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Place of beginning

空はとても青かった
風は強く私の髪を揺らす
激しく揺れる白いワンピース

最後に花を手向け
私は空を 飛んだ


セレナ
「マスター、これは何ていうのですか?」

マスター
「それは花だよセレナ
花には色々と種類があるんだ」

セレナ
「花…とても美しいですね」

マスター
「君には美しいものを沢山見て欲しい
この冷え切った世の中にようやく生まれた
暖かな生命体なのだから」

セレナ
「マスター…私は所詮アンドロイドです
人間には敵いません」

マスター
「君は人間以上なんだよ
私がそう作ったのだから」

セレナ
「マスター、私は作り物です
生きとし生ける人間とは比べ物になりません」

マスター
「君は成長する
もっと自信を持ちなさい
作り物だとしても君は君でしかないのだから」

彼の言葉を聞いて彼女は頬を緩めた
彼女の笑顔を見て彼は花のようだと
そう思った

セレナ
「マスター
この先、私は色々と人の事を学ぶと思います
美しいこともあればその反対も学びます
そうして私は心を宿す
どうしても分からないことがあった時は
マスターの今の言葉を原点に学びたいと思います」

マスター
「あぁ、君がいいと思うことを誇りに頑張っていきなさい
これから先、沢山の感情、出会いが
君を待っているのだから」

これは彼女と彼が初めて会話をした内容だ
ごく当たり前のような会話だが
彼は博士であり彼女はアンドロイドだ

これから紡がれるのは
彼女が見た世界
彼女の人生だ

さて、時は彼女が基本的な感情を身に付け
小学校辺りの教師として過ごしている所から
始まる

彼女の持つ優しい空気と穏やかな笑顔に
子供たちも自然と笑顔で彼女に接していた
周りからもその空気が心地いいのか
人気があった

彼女の周りには常に人がいた
その笑顔を見たいからなのか
それとも世の中の冷たさをまだ知らない子供だからか
子供たちも彼女と同じ穏やかな空気でいた

だが一人だけその空気を持たない子供がいた
彼女はそれに気づきその子に話しかけた

セレナ
「あらあら、どうしたの?そんな暗い顔で俯いて
まるで世界が終わるような感じね」

子供
「……大丈夫だよ、先生
僕はお母さんの事が大好きだよ」

セレナ
「?」

彼女は子供の事が理解出来なかった
会話が成り立っていないのも原因だが

それよりも彼女は子供の言葉の意味と真意が
知りたかった

だがそれを知ることもなく
ある日突然その子供はいなくなった

その真実を知った時から
彼女は生まれたこの世界の冷たさを知る

マスター
「セレナ、君の生徒の一人が亡くなったよ」

セレナ
「え?…一体どういう事ですか?」

マスター
「人間はいずれ死ぬ
死は平等に人に存在するんだよ
君は基本的には不老不死だが
人はそういう訳ではない」

セレナ
「それは知っています
ですがその子はなぜ亡くなったのですか?」

マスター
「セレナ…私はこれから君に人の醜さと冷たさを
教えなければならない
人は変わっていく
君もまた然りだ」

セレナ
「はい、覚悟は出来ています
私は成長したいのです
マスター」

彼女の言葉を聞いて
暫く口を閉ざしていたが
彼は覚悟を決めたのか残酷な現実を
彼女に伝えた
きっと理解できないと予想して

マスター
「その子供は母親に殺されてしまったんだよ」

セレナ
「それはどうしてですか?」

マスター
「私はその母親ではないから分からない
だが母親はその子に虐待をしていた
食事もまともに与えず首を絞めたそうだ」

セレナ
「そんな…子供というのは愛されて産まれてくると
私はそう思っていました」

マスター
「大半はそうして産まれるはずだ
だが、人の感情というものは本当に様々だ
だから綺麗な心もあれば醜い心もある
望まれて産まれる子もいればそうじゃない子もいるんだよ」

彼はとても悲しそうに目を細め
彼女の手を取る

マスター
「来なさい
その母親の結末をその目で見るんだ」

セレナ
「はい…マスター」

行き着いた先は処刑台
そこには既に母親が裁かれる所だった

マスター
「この世界は必要な人間と必要じゃない人間に分かれる
必要じゃないと判断された人間は処刑されるんだ
とてもシンプルだけどね
私はそれがとても寂しいものに見える」

周りの人間は処刑を眺めているが無表情に
その母親を見つめている
まるで当たり前といった感じで
それは普通に行われていた

聞こえる断末魔
それを聞き取ると集まっていた人は何事も無かったように
その場を去っていく

彼女もまた
処刑を静かに眺めていた
その現実をしっかりと受け入れるように

セレナ
「マスター」

マスター
「なんだい?」

セレナ
「この世に必要じゃない人間っているのでしょうか?」

マスター
「セレナ
その質問には人間である私では答えられないよ
もしかしたらいるかもしれないし
いないかもしれないからね」

セレナ
「人間の感情というものは時に流されていくものなんですね
一時的に人に死んでほしいと思ったり
後悔したり
愛して欲しいと思ったり
無関心だったり
虐めたり、助け合ったり
本当に私の知らないことばかりです」

世の中の仕組みを知っても彼女は
穏やかに受け止めていた
蔑む事もなく
ただただ、暫く処刑された母親を見つめていた

その時に生まれたのかもしれない
彼女の中に寂しさという感情が
それは愛欲という感情に深く繋がっていて
導かれるように彼女は彼と出会った

それは彼女がまた違う人の処刑を見た後のことだ
見れば見るたびに彼女の顔は曇った
哀れんでいるのだろうか
彼は彼女を見てそう思った
だからつい言葉に出てしまった

マキシ
「哀れんでいるのかい?」

突然話しかけられ彼女は驚いた表情をした
だが彼を見るとふわりと笑い

セレナ
「いいえ」

一言そう答え
涙を流した

見てしまった
彼女の初めての涙を
衝動的に彼は彼女を抱きしめていた
抵抗も何もなく不思議そうに彼を見つめる彼女

なんて綺麗なんだろうと
彼は思った

マキシ
「君の名前は?」

セレナ
「セレナ、貴方の名前は?」

マキシ
「マキシだ、良かった
涙は止まったね」

セレナ
「ええ、そうね
貴方はとても暖かいのね
なんだか安心するわ
人に抱きしめてもらったのは初めて」

マキシ
「そうなのかい?
君のような人なら経験しているのかと
思ったけれど、君は僕の想像を超えるね」

セレナ
「…私は、そんなに美しいものじゃないわ
そうだ、分からないことがあるの
教えてくれないかしら」

マキシ
「なんだい?」

セレナ
「私の生徒が母親に殺されてしまったの
その母親は処刑されたわ」

マキシ
「…そうなのか」

セレナ
「その子の最後の言葉は
『大丈夫だよ、先生
僕はお母さんの事が大好きだよ』って」

言っているうちに彼女は涙を流していた

セレナ
「どうして…その子は大好きって言っていたのに
どうして殺されてしまったの?」

彼は彼女を強く抱きしめ
言い聞かせた

マキシ
「その母親は君が理解出来ない
醜い感情を持っていたんだ
殺人衝動は誰にだってあるが
実行してしまったら全てが終わるんだよ」

セレナ
「人は何故殺し合うのかしら
考えるだけでも胸が苦しいの」

マキシ
「それは悲しいという感情だよ
大人が忘れていく大事なものだ
君は持っているんだね
僕はそんな人を、探していたんだ」

セレナ
「かなしい?」

不意に生徒だった子供の顔が浮かぶ
そうか、自分は悲しんでいるのかと納得したのか
彼女は彼の腕の中で声を出して泣き叫んだ

彼はただ受け止めるように抱きしめ続けた
時折髪を撫でて涙を拭ってあげた

暫くすると彼女は泣き止み
ふわりと笑った

セレナ
「ありがとう
もう大丈夫」

マキシ
「そうか、セレナ
良かったら君の時を少し共有しても
いいだろうか?
僕は君と少しでも一緒にいたいと
思うんだけど」

その言葉に
心臓のない彼女の鼓動がなっていくのがわかる

セレナ
「マキシ…私でいいの?
私は人ではないのよ」

マキシ
「そうなのかい?
ならば君は何だというんだい?」

セレナ
「私はアンドロイド
人が出来る基本的な事は出来るけれど
私には生殖機能はないわ」

マキシ
「問題ない
僕は君の中身に惹かれたのだから」

鼓動は加速を続ける
それはきっと彼女の魂の鼓動
心にまた生命が誕生した瞬間

セレナ
「マキシ…貴方は変わった人ね
でも嬉しいわ
私を選んでくれて」

涙は笑顔に変わり
彼女を満たした

そして彼との付き合いが始まった
彼は彼女に様々な感情を教えた
聞くこと聞くことが彼女にとって初めてで
求道心は尽きなかった

理解できないこともあれば理解出来るものもある
彼女はみるみるうちに人に近づいていた
その変化は創造主であるマスターも気づいていた

マスター
「セレナ、最近は笑顔が絶えないが
何かいい事でもあったのかい?」

セレナ
「はい、マスター
私、恋人が出来たのです
彼は私がアンドロイドだと知っても
私に好意をもってくれています」

マスター
「君のような心を大切にしている
人間がまだこの世界にいたんだね
いい付き合いをしているのは君を見て
十分わかるよ」

博士との穏やかな会話はいつもの光景だった
だがそれは突然終焉を告げ物語も急変を迎える

鳴り響く銃声
誰かが
博士を
殺してしまったのだから

セレナ
「……マスター」

突然の出来事に彼女は博士が
殺されたことを理解出来なかった
迫り来る犯人にも気付かず
倒れている博士に彼女は触れた

セレナ
「マスター、これは一体どういうこと?
これは何?赤い…赤い液体
…暖かい…けれど怖い、マスター…マスター!」

博士から彼女をはがし
犯人は彼女を連れて逃走した
初めから彼女が狙いだったかのように

彼女の悲鳴と孤独に死んでいる博士だけが
取り残された

何とかしたい、だが用意された幽閉用の空中孤島
そこにある施設の一室に彼女は閉じ込められてしまった

様々なコードが彼女に繋がれ
何か大切なモノを奪われている感覚がした

博士が殺され、手向ける事が出来なかった
誰かに助けを求めることも出来なかった
彼女は後悔ばかりしていた
そして自分が何故ここにいるのか
彼女にはわからなかった
博士を殺した犯人が彼女の前に現れるまでは

ゼーデン
「やっとお目覚めかね?
アンドロイドのセレナ
君は素晴らしい力を持っている
君をあの博士から奪ってよかった」

セレナ
「まさか…貴方がマスターを殺した?」

ゼーデン
「ああそうだよ!君のような素晴らしい存在を
独り占めしていたのだから!
君は人類の希望となる力を持っている!
不老不死となる力をね」

セレナ
「その欲の為に
マスターを殺し私から力を奪っているの!?
私から全てを奪っているというの!」

驚いた
自分が声を荒げている
これは確か怒りだと彼に教えてもらった

ゼーデン
「君はその身に宿している力が尽きるまで
ここでずーっとコードに繋がれたままだ!
最後まで私が君を見届けているから安心したまえ」

セレナ
「嫌よ!私は貴方のような人間に力など与えたくない!
否定するわ!貴方の全てを!!」

怒りが彼女を支配する
予測不能な彼女の暴れ様にコードも抜けていく
力を使い過ぎたのか彼女の体は幼くなってしまったが
それでも構わず彼女はその場から逃走した

ゼーデン
「フフ…ここからは決して逃げられないというのにね」

彼の余裕の理由を彼女は後に知ることになる

走りながら彼女は思う

セレナM
「あぁマキシ…貴方に会いたい
マスターが居なくなってしまったの
私はこれからどうしたらいいの?」

不安に押しつぶされないように
必死に彼女は走った
走って走って辿りついた先は
空中孤島の崖だった

足元を眺めると
そこは空中
真っ青な空と雲だった

それを見て彼女は確信した
ここからは逃げられないのだと
そして感じた

セレナ
「マキシ…ここからじゃ貴方に会えない」

一歩一歩と踏み出していく

セレナ
「貴方に会えないのなら、意味はない」

彼女にはもう何も無かった
胸には一つの感情でいっぱいだった

崖に咲いていた花たちが強風により散っていく
彼女は両手を広げ瞳を閉じそして

落ちていった

激しい風に当てられ思う

セレナM
「ごめんなさい、マキシ
貴方に会えないのなら…いっそこうした方がマシなの」

涙を流し
落ちていく
愛する彼がいるであろう地上に

落ちて落ちて

何故か目が覚めた
彼女は暗闇に一人佇んでいたが
暫くすると彼女の周りを様々な光が漂い始める
その光から世界が見える
それを眺めていると不思議と心が落ち着いた

一つは新しい島の話
一つは双子の死神の話
一つは世界の犠牲者の話
一つは死後の世界の話
一つは夢に逃げた少女の話
一つは少年アリスの夢の話
一つは七つの大罪の話
一つは運命を裏切る話
一つは舞踊幻想の話
一つは違う世界で自分が人として産まれた話
一つは…

セレナ
「そう…ここは始まりの場所なのね」

沢山の物語を見て全てを理解した彼女は
一人だった
一つの光と共に用意されていた
椅子に座り世界を眺めていく

セレナ
「きっと、ここに選ばれる者が来るわ
私はそれまで一人、ここで物語を見ているとしましょう」

最後に絶望に支配された彼女の目は虚ろだった
全てを奪われ、諦めてしまったのか
彼女の心は凍ってしまった


セレナ
「さようなら、私の世界
さようなら…」

愛する人を置いて逝ってしまったのが
彼女の心残りだった

セレナ
「どうか、物語の子達は幸せに…
私はここで見守っているわ」

愛おしむ様に
彼女は光を見つめ続けた
この両手いっぱいに
光を抱きしめて…


そして彼女がいなくなった世界で
壊れた彼女を抱きしめながら
泣き叫んでいる彼がいたことも
彼女は見つめ続けるしかなかった

その世界が消え逝くまで


fin




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あきゅろす。
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