我が敵に捧ぐ鎮魂歌
速贄を攫う眼
思い出補正とは恐ろしいものらしい。
骨を治してもらった後の、ちょっとした思い出話や近況報告から、察するに余りある好意だか執着だかを浴びてじわりと背中に浮かぶ汗よ。
本来であれば、幼年時の初恋のお姉さんは、当然自分の年齢と比例して歳をとり、「お姉さん」ではなく「おばさん」となる。
「この人もこんなに歳をとるのか」
と、当たり前のことにがっかりするか興奮するかは各々の性癖にもよるが、さておき、その差を思い知ることに変わりはない。
しかし、
しかし、
こちとらおかげさまで外見年齢の変わらぬ、妖怪に近い体たらく。
初恋のお姉さんはそのままに、己がお姉さんに追いつけるのである。
そして冒頭にも述べた、思い出補正だ。
「幼いうちからルート変更作戦」は見事に失敗したと考えてよろしい。
あきらめるのはまだ早いなどとぬかす輩は、眼前に立つ青年の眼光を見てから、もう一度言ってみなさいよ。
速贄を攫う眼
ついでに少し離れたところに立つ弟もこちらを射るような眼で見ている。
前から横から見つめられ本当に穴が開きそう……などと女々しいこと言っている場合ではないようだ。
ちょっとは若さが残るが、その顔。
色々なことを頭の中でたくさん考えて自分なりに最重要と判断したことのみを口にしようと言葉を選んでいる顔だ。
その結論に至るまでの経緯を言わないから、結論だけ聞くと「なんでやねん」となるのだ。
突飛なことを言い出す覚悟をしなければならない。
もしくは突飛なことを言い出す前に会話の主導権を握らなければならない。
『……ご尊父が亡くなられたとは知らず、不義理なことでした。ご愁傷さまです。まだ若いのに長になるなんて、苦労もあったでしょうに』
「弟がいる。問題はない。こちらも、お前を気にしてやれずにすまなかった」
『それこそ問題ないよ。もう本当、この山が木っ端みじんにならない限り問題ないよ……』
むしろここまで成長してしまった以上、このまま気にせずに生涯を過ごしてもらったほうが良い。
ところがどっこい、
「木っ端みじんにはならないが、丸焼けになる可能性がある」
などと言い出す。
なんだかんだ長らく住み親しんだ山が丸焼けになるとおっしゃる。
ここから出られないというのに、そもそも誰のせいだと思っていやがる、こいつめ、という気持ちを隠せない。
先ほど首と胴が離れたばかりの人たちを指さして凄む。
『何で……戦火がここまで来ているのは今に始まったことではないけれど……それとこれとは話が違うな……よそでおやりよ……そこの人たちにも言ったことを、どうしてあなたにも言わねばならないの』
「怒るな」
『怒ってはいません。怒っては』
怒っている。
いままで居場所がなくなる可能性から適度に目をそらしていたというのに、無理に見せられ、完全に心が乱れている。
乱れたのではない。
乱されたのだ。
そんな私を宥めるように目線を合わせさりげなく肩に触れ、逃げられないように掴まれる。
ハッと気がつき視線を合わせた先の赤い眼にギクリと、一瞬震える。
しかし私には、此方の世の、術の一切が通用しない。
それを知らず、その子は震えを術の発動と思い、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「大丈夫だ。
この山から出る手筈は整える。住む場も提供しよう。俺たちのそばに居れば、お前が怪我をしてもすぐに治すことができる。そのためには、」
「すこしばかり、お前の身体を調べなければならないのだが……
体の一部を貰えるかな」
アア、本当に、大きくなってしまったね。
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