あたたかい風が視界にかかっていた金糸の髪をふわりとかき上げる。きらりと光るそれを、至極つまらなそうな瞳でつかまえる。風と日差し、そして眼前の景観。それはまさしく春であったが、どことなくまだつめたい空気もあった。だからみんな見事にだまされそうになる。けれど、だまされてやらない。春だって、つめたい風は吹く。生まれてきてようやくわかったことは、きっとそれだった。だからこそ、あたたかいものは苦手だったのかもしれない。与えることも、受けとることも。


 薄桃色の花びらがはらはらと降るなか、閉ざされた高く重厚な門の前でふたり、立っていた。会話は無い。門の前の、山の中とは思えないほどきれいに舗装された道路には一台の車も通らず、それがまたその場のさみしさを募らせるようだった。はじめ、後から来た少年が何やら困ったように声をかけてきた気もするが、顔を背けてだんまりを決め込んでいたので、どうやらいつしか諦めたらしい。
 マイクを通して拡大した声がどこかの建物の中を反響して漏れて、くぐもった音になりふたりに届く。とおく靄がかかったような歓声と、機械を通した声。それ以外、音は無かった。もともと山の中に隔離された、ひとつの都市のような学園である。そこから閉め出されたような場所に立つふたりの間は本当にしずかなものであった。

 入学式に出るつもりは、はじめから無かった。時間までに来れなかった新入生は例えどんな生徒だろうと入ることは出来ないことを知っていた。なのでわざわざ時間をずらしてやってきて、早々に送りの車を帰らせた。入学式が終わるまで、固く閉ざされた門の前でひとり待つつもりで。面倒なものは全て避けていたかった。それもきっと、無理な話だとわかっているけれど。例え形だけでも抵抗したかったのかもしれない。

 ちらりと視線だけで離れた場所で門に寄りかかって立っている少年を見る。そのかたわらには一台の自転車が置いてあるところを見ると、どうやらここまで自転車に乗ってやってきたにちがいないだろう。そんな無謀でも無駄でもある仕方で登校しようだなんて何もしらない外部生か、もしくはただの馬鹿だ。両方かもしれない。
 制服のポケットに両手を入れてぼんやりとそこに立っている。時折まぶたが重たげに下ろされ、その度にゆっくりと上げられる。黒く短い髪や、真新しい制服の肩の上に、はらはらと花びらが降りそそいでいたが、彼は払おうとはしなかった。むしろ心地良さそうに目を眇めていた。まだ少年らしいやわらかさがのこる頬に、一枚の薄桃色の花びらがかすめる。彼はまぶたを開け、うれしそうに空を見上げた。

「花曇りだ」

 低すぎないおだやかな声が、しずかに鼓膜を震わせる。こちらに語りかけてきているのかと思いきや、彼の黒い瞳はあかるい空を見上げていて、こちらに向くことはなかった。その声も、今この状況でなければ聞こえないほどちいさな声だった。なので、それは不愉快になるほどではなかった。どことなく眠気をさそわれるようなそれにゆっくりと目を瞑る。

 見つめてしまえば目がいたい太陽をうすい雲が覆っている。
 まぶしすぎず、けれどほのあかるい空を見て呟いた少年の、その、春のやわらかい日差しがよく似合う、はにかんだ微笑が、まぶたの裏を掠めて消えた。







act.4 解







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