空気を切り裂くような巻き込むような独特の飛行音が頭上遠くから聞こえ、その音につられて空を見上げた。雲ひとつ無い青空だ。新緑の季節だというのに今日の気温は初夏並みで、薄くかいた汗に風が当たって心地好い。
 こんな日に空を飛んでいるのは生徒の自家用ヘリか、はたまた噂の帝聖学園の生徒会役員がやってきたのか。

 今日は我が生徒会役員と風紀委員が、この学園の兄弟校である帝聖学園の生徒会役員と親睦を兼ねてのオリエンテーション開催についての会議を開くらしい。毎年オリエンテーションは入学して直ぐに行われる行事だったのだが、何やら今年は共同行事になるだとか。
 本来ならば新入生の為の行事なのに入学してかなり日をおいてから開催ってどうなんだろうか。元々外部生は少なく、高校に上がったといっても顔見知りばかりなのだから新入生にとってはただの行事の一つに過ぎないのかもしれない。

 そしてそんな大きな行事についての会議であるに関わらず、一応でも副会長である俺がのんきに部活へ向かっているのは、橋爪会長様に「出るな」とはっきり言われてしまったからだ。

 先日、橋爪は俺を副会長にはしたが表立って動かすわけではないと武内に書かせた。その理由もあって渋々納得した生徒だっているだろう。それに何より帝聖学園の生徒会は家柄、成績、容姿と三拍子揃った挙げ句厳選に厳選を重ねて構成された生徒会らしく、因幡はともかく俺がいたのではあちらの生徒会役員どんな嫌味を言われるかわかったもんじゃないとのことだ。こちらの生徒会の情報はあちらにも伝わってはいるが、それでも現物がいるよりはまだいないほうがいい、ということなので俺は大人しく生徒会室を後にした。
 形なりにも礼儀として挨拶だけでもとは思ったが、橋爪が白と言えば黒も白になるので仕方ない。生徒会の仕事(とは言ってもほぼ雑用だが)には少しずつ慣れてきたものの、他の学園との打ち合わせだなんて粗相をしかねないのは確かだ。なので出るなとはっきり言われたときには正直ほっとしてしまった。

 制服のポケットから小さな札のついた鍵を取りだす。目の前の武道館の鍵である。建物自体は大きいが、この学園の施設にしてはかなり古めかしい。言ってしまえばぼろい。扉の鍵穴も古びていて鍵を差し込むにも少々コツが必要なほどだ。
 がちゃりと重い音を立てて鍵が開き、やや重めの扉を押して武道館へと足を踏み入れる。立て付けの悪い扉は閉まりづらく、無理やり閉めると玄関口にある粗末な靴箱が揺れた。入り口は薄暗いが、正面に見える闘技場の窓から光が差し込み畳を照らしている様は、ただ静かで、ほっと安心させる何かがあった。
 
 脱いだ靴を靴箱に入れて、更衣室で着替える前に先に二階の剣道場へと向かう。
 この武道館は一階に畳張りの柔道場、二階に剣道場、三階に簡易なジムがある。しかし如何せん利用者が少なすぎるためか設備はあまり良いものではない。なので新しい道具などはもちろんのこと、清掃員が掃除してくれることもなかった。常に清潔さが保たれている学園内では珍しい扱いだ。だからと言って特に不満があるわけでもない。俺は剣道場に入るやいなや窓という窓を全て開けた。
 よし、と気合いを入れて腕をまくる。まずは掃除からだ。

 中学生のときまでは剣道教室に通っていて、足腰の鍛練という理由でひたすら雑巾掛けをするのが当たり前だったが、さすがにこんな広い場所を一人で雑巾掛けなんてしたら時間がかかってしまう。ブレザーと靴下を脱いで、剣道場の隅に立ててあるモップを手にした。
 ひんやりと冷たい床を小走りで、通常より随分幅の広いモップを端からかけていく。出来ればさっさと掃除を終えて進藤先生が来るまでに着替えを済ませておきたい。
 手早くモップをかけながら時計を見上げると、時計の針は三時をまわっていた。今頃生徒会室では会議の真っ最中だろうか。橋爪が最後の最後まで心底嫌そうな顔をしていたが、どうやら帝聖学園の生徒会長とあまり顔を合わせたくないらしい。資料の写真で見た限りかなりの美人だったし、気の強そうな所はどこか橋爪に似ているようでもあった。同族嫌悪というやつなのか。
 なんにせよ、今夜因幡にどんな会議だったのか聞けばいい事だし、俺がこの場で心配したってただの杞憂に過ぎない。頑張れみんな。ただ因幡が延々と茶を淹れ続けてやしないかということだけは心配だ。心から。

「お、早いな田中」
「進藤先生」

 いつの間に入って来ていたのか、剣道場の引き戸の入り口の前で進藤先生が朗らかに笑いながら立っていた。ジャージ姿で竹刀袋を片手に持つ姿はいつ見ても男らしい。





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