婚約者
「名前チャン、マシマロ取ってー」
『その書類終わったらね』
ケチ!とぶーぶー言う白蘭を横目に私は紅茶を淹れる準備をする。
一通り終わったら休憩ついでにティータイムをするつもりだ。
美味しいと評判のスコーンも沢山取り寄せて
おいた。
折角なので正一も誘って皆で食べるとしよう。
この前のような蟠りは今では無い。
変に避けることも無くなったし、白蘭の何かを思い詰めるような表情も無くなった。
強いて言えば前より優しい表情をするようになった事くらいだろうか。
隙あればセクハラや下ネタを言っていた白蘭だったが、今では何というか…大人になった。
以前の行動がアレだったので、急な変化が逆に恐ろしい。
「…名前チャン今失礼なこと考えてなかった?」
『気のせいじゃない?』
「…まぁいいや。それより終わったよ、書類。マシマロ!」
『はいはい。もう準備出来てるからティータイムにしよう。美味しいスコーンも取り寄せてあるから』
「さすが名前チャン!」
『今更だよ。じゃあ正一呼んでくる』
そう言って部屋を出ようとすると後ろから、このフラグクラッシャー!だのやっぱりそうなると思ってたよ!という野次が飛んできた。
文句をわざわざ大声で言う白蘭に、子供か!と思わず言いたくなったけれど、そこはちゃんと我慢する。
はぁ、と溜め息を吐きながら一歩前に出ると扉が開いた。
私はまだ扉から少し離れているため私が開けた訳ではない。
顔を上げればそこにはウェーブのかかった亜麻色の髪に紫色の大きな瞳をした女の人が居た。
激しく嫌な予感しかしない。
「久し振りね、白蘭。迎えに来るのが遅いから私から来ちゃったの」
「……やぁ、アリシア。これはまた急だね。」
「あら?来られたら困る理由でもあるのかしら?」
私を挟んで親しげに話すアリシアと呼ばれた綺麗な人。
この人とは合わない、と直感的に思った。
まず私が居ない程で話すのはやめて欲しい。
『あの、』
「あら貴女いつから居たの?」
『…貴女が来るずっと前からですけど』
わざとらしい言い方にカチンとくる。
笑顔で嫌みに対応したけれど、向こうは気にせず私の横を優雅に歩いて行き白蘭の隣に座った。
ローズの香水が仄かに香る。
…うん。やっぱり合わないな。
彼女を見れば白蘭の腕を取り、花のような笑みを浮かべて寄り添っているところだった。
ちくり、と心が痛んだ。
「久し振りに会えて嬉しいわ。」
「僕もだよ。けど忙しいの分かる?僕は今仕事中なんだ」
「それはごめんなさい。だけど貴方が一向に迎えに来てくださらないんだもの。」
「君も知っての通りボンゴレ狩りで大変なんだ。」
『…お話中申し訳ないのですが、お二人の御関係は?』
話を遮った所為かアリシアさんはギロリと此方を睨んだ。
綺麗な顔が台無しになっていることに気付いているのだろうか。
気付いていないのなら残念だ。
白蘭は困った顔をして口を開いた。
「彼女は僕らの傘下に当たる、ユークファミリーの御令嬢。」
「あら、それだけじゃないでしょう?」
「……。」
白蘭は目で余計なことを言うな、と彼女の方を見た。
すると彼女はにこりと白蘭に微笑み、私を見るなり嫌らしい笑みを浮かべて口を開いた。
「初めまして、ええと…世話係さん?私はアリシア。白蘭の婚約者よ」
声こそは優しいが、顔から伺える表情は優しいものではない。
泣く子はもっと泣くだろう。
笑顔の下のドス黒い欲が見えた気がする。
それにしても何故彼女は喧嘩腰なのだろうか。
なんだか無性に苛ついてきた。
彼女の言い方も、白蘭が隠していた事にも腹が立つ。
私は衝撃的な事実よりも、訳の分からない苛々で頭がいっぱいだった。
婚約者
(辛かったり腹が立ったり)
(何でこんなに白蘭に振り回されているんだろう)
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