スクラップティーチャー
2
学校で、ましてや教師の前で泣くなど、東一の自尊心が許さなかった。
すぐにその雫を抑え、悟史に向き直る。
「ありがとうございました。もう、帰ります、」
それでは。と、続けようとしたところを、腕を掴むことで遮られる。
「ちょっと待って、このまま君を帰したりはできない。」
腕を引かれて、連れられた先は職員駐車場。
「あの車、俺のだから乗ってなさい。」
指し示したのは黒いジャガー。
キーを渡され、しぶしぶ車内で待つ。
悟史は15分程して戻ってくると、車を走らせた。
「どこに、行くんですか?」
「特に決めてないけど、君が思い切り泣けるところ、かな。」
「いいですよ…そんな、気を遣わないで下さい。」
「どうせ、家でも気を張っているんだろう?」
的確な推測に、東一は何も言えなくなってしまう。
この人は、自分によく似ている。そう、思えた。
大人しく揺られていると、都内の高級マンションに辿り着いた。
「ここは…どこ、ですか?」
「家だよ。俺の、ね。」
教師の住まいとは思えない豪奢な外見。
東一は、おそらく給料では賄い切れないだろう。と読んだが、そんな事はこの際どうでも良かった。
「いいんですか?お邪魔しても。」
「構わないよ。」
悟史の部屋は、最上階に近いくらいの高さで、見晴らしの良い部屋だった。
沈み行く夕日に照らされたビル達は、悲しそうな表情をしていた。
東一は、ソファに座り、悟史がコーヒーを入れてくれるのを待ちながら、失礼とは思いつつも、ざっと室内を見渡した。
黒基調のシックな部屋には、殆ど生活感というものを感じられなく、几帳面な性格を物語る。
そして、ガラステーブルの上に何気なく畳まれている英字新聞や本棚の哲学書が、悟史の知性を漂わせている。
その本には、何冊か読み覚えのあるものもあった。
「お待たせ。」
コーヒーの誇り高い香りが鼻腔を擽る。
「Suger or milk?」
突然のことながら、流暢な英語は心地良かった。
東一が苦笑して見上げると、悪戯な笑みを浮かべた悟史と視線がぶつかる。
その無邪気な表情は、普段の教師面からは想像もつかない。
「Well…suger,please.」
負けじと、サラっと答えれば、
「Sure.」
悟史は角砂糖を1つ落として、東一の向いに座った。
「上出来だ。イントネーションも非の打ち所が無い。」
「でしょう?」
飾らない悟史の様子につられて、東一の警戒も薄れ、愛らしい笑みが零れ出す。
「さぁ、本題に入ろうか。…と言っても、どうして君を連れてきたのか、俺にもよく分からないんだけどね。」
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