我が敵に捧ぐ鎮魂歌
そんな顔で見ないで
池に落ちた時の距離が時系列的差になるとは、努々思わなんだ。
あんまりな現実に脈が上がり内臓が痛むかと身構えたが、昼寝をしている間に身体は見事、健康体となったようで、全く痛みも何もない。
待て待て、未だ推測の域を出ない。
確認もせずに、目の前の少年がうちはマダラとするのは早計に過ぎる。
さて、相手に怪しまれずにしてどう確かめようか。
考えていると、そんな私を何と思ったか、無害な普通の女とでも判断したのか、膝を折り顔を覗き込んでくる。
「おい、大丈夫かよ。…もうすぐ日が落ちる。迷ったなら、人里まで案内するぞ」
気遣う表情に、完全なる野郎の面影をみたが、まだ!まだわからない!
親戚かもしれない。
うちはは幼年時はみんな同じ顔をしているので。
いやしかし、この申し出はありがたい。
マダラさんとの再会をただ待つだけでは、いつになるのかわかったものではない。
とりあえず、落ちた現場であるココに近い人里に身を置くのは、現状においては最善であろう。
「………心配してくれて、ありがとう。身体は問題ないようです。
人里への案内、ぜひ、お願いしたい」
「わかった」
頷くと、若さ溢れる身軽さで立ち上がり、一瞬迷い、手を差し伸べてくれた。
良くできた子だ。
礼を述べ、ありがたくその手を掴んで立ち上がる。
おっ、意外と力がある…
などと思いながら砂を払っている私を、冷静に観察している少年は、第一印象の通り、聡い子なのだろう。
おかしいと感じたところを質問し出した。
「あんた、履物は無いのか」
「…そういえば、無いな…流れてしまったのかもしれない。でもまあ、この足袋、結構厚いので大丈夫でしょう。」
「ふぅん…」
さほど興味が無さそうな風で居るが、その、目を細める顔は不審さをうっすらでも感じ取っているときの顔だ。
現に、案内にと歩き出しても私に背を見せないように前を歩くのではなく、横を歩く。
始めは細い獣道だったが、そのうちそれなりに拓けた、人や馬が踏み固めた道に出た。
木々の隙間から、麓の人里がちらりと見える。
想像したよりも、近い。
足袋の底も保ちそうだ。
小さく息を吐くと、道についてしか物を言わなかった少年が、ちらりとこちらを横目で見やり、優しい声を出した。
何事もなく私と別れられそうだからか。
完全にではないけれど、警戒を少し解いているように、感じる。
「日が、落ちる前には着くぜ。良かったな」
「そうだね。本当に助かった…落ち着いたら礼をしたい。
そういえば、名乗りがまだだったね。私は青子と言います。君の名は?」
「………俺は、マダラだ。」
その場に片膝を付き両手を口元に当てて太陽に
「バカヤロー!!!」
と叫ぶもやぶさかでなかったが根性で堪えた。
ゆっくりまばたきをして
「マダラくんね。覚えました」
と言った声は、震えていなかっただろうか。
あーあーもう本当に厭になっちゃったなアー!
絶望しかないなアー!
ちょっとばかり捨て鉢になるが、なったところでどうしようもあるまい。
山と人里のちょうど境界に立つ、塞の神がみえてきた。
「あそこを越えたら、すぐ町だ」
と指さす横顔は、まあ、まごうことなく事の元凶様である。
この少年がああ成るのだ。
時の流れって本当にこわい。
………仕方がない。
とりあえず拠点を得てから、今後どうするか考えるしかあるまい。<ああ成る>まで待つつもりは無い。
そう、腹を決めて塞の神を通り過ぎようとした
の
だ
が
?
一瞬のうちに景色が変わり、気が付くと私もマダラ少年も、元の川辺に立っていた。
お互いぎょっとして顔を見合わせる。
そんな顔で見ないで
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