「そいつは闇に現れる。この学園の関係者なのか、それとも違うのか。決して自分の正体を現そうとはせず、ただこの学園を守り、律する」

 そこには血だらけになった俺に降り下ろされたナイフを意図も簡単に弾き飛ばし、更にあっという間に不審者を伸してしまった謎の男が映っていた。
 男だろうか、いや、あの身長や体格は男だ。真っ黒な上下の服はジャージだろうか。暗くてよく見えないがすごくシンプルだ。真っ黒なキャップを深く被っているので鼻から上が良く見えない。キャップから何も出ていないので髪は短いのだろう。
 呻く不審者をさらに追撃する姿は少しばかり恐ろしく感じたが、その的確過ぎる攻撃を見て逆に感心してしまった。

「この男は人知れず、影に隠れて学園を守ってきた。私が理事長に就任される前からね。大々的に取り締まれない私とは違い、この男は自由に動ける。だから私はこの男の存在を知らぬふりをする暗黙の了解があったのさ」

 一瞬頭に「!?」と浮かんでしまったが黙っておく。理事長が理事長として就任したのは十年以上前だ。ビデオのあの男はだいぶ若いように見えたが、もしかしたら代替わりとかあるのかもしれない。気になるところは大いにあるが、とにかく今は黙っておこう。

「しかし、だ。例外が起きた。お前らに姿を見られたんだよ」

 そう言って理事長は俺と橋爪と因幡をじとりと睨んだ。俺と橋爪はわかるが、何で因幡まであの男と関係しているんだろうか。昨夜、保健室に因幡の姿は無かった筈だが…。

「橋爪はあの男を偶然見つけた。田中はあの男に助けられた。そして全てが終わった後に因幡はあの男を見てしまった」

 そうなのか? といった視線を送ると、因幡はこくこくと何度も首を縦に振った。

「よって、今日より生徒会は本格的にあの男と協力体制に入る」

 どういう事かさっぱりわからない。

「今まで通り、あの男の存在は隠し通す。しかしそれも限度がある。生徒会はあの男と協力し、学園内の秩序を保つことを前提に行動しなさい」
「つまり、俺と因幡は口封じの為に生徒会に入れさせられた、と?」
「物わかりがいいね。その通りだ。秘密を漏らさない為には秘密を共有すればいい」

 例え俺が生徒会に入ったとしても秘密を漏らさないとは限らないだろうに。…その場合は即刻退学になると思え、という脅しも込められているのだろうか。
 ぶっちゃけて言うと生徒会になんて入りたくない。が、断ったら退学させられる。確実に。そう理事長が目で語ってる。ここまで二年間頑張ってやってきたんだ、たかが一年、されど一年。

 ううう、と考えている俺に向かって橋爪が舌打ちする。またお前か。

「ぐだぐだ考えても意味が無ぇだろ。決定は絶対だ。それにこっちの新入生はやる気あるみたいだぜ?」
「…お、オレ、やります…生徒会」

 なんだと…!?
 唖然としている俺の目の前で橋爪は馴れ馴れしく因幡の肩を抱いた。因幡はびくりと体を震わせ、狼狽えながら下を向く。

「ま、どうせお前みたいな小心者は口外なんかしねぇだろうから辞退しても構わねぇぞ。俺らは楽しく生徒会をやるからな」

 そう言って一層強く因幡の肩を引き寄せた。おい、何だあの狼と羊の図は。あんな節操無しがいる生徒会なんかに入ったら確実に因幡が食われてしまう。駄目だ、それだけは断固阻止せねばならん!!

「理事長!!! この田中東吾、粉骨砕身の勢いで生徒会、果てはこの城聖学園に身を尽くしたいと思います!!」
「良い返事だ。それじゃ後の詳しいことは生徒会室で話しな」

 噛みつく勢いで橋爪に振り替えると既に因幡から離れている。意外とあっさりしていた。いいやしかしいつ橋爪の毒牙に掛かるかわからない、目を光らせておこう。

 理事長の言葉で他の生徒会役員がぞろぞろと理事長室を出ていくと、扉の向こうで甲高い悲鳴が聞こえた。まだ居たのかあの生徒たちは。生徒の集団がまだ居るとわかると、何となく出たくない気もしたが、出て行かないわけにもいかないので渋々と扉へ足を向ける。
 しかし不意に、なんとなしにスクリーンを見た俺は体が固まってしまった。

 そこにはあの男が不審者を伸した、その後の光景が写し出されていた。
 頭を血まみれにして倒れている俺と、真っ青な顔の大森。男は不審者をぞんざいな扱いで放り投げると倒れている俺に近づいた。大森が何か言っている。しかし男は動きを止めず、そのまま俺の直ぐ前で片膝をついた。

「……っ!!!」

 俺の首の後ろと膝の裏にそっと腕を差し込み、持ち上げたのだ。この俺を。同じような身長の男が。
 恥ずかしさやら悔しさやら情けないような感情が入り乱り、俺はアホみたいに口をパクパクとさせるしか出来なかった。予め大森から聞いていたとは言え、かなりの破壊力がある光景だった。なんて屈辱的な事になってるんだこれは…!!

「ぐだぐだすんな愚図!」

 いきなり首の後ろを引っ張られ、赤くなっていた俺の顔は瞬時に青くなった。シャツが首に食い込んでかなり苦しい。手加減ってものを知らないのかこの会長は。
 ずるずると引き摺られながら理事長室を出ていく俺に向かって、理事長が「まだまだ青いねぇ」と呟いたような気がした。青いって俺の顔だろうか、と思った直後にまた強く引かれたせいでその考えは直ぐに霧散してしまった。





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