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我が敵に捧ぐ鎮魂歌
ようこそ、またね

絶えることなく滔々と、溜まり溢れる滝壺がある。

以前、忍の子らが水切りをして遊んだ河原より更に上流、源流といって良い。
木々が繁り鬱蒼としている中、滝の近場は枝がわずかに伸びるばかりで陽が零れ明るい。

その瀑布の裏、深く奥まで続く洞窟があった。

水から上がったその場所は、昔は誰かの修行場だったのか、隠れ家だったのか。
私が見つけたときには、木炭と湿気た火薬とすえた臭いがして蜘蛛の巣だらけ、それを潜りゆくと、奥に、なかなか豪奢な長座布団と人骨が転がっていた。
先住民だった彼だか彼女だかは、今は滝壺の畔、風の通る木陰で眠ってもらっている。

蜘蛛の巣を払い、場を清め、床にスノコを敷き、行商から買い取った簡易的な衝立を滝と陸地の間に立てて風避けとした。

以上が私の住処である。

此方へ来て早数年経つけれど、我が家へ客人を呼んだのは初めてだ。


ようこそ、またね


真っ赤な眼からゆるりと顔を背けて、とりあえずゆっくりお話をするために住処へ招いた。

うちは兄弟に席とお茶を勧めつつ、自分の中の感情が怒りから悲しみへ移行していることに気がつく。

あまりにも急な出会いと急な成長に動揺したため、ふと息をするたびに忘れてしまうが、この子らはまだ幼い。
年相応であることを許さなかった環境を思うと胸が痛まないでもない。
一族の長という重責、放尿中に後ろに立たれるだけで排尿中断してしまうほど繊細だった子が、どれだけの苦労をしていることか。


『まあ、体の一部はあげませんけれどね』

「なんだよケチ。どうせ腕とか取っても、兄さんが居ればまた生えてくるんだろ。いいじゃん」

『よくないでしょう。生えないかもしれないでしょう。かわいい顔をしておそろしいことをいう子だね。
そもそもそこに私の益になることはあるの?』

「印を使わない再正なんて、そういう一族としか思えないからね。普通ならそんな怪しい奴は即殺だよ。それをしないで猶予を与えているだけ優しいと思うけど?
調べて僕らも満足、調べられて命が助かる、いいでしょ」

『勝手だねえ……』


物騒な内容に呆れたような呟きを返しつつ、のんびりお茶を飲むが、内心それどころではない。
なぜなら間違いなく、この身体には「そういう一族」の細胞が移植されているからである。
見分ける技術の有無は知らぬが、良い方向へ行かないことは確かだ。
のらりくらりとかわして、お茶だけ飲んで帰っていただきたい。意識して瞬きをゆっくり、する。そうしなければ、緊張でばっさばさ不要に瞬いてしまう。
無言でじっとこちらを見つめる兄のほうに、緊張がばれてしまいかねない。


「のらりくらりとかわして、茶だけ飲んで帰れ、と顔に書いてあるぞ……こうなることはわかっていただろうに、なぜ俺たちをここへ招いたんだ」


ばれていた。
しかしその声には糾弾するような色はなく、初めて会った時の、こちらを心配するものと同じだったので、あの頃の子どもに対するように他意なく言葉を返してしまう。


『……だって、最後に会った時に約束をしたでしょう。住処に案内すると……
それなのに何年も会えないし、山の中しか行けない私に山が木っ端みじんになるなどと言うし、身体の一部を寄越せなどと言うし、あんまりでしょう。
ほかにも言いたいことはありますよ。でも、今、一息に言葉にしたら感情が高ぶって泣き出してしまうかもしれませんよ。泣き喚きますよ、私は。いいんですか。いい年をした泣き喚く女をたしなめる時間と覚悟がありますか』

「それは脅しなのかよ……」


身も蓋もないような、もし行われた場合は互いがちょっと居たたまれなくなる行為を断固として「やるぞ」という、今の此方の世ではあまり無いタイプの脅しに慄く弟。
そしてその隣の兄はというと、

その脅しも、弟の慄きすらもおかしげに、少しだけ口元を緩めて


「そうか」


と応じた。


「お前を泣き喚かせるのは本意ではない上、宥めて話を最後まで聞く時間もどれほどかかるかわかるものではない。今の俺たちにその覚悟はない。出直すことにしよう」

「えっ」

「居場所はわかった。また来ればいいだろう」


兄の言葉に驚く弟を暇を促すマダラ青年に、念を押す。


『……ありがとう。でも、お山の木っ端みじんは、どうかやめてください。約束をして』

「……わかった、努めよう」


かなりふわっとした約束ではあるが、無いよりはましだ。
短く応じて踵を返す。
彼なりの思惑もあるだろうが、とりあえず目前の危機を脱した安心感で息を吐きつつ、見送ろうと、改めて視線を上げた、その先の、

その背中の、線はまだ細くも残酷なほどに逞しい背中が、


『待って、』
『もう一つ約束を』


思わず呼び止め声をかけてしまうほど、ふつとわいた感情を抑えられない。
訝しげに振り向く青年に駆け寄り胸元に手を添える。


『……ごはんをちゃんと、食べること。ちゃんとゆっくり眠ること』


予想をしなかった言葉にぽかんと呆け、図らずも見られた年相応の顔に頬を緩めてしまう。


『またおいで』



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