我が敵に捧ぐ鎮魂歌
きみの世界を守らない
若くして一族の長となり、然程時を経ていない彼は、己が一族を庇護することが最優先事項となっている。
我を抑え、役割に徹する責務が人生の総てと肚を括っているのだろう。
久しいエンカウント以降の彼の様子を観察する限り、生まれ持った才と努力によって培われた強靭な精神と肉体を限界まで酷使することに慣れてしまっていることがわかる。
常にキリキリと張り詰めさせた精神の糸は強靭といえども一本一本はひどく繊細であり、摩耗している。
そして、それを本人もよくよく承知している。
よって、なにやら都合よく糸を緩められる場所を見つけられたのは、
「兄さんにとって本当に幸運だったと思うんだよね」
「………………そうね」
持参した団子の棒を振りながら、口の端にみたらしのたれをつけてふんぞり返るうちは弟に相槌を打つ。
件の兄さんは遅れて来るのだという。
確かにいつ来ても良いと言った。しかし彼らが今までの経験から想定される頻度を遥かに上回って突撃してくることになろうとは思わなかった。
寝起きドッキリの後、細胞問答が起こると思いきや、青年はこちらが拍子抜けするほどあっさりと、気に入った茶葉を土産にして帰っていった―――…
その翌週にお礼の自然薯を持ってやって来た。
その後も何かとお土産を持って、週一くらいの頻度でやってくる。
ぷんすかしながら弟もやってくる。
近頃は弟だけでもやってくる。
春の花びらを頭にのせて、
夏の熱気を衣に纏って、
秋の落ち葉を足裏につけて、
冬の白さを口から噴いて、
兄弟は瀑布をくぐり来る。
兄弟がかわいい。
うちはは実害がなければかわいい。
うちは弟の頬のたれを拭ってやりながらほっこりとしてしまう。
アバラ折られたことはチャラで良い。子どものすることゆえ許します。
この調子で、ほどほどにひねくれず生きて欲しい。
よろしくたのむ。
「……青子」
願った途端にこの様だ。
季節が数度巡り、雨季。
濡れ鼠がその様と同じく、じとりと湿度を絡めた声で名を呼ぶ。
「……傘はどうしたの。身体を拭いて、火に当たりなさい」
普段から重そうな頭が雨水を吸って更に重たげに顔を隠している。
あまり意味あないだろうが手ぬぐいで顔だけで拭ってやろうと、髪をかき分け顔に触れる。
しばらく来ないうちに、異常なほどにやつれてしまった。
隈が酷い。
冷え切っている。
触れている手からどんどん熱が奪われる。
きみの世界を守らない
「イズナが死ぬ」
「助けてくれ」
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