[携帯モード] [URL送信]

やるせなさとほんとうのぼく
かわき

日がもうそろそろ明けようという頃、
身体を清めていると、寝室から悲鳴が聞こえてきた。

大方、起きたら知らない部屋の知らない布団で寝ていることに由嶌が動じているのだろう。
彼は、我が隊にはいないタイプの、繊細な男だから。

乾いた手拭いで水気を取り、手早く着替えようと襦袢に手をかけたとき、背後のふすまが開いた。

先ほどよりやや大きめの悲鳴が上がる。


「なぜ!お前が!」


私の顔を見て呻き、次に私が全裸であることに気づいて絶句する。
よく回る頭が一つの結論をはじき出したらしく、顔を赤らめ震えながら口に手を当てる姿は、学生時代と変わらぬ可憐さである。


「大丈夫、落ち着いて。何もしませんでした」

「嘘だ…!お前の大丈夫は大丈夫だったことがない…!いいから早く服を着ろ…!!!」


恥じらうように私に背を向け、己の身体を護るように抱きしめている。
うなじが色っぽいなどと思ってしまうのは、一晩中、由嶌の怪我を霊力で治していたためであろう。慣れないことをするとひどく疲れる。
私も疲れているが、由嶌も疲れているようだった、そういえば。
襦袢だけ羽織り声をかける。


「ずいぶんと疲れているようだった。道に倒れていたのよ…私が通らなかったらお前、どうなっていたことやら…暴漢に見つからなくて本当に良かった…」

「………背後から打撃を食らったように、記憶している」

「まあ!いったい誰が…」

「………。」


先刻ご承知なため息をついて、あきらめたようにその場に座り込む背中の哀愁よ。
黙って茶を煎れ、横に置いてやり、背中を合わせる状態で私も座る。


「なにかあったの」

「………別に、無い」


私も、まあ、それなりにコミュニケーションスキルを磨いているので、この<別に>と<無い>の間に<お前に言うことは>が入ることは理解できた。
確かに数年ぶりに会った学友なんて、胡散臭いもの以外の何物でもないかもしれない。
しかし、<久闊を叙す!>の状態にしたのはお前だぞ…
頑なな沈黙に、ふつふつと怒りが湧いてきた。
実に手前勝手な怒りだけれども。
感情は抑えず噴出させることを厭わない隊風故、ためらいなく今回も噴出させることとした。


「…そんなふうに手前の胸の中だけで強く思いつめるから、なんの解決もしないんじゃあないんですかァ」


嫌味たっぷりに吐き捨てた瞬間に頭に茶をぶっかけられた。
猫舌の野郎のためにぬるめに煎れたお茶だ。

この野郎。

眼を見開いて相手を振り返ると、いつの間にやら奴は立ち上がっており、自然と見上げる形となる。
肩を震わせ見下ろす顔は、ちょっと、いや、かなり恐ろしい。
すごく怒っている。
美人が怒ると怖いって、本当だったんだ…

気圧されて生唾を飲む。


「言ったところで、何の解決にもならん…!何の役にも立たないだろうが…!!!」


絞り出すような声で酷いことを言う。


「由嶌…」


なだめるつもりで名を呼ぶけれど、ふいと横を向いて、聞く耳なしの体だ。
そのまま玄関へ向かい、捨て台詞を吐いて出て行ってしまった。


「服をちゃんと着ろ!」








「と、いうことが昔ありましてね…

その後、連絡も取れなくなって…まあ連絡が取れなかったのは常のことなので気に留めなかったのですが、しばらくしたら、<由嶌>なんて死神は居ない、なんてことになっているではありませんか………今度こそ、ちゃんと、冷静に話がしたいのに…
だから、勇気を出してこちらの、十二番隊の飲み会に忍び込んでいるんですよ…でも全然忍び込めていませんね…すっごく浮いていますもんね私!さっきから三席の方、すっごくこっち見てますものね!怖い!

ねえ、本当に由嶌という隊員をご存じありませんか」


ぐらっぐらに酩酊しつつ他の隊の死神に絡みながら、由嶌についての情報を集めているのだが、いかんせん酩酊しているものだから、集まるものも集まらない。
変わら阿呆を、赦してほしい。

そんな私を、どこか嘲るように、懐かしそうに眺める隣の男は、十二番隊の七席だという。
左右で違う髪色なのに丸眼鏡で、うだつが上がらない感じがどこか懐かしくて、声をかけたのだった、そういえば。


「さあ………知りませんねぇ」




(『やるせなさとほんとうのぼく』了)

[*←]

4/4ページ


あきゅろす。
無料HPエムペ!