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少しずつ






「名前チャン、何で僕のこと避けるの?」

『……っ』




温泉から数日が経つ。
アイリスや白蘭の所為で私はまともに目を合わせて話せなくなった。
離れて気持ちを落ち着かせたい所だが、仕事が仕事なだけに無理がある。
当然、鋭い白蘭が気付かない訳もなく、今の状況へと至った。




「名前チャン聞いてる?」

『……聞いてる』

「何で避けるの?」

『……それは…。』

「言えない事なの?…僕のこと嫌いになった?」

『違う!』




逸らしていた目を白蘭の目へと向ける。
久し振りに見た白蘭の表情は真剣だった。
至近距離で白蘭を見るのは初めてではないが、こんなにも胸が苦しくなったのは初めてだ。


(なんて綺麗な瞳なんだろう)



透き通ったその白紫に吸い込まれるかのような感覚に陥る。
一体どれくらいの人をこの瞳で捕らえたのだろうか。
他の人もこの瞳に映っているのだと思うとまた胸が締め付けられた。




「じゃあ何なのかハッキリ言ってよ」

『……いよ』

「え?」

『分かんないよ!なんでこんなに胸が苦しくなるの?なんで笑った顔をもっと見たいって思うの?全部白蘭の所為なんだから!』

「……名前、チャン?」

『分かんないよ…白蘭の馬鹿』




溢れそうになった涙をぐっと堪える。
そんな情けない顔を見られたくなくて俯けばそっと抱きしめられた。
まるで壊れ物を扱うかのように。
今まで幾度も度を超えたスキンシップを受けてきたが、これほど優しく抱き締められたことは無かった。
驚いて思わず顔を上げれば温泉の時と同じ笑みを浮かべていた。




『っ…』



あの時は少し離れていたから良かったけれど、今はそんな距離は無い。
心臓が破裂しそうだ。




「名前チャン…」





少しずつ白蘭が近づいてくる。
それに合わせるかのように私は目を瞑った。




「白蘭さん、この資料の件なんですが…」

『っ』

「がはっ」





あと数センチ、というところで正一が部屋に入ってきた。
ナイスタイミングありがとう正一。
正一に驚いて思わず白蘭を突き飛ばしてしまったけれど大丈夫だろうか。
白蘭が吹っ飛んだ方向を見れば何か思い詰めたような顔をしていた。
というか私は今何をしようとしていたんだ。
白蘭と向かい合って、段々と近づいてきて、それで……キスしようとした?
先程の事を思い出してしまい、顔が赤くなる。





「…名前さん!聞いてますか?」

『え?あ…ごめん。なーに正一?』

「…白蘭さんと何かあったんですか?顔赤いですよ。」

『ききき、気のせいだよ!』

「…そうですか。じゃあこの資料の見直しお願いしますね。(…絶対何かあったな)」

『ありがとう、正一』

「いえ。それでは僕はこれで失礼します。」




ぺこり、と一礼をして正一は出て行った。
ほっと一息吐いてチラリと白蘭を見る。
表情は変わっていないけれど、ほんのりと耳が赤くなっていた。




少しずつ



(僕は何をしようとしていた…?)
(なんで愛おしいと思った?)







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