細められた瞳がまるで蛇のようだ。
 俺だって自分から入りたいわけじゃなかった、なんて言ったらもっと反感を買いそうなので喉の奥でぐっと留めておく。隣で獅童が眉をひそめて三人を見ている。下手に事を荒立てたいわけでもないので、あえて口を出して来ない獅童に安心した。さすが空気が読めると定評のある男だ。
 どうしたものかと考えあぐねていると、スパーンと勢い良く教室の扉が開かれた。見慣れたオレンジ頭の男が食パンを口に咥えて飛び込んでくる。

「ぐっもーにんwwwwwwwwwえぶりわんwwwwwww」

 もっしゃもっしゃと食パンを食べながら、中村は明らかに不穏な空気を漂わせていた俺たちの席まで来ると三人の間を無理やり通って自分の席にどかりと座った。一瞬で静かになってしまった教室の空気に気付いているのか気付こうともしないのか。
 机の上に何も入って無さそうな薄っぺらな鞄を投げて「でさぁ」と俺に向かって喋りかける。口からパン屑飛ばすな。

「出会いの季節ってwwwwwwwテレビが言ってたからwwwwww食パン咥えながら角で立ってたのにwwwwwwwww誰もぶつからねぇのwwwwwwwむしろドン引きwwwwwwwなんか頭下げられたしwwwwwwなんなのwwwwwwwwwうぇっwwwwwwくそがwwwwwwwwwww」
「寝坊したんじゃなかったのか」
「馬鹿おめぇwwwwwww夜通しwwwwww立ってたwwwwwっちゅうねんwwwwww」
「馬鹿はお前だ」
「しかも夜通しかよ」
「昨夜はwwwwwwww守衛さんとランデブーwwwww熱い夜wwwwwwでしたwwwwwwwwwあwwwwwパン固えwwwwwwwwwwwwww」

 どうやら守衛に連行された回数は順調に更新中らしい。
 呆れている俺たちとぽかんとしている三人を見て中村はやっと空気に気がついたのか知らんが、三人をちらりと見上げて何を思ったのか二ヤリと笑った。

「これはwwwwwwwこれはwwwwwww綺麗どころが三人もwwwwww」

 キャバクラにでも来たおっさんかお前。

「とくにきみが一番」

 耳に口元を寄せるようにそっと囁きながら中村に一番近い位置にいた少年の手を握った。普段のような口を開きっぱなしの馬鹿面でなく、顔だけならかなりの美形の部類に入るであろう真剣な顔で。
 少年は中村の濡れたような瞳を見てカッと顔を真っ赤に染めて、握られた手を振りほどくわけでもなく「えっえっ」と狼狽えている。さっきまでの馬鹿っぷり満載な奴の姿を見たはずなのにそこまで狼狽える彼が逆に凄い。
 中村が微笑むと少年はこれ以上もないほど顔を赤くしてへなへなと床に座り込んだ。

 しかしその瞬間、HR開始を告げるチャイムが鳴り響く。

「ちょ、ちょっと! 田中君、また後でね」

 いや別にもう来なくていいです。
 俺に噛みついてきていた少年は、中村に手を握られたまま腰を抜かしている少年の首根っこを掴んで強引に教室を後にした。熱に浮かされたような瞳のまま引きずられている少年の手に、何かメモのようなものが握られているのが見えたのは気のせいじゃないだろう。
 呆れた顔で中村を見れば、一瞬にしてまたいつものゆる過ぎる顔に戻っていた。

「あいつらwwwwwwwww元www橋爪の親衛隊員っすよwwwwww」
「本当か?」
「ガwwwwwwwwwチwwwwwでwwwww」

 そう言って中村は鞄の中から食パンの袋を取り出してまたもっしゃもっしゃと食べ始める。お前は鞄の中に食パンしか入れてきていないのか。
 しかしながら中村という男は普段馬鹿みたいな行動ばかりするくせにとんでもない記憶力の持ち主だった。その情報は信じていいだろう。それにしても元親衛隊とは一番厄介な相手に早々といちゃもんをつけられてしまった。

「サンキュー中村。助かった」
「何のwwwwwwことwwwwすかwwwww」
「口に物入れたまま喋るなって言ってるだろうが!」
「おぶっふwwwwwww」

 礼を言うと中村は獅童の机に向けて爆笑してパン屑を噴出し重い拳骨を食らっていた。楽しそうで何よりだ。
 担任は教室に入るや否やすぐに俺たちの方へと目をやり、眉間を抑えた。ちなみに担任教師である静岡という中年の男は一年の頃からずっとお世話になっている人で、年々後退している髪の原因は中村だと専らの噂である。

「そこHRだから黙ろうなー。特に中村はこれ以上うるさくしたら欠席扱いにする」
「ちょwwwwww俺だけwwwwwwこれはwwwwwww噂のwwwwwwwwwいじめwwwwwwwww」
「はい欠席」
「フォウwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」





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