わたしはヒーローになれない みえないかべがじゃまをする やっちゃんと呼ばれる少年の手を引きながら急いで階段を駆け下りる、上の方では大きな爆発音が響きわたっていた。 お願い神様、どうかかっちゃんを守ってください。 心の中で叫びながら階段を下っていく。 「あっ!」 「やっちゃん?大丈夫?」 よろけてしまったやっちゃんを腕で支えなんとか転ばずにすんだものの、もう近くに爆発とは違う嫌な足音のようなものが響いていた。 敵の狙いはどうやら私だ。幸いなことにあと一階下ればもう外に出られるはず。 この子だけでも助けなくては、やっぱりその意思が強く出た。もともとそのためにここにやってきたのだから。 「やっちゃん、あとは1人で行ける?私が敵を引き止めるからやっちゃんは必ず外に出て欲しい。お願いね?」 「やだ!まもりねーちゃんも一緒に!」 「時間がないの、敵が来ちゃう前に行って。私は君を死なせたくない。」 トン、背中を押して促した。 少年は泣きそうになりながら階段を1人で下って行く。 ヒーローお願いね、彼を助けてね。 そう見送ったあとで、足音の響く上を見上げた。 敵の姿が見え、敵もお目当のまもりを見つけニヤリと笑う。 まもりは降り口とは反対方向のスタジオが並ぶ廊下へと駆けていった。こちらの方にはメインの階段があるのだ。敵もその後を追いかける。 メイン階段についたまもりは少年から敵を引き離すためにわざと上へ駆け上った。 男顔負けに脚力には自信があるまもりであったが敵はどうやらために筋力強化系の個性、憧れのオールマイトに似たその個性では開いていた差をどんどんと縮められていった。 息を切らしながらまた廊下を駆け抜け非常階段に戻り上へと上がる。 イライラとした敵は脚の筋力を思い切り強化しまもり目掛けて飛びかかり、次に脚の筋力強化を解除し腕に筋力を集めまもり目掛けて拳を引いた。 「一回は食らわないんだよなぁ!?一応生きて連れてこいっつー命令だからなぁ???」 「…!!!」 当たる!そう思ったまもりはぐるりと体を翻しゴロゴロと床を転がり寸でのところでその攻撃を避けた。 パラパラと石のかけらが舞ったがその程度ではまもりの障壁にヒビは入らない。 はぁはぁと息を荒げながら目の前の男の攻撃の威力を目に焼けつけていた。 思い切り壁にめり込んだ腕、あんなの食らったら即死出来る自信がある。 「…っ!!!」 片腕が自由でない今がチャンスかもしれないと思い、持っていた鉄パイプを振り上げ頭に振り下ろした。 しかし、曲がったのは鉄パイプの方。敵は自由な片手でその鉄パイプをストローのように曲げ直していた。 「ひ弱そうな見た目と違ってお前、度胸があるなぁ?楽しそうだ。」 ガラガラと崩れる男の腕がめり込んでいた壁、強化された太い腕。 まずい、そう思ったまもりは鉄パイプを引き抜いてまた走り出した。 「俺ぁなー、女は嫌いなんだよ。すぐ壊れちまって使い物にならねぇ。お前のその個性のバリアだって俺の拳一つで粉々になっちまう。」 「じゃあ、やめて下さいよ。私、こんな個性だけど敵だけにはなるつもりはないですよ?」 「しゃーねぇだろぉー?上からの命令なんだ、お前の個性が気がかりらしくてよぉ〜?まぁせめてもう少し歯ごたえありそうな奴ならよかったんだけどよぉ?」 上?上って、誰だ?上の階にいるやつ?それとも奴らを纏めている連中がいるってこと?だとしたならばここ最近の変な攻撃はもしかしてこいつらじゃ? 考えても分からない、倒して理由を聞けるような相手でもない。てっきり誘拐して身代金が目的とばかり思っていたまもりは敵が自分を狙う本当の理由に触れそうなところで考えるのを1度放棄した。 とりあえず今は敵に捕まらず、尚且つ生きて上階にいる彼と逃げ切ることが先決だと思ったからだ。 「(強化系とは相性が悪いんだってば…)」 相性のことが分かるほど実績なんて皆無だ。けれどこの障壁が簡単に破かれることくらいは大いに想像できた。自分を守ってくれる障壁がコンクリート壁と同じ強度とは少し悲しい。 せめて個性頼りの攻撃であれば、心に余裕が出来るのに。 奥歯をギリと噛みしめる。 では、強化系との相性が悪いのならば…。 まもりはまた階段を駆け上がった。 面白くなさそうに敵はその行方を目で追う。 存外、腕っ節も細いまもりはすぐに捕まえられると思ったもののちょこまかと動き回って捉えにくかった。 大して戦い甲斐があるわけでもなく、小賢しいだけだった。 「さっさと終わらせっか。」 爆豪は未だ5階フロアで、敵と対峙していた。 仕掛けてくるのは小さな攻撃ばかりなのに、その攻撃は早く数が多い。 まるで時間稼ぎをしているような相手に更に苛立ちが募ってゆく。 「…っ」 何故こいつらがまもりを狙っているのかも気になった。昔のように身代金目当てか、はたまた愉快犯なのか。後者の方が近い気がしてままならない。 まもりから受けていた相談に、殺害予告をされたこと何度も攻撃を仕掛けられたことなどがあったが身代金目当ての誘拐ならば油断させておいてさっさとかっさらった方が容易い。それにわざわざこんなテレビ局などを狙って目立つようにやるわけがない。 悔しいが彼女の与える影響力は人並みではない。トップスターは日本全域に影響を与える程度の力は持っている。個性は雑魚だけどと心の中で爆豪は付け足した。 自己の力を誇示したいのか、の割にはクソみたいな攻撃しかしてこない。そういえばまもりを迎えに来たと言っていた、まさかまもりの個性狙いか? 「かっちゃーーーーん!」 「っち、なんで戻ってきたんだクソ!!」 噂をすればなんとやらではないが全速力でこちらへと向かってくるまもりの後ろにはこれまた全力で腕を振り上げる男がいた。 爆豪の歯が割れるのではないかと不安になるくらい噛み締められる。 目の前に立ちはだかるガリガリ男の攻撃を無視してまもりに掌をむけ、渾身の力で爆発を起こした。 「っ邪魔すんじゃねぇぇ!」 「仲間割れかな?」 その後ろから念力のこもった石が流星の如く爆豪に向かってゆく。 まもりの反射で爆豪の攻撃は跳ね返り、それを避けた爆豪はもう1発まもりの先にいる相手に爆発を食らわす。ジンジンと掌が痛む。2度もこんな攻撃させんなくそがと心の中でまもりを呪った。まぁヨユーに決まってるけどな、という付け足しも忘れずに。 一方まもりは爆豪の攻撃を跳ね返し相手の攻撃を相殺した。いくつか防ぎきれなかった石がまもりに向かってきたが、いくら石と言えど個性で覆われているのであればそれはまもりには通用しない。 衝撃に敵達は派手に吹っ飛んでいった。まもりと爆豪も例外ではなく、強すぎる攻撃の反動で2人の背中がぶつかり合う。 背中を任せ合うようにして、目先の相手の次手を見守った。 「ふーん、物質と言えど念力が絡むと通用しないか。んじゃあ…」 攻撃を食らい座り込んだ敵が辺りに散らばる石を2つまもりに向けて投げ込んだ。 まもりは動じずそれを持っていた少しぐにゃぐにゃの鉄パイプで切り捨てるかのように弾き落とす。 「へぇ、そんなことまで出来るのか。」 殺陣、やっといて良かったー。悠長にそんな事を考えていた。 殺陣やっといて良かったレベルの腕前ではなかったことは蛇足だが付け足しておこう。まぁ、ぶっちゃけ火事場の馬鹿力ではないけど思い切り集中していたから出来たことであったので次はどうなるか分からない。 「おい、まもり。俺にやられる前にぜってぇやられんじゃねぇぞ。」 「…努力シマス。」 目の前の敵が立ち上がりまた念力をこめて石飛礫を集め始めた。 何度やられても同じこと、私とこの個性ダダ頼りの奴なら負けないはず。堪え切れるはず。 見ていて膨れ上がりそうな数になっていく石の数、は、はったりよきっと何個かずつしか出来ないはず。 「じゃ、耐久レースといこうか。」 「…っっ!」 一斉に敵はその攻撃を打ってきた。反射されれば奴もただではすまない量の石飛礫だ。 しかし男は跳ね返った石をさらに同じ石で弾きとばし、私の反射をものともしていないようだった。 手を前に差し出し、重たい攻撃を耐え忍ぶ。 初めての戦闘に怖くて何度も目をそらしてしまいそうになる。 その度にかっちゃんからしっかり敵を見ろ目を離すな!と一喝を入れられた。 こんなことをいつもしているの?余裕があるなら聞きたいくらいだ。 とにかく私がここを抑えなくてはとんでもないことになる! 破られてしまうかもしれないという恐怖より耐え堪えなければという義務感の方が強かった。そう、破られた時の方がよっぽど怖いからだ。 かといって戦況は良好とは全くもって言えない、自分は攻撃出来たとしても反射のみ。しかも今それが防がれちゃっているようでは本当に持久戦しかないということだし、後ろにいるかっちゃんは最高の攻撃手だけれど実績の違いだろうか、相手は明らかに戦い慣れてる敵、そりゃ苦戦もする。 なんとか、この状況を打破しなくては、2人の気持ちは1つだった。 持久戦では板挟みにされた2人は勝てないことが確実だからだ。 状況を変えたのは、脆くなった建物だった。 轟音と振動が巻き込む、とうとう倒壊かとまもりは呑気に考えていた。 そういえばお腹すいたな、お腹いっぱい食べてからせめて死にたかったな。 揺れに任せるままでいたまもりを爆豪は強い力で引き寄せた。これでまもりはもう上下左右意味不明だ。 だから全然意味が分からない、落石を受けて頭から血が流れてるかっちゃんなんて。 いやいやと首を振ってもさっきには戻れない。 どうして?私一回は堪えられるんだよ。堪えられなかったとしても、いいんだよ。 これもすべて、私の“個性”が招いた事実なの? そんなのイヤだ。 爆豪の悄然とした瞳をまもりは思い切りにらみつけた。 1分あればいい、1分で彼を元に戻せる。 睨みつけていた。こういう時は楽しい思い出ばかりが脳裏に浮かぶ。 睨んでも睨んでも、かっちゃんはどいてくれない。 どうして?そう思うたびに涙が出てきそうだった。 私の涙腺はこんなに弱いはずがない。かっちゃんの前でだけすぐに泣きたくなるの。怖くないのに、悲しくないのに、胸が痛いの。 「最初っから、お前の個性なんざきいてねーんだよ。」 「…えっ。」 「いつまでもコソコソ隠してんじゃねぇっ!とっくに気付いてんだ!目を見るなだとか、目を見ろだとか、大体お前の個性は把握してんだ。俺はお前に操られてなんかいねぇ。俺は俺の意志で動いてる、当たり前だろ!」 「やだ、かっちゃん。頭打っておかしくなったの?」 ダン、顔の横に拳が降ってきた。 目に入りきらなかった涙がユルユルと流れている。 私の魅了がきかなかった、それって… 「なってみろよ。」 「……」 「テメェのふざけたその個性でなってみろよ…!ヒーローだろうが相棒だろうが!」 「やめてよ、これ以上私に希望持たせないで。こんな個性でヒーローになんてなっていいわけないじゃん。」 そんな言葉を遮るように、視界が暗くなる。 同時に頭を鷲掴みにされている感覚がした。 ぐっと力を込められたその手は両手ではがそうとしても剥がれない。 「その目が邪魔なら今ここで潰してやんよ。俺との約束を破った罰だ。安心しろ、責任はとってやるよ。」 「……。」 彼の掌に見える小さな小さなケロイド、私が初めて誰かにつけてしまった傷。 私がヒーローになれない理由はかっちゃんだったんだとそこでようやく全てがつながった。 ていうか、約束覚えてたんだ。 初めて個性が出たのは幼稚園で。間違えて個性をかっちゃんにぶつけられそうになった時に1つ目の個性が現れた。父譲りのバリアだと一瞬は思った。けれど、私の障壁は攻撃を跳ね返して避けきれなかったかっちゃんの手に小さな火傷を作ってしまったのだ。 「ごめんね、かっちゃん。かっちゃんのて、もうつかえなくなったらどうしよう。」 「こんなのぜんぜんいたくねーよ!」 「まもり、まもりもこせいでたからヒーローになる。それでかっちゃんのさいどきっくになってかっちゃんのてをまもる。」 「まもりのこせいはまぁまぁだからいいぜ!あしひっぱらないようにしゅぎょーしろよ!」 「うん。がんばる。」 グズグズと泣く私の左手を引き、その手をみてかっちゃんはこう言った。 「ケイヤクのユビワがひつようだな!」 「なにそれ!あくまみたいだよ?」 ようやく笑ったまもりに爆豪もにっかり笑った。 「じゃあおはなのやつにしといてやるよ。」 そう言って彼がくれたのはシロツメクサの指輪。 幼い私はお花の指輪がどんな高価な指輪よりも輝いて見えて。なんでも出来てしまう彼が羨ましくて、私の憧れだった。彼は幼い頃から私のヒーローだった。 今だって、乱暴者だけど私のピンチには一番に駆けつけてくれる憧れのヒーローだ。 そんな彼に私は今現在、目を潰されようとしている。 正確には障壁を張ってしまうだろうから、またかっちゃんを傷つけてしまうのだろうけど。 「バカだよ、変だよ。」 「お前の目なんざ、個性なんざ、ちっとも怖くねぇんだよ!!!」 「…!?」 「……いい話を聞かせてもらった。」 ガラガラと瓦礫の下から敵が顔を出す。 爆豪は大きな舌打ちを一つした。まもりはピクリとも動かない。 「複数個性持ちとは、ますます欲しくなった…!」 敵の個性で飛ばされた石飛礫を爆豪が片手でその名の通り玉砕してゆく。 死んだように動かなかったまもりの手が爆豪の腕を掴んだ。 「かっちゃんこの手どけて。この個性でヒーローにならなきゃいけないんだから…潰されてヒーローになるか潰されないでヒーローになるかなら、この目があったほうがいい。これも…私の“個性”だから…」 まもりが起き上がる。ボロボロ泣く姿はヒーローなんて程遠い。 けれどもう心は違った。誰になんと言われようが、この個性はもう私のもので、敵が欲するということは敵が畏怖するも同じ意味。 なら私は、ヒーロー側でこの個性を使いたい。 飛んでくる石飛礫をまもりの反射で跳ね返し、その潤んだ瞳で相手を見つめる。 変化はない、何故だ?そう思ってふと後ろを見たら瓦礫に埋もれこちらを見ているもう1人の敵と目があった。こちらを睨み見ていた強化系のはずの敵は動きも出来ずまもりと目があった瞬間呆気にとられた顔をした。 「何をした…?」 ドクンドクン心臓が飛び跳ねるような感覚に瓦礫に埋もれた男がまもりに問う。 やっぱり、私の個性は消えてなんかいない。 では何故前の男には聞かないのだろうか? 「本当に魅了できるのか!良いものを“見せて”もらった!」 「どういうこと?」 「君のもう一つの個性は目が合わないとダメなんだろ?私の目はあるようで無いもの。この義眼にはカメラが入っていてすべての映像がある方達につながっている。君の個性の映像は全て、送らせてもらったよ。」 「……!」 爆豪の脳裏には、USJで襲ってきた敵連合の趣味の悪い手をびっしりつけた男が浮かんでいた。 まもりの個性を送りつけた?そんなことをしては、まもりの個性欲しさにまもりを襲いにくる連中が増えてしまう。 怒りに狂い、力任せに念力男に爆発を浴びせる。 また内装が崩れ、男を飲み込んでいった。 ガタガタと震えそうなまもりを掴み、血だらけ頭の爆豪は階段の方向へと走り出した。 「…かっちゃん!上に行ってどうするの?」 「うるせぇ!屋上からこのビル爆破してあいつらをぶっ殺す!」 「ダメだよ…そんなことしたら危ないよ…」 ふらつきながらも駆ける爆豪は、あまりの怒りにまもりの声も届きそうにない。 爆豪の爆破を受け瓦礫を被った敵はまた念力を使って自身の上にある瓦礫を退けていた。 筋肉強化系の相方は個性を使いすぎか、もうほとんど力が入らない状態らしい。 しかし、その目は殺意に煌めいていた。 「なぁ、標的は生きてりゃあ問題ないんだよなぁ?」 「上から一応そういう御達しだ。万が一個性以外、あの女がいらない場合は上で処分するらしい。」 「足の一本二本くらいなら取っても死にゃしねぇよな?」 呆れた顔をした念力男は肩をすくめた。 「お前の愛はサイコパスだな。」 20160701 杏 [*前へ][次へ#] |