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伝えたいこと伝わらないこと


「好きなら好きって、ちゃんと言葉にしないと伝わらないんだぞ!」
「で、でも…」
「でもじゃない!ほら、早く行けよ!じゃないとアイツ、ニューヨークに行っちまうぞ!そしたら三年は会えないんだからな!」
「…っ!…私、行ってくる!」


「…やれやれ、手のかかる。それにしても…何で行かせちゃったんだろうな。俺もつくづくバカな奴だ。言葉にしないと伝わらないって、ホント、そうだよな…」






「う、うううっ…!直哉あぁぁぁ!」
「うるさっ!」

ベタな恋愛ドラマを見て、お袋は涙をぼろぼろ流しながら役者の名前を叫んだ。主人公とヒロインの為に身を引いた二枚目俳優がお袋のお気に入りらしく、鳥肌が立つような寒いセリフにも涙を流して感動している。

「お袋、牛乳もうねぇじゃん」
「そっ、そんなの、直哉の悲しみに比べたら、どうでも良いことだわっ!」

風呂上がりに毎日飲む牛乳が冷蔵庫を開ければ入っていなくて、文句を言えばタオルを手に号泣するお袋に軽くあしらわれてしまった。

毎日の習慣みたいなものだから、牛乳を飲まないと何かスッキリしない。
俺は溜め息を吐いて冷蔵庫の扉を閉め、しょうがないから近くのコンビニで牛乳を買って来ようと財布を取りに部屋へ向かった。家を出るときにまだお袋の泣き声が聞こえてきて、よくもまああんなに感情移入出来るもんだと呆れてしまった。



「まだ暑いなー…」

秋になり真夏よりは涼しさも出てきたが、それでもまだ動けば汗が滲んでくる程には暑い。
コンビニまで数分の道程を歩いて、蝉の代わりに忙しく鳴く鈴虫やら何やらの声を耳にしながら、ふと、先程のドラマでクサいセリフを言っていた俳優の顔が頭に浮かんできた。

『好きなら好きって、ちゃんと言葉にしないと伝わらないんだぞ!』

…多分、あの俳優が少しアイツに似ていたからだ。いつもウザいくらいに好きを連発する、アイツに。


好きだなんて、本当に想っていたら言わなくたって伝わる。俺はそう思っている。大体男のくせに軽々しくそんな言葉を口にするなんて有り得ない。男ならもっと大きくどっしり構えてれば良いんだ。必要な事だけ口に出せば良い。簡単に言ってしまえるような言葉に気持ちが込もっているとは思えない。
…そう言ったら山ちゃん辺りには古風だと笑われたが、実際俺の持論はそうなんだから仕方ない。


でも、ふと思ってしまった。

『好きなら好きって、ちゃんと言葉にしないと伝わらないんだぞ!』

…俺の気持ちは、ちゃんとアイツに伝わっているんだろうか。アイツを、不安にさせていないだろうか、と…。


そんな事を思っていたらすぐにコンビニに着き、バカな、俺らしくないとその考えを一掃してドアをくぐって中に入った。すると…。

「あっれーマサヤン何してんの?買い物?買い物に来たの?すっごい運命的出会いー!」
「……」

どうしてコイツがここに居る…!

「あ、ち、違うよ!?あの、この辺に住んでる友達ん家に遊びに行ってて今から帰るとこだったワケで…別にマサヤンの事ストーカーしてたワケじゃないからっ!ホ、ホント偶然なんだよー!?」

俺が怪訝そうな顔をしていると、訊いてもいないのにコイツはベラベラと喋りだした。

「別にんな事思ってねーよ。何で居たのかって思っただけだ」
「あ、そ、そうだよね。いやー、マサヤンが余りにも鋭い眼光で見てくるからつい…」

コンビニに居た人物―モトは、読んでいた雑誌を棚に戻した。そして先程とは打って変わって楽しそうな顔で俺の側に寄ってきた。
牛乳を選んでレジに持って行く間も俺の側にまとわり付き、何が楽しいんだか終始ヘラヘラしている。二人コンビニから出た後、ちょうど駅と俺ん家が同じ方向にあるからと、途中まで一緒に帰る事になった。



「…なあ、お前さっきから何をヘラヘラしてんの?」

隣を歩きながら、未だ表情が崩れたままのモトに訊ねる。だって特に楽しい話をしている訳でもないのに、コイツ不審過ぎる。
するとモトは、俺の問いに最上の笑顔で答えた。

「だって思いがけずマサヤンに会えたんだもん。好きな人に会えたら、普通は嬉しいもんでしょ?」
「…っ!」

どうしてコイツは、こんな事を恥ずかしげもなく…!
隣で鼻歌を歌うコイツをチラリと睨みながら、少し赤くなった頬を隠す為に俯く。こんな言葉を貰うのは日常茶飯事だが、暗い夜道というシチュエーションのせいか、いつもよりドキドキしてしまう。


コイツが好きだと言ってくれる分だけ、俺はコイツに好きを返せていない。俺の好きはちゃんとコイツに伝わっているのか…。

ふと、ドラマの俳優の言葉が頭に浮かび、コンビニでのモトの姿を思い出した。やましい事をしていた訳ではないのに、俺を見るなり慌てて弁明をし出すモト。俺、もしかして、普段からコイツをビビらせてるだけだったりする?付き合っているとは言え、俺の気持ち、ちゃんとモトに伝わっていないんじゃ…。

そう思ったら、何だか居たたまれなくなってしまった。


「…モト」
「ん?…何?」
「俺、お前の事、ちゃんと、す…」
「…?」

ちゃんと俺の気持ちを分からせようと意を決して口を開いたのに、不思議そうにこちらをじっと見てくるモトの顔を見たら、言葉が途端に出なくなる。

「マサヤン?どしたの?」
「あの、俺、す…」

駄目だ。恥ずかしい。やっぱり言えない!

「す…っスープスパって結局のとこスープなのかスパゲティなのか、お前どっちだと思う!?」
「え?…ええっとねぇ…」

あ、アホかー!そんな事訊いてどうする俺ー!

「スパゲティじゃない?ほら、やっぱ麺がメインみたいなトコあるじゃん」

お前も真面目に答えるなー!

言いたい事が言えなくてもどかしい。ちゃんと伝えたいと思った時に言葉が出ないなんて情けない。好きだなんて軽々しく言う言葉じゃあ無いけど、伝えるべき時にはちゃんと言わなきゃならない言葉なのに。
もう一度、意を決して顔を上げた時。

「あの、モトっ…!」
「あ、じゃあ、俺こっちだから…」

別れ道にやって来てしまった。
モトは夜道に気を付けろだの風邪ひかないようにだの、色々と言いながら優しく笑んでいる。その言葉の一つでも、俺がお前にかけてやれたら良いのに。

「じゃあ、また明日ね」

そう言って駅に向かうモトの背中を見て、やっぱり言わないと。言わないと駄目だと思ってしまった。

「…っモト!」
「…ん?」

振り向いたモトの顔を見るとやっぱり言葉が詰まったけど、ここで言わなきゃ男じゃないと自分を叱咤する。

「俺、ちゃんと…」
「…?」
「お前のこと…」
「……」



「っ好きだバカーッ!モトのアホーッ!うぜぇモヤシーッ!」
「へっ!?えええマサヤン!?」


いわゆる言い逃げ。俺は好きという言葉を叫んだ後、モトの顔を見る事なく家まで全力疾走した。
バタンっとデカい音を立てて玄関の扉を閉め、息も荒くその場にしゃがみ込んだ。

「言え、た…。言えた…?言えた、よな…」

顔が赤い。全身が熱い。もう暫くは好きだなんて言ってやらないだろうけど、でも、今日ちゃんと言えた事で俺の心は充足感で一杯だった。


しかし。

「ちょっと雅也。夜中に何叫んでたの?ご近所に迷惑でしょ」

俺は元野球部という自分の声量を忘れていた。そして…。


「バカ、アホ、うざいモヤシ…。マサヤン、ひ、酷すぎるうわああーんっ!」

照れ隠しで言ってしまった言葉に邪魔されて、モトに俺の気持ちは全く伝わっていなかった。



もう二度と、好きだなんて言ってやらないと、ぬるく不味くなってしまった牛乳を飲みながら誓った。



END





write》天垣 啓様
(Sternchen)

天垣様宅にてテイクフリーとの事だったのでお持ち帰りさせて頂きました!もう雅やんが可愛過ぎて最初から最後まで胸キュンしまくってたのでかなり癒されました。普段天の邪鬼な態度ばかりとってしまいがちな雅やんがこんなにも悩んじゃうんですから本やんの存在はやはり大きいんだなと感じます(^^)天垣様、掲載許可ありがとうございました!!雅やんにデレデレしながら読み返します!



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