「あっ、あっ、あんたなんて格好してんのよ! この馬鹿!! 変態!!」

 返す言葉もございません……。いやだってまさかこんな場所に女子高生が来るとは誰が思うだろうか。
 綺麗な紅葉が残っているだろう、ひりひりと痛む頬を抑えながら目の前で真っ赤になってガミガミと怒りだす美少女を見下ろす。どうしたもんかと内心で頭を抱えた。見覚えのある彼女の制服も顔も、何よりこの場に女子高生がいるという時点でこの美少女が誰であるということはすぐにわかってしまった。

 綾小路舞。
 帝聖学園の生徒会長だ。

 なんという人物になんという状況で出くわしてしまったんだ。その上思いきり変態扱いされて引っ叩かれて、今日の運勢は最悪に違いない。

 しかしすでに会議は終わって帰っている時間帯だと思っていたのに、よりによって何でこんな場所にいるのだろうか。しかも一人で。例えゲイだのバイだのと同性愛嗜好がわりと多いこの学園と言えど、女の子、しかもとびきりの美少女が一人でうろうろするなんてあまりにも無防備で危険過ぎる。
 帝聖学園のやつらもうちの生徒会も風紀委員も何をやってるんだ。普通こういうときは誰か一緒についているもんじゃないのか。彼女の方からその場から一人で離れたなら別だろうけど。でもこんな辺鄙な場所にまで来るのか普通。なにか目的があったとか? こんな場所に?

「それにしてもどこよここ! 何でこんな変態がいるのよ!」

 どうやら目的地はここではないらしい。しかも変態と断定されてしまった。とにかく目的地がここではなかったなら、今の彼女の現状はつまり。

「迷子か」
「なっ……!」

 だだでさえ馬鹿みたいに広い学園内だ。どこに行きたかったのかは知らないが、行くも戻るも出来ずにさまよってここまで来てしまったなら合点がいく。その間に他の生徒に会わなかったのか。それはそれで良かったような悪かったような。

「失礼な事言ってんじゃないわよ!」
「うぐ……ッ!」

 鳩尾に肘鉄一発。なかなか重い。なんとか地面に崩れ落ちなかった俺を褒めてやりたい。
 あまりの痛みで何も言えない俺の目の前で、彼女は毅然とした態度で腰に手をやって口を開いた。

「名門綾小路家の次女にして生まれ私立帝聖学園の生徒会長をも務めるこの私が! 迷子なんて愚かしい真似をするわけがないでしょう!」

 「あとあんた敬語使いなさいよ!」とびしりと指を差され、別にこれと言って反論する意味も余裕も無いので痛む腹を撫でながらへいへいと軽く頷く。
 その態度すらもお気に召さなかったらしく鋭い目で睨まれたが、視線を反らして気付かないふりを決め込む。再びガミガミと怒りだす声を聞きながら、俺は先程からぼたぼたと滴り落ちてくる水を拭く為にもう一枚の乾いたタオルに手を伸ばした。

「無視してんじゃないわよー!」
「ちゃんと聞いて……ますって。じゃあどうしてこんな場所にいるんですか」
「……理事長に一言挨拶しておこうと思って地図の記憶を頼りに歩いていたらここに来てしまっただけよ」

 人はそれを迷子と呼ぶ。

 それにしても生徒会室から理事長室ってそんなに遠くないかったはずだ。むしろ近い。たかが数メートル離れた部屋に行くのにここまで来たのが逆にすごい。でも口に出したら次は鳩尾程度で済まされなさそうなので黙っておく。
 彼女は苦笑いを浮かべている俺の顔を見て「何よその呆れた顔!」と剥き出しの背中を勢い良く引っ叩いた。これもかなり痛い。背中にも見事な紅葉が浮かび上がっているに違いないと確信するほど背中がヒリヒリする。
 どの学園も生徒会長は気が強くなければいけないという必須項目でもあるのか。

 濡れた頭を適当に拭いたタオルを首から下げ、溜め息をひとつ吐いて歩き出す。

「ちょ、ちょっとあんたどこ行くのよ!」

 突然その場から離れようとする俺に、彼女は焦り混じりに声を上げた。

「理事長室か生徒会室でいいんだろ。そこまで連れていくから少し待っててくれ。着替えてくる」

 まだ少し甘い匂いが漂っている。さっさと帰ってシャワーを浴びたかったがこちらの問題が最優先だ。女の子をひとりにしておくわけにはいかない。
 彼女は少しだけぽかんとして、すぐに顔を赤くして腕を組むと「早くしなさいよね!」と怒鳴った。もしかして置いていかれるとでも思ったのだろうかと考えると微笑ましくなる。……いやいやいかんだろ。これでうっかりにやけたら何を言われるかわかったもんじゃない。

 早くこの格好をどうにかしようと歩き出した瞬間、カタンと何かが倒れる音がした。
 その音につられるように顔を上げれば、そこにはエプロンを着けた金髪の男が地面に転がした箒を拾い上げる事を忘れたように口を開けて俺を凝視している。ぽかんと開いている口が震え、見開かれた目と視線が合った瞬間、ぞっと鳥肌が立った。

 俺の本能が告げている。
 やばいと。

 直ぐ様振り返って彼女に駆け寄り、細い手首を掴んだ。

「逃げるぞ!」
「はぁ!? 何で…」
「いいから!」

 手首を引いて走り出そうとしたその時、良い印象がまるでない聞き覚えのある声が背後から響く。

「トーゴくぅぅうんん!!!!!!!!」
「ギャアアアアアァァァアア!!!!!」

 襲いかからんばかりに勢い良くこちらに向かって走り出して来た男に、あんまりにも情けない俺の叫び声が辺りに響いた。





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