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スクラップティーチャー
安寧。
悟史から見た東一は、冷酷というよりも純粋とあらわした方が正しかった。
一見残酷に見える言動も、少し屈折した幼さのようなものだから。
それは、精神が育ちきる前に、あまりにも世界の歪みに対峙しすぎたことに由来するかもしれない。
全ては悟史の、憶測だけれど。

授業、というのとは違う意味で教師と対峙してきた後の東一は、優越に浸るでもなく、義憤に燃えるでもなく、悲嘆するでもなく、ただ虚ろだった。

そんな東一を知ったばかりの頃、東一はその状態で悟史の家に来ることを頑なに拒んでいたけれど、今ではそうなるたびにふらふらと戻ってくる。

そんな時、悟史はどんな仕事も置いて目一杯の愛情を注ぐのだった。
乾ききった砂漠の大地に注ぐように無意味で虚しくなりながらも、惜しみなく、たっぷりと。

「おかえ…り」

悟史は、帰ってきた恋人の何度目かの空虚な瞳を見て、駆け寄った。

「…ただいま」

吐息のように微かなその返事に優しく微笑みを返して、立ち尽くす東一の手をとりソファへと誘導する。

「今、夕食を作るよ。」

ふんわりとしたソファに腰を沈めた東一の髪を撫でてキッチンへ向かおうとすると、不意に袖が引かれた。

「いらない…」

「でも、」

「明日…明日は、食べますから。」

だから、傍に居て欲しい。

素直に伝える事のできない苺色の唇が、訴える瞳が震えた。

その瞬間、悟史は目の前の存在が狂おしいほどに愛しくなり、抱きしめたい衝動に駆られた。
荒々しい気持ちを自分自身に対してはぐらかすように静かに腰を下ろすと、華奢な肩が寄り添ってくる。
「あったかい…」

眼を閉じて、ゆっくり紡がれる言葉がいたずらに悟史を刺激する。

肩を抱き、空いている手で東一の手を握ると、そこにあるのは驚くほど冷えた指だった。
包み込むようにしながら体温を伝え、指の一本一本を愛でるように撫でていると、唇だけが動いた。

「どうして…」

「うん?」

聞き返しても、再び言葉が発せられることはなく、焦点を失った瞳がただ宙を見つめていた。
誰に対し、何を意味して発したのか、悟史にそれはわからないけれど、ただ、その音に含まれた痛みが、東一なりの涙のような気がした。

暫くして、悟史は無言のまま東一を抱きかかえると寝室へ向かった。
ベッドへ導き、制服を脱がせてハンガーにかけるとすぐに隣に潜りこみ、迷わず東一を引き寄せ、その腕の中へ入れた。

「ゆっくりおやすみ。」

はじめ、東一は何かを堪えるように体を固くし、一点を見つめていた。
けれど、悟史が柔らかな癖毛を撫で、他愛もない世間の噂やバカな話を語っているうちに、真一文字に結ばれた唇が綻び、規則的な寝息を零しはじめた。



ピピピ…ピピピ…
機械音が眠りを遮る。

いつも通りの、薄暗い都会の朝日が部屋を満たす。
腕の中にうずくまる東一が、小さく動いた。
髪に口付けると、ピク、と肩が縮む。

「おはよう」

そう囁くと、東一は、何をしたでもない昨夜を誤解したくなるような、真っ赤な頬をして大きく開いた瞳で悟史を見上げた。

「おはよう…ございます」

恥ずかしげに悟史の胸に顔を埋めて、数秒して離れた東一はいつもの通り涼やかな表情に戻った。

「先生、朝食にしましょう。」



◇ひとだんらく◇


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