忍者 がらんどう‐後‐(創設弟組メイン) 確かに、私が勝手にイメージしていたおどろおどろしい歯医者とは異なる、クリーンな歯医者といった趣だ。 しかし油断してはならない。 クリーンさをうたっているところほど、裏ではえげつない真似をしているというのが世の常だからだ。 中に入った途端に待合室中に響き渡るドリル音で震えることだろう… という予想に反して、待合室は静かなものだ。 子どもの泣き声一つしない。 少し緊張を解く。 「………私は心配をし過ぎていたかもしれませんね」 「でしょう。この辺りでは有名な歯科医院なんだから!」 自慢げに言うイズナ君を微笑ましく思える程、心に余裕を持ち始めた頃、診察室から名を呼ばれた。 これは、大丈夫そうだ。 診察室の扉を開く。 閉める。 脱兎のごとく、出口へ全力で走ったが気づいたイズナ君にタックルで止められてしまう。 「いやだァアアア―――ッ!!! 凄いドリル音だし!子ども泣き叫んでいたし!防音ってだけじゃん!診察室と治療室が防音ってだけじゃん!」 「そうだよ!待合室での無駄な緊張が無くなるでしょ!?」 「それに!きれいなお姉さんじゃなかった!イケメンだけれどすっごく怖そうな男の人だった!嘘吐き!イズナ君の嘘吐き!」 「兄さんは怖くない!お願いだよ、逃げないで黒子ちゃん、大丈夫だから。兄さんは一部でゴッドハンドと呼ばれるほど虫歯治療が上手いんだ…ただひとつ惜しむべくは…奇形歯厨というだけで」 はっ、と息をのみ、今回の彼の甲斐甲斐しさの理由を知る。 「黒子ちゃん、上の左右2,3,4が奇形だね…?だから<良い歯のコンクール>候補にはなったけれど出られなかったんでしょ…?頼むよ…兄さんの喜ぶ顔がみたいんだ…」 「やだやだやだやだ無理無理無理無理…助けて扉間君!」 「…すまない。来週に俺の兄者の親知らずを抜くことになっているのだ…今回お前の連行を手伝えば、兄者の抜歯の際、麻酔をかけてくれると…取引を持ちかけられてな…俺はお前が実験体になるより、兄者に麻酔をかけたうえで治療を受けさせてやりたいのだ…」 「このブラコン野郎ども!」 拳をリノリウムの床に叩きつけての抗議も物ともせずに、ブラコン共に担がれ診察台に運ばれた。 万事休す。 右の診察台からは子どもの絶叫が聞こえ、左の診察台からはイイトシした男性のすすり泣きが聞こえてくる。 阿鼻叫喚とはこのことであろう。ここは地獄か。 怖そうなイズナ君のお兄さんは無言のまま、私にはよくわからない道具を準備している。 観察する限り、どう前向きな見方をしても拷問機具にしか見えない。 ぷるぷると私が普段扱っている実験動物のように震えていると、準備が整ったのか、私から右斜め後方にやってきて診察台を倒された。 微妙に死角だ。 怖い。 「…口を開けて」 ぷるぷるしながら口を開く。 親指が軟口蓋に当たるほど奥に入り、昨日食べたぜんざいをぶちまけてしまいそうだったが、幸いにも惨劇が起こる前に指は引き抜かれた。 「虫歯は、腫れてはいるが大したことは無いので、少し削って詰めておくくらいで良いだろう。あとは…上、左右2,3,4の歯石でも取っておくか。 ではまた口を開けて」 顔や前情報で判断していたよりも話しが分かりそうなお兄さんなので、口を利く勇気が湧く。 「あの、」 「なんだ」 「私、歯医者って初めてでして…痛いときなどは、どうすればいいでしょうか」 大切なことだ。 こういう質問も少なくは無いのだろう。 少し優しい顔をして、うなずきながら応じてくれた。 「耐えろ」 がらんどう‐後‐ 「虫歯治療は確かに痛くなかった。でも倍以上の時間奇形歯いじられたし、歯石取るのすごく痛かったよ、イズナ君」 「そう?」 [*←][→#] [戻る] |