我が敵に捧ぐ鎮魂歌
頭から落水
「い、いいよォそんな、これ以上の迷惑はかけられないよォ…私はこの山で幸せに暮らすよォ…」
と固辞する私をまるっと無視して踵を返し、幾許もせぬうちに少年は父親を連れてきた。
帰宅が遅くなったことを怒られでもしたのか、マダラ少年は神妙な顔をして父親の数歩後ろに無言で立っているだけだし、
親父さん眉間に凄くしわが寄っているし、
完全武装しているし、
「こんばんは、すみません…息子さんを遅くまで連れまわしてしまいまして…」
と、腰は低くするというか、もはやへっぴり腰で謝罪をしても胡散臭そうな顔で
「そういうのは結構ですので」
というかのように手を振るだけだし、
しばらく無言で観察した後、ニコッと笑って
「息子をからかうのは、もう良いでしょう。
詳細については道中聞きますから、今夜だけ我が家に泊まられてはいかがです?」
信じていないし…
しかもきっとタダではなさそうだし…
どこかの忍者だと思っている可能性が高いし…
「そのお話は大変ありがたいのですが、なぜだかこの山から出られませんで…」
「…ですから、」
その話はもう良いですよという顔の親父さんに、
「……ですから、」
その話は冗談じゃありませんよという顔で言葉を返す。
沈黙。
その間も親父さんは笑みを絶やすことなく、そのままこちらが気づかぬうちに距離を縮めて、腕を掴み、
「遠慮なさらずとも、」
塞の神の向こうへ引い、
た。
場転、
私と親父さんの二人きりで件の河原である。
「ほらぁ、だから言ったではありませんかァ!」
と私が詰ろうと口を開く前に、うちはタジマはすでに行動を開始していた。
ノーアクションでこちらの衿を左手で掴み、知らぬ間に右手に握っていたクナイを腰で構えて、掴んだ衿を引き寄せつつ体重を乗せながら、
踏み込まれたところで何をされかけているか気づく。
考える間もない。
とっさに手で防いだが、わずかに掠り、血が出る。
とりあえず、あまり意味はないだろうが、距離をとる。
「おや、意外と良い動きをしますね…
何をどうやったのかわかりませんが、時空間忍術の類でしょうか。息子をほだして、一族の情報でも集めようという腹だったのでしょうが…」
クナイに付いた血をべろりと嘗めて笑みを深める。
「そう、上手くはいきませんよ…」
ウワ…怖い…
うちはってみんな、大人になるとこうなってしまうのだろうか。
逃げ切る自信もないし、逃げる場も限られてしまっている。弁明を聞いてくれるだろうか………
くれないでしょうね。
飛んできたクナイだか手裏剣だかが、防いだ腕に刺さって、痛い。切られたり刺さったり、踏んだり蹴ったりだ。今後本当に踏んだり蹴ったりされる可能性も、ある。
思わず後ずさるが、河原の足場の悪さを忘れていた。
安定しない小石の上に足を乗せてしまい、漫画のようなスッ転がり方をする。
殺伐とした河原に突如として現れたギャグシーンである。
水飛沫を上げながら頭を強かに水底に打ち付ける。
恥ずかしい。
いっそこのまま打ち所が悪くて死にたい。
頭から落水
暗転。
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