らかに宣言する

「さぁ立ち上がり私に従うがいい子羊達よ、標的はあの女だッ」

ゆらりと部屋の隅から現れるのは、本来は城壁を警護しているはずの弓兵達
狡猾な天使は予め保険をかけていたのであろう、兵士の目はドレも虚ろだ
逃げまどう人間に当たる危険性を、完全に無視したカタチで放たれる矢
それでも…外にこの有様を知らせない為か?広間の扉は全て封じられている
人間達は外に出る事が出来ない様だ、事の成り行きによっては、生かすも殺すも
この天使の采配一つでで決まると言うのか?随分と乱暴な戦法だ

降り注ぐ弓兵の矢を背に天使は、サローメに斬りかかってくる
ガキンとぶつかり合う剣と短剣、飛び散る火花と青白い放電
明らかに人間に領域を越えたぶつかり合いに、人はただ恐れ狼狽える

「お前も正体を晒せばいい…そして滅ぶがいいその醜い肉体と共にっ」

賢者様の処分はその後だ、何あの兵士達の誰かにやらせれば良い誘惑と共に…
マズはこの邪魔者を、死に損ないの女と悪魔を始末してからだっっっ

いけない…力を術を制御しきれない、操屍と術者の同化が始まってしまう…
いやこの器と同化しないと、このレベルの敵とは戦う事が出来ない

『サローメ約束だ…君だけでもココから離れて…』
『嫌よっここまで来たら、諦めきれないわ』

それに…今私がココから出てしまったら、悪魔さん貴方はどうなるの?

ふわりと少女の両腕が、背中から僕の肩に回って来る
魂だけの存在のはずなのに…何故かじんわりと温かく感じる

そうだ…この娘は僕に似ているんだ、

誰よりも温かさに飢えているのに、それは永遠に得られない…
男を惑わす魔性に見えるのは、男の身勝手な欲望だ…彼女自身が望んだ事では無い

【鬼】であるが故に他者とマトモには交われない
僕の孤独と似ているから…
だから懐かしいく感じるのかい?君の肌は?心は?

落雷を思わせるような凄まじい音と共に、閃光で床が焼けこげる
反発する力と力のぶつかり合いに耐えきれず
姫君の身体と天使は、それぞれ反対側に吹き飛ばされる

『ああああっ』

地の底から沸き上がる様な悲鳴と共に、全身に走る痛み
黒い霧が反転した術が、逆再生の様に姫君の身体を包む、
駄目だ…強制的な切り離しすら間に合わなかった…

サローメは?消滅はしていないみたいだが…存在が微弱になっている
早くケリをつけなくては…まだ魔界に戻れば、文化局なら何とかなるかもしれない

ブツリと音をたてて、背中の皮膚が裂けて黒い羽根の黒翼が広がり
頭の両側を突き破り、鬼の象徴である角がメキメキと伸びる
目くらましは完全に剥げ落ち、応急処置で縫い合わされた腹部の傷が露わに

あまりの醜悪な姿への変貌に、人間達は絶叫を上げ、恐れ狼狽える
ただ震えて縮こまり、押し黙っていたヘロディアは、狂ったように叫ぶ

「悪魔よ悪魔の娘よッ 私が切り裂いた傷がちゃんとある
悪魔があの娘に取り憑いて、私を裁きに来たんだわ 私に復讐する為にっ」

ああ本当に愚かだねぇ…サローメ、君の母上は…
娘が必死に隠そうとした犯罪も、彼女のせいで暴露されてしまう
取り乱す妻を、何とか宥めようとするヘロデ王だが
ソレも叶わず…目の前に広がる悪夢の様な光景にただ絶望する
コレが神に叛いた…権力を望み実兄を殺害した、禁を侵した罰だと言うのか
このままココに居並ぶ客人と、虫けらの様に死んでしまうのか?
悪魔と天使が争うその足元で…本来であれば責任を追及されるであろう
だがこの場に居合わせた人間はそれどころでは無い、ただ生き延びたい
こんなツマラナイ事で生命を終えたくない、ああ神様お救いください
全ての人間が、ただそれぞれの神に、祈り嘆くダケの姿は酷く滑稽だ

「いい加減にしたまえお前達っっ 双方剣を引くがいい…」

不意に強い声が響き渡る 気がつけばヨカナーンが僕と天使の間に立っている
繋がれていた鎖は?ドロドロに溶けた状態で床に滴っている

「人の子を、【理】を無視しすぎだなヨナ…故にお前は贄に選ばれたのだ
私は神の目・視覚の一部、お前の諸行は逐一天界に上がっている…
間もなく一個中隊が此方に事態収拾にやって来る、お前の処分も含めて」

その言葉に狼狽え、一歩も動けなくなった天使を余所に、
ツカツカと僕に近づいて来る予言者は、何時もの人を食ったような笑い顔ではない
妙に穏やかな静かな目で、戦闘状態に興奮し震える僕等を見下ろしている

「そんなに私が欲しいのかね、ゼノン?いやサローメか?」

「ええ欲しいですとも…」貴方の目が口づけが

ならば…受け取るがいい…それが【絶望】と為らなければ良いがな

震える少女の肩を強く抱き寄せると、長身の男の唇が、少女のソレに深く重なる
見開かれた目がうっとりと緩み、強く中を貪るソレに答える
父王や叔父に、身勝手にされるキスじゃない…好いた男からされる初めてのキス
ただ相手を満足させるダケの、打算と演技で出していたソレではない、
甘い甘い吐息が洩れ、その全てがあまざず愛しい男の舌に吸い取られる
ああ…キスってこんなに気持ちの良い物だったのね
少女の涙が一筋だけポトリと落ちる ああ君の望みは叶ったのかい?サローメ?

それと同時に何かが…舌の上に移動してくる、これは………

じっくりと少女の口内を貪ると、男はようやく彼女を解放する
ふらつく彼女を片腕で支えつつ、その耳に甘い声で囁く

「最高にイイ女だなサローメ、続きは地獄に堕ちてからだな」

おもむろに少女の手に握られたままの短刀を、その可憐な手首ごと握りしめ
自らの頸に押し当てる、短刀から一気に吹き上がるのは青白い「断罪の炎」

「我が主にして友………よ、時は来た、私もそなたから離反する…お別れだ」

悪魔の耳にも人間の耳にも、聞き取る事の出来ない神の真名
そしてその分身たる者の口から吐き出る、信じられない言葉

吹き上がる炎により巨大化した刃が、一気に予言者の頸をかき切る

噴き出す血が少女の白い肌を赤く染め上げ、スローモンションの様に落ちる頸は
少女の胸元にズシリと収まる 呆然とソレを見守る僕とサローメに
頸だけになったヨカナーンが、ニヤリと笑う

「さあ…何をグズグズしている?早く魔界とやらに帰らないか
天界軍が来てしまうと厄介だ、それくらいの魔力は残っているのだろう?ゼノン?」

我に帰った僕は、慌ててその頸を抱きしめると、バサリと黒翼を広げる
悪魔召還を反転させた魔法陣が、広間の床全体に鬼火の様に走る
昨晩の内に仕込んでおいて良かった、コレで魔界の何処かには辿りつけるはず
人間の真似事は時間が掛かるが…今はこの手段しか使えない

城の外には…天界軍がもう到着しているようだ、白い鳥達の羽音が聞こえる

面倒な呪文の詠唱が、終わらない内に雨の様に降り注ぐ光の矢
結界で防げるのは半分にも満たない、激痛に耐えながら術に集中する僕に
やぶれかぶれになった、あの愚かな天使が襲いかかってくる
今は貴様に構っている場合ではない、早くココを離脱しなければ
僕は弱くなったサローメの魂と、ヨカナーンの頸をさらに深く抱きしめると
術だけに集中する、まだ間に合う…早く早く帰らなければ

「クソッここでお前達を逃がすワケには行かない」

私の立場が…このままでは弁明も許されずに、一方的に処分されてしまう
細い剣が、綻びた結界を何度も打ち付け、パリンッと音をたてて破れるのと同時に
天空から振ってきた光の槍が、深々と【処分対象】を刺し貫く

「ぎゃああああ」

運悪く天使の身体を突き抜けたソレは、僕の背中をも貫通する
飛び散る白い羽根と黒い羽根、呪文の詠唱が終わったのもほぼ同時だった…

シュン

魔法陣から沸き立つ黒い炎が、僕達を包み込む
計らずとも僕と串刺しになり繋がってしまった天使は、何とか逃げようと藻掻くが
時は既に遅い…悪魔に魅入られた娘と予言者の頸は、憐れな天使ごと
霞の様に消えてしまった、ただソコに頸がなくなった屍を残して

悪い夢を見ていたかの様に、ただソコに佇む人間達…
人外達の攻防の巻き添えになった負傷者・屍を見ても、現実感などない
次々と降り立つ【神の御使い】達を前に、ただ許しの懺悔を呟くのみ

一人一人の額に指を宛がい、情報操作はされているが
罪深き宴の参列者に天使達の表情は複雑だ、守り導く価値が彼等にあるのか?
【神の目】は天界から離反した、これがどのような結果をもたらすのか

新たなる災いと戦乱の種に、天界は神はどのような結論を出すのか?

一夜にして信望の全てを失った、近親婚の王と后の愚かさと
邪な恋に狂った挙げ句、王の手で処刑された姫君の悲劇は
こうして都合の良いように作り替えられる、真相は深い深い闇の中
おとぎ話と言うモノは、大概そう言うモノなのだ

※※※※※※※※※※※※※※

気が遠くなりながら降り立ったソコは、魔界の荒野か?
尚も暴れる天使を何とか引きはがそうと、藻掻いていれば
こちらに真っ直ぐ近づいてくる、多数の悪魔の気配を感じる

ああ…あの紋は文化局の紋章、帰ってこれたんだ魔界へ

見慣れた顔が僕を発見すると、すぐさま大鉈で槍を切り離す
崩れ落ちる僕に、生命維持装置がテキパキと付けられる
切り離された天使は、何か見苦しく喚いているが、
捕獲容器に押し込まれてしまった様だ、堕天していない天使は貴重品だからね

少しだけ落ち着いた僕の前に、見慣れた法衣が広がる

「ダイタリアン様…」
「何と言う無茶をするのだ、ゼノン…」

僕を抱きしめる老師の左袖は垂れ下がっている、左腕は完全に欠損していた
やはり【あの時】代償に捧げてしまったのだろう…じわじわと涙が溢れ出す
僕のこの身体もどうなるか解らない…でもそれに見合う首尾は…

上手く言葉が紡ぎ出せないまま、僕は小さく口を開けるとベロリと舌を出す
バチバチと放電するその中央に、ぎょろりと光るのは………
深い深海の色の様な真っ青な瞳…天使の霊体の眼球が、
神経組織と共に、食い込む様に寄生している

局員達が口々に感嘆の吐息を漏らす これが欲して止まなかった【賢者の眼球】か

「ソレがこの子の絶望に為らなければ良いがね…」

いまだに僕の膝の上に乗っている頸が、ボツリと呟く
霊体の眼球を僕に渡してしまったせいか?左目の色が薄くなっている

「お久しぶりですね、サンジェルマン…いや今はヨカナーンとお呼びした方が良いか?」
「久しく見ない内に君は老けたな、ダイタリアンよ、好きに呼ぶがいいさ」
「弟子の帰還に協力して頂いた事を、彼に代わって感謝いたしますよ」

頸だけになっていたクセに、僕に力を貸していただって?
魔界に帰還後、直ぐに発見してもらえたのも、もしかしたらこの老獪の御陰か?
何処までも食えない老賢者だ…僕はただ苦笑するしかなかった

「自ら堕天されたのであれば、最早貴方は同胞…客人としてお迎えいたしますよ
さあ…君達ゼノンを私の処置室へ、人間のお嬢さんと急いで分離せねば為らん、早く」

担架に乗せられ運ばれる僕の視界に、別の職員に抱えられながら
老師と何やら話し込んでいる、ヨカナーンの頸が見える
一連のこの行為が、正しかったか?どうか何て解らない…
満身創痍の激痛を和らげる為の鎮静剤を、腕に注射されると
張っていた緊張が解けたように、眠りに落ちてしまった

ああ…僕は帰ってこれたんだ、魔界に………


続く

また無駄に長くなってるし…しかも頸が斬られるシーンをどう演出するか?
でまたかなり悩んでしまって、更新が遅れちゃってごめんなさい
ナラボートを生かしたら、王様とお母様があんまり生きなくなっちゃったけど
まぁ仕方無いかなって感じです、人間界は多分コレで終わりですが
後日談がさらにドロドロになる予感?気長にお付き合いいただければ幸いです

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あきゅろす。
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