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忍者
そうしてチャイムの音(マダラ)

メランコリックな気持ちになって最終列車で一人海を見に行ったら砂浜はアベックだらけで居場所を探し磯のほうへ行くと「この世に神も仏も無ぇ」という空気を海にまき散らしながら入水自殺遂行中の男の人と鉢合わせてしまった。
腰まで浸かるところを見ていたけれども本当にどんどん入って行ってしまうものだから、安易にも

『もし、お兄さん』

と声をかけてしまったのである。
思えば、本当に、安易であった。
成り行き上、彼の身の上話を聞かざるを得なくなり、できれば今後一切の縁を持ちたくないため、私自身は彼の方を見ないよう、ひたすらに水平線の向こうに目を向けたままで話を聞いていた。
いや、正直三分の一くらいしか聞いていなかった。
元来他人の話を聞くことが苦手であったし、内容、というよりも話し方?言い回し?文体?が、心を病んで新興宗教に走り結局戻ってこなかった友人に似ていたため、まともに聞いているとつらい想いしかしない・と脳が判断し、適度なシャットアウト機能が起動していた。それに、こういった状態の人は、別段相手に伝達の意図をもって物を言っているわけではない。話を聞いている、というていでいる相手がいれば良いのだ。

そうしてうっそりと暗かったあたりが見つめていた水平線の向こうから線をのばすように明るくなって顔に光を浴びせるようになると、唐突に彼は話をするのをやめて、言った。


「さて、行くぞ」

『……あっ?はっ?どちらへ?』

「イズナが生前好きだった場所100選の旅だ」


イズナとは亡くなった彼の弟である。
なにやら諸々あり、弟を死なせてしまった自責やら家庭内の問題やらを拗らせた結果の入水だったらしい。
相槌に私が

『強く生きて』

やら

『ご自身のためにも弟さんのためにも菩提を弔う旅に出られては』


などと数時間前に言ったことを受け入れ行動に移そうとしているようだが、なにがどうして私も同行せねばならないのか。
この類の人間はその考えに至った過程を言わないところに問題がある。そして言ったとしても内容が一般の人間には理解できないことが多々ある。
どちらにしろ危険だ。
聞かないことにして丁重にお断りすると、案外あっさり引いた。
そりゃあそうか、自殺を止めたからといって、所詮は数時間前に出会ったばかりの他人だ。勢いで見ず知らずの人間と旅をするなど私のような20代ならばともかく、この人はどう見ても三十路は越えている。
別れ際の背中に、


『では、お気をつけて!』


もう二度とお会いすることも無いでしょうが、と心で付け加えながら言うと、振り向いた顔は朝陽が似合わないにも関わらずおそろしいほど美しくて、ぎょっとした。


そういう人に出会った。


―――…という思い出として、私の中では終わっていたのだが、数日後、覚えのない名前から絵葉書が届いた。


[先日の恩は忘れない]


という一文のみだが思い当たることが一つしかないので差出人=自殺未遂者ということを理解できた。
絵葉書は竜飛岬だ。
石川さ●りか。
絵葉書のチョイスにジェネレーションギャップを感じる。
それからも日本各地より


[ここでお前に会わなくて良かった]〜東尋坊〜
[京都はやはりうつくしいな]〜南禅寺〜
[アウトドアも悪くない]〜ともやま公園〜


などの絵葉書が届いた。
弟さんはサスペンス厨だったのだなあ、だとか、この人仕事は大丈夫なのか、だとか、思うところは本当にたくさんあるが、一番の問題は、私は自分の住所はおろか、名前すら彼に教えた覚えはないということにある。
先日100通目が届き、最後の絵葉書には


[では迎えにいく]〜ディ●ニーランド〜


という言葉が添えられていた。
迎えに来られても困る。





そうして
チャイムの








(クロムさんへ)


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