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* * *
二人が出ていくとまるで嵐が去ったように生徒会室がしんと静かになった。しかし橋爪の呆れきった溜め息が聞こえて俺は慌てて立ち上がる。いつまでも床に座り込んでいる場合じゃない。
何だかんだで昨日も今日も橋爪に助けられてしまった気がする。……つまり昨日も今日も男に襲われかかったというわけだが、それは俺の黒歴史として頭の隅で封印しよう。忘れたい。
兎にも角にも助かったのは事実なのだから、一言礼を言わねばと何やら眉間に指を当てている橋爪に向かって苦笑した。
「橋爪、助かっ」
「っの馬鹿が!!」
が、案の定遮られる。
机を強く叩いてから立ち上がると、俺につかつかと歩み寄ってきたかと思いきや一切の躊躇もなく重い拳骨を落とされた。悶絶する。
「毎度毎度アホなことしてんじゃねぇよ。あとその見苦しいのをさっさと直せ」
そう言えばシャツの釦が外されたままだった。見苦しいってなんだこのやろう。確かに見苦しいかもしれないけど。釦をしめて、乱された(かなり嫌だこの表現)部分を直してるとまたギロリと橋爪に睨まれる。だから何だってんだこいつは。
イライラしながら指で机を叩いてる姿に、昔もこんなことしてたな、なんて思って苦笑したがすぐに頭を振った。最近になってまた、離れ気味だった橋爪との距離が近くなったせいで一年の頃ばかり思い出してしまう。あの頃も楽しかったがその分いろいろあった。あり過ぎた。あまりにも。
一瞬脳裏に過った景色に、いつまでも考えてるなんて柄じゃねぇだろとばかりに俺は強く目を瞑った。
二年に上がると橋爪はクラスが上がり、生徒会にも入ったので必然的に距離が出来たが、今の俺と橋爪はまたあの時と同じ距離にいる気がする。しかしそれと同時に酷く遠いのだ。もうきっとずっと遠いのだ。それでいい。
「橋爪」
「んだよボケ! さっさと座れ、そこにある資料を全部纏め直さなきゃいけねぇんだよ。オリエンテーションも近いからな」
「サンキューな」
「あぁ!?」
笑って言ったが、橋爪の機嫌が余計に悪くなってしまった。あいついちいち怒り方がヤンキー臭いのは気のせいだろうか。
「何笑ってんだ気味悪ぃ」
気味悪いとまで言われる俺の笑顔。くそ、どうせお前らみたいに綺麗でもないわ。別にそんな賛辞が欲しいと思ったことないけど。
「それにしても今年のオリエンテーションはどこに行くんだ?」
机の上に大量に積み上げられたファイルを見ながら聞くと、あからさまに橋爪が嫌そうに眉をしかめた。一番上にあるファイルを捲ると、見たことも聞いたことも無いような名前が載っていた。
「さぁな。今年は兄弟校の奴らが共同行事として持ちかけて来やがったからな。一応それに乗ることを理事長が決定した。普段こういった行事の決定権をあの女が直接出すことは無いはずだが……まぁそれはそれだ」
どうせ何か企んでやがるんだろう。橋爪はぼそりと呟いた。
「オリエンテーション前にその生徒会とも面合わせる。そこにあるのがそいつらの資料だから一通り読んどけ」
確かに、俺が見ていたページに「帝聖学園」と書いてある。この学園の兄弟校は海外にもいくつかあると聞いているが、実際によく交流を交わすのが国内唯一の兄弟校である帝聖学園で、文化祭や大きな行事にはその学園の生徒たちの姿をよく見るほどだった。しかも帝聖学園の中にも橋爪のファンが数多く存在する為に、卒業式で橋爪が生徒会長になった時にはこの学園の生徒に歓声を上げていた気がする。
「生徒会の奴らの顔は適当に覚えとけ。名前なんざ覚えなくて構わねぇ。それと過去五年間の交流行事、その時に両校の間で起きた揉め事だけ簡単に纏めろ。うちの馬鹿共と風紀の馬鹿共にもくれてやらなきゃいけねぇんだ」
「適当に纏めていいんだな」
「ああ」
席に座りパソコンの電源を入れて、立ち上がるまでにある程度流し読みしようとファイルを捲る。
「綾小路舞、ね」
帝聖学園の現生徒会長の名前がいかにも過ぎてちょっと笑いそうになった。この学園のように男子校ではなく共学である帝聖の生徒会長は女性らしい。長い金髪で青い瞳のとてつもない美人だが、かなり気が強そうだという事は写真だけでもわかる。
「あのクソ女の名前出すんじゃねぇ」
クソ女ってお前。しかしそう言った橋爪の顔がこれ以上無いと思う程不機嫌そうだったので下手な事を言うのはやめておこう。どうやら知り合いらしいがここまで嫌悪しなくとも。
完全に立ち上がったパソコンを前に、さてやるかと腕捲りした瞬間、学園内に響き渡るチャイムに体が止まった。
……すっかり忘れていたが、俺はこの後も授業が入っているのだ。
「橋爪! 俺このあと授業が」
「サボれ」
「お前なぁ」
「授業免除申請はしてやる」
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