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忍者
サンセットラッシュアワー(マダラ)

(※現パロです)


久闊を叙す。
皆さん覚えておいでだろうか。
稲荷寿司専門店豆狐勤務の黒子である。

さて、巷ではチョコレートを知人に季節の挨拶のごとく渡し合う行事、バレンタインデーだ。愛を伝えるだのなんだのという意味合いすら、もはや消えつつある。御年賀やお中元、お歳暮のようなものといって良いだろう。
そんな世の流れに漏れぬようにと考えたのかトチ狂ったのかは知らないが、今年より我が店は期間限定商品として“チョコレート稲荷”を打ち出した。

「ばかやろう、誰が買うんだ」

と従業員の誰もが思ったが口に出すというのは野暮というもの、

「なるほど、黒糖稲荷もありますから、アリですね」

などと返すように、中間管理職員からはお達しがあった。
しかしアレは黒糖だから良いのであってチョコレートがアリな理由にはならないのである。チョコレート&稲荷寿司、カレーに入れるのとは訳が違う。私が従業員でなければ

「試食を本当にしたのだろうな」

とお客様アンケートカードに書き綴ったことだろう。

兎にも角にも、どんなに悪ふざけの産物のような稲荷寿司であっても稲荷寿司であれば売らねばならないのが稲荷寿司専門店従業員の宿命だ。さだめ、と読む。
だがネーミングからしてヤバめとわかるため、いかなる客層からも敬遠されており、当店舗では現在販売個数、期間最終日にして両手の指で足りる数となっている……
それでも売らねばならない、仕事であれば……
売らなければ持ち帰るはめにもなる……
嫌だ……絶対に……


「ハッピーバレンタイン!チョコレートなんてあげたかないけれど今後の人間関係上渡しておかなければならない相手に!チョコレート稲荷はいかがですかァ!」

「もらおう」

「ありがとうございます!」


まさかのお買い上げに笑顔で声のほうへ振り返ると、上客もといご近所さんが、仕事帰りなのかスーツ姿でこちらの営業スマイルも霞むようなスマイルをかましていた。
Shit!
野郎にはストーカー規制法による警告をおこなったため近頃視界の端に時たま入り込む程度の関係であったというのに、このタイミングで!客として!堂々現れるとは……何をたくらんでいるのか分かったものでは無い。
しかしストーカー紛いの忍者っぽい行動をするご近所さん以前に、野郎は上客だ。
見よ、この仕立ての良いスーツ!
くそォーブルジョアがァー!

と穏やかでない心中を出さぬように気を付けながら言葉を返す。


「おいくつ、要り様ですか」

「あるだけ頼む」

「」


思わずワンテンポ置いてしまった。
一応の確認、


「チョコレート稲荷でよろしいのですか」

「ああ」


ノルマ達成。持ち帰らずに済む。
やっぱやめた・などと言われぬうちに、いそいそとチョコレート稲荷を全て包むが、いかんせん量が多い。また、無言でこちらの一挙一動をじっと見られている状態も包装の手が遅れる原因となっている。
会話で相手の気を散らせることとする。


「…チョコレート、お好きなんですか」

「…いや、特別好きなわけではないが…」


それきり会話は途絶えてしまう。
以前であればこちらが1話しかければ10返ってきたのに……もしかして、もう私のことなど何とも思っておらず、単なる稲荷寿司好きとして変わりモノをセレブ買いしているだけなのだろうか。
なんだ、ただの、こちらの自意識過剰か。
ちょっと恥ずかしい気持ちになり、その後は黙々と稲荷を包む。


「お待たせしました」


この人に、構えることなく言葉をかける日が再びこようとは!
売れない商品をすべて買い取ってくれる感謝の気持ちも込めて、紙袋の持ち手の端を握り、底に手を添えて少し丁寧に渡す。
それが過ちであったと、おのれの手ごと袋を掴まれた瞬間に気づく。


「別段チョコレートは好きでも嫌いでもないが、」
「大切なことは、今日黒子からチョコレートに関連したものを受け取る、という行為にあると思ってな……おいしくいただこう」


などと言いながら指を一度絡ませた後にきびすを返し、去って行った背中に塩を撒きたくてたまらない。
それにしても発想が怖い。


サンセット






(Thanksりんさん)

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