忍者
夜明けまでおしゃべり・下
外は吹雪の雪山で、唯一の光源である暖炉を囲み怪談話……
「青蛙堂鬼談」風に始めるならば、
「「第一の男は語る」」
といったところか。
「雪山での怪談といえば<四ツ角>が有名だが、有名すぎて面白味もない。
これは俺が七つの頃、我が一族に伝わるサバイバル演習でのことだ」
この時点ですでに聞き返したいことが一つ二つあるが、ここで中断すると話が進まないので耐える。
「俺たちの一族は、原則七つになると、夏の長期休み中に一族保有の山へ一週間ほど投げ出される。大人は子に演習を察せられぬよう注意し事に任たる。勘が良い子が相手の場合は寝ているうちに山へ放置する。俺がそうだった。目覚めると山の中、近くには一人用のテントや寝袋、鉈のみが用意されていた」
「怖……」
耐えられずについ思ったことが口から出てしまった。
「怖いのはこれからだぞ」
「だって……七歳児にテントと寝袋と鉈だけ渡して山に放り出すって……何、……何のために……」
「……雪山で遭難した時などに生き延びるためだ」
なるほど……
しかし七歳で行う必要はないのでは……
薄々、一族郎党オカシイと感じていたが、やはりオカシイらしい。そういえばこの場にはもう一人その一族がいる。
「オビト君もやったの……?」
「俺は七つの頃は両親が死んでそれどころではなくて……」
「そ、っか……」
思いがけず重い話になり怯むが、この様子では一族サバイバル演習は未履修らしい。
道理で比較的まともに育っている。
「十三でこの人に引き取られた時にやられたよ」
「…………。」
履修済みだった。
「あれは夏休みに入って直ぐの事だった……妙に機嫌の良いジジイが、山に行くぞ、と言うもんだから、俺はのこのこ着いて行ったのよ。だって、引き取られて初めての夏休みで、機嫌の良い大人が、山に行くぞ、って言ったらさ……キャンプだと思うじゃん……」
ごもっとも……かわいそうだが仕方がない。その一族に生まれた宿命なれば……
沈痛な面持ちで頷き合いつつ、女子高生のようにきゃいきゃいする我々に対し、語り手は心外とばかりに肩をすくめてから、話を進める。
「サバイバル演習の必要性については後々ゆっくり話す。演習中の一日の流れは大体、昼のうちに寝床の準備や食料の確保を行い、時間があれば山の中の散策をする。より良いキャンプ地があればそちらへ移動するくらいで、あとは特に代わり映え無く一週間を終える。
そのはずだった。」
急に怪談調になるので、聞き手二人もつい静かになる。
そういえばこれは、身内のヤバい慣習の話ではなく、怪談だった。
「その日、俺がキャンプ地としていたのは、川から少し離れた高台だった。落石や地崩れの危険性が低い場所にテントを張り、早いうちから床に入った。6日目の夜だった。あと一日で演習も終わる。正直、早く帰りたかった。塩気のあるものが食いたかったし、温かい湯に浸かりたかった。
疲れていた。七つの子どもだったからな。
すぐに寝落ちたが、しばらくして目が覚めた。
草木も眠る丑三つ時というやつか、呼吸音さえも夜闇に溶けゆくような静けさの中、テントの周りを何かが巡り、砂利を踏む音がした。その時点で俺は、音の間隔からムジナあたりだろうと思ったが、良くないものかもしれないので、鉈を引き寄せて鯉口を切った。しばらくすると何かの気配も足音も離れていった。一応用心のために、そのまま鉈を握りしめてはいたが、この数日の中で初めてのことだったので緊張した。だがよくよく考えると、最終日直前に一族の大人が仕掛けた肝試しのようなものだったのかもしれないとも思い始めた。そんなことをしているうちに、空が白み出したようなので、身支度を始めようと、テントから出たところで、ぞっとした」
聞き手揃って唾をのむ。
声が良い上、話が上手い。
「―――……キャンプ地の地面に砂利などなかったのだ。細かく豊かな土に覆われ、広葉樹の茂る高台だった。ではあの足音は何だったのか。今になってもわからないが、まあ、山では往々にしてそういうことがある。
俺の話は以上だ」
……シンプルかつ、山の中で聞くと怖さが倍増するタイプのやつ……
クリスマスイブにここまで本格的な怪談を聞くことになるとは思っておらず、なんでもなさそうな顔を装いながらもプルプルと震えて身を寄せ合っている。
オビト君め、子どもばりの体温の高さと脈拍の速さ……。
おかげで恐怖が増す。
怪談開始前より格段に物理的距離が近くなっている聞き手共に気づいた語り手が不満そうな声を上げる。
「おい、怖いのならば俺の近くにも寄ればいいだろう」
「語り手に寄るわけないでしょ……」
「穢れっぽさすらあるぜ……」
えんがちょをしながら距離を置こうとすると、憤然とした顔で詰め寄ってくる。
顔が影になってさらに怖い。
そんなじゃれあいをしていると、ふいに窓や扉の隙間から光が漏れ、外が明るくなったかのような気配がした。オビト君もそれに気が付く。
「アレッ、もう朝か」
などと言いながら、扉を開けようとするので、制する。
「ちょっと……流石にまだ朝ではないでしょう……きっとこう……月とか……そういう明かりよ」
「「雨月物語」のようにな」
吉備津の釜……
正太郎の末を想像し、各自無言になったその絶妙なタイミングで、外から山小屋の周辺を回り込むようにじゃりじゃりと砂利を踏むような足音が聞こえた。
馬鹿な。
外は雪なのでじゃりじゃりするはずはない。
「キャアッ」
目を見開き両手を胸元に寄せて悲鳴を上げたオビト君は、素早い動きで私を盾にするように後方へ回り込んできた。
こいつ……
しかしやむなし。許す。まだ学生ゆえ。
近場のスキー用ストックを構えて外の気配を探る。
我々と同様、雪山登山を楽しむ最中、寝場所を探す人である可能性も無きにしも非ず。
「……Wer ist da?」
「俺だ」
ゾッとした。
なぜならその声は、ここに居るはずはない人間のものだったからだ。
扉を開けようとすると、知らぬ間に隣にいたマっさんがこちらの手を掴む。
「開けないほうがいいのではないか。本人でもヒト非ざる良くないものでも、どちらが外にいても開けない方がいいのではないか」
「……でも……これが本人でも……ヒト非ざる良くないものでも……このタイミングでアイツが外にいるの……めちゃくちゃ面白いから開けないわけにはいかないよねえ……」
そうして私は、彼の制止を振り切り、扉を開けてしまったのだった。
夜明けまでおしゃべり・下
そこにいたのは、かんじきとスパイクのついた靴を履いた千手弟だった。
じゃりじゃりしたのは凍り付いた雪の表面をスパイクで砕きながら歩いた音だったのだろう。
「馬鹿者どもが。よりにもよってこの雪山で遭難など!」
「開口一番ガミガミなさる」
「何故お前が来る。柱間を出せ」
「というか、何故千手の方がココにいらっしゃるので?」
やいのやいのとうるさい遭難者どもを相手に、扉間氏はこめかみに血管を浮かせてねめつけてくる。
「……ここは高度成長期に千手が買った山だ。千手の子どもは七つになると、冬の長期休み中にこの山で(以下略)」
どいつもこいつもオカシな慣習のある一族らしい。
諸君、友人は選んだほうが良い。
私も今回の教訓としたい。
その後我々は夜明けを待ち、扉間氏の持参したかんじきを履いて、山小屋から500mほど下方のロッジまで下山した。
なお、ロッジのオーナーが千手であることもこの時判明し、ドキソ会は喜び勇んで、当初の予定通りもしくはそれ以上に楽しく容赦なく休暇を過ごしましたとさ。
しかしめでたくは終われない。
明け方山小屋から外へ出た時に気づいてしまったのだが、外は新雪のふわふわとした雪質で、スパイクやかんじきで歩いたとしても、全くじゃりじゃりとした音は出なかったからである。
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20181224
HAPPYBIRTHDAY MADARA
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