「で、てめえは何なんだ。入学式なら明日だ」

 俺の首を未だにぎりぎりと締めながら、因幡に吐き捨てるように言う。相手が新入生とわかりながらその尊大な態度は何だこの野郎。もう少し人に優しくするということを覚えろ。

「…あ、あの、貴方は…?」
「あ? 俺はこの学園の生徒会長サマだよ。入寮なら寮、教師なら職員室だ」

 そう言って生徒会長サマである橋爪一哉はやっと俺の首から腕を離し、その手で校舎へと指を指してからシッシッと手を払った。おかえり酸素。荒い呼吸をする俺と橋爪を交互に見ながら因幡は再びぽかんと口を開けている。

 この尊大かつ傲慢で自己中心的な人物であるこいつが生徒会長である事は残念ながら事実だ。前三年生の卒業式に全生徒の前で堂々と生徒会長の名を受け継いだ伝統行事が記憶に新しい。明日の入学式で、新入生の前で本格的に生徒会役員が発表されるそうな。興味は無いが。
 実際、この橋爪という男は非常に成績優秀である。テストの時はとある秀才と常に学年トップを争い、運動神経も抜群。付属中学の頃から生徒会に努めていたらしく、最早必然的になったと言っても過言では無い。
 その上憎たらしいことに顔の造りも非っ常によろしい。男子校でありながら一際輝いて目立ち、アイドル扱いをされるぐらいに。地毛だか染めたかは知らないが綺麗な金の髪はやや短く、前髪を上げていて、そのせいでやけに目力のある意思の強い琥珀色の瞳が露になっている。その瞳に見つめられると一瞬で恋に堕ちる、背筋が凍る、濡れる、孕む、伝説はその他諸々。
 普段はキリッとした美形だが、悪い事を考えている時の笑い方がまた人気がある。ワイルドな魅力だと謳われているが、これはちょっと意味がわからない。俺がそんな顔を見たら背筋に悪寒が走って今すぐにでも本能が逃げろと警告するのに。
 そして身長は俺と同じくらいのくせに確実に奴の方が足が長く(多分)、全体的にバランスの良い綺麗な筋肉がついている。不公平だ。

「と言うか何時まで人の首根っこ掴んでるんだお前は。退いてくれ」

 乱暴に奴の腕を退け体を離すと、橋爪は人の悪そうな顔でニヤリと笑っている。そして校門、はたまた噴水の辺りからはキャアキャアと橋爪ファンが今日も騒ぎ出した。おいふざけるな男子校。休日ですらこの歓声。もうお腹いっぱいです。

「怖い顔すんなよ、新入生にビビられたいのか?」
 橋爪が指先でとんとんと眉間を叩く。それを見て思わず振り返って因幡を見る。
 自慢じゃないが俺の顔は本当に地味な方だと思う。純日本人顔、電車内で女子高生に言われた通り「クラスに一人は居そうな顔」と言っていい。ただ何かあると直ぐに眉間に皺を寄せてしまう癖があるらしく、しかもそれがまた、どうやら自分が思っている以上に人相が悪くなってしまったらしく、その度に不機嫌そうだとか怖いだとかお腹痛いのだとか言われてしまう。それにもともと一般的な家庭で一般的に育ってきたおかげで、それなりにオトコノコらしい口調の悪さもある。

 なので、もしかしたら今の流れで因幡が俺を見て引いてしまったらどうしよう、と思う。
 いや、普通ならばこの程度でびびる奴はそう居ないと思うが、昔この学園の生徒に散々言われたのだ。しかも因幡の性格からしてこの手の人間は苦手なんじゃないか、と思う。大人しい性格の人間は大抵こういう人間に苦手意識を持つ上に、多分、「怒り」って感情を目の当たりにするのが苦手な奴が多い。ソースは俺の弟。
 この短い時間でどうやら因幡をかなり気に入ってしまったらしく、多分怖がられていたら俺へこむ。結構へこむ。弟妹と喧嘩した時と同じくらいにへこむ。それを知っている上に、俺が怖がられる事を想像しているからニヤけているのだろう橋爪が心底ムカつく。

「新入生。こんな怖い先輩に何もされなかったか?」
「……!!」

 てめぇ橋爪この野郎!!
 何言わせたいんだ、ってもう因幡めっちゃ俯いてるじゃねぇかうわこれ絶対怖がられたよ嫌われちまったかもしれないああもう最悪だ全部橋爪のせいだニヤニヤニヤニヤしやがって! こいつどんだけ俺の事嫌いなんだ生徒会が投票制だったらお前なんか絶対票入れないんだからな馬鹿野郎!
 サァッと顔が青くなった俺の顔を見て橋爪は笑う。まじこいつ殴りたい。

「……です…」
「え?」

 因幡は顔を上げ(それでも俯きがちに見えるが)、小さな声で、でもはっきりと言った。

「た、田中先輩、は、怖くなんか、ないです。すごく…すごく、優しい人、です」





[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!