我が敵に捧ぐ鎮魂歌
背伸びしてやっと同じくらい
当初の目的通り猪を解体する私のすぐそばで、少年たちは水切りをしている。
彼らには背を向けているため水音しか聞こえないが、二人とも、我が寺子屋の子等と比べれば格段に上手だ。
毛を剥ぎ首を落として内臓を取り出し、鉈で大骨を折って持ち運び可能な大きさとしてから、流水ですすぐ。
肉に残っていた血が河を赤く染める。
私の方が川上なので、水切りをする彼らのほうに赤が届く。
流れを眼で追った先で、少年たちと眼が、合う。
「あ、ごめん」
「なにが」
「血がそちらに」
「…別に、解体してんだから、血ぐらい出るだろ」
「そうだぞ!猪の血くらい…」
「………そう」
子どもに血を見せてしまったことを思わず謝ってしまったが、彼ら、予想以上に血に慣れている。
血に対してよりも、謝罪した私に驚いている御様子…
彼らの普段の生活環境を思わずにはいられない。
………まあ、思ったところで家庭訪問など、出来ようもないのだけれど。
第一この山から出られないし、出られたとしても行ったところでぶちのめされることは想像に難くない。
私がこの猪のように解体されるわ。
そんな私が、今彼らのためにできることは一つである。
「猪肉、売る分を差し引いても私一人では食べきれないから、持ってお行き」
「ワーイ!」
なぜか生えている芭蕉の葉で肉を包んでやりながら、傍に来た少年たちに話しかける。
「最近、南の斜面にて多く人の死体を見かけます。ここから距離はありますが、木々に時折おかしな札が貼ってあったりと、油断なりません」
「それが、なんだよ」
「…気を付けてね。まだ子供なのだから」
「………。」
「………。」
残念なことに私は卑怯なので、彼らがどんな顔をしているのか、見ないように作業に徹するふりをしつつ言葉を続ける。
「…それにしても、私はこの山でしか生活できないというのに、ただでさえ狭い生活圏を潰されるというのは迷惑な話だわ。
何を理由とした戦か知るところではないけれど、早く終わってほしいものだね」
立ち上がって包みを二人に渡し、無意識のうちに、寺子屋に来ていた子等にやるように頭を撫でてしまった。
ぎょっとした目で見上げられてから、自分の行動に驚いて諸手を上げる。
「おっと、ごめん」
「…いや、」
流石の柱間少年も動揺しているのか言葉少なだ。
一方、マダラ少年も警戒して距離を取るでもなく、此方を凝視したままである。
しかしその視線は私の眼を見ているわけではなく、すこし下方、頬の部分だと気づく。
「…アンタ、傷、どうして治っていないんだ」
彼が気にしたのは、前回マダラ少年と最後に話した時に彼が突きつけたクナイの傷だ。
思いのほか深かったらしく、未だ完治せずにうっすらとではあるが跡が残ってその筋の人のようになっている。
ヤダ、そんな気にしなくていいのよ、
と言おうとしたが、彼が言わんとしていることはそんなことではないと察する。
腹を裂かれて即座に治った女のちょっとした切り傷が、なぜ治っていないのか。
いままで気にしていなかったが、確かに。
頬の傷を撫でながら首を傾げる。
「…なんでだろう?」
「なんだよ、それ…」
こちらの曖昧な返答が不満なのか、眉間にしわを寄せ、傷をよく見ようと背伸びをするので、少し屈んでやる。
それが彼のプライドを引っ掻いたようだ。
手をのばし、両手で私の頭を掴んで、親指を傷に押し当て、なぞった。
痛みは一瞬、
背伸びして
やっと同じくらい
傷が失せた。
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