〜hot chocolate〜
2
昼休み。
教室で、景一と弁当を食べようとしていた、その時。
突如、戸口の方から、クラスの女子の黄色い声が上がった。
見ると、女子に囲まれて、相田が立っていた。
ブレザーを着ておらず、ネクタイも締めていなかった。ズボンこそ制服のそれだが、シャツは指定のモノではない。今日は、カチューシャで前髪を上げている。
―――うわ。
一頻り、女子達の相手をすると、キョロキョロと教室を見回し、祐輔と目が合うと、
「ハァ〜イ!」
と、声をかけてきた。
こちらに、手を振っている。
―――何だ?
とりあえず、自分に、ではないと思う事にした。無視して、弁当にとりかかる。
「おーい、江井くん!」
―――名前を呼ばれた?
気のせいだ。
「江井く〜ん!」
もう一度、呼ぶ声がして、祐輔よりも、狼狽えている景一が、
「…なあ、呼んでるぞ?」
と、小声で、行かなくていいのか?と問い掛けてきた。
周りを見ると、教室中にざわついた空気が流れていた。
突然の訪問者に、女子は喜んでいるが、男子は怯えている。堂本のような威圧感はないが、相田とて充分に、怖い(祐輔もその類に漏れないが)。
このままでは、クラスメイト達に悪い―――。
それに、そのうち、中に入って来られれば、追われれば、逃げられるとは思えない。
渋々、席を立つと、相田のもとへ向かった。
「江井くん!」
ようやく祐輔が来たのを見、パッと顔が明るくなる。
「あの、何で…」
と言い掛けた時、グイっと手を引かれた。
「え…あ…あの、ちょっと」
ぎゅうっと手を握られ、まるで、迷子にならないよう、親に手を繋がれた子供にでもなったようだ。
階段へ向かっている。
―――屋上?
イヤな記憶が過る。
が、二階から三階へ向かう踊り場まで来たところで、パッと手が離された。
「…あの、な、何でしょうか?」
改めて、尋ねる。
すると、相田は、クルっとこちらを振り返ると、訊いてきた。
「話したいコトがあるんだけど。江井クン、今日、おヒマかしらん?」
「…はい?」
「良かった〜」
―――今のは、疑問形だったはずだが…。
「じゃあね、終わったら…」
話を進めていきそうな相田に、あわてて、
「いや、あの、ちょっと、今日は…」
と断わろうとすると、
「ダメ?」
と、捨てられた子犬のような瞳を向けられる。それも、まるで、今、まさに自分を捨て、去ろうとしている飼い主を見るような…。
「少しだけ…なら…」
「本当?」
一転、パタパタと振れる尻尾が見える。
「んじゃ、メアド教えてよ」
「…あ、でも、今、教室に……」
携帯は、今は、カバンの中にある。
「教えてくれれば、ボクの、メールするから」
と言って相田は、自らの携帯を取り出した。
「はぁ…」
祐輔がアドレスを告げた。登録を済ませた相田は、
「終わったら、メールしてね」
と、軽やかに三階へ去っていった。
教室に戻ると、皆、興味津々の目を向けてきた。が、うっかり首を突っ込んで、巻き込まれては堪らない、と思っているのか、それ以上、近付いては来ない。
席に着くと景一が、
「お、お前、大丈夫か?」
訊いてきた。
「…たぶん」
「『たぶん』って、何だよ。本当に、大丈夫なのか?」
「たぶん…。いや、本当に、大丈夫だから、気にするなよ。メシ食おうぜ」
「そうか?」
―――そう、きっと、大丈夫だ。
そう、願いたい―――。
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